十六回目 9
衝撃の告白を聞いた後、何とか表面上は冷静さを取り繕った俺は、自分の経験したことを伝えた。かなり簡略化をして、幾つか情報は伏せたが、だいたいは間違っていないと思う。
「まさか、死んで褒美を何度も取るって方法があったなんて……私はかなり勿体ないことをしたのですね」
これについては黙っていても良かったのだが、何かのきっかけでぽろっと口にする恐れがあったので、そっちの方が傷つくだろうと伝えておくことにした。
「昔からゲームが好きだったからね。そういった知識が幸運にも噛み合って、たまたま上手くいっただけだよ」
落ち込む彼女を慰めながら、頭は冷静に今後どうすべきかを検討していた。
このまま、彼女を連れてこのステージをクリアーしようとは思っている。別に可愛い女性だから優しくするわけじゃない。人として当たり前の行動だろう。
むしろ、この状況で焔さんを見捨てられる人がいたら、見てみたいぐらいだ。
問題は扉を見つけたとして、二人で潜るとお互いにクリアーとなるのか。それとも、どちらかに優先権が生じて、片方は認められない可能性もある。その場合は彼女に譲るつもりではいるが。
まあ、そもそも、どうやって大海原で扉を見つけるのか。そこをどうにかしないと、全てが無用な心配だよな。
「あの、山岸さん! お願いがあります! 私をこのまま船に置いてくださいませんか。何でもしますからっ」
元よりそのつもりだったので一向に構わないのだが、彼女としては必死だよな。ライフポイントは二桁を切って、死へのカウントダウンが始まっている。
ここで外道なら、その弱みにつけ込んで体の要求でもするべきなのだろうが、そんな気にはなれない。
ここで格好つけるのが、男だよな。やせ我慢、偽善大いに結構。こんな状況だからこそ、俺は俺らしく生きてみせる。
「もちろんOKだよ。黒虎以外にも話し相手が欲しかったからね。こちらこそ、よろしくお願いします」
「あ、あ、ありがとうございます! 体力には自信がありますから、何でも雑用申し付けてくださいね!」
やはり不安だったのだろう。笑顔を浮かべてはいるが涙目だ。何でもしますから、という誘惑に少しは興味があったが、俺の選択は間違っていないと信じている……信じているぞ。
「あ、でも、その代わり一つ条件を付けていいかな?」
「え、う、はい。大丈夫ですっ」
口ではそう言っているけど、変な妄想をして怯えてないか。って、俺の言い方が悪かっただけだか。
「俺のことは名字じゃなくて、名前で網綱って呼んでくれると嬉しいな。これから運命を共にするのだから、堅苦しいのは無しでいこう。言葉遣いも無理しなくていいから。それが条件」
「あっ、はい、わかりまし……うん、わかった。これからよろしく、網綱さん! 私も焔じゃなくて、織子って呼んで欲しいです。じゃない、呼んで欲しいかな」
「了解。よろしく、織子さん」
俺がすっと手を伸ばすと、焔――織子さんはしっかりと握り返してきた。すると、その手の上に大きな虎模様の前足が置かれた。
「ぐるあぅ」
「ああ、黒虎も宜しくって言っているみたいだ」
「あ、うん、よろしくね、クロトラちゃん」
ゲーム中盤にして初めて人間の仲間が増えた。これが実際に売られているゲームなら、不評どころか苦情が来る内容だろうな。今頃女性キャラ参戦かよ、と。
何にせよ、彼女の存在が良い方向に働いてくれるといいが。食料の備蓄もまだまだ余裕があるし、海には魚もいるから何とでもなる。
慌てる必要はないか。残りの心配事と言えば――彼女の発言が本当かどうかぐらいだろう。
「ぬおおおおぅ、網綱さん、たもたも! 早くうううぅ!」
たもとは、魚を釣った際に持ち上げられない大物をすくう為の網である。
そして、現在彼女は甲板から実益を兼ねた趣味の釣りをしている最中で、俺はそのアシスタントをやっている。最近気づいたのだが、俺には釣りの才能が無いらしい。
「おっ、ちょっと待ってくれ、織子。今行くからっ」
ツインテールにライダースーツという、どの角度から見ても釣り人には見えない格好の織子に駆け寄ると、お手製のたもを海の中に突っ込む。
海面に上がってきた、肌色がピンクなマグロっぽいのをすくい上げる。
「ピンクマグロとったどおおぉっ!」
釣り上げた魚を掲げて、ドヤ顔の織子の周りを嬉しそうに黒虎が駆けまわっている。
彼女を助けてから一週間が過ぎたが、すっかり馴染んでいる。当初は黒虎の姿を確認する度にびくびくしていたが、今では仲が良すぎて嫉妬してしまいそうになってしまう。
「後で刺身と焼き魚にして、食べようねクロトラっち!」
「ぐあぅ、ぐあっ!」
くっ、黒虎は渡さんぞっ。
当初の大人しく礼儀正しく謙虚なイメージは脆くも崩れ去り、三日もすると本性が顔を出してきて、今ではこの通りだ。
元々は活発で物怖じをしない子だったようで、彼女がこの船に来てから随分明るくなった。俺も含めてだが。
ちなみに彼女の趣味は鍛錬と魚釣り、そして将棋である。おっさんっぽいと思いはしたが、口にはしない。
釣りたての魚を彼女が石の包丁で捌いている。釣った魚は美味しくいただくのが釣り人の使命だと断言する彼女は、包丁さばきも堂に入っている。
瞬く間に切り分けられ、お手製の木製大皿に見事な刺身が並べ終わっていた。
「網綱さん、これ焼いて!」
串に刺された魚の切り身を渡された俺は『発火』でその身を炙っていく。
魚尽くしの料理が完成して、甲板の上に持ち出した机を置き、椅子は無しで直に座り手を合わせた。
「いただきます」
「くはああぁ、美味い! 生きてるって感じがするわー、ね、網綱さん!」
「そうだな」
新鮮な刺身と脂ののった魚に舌鼓を打ちながら、その幸せごと噛みしめている。
こんなわけのわからない場所に連れてこられて、幸せを感じること自体が間違っている気もするが、製作者の意図に従わなければならないルールは無い。
クリアーするという目的を忘れたわけじゃないが、正直な話、やる気を出したところで、どうしようもないのだ。
何処までも広がる空と水平線。島の一つもありゃしない。最近は海が荒れることもなく平穏な航海を続けている。
やることと言えば、朝は食料の確保と海水を飲み水に代える作業。昼からは体がなまらないように自己鍛錬と、織子との手合せもしている。
やはり格闘技の経験があるというのはかなりの強みで、レベル差は15と25で10も離れているのに、いいようにあしらわれてしまう。
織子に言わせると、
「一対一だと、格闘技の経験があると無いとではかなり差が出るからね。でも、多くの敵を相手にする場合、それも知能があまりない相手だと、技よりも単純な力が物を言うかな」
ということらしい。フェイントも相手が人間だから通用するのであって、身体能力で押し切ってくる、この世界の生物相手にはあまり効果が無いらしい。
もっとも、彼女には『剛力』があるので、単純な力比べでも俺が負けるわけだが。
これだけ強い彼女でも力だけでは乗り越えられないステージが多く、ライフポイントの殆どを消費してしまっている。
この海ステージを含めて残り5ステージ。彼女がステージごとに許される死亡回数は一回が限度。俺のように何度も死に覚えて進むという手が、もう使えない。
追い詰められている自覚はあるのだろう。時折寂しそうに海を見つめている彼女の姿を目撃している。こんな状況だからこそ、無理して明るく振舞っているのだろう。だからこそ、何とかしてやりたい。心からそう思う。
「網綱さん。今日こそは気配察知をマスターしますから、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
食べ終わり片付けが終わると、いつもの日課を始めることにした。先日から、お互いの特殊能力を覚えられないかと、試行錯誤を繰り返している。
彼女は気配察知。俺は格闘と怪力を狙っているのだが、上手くいかない。当たり前と言えば当たり前なのだが。
ここでは特殊能力を不意に覚えたりすることがあるが、そういうのは命の危機に瀕し、必要に迫られて死の直前に覚えるという流れが多かった。コツを教えて黙々と鍛錬を続けたところで、そう簡単に得られるものじゃないのだろう。
わかってはいるのだが、何もしないよりましだろうという結論に達して、今に至る。
「気配察知ってのは、水の張った桶の上に水滴を垂らして、波紋が広がっていく感じとでも言えばいいのかな。自分を中心として見えない何かが広がって、それに触れた存在の気配を感じ取れる……みたいな?」
「むむむむ。うちの父さんも、見えないところからの攻撃に反応したりしていたから、気配が読めていたのね。くっ、私にもその血が流れているのだから、きっとできる!」
羨ましいぐらいのポジティブシンキングだ。ずっと鍛錬を続けてきている彼女なら、コツさえつかめば本当にやりそうだと思わせてくれる。
「じゃあ、俺が実際に発動して見せるから、そこから何かを感じ取って……まあ、そんな都合よくいかないだろうけど」
「網綱さん、もっとプラス思考でっ!」
こっちが励まされてしまった。じゃあ、気合入れてやらせてもらおうか。
いつもより意識を集中して『気配察知』を発動させる。広範囲に波紋が広がるように、どんな小さな気配も捉えられるように。
「ん? 海中から凄まじい速度で何かが迫ってきているぞ!」
黒虎も感知したようで、海面に向けて唸り声を上げている。
右斜め前方の海中から、高速で移動する大きな気配が。これやばくないか、このままだと直撃コースだ。
「織子! 前に進むように帆に全力で風をぶつけてくれ!」
「わかった!」
後方から強風が吹きつけ、帆が大きく膨らむ。急速前進したイエスチラス号に狙いを定めているようで、気配が方向転換をして船を追尾してきている。
直ぐ後ろの海面が大きく盛り上がると、何かが飛び出してきた。
下からの直撃は免れたが、あれは巨大な……タコ?
色は真っ白なのでイカっぽいが、頭はタコだよな。だけど、そのどちらをも否定するかのような、背中? から生えた二枚の半透明の羽。
「空飛ぶタコ!? まさか異星人!」
織子の宇宙人に対するイメージが古すぎる!
突っ込む時間も惜しいので、ツッコミは心の中だけにしておく。そのタコは巨大な二枚の羽を活かし、海面を滑空して追いかけて来ている。
「やっぱり、宇宙人だ!」
宇宙人だからって自力で飛ぶ能力は無いと思うぞ。
軟体の体だから衝撃に強そうだな。打撃系は効き目が低そうだ。
「黒虎ついて来て」
船尾に着くと縁に足を掛けて、右手を頭上に掲げる。
バスケットボール程度の火の玉を作り出すと、それだけで黒虎は察してくれた。
空飛ぶタコに投げつけた火の玉が『溶解液』でコーティングされて、火力が数倍に跳ね上がる。
疑似太陽のように燃え盛る炎の玉が命中した。
食欲をそそる焼けたタコの匂いがする。あ、たこ焼き食べたい。
揺れながら海水に墜落しそうになっているタコだが、何とかギリギリで耐えている。あんな状態でもまだ飛べるのかと、感心しそうになった。が、何か変だぞ。
自力で飛んでいるというよりは浮かんでいるだけのような。不審に思い船尾を再確認すると、妙に細い透明の足が二本、船に張り付いている。
こいつ、タコの癖に凧みたいなことしやがって。
棍で叩いてみるが、揺れただけで衝撃が殺された感じが手の平から伝わってくる。やっぱり、打撃は無効化されそうだな。
「ちょっと取ってくる」
船内に飛び込むと、目当ての物を箱から取り出し、急いで甲板に戻った。
「俺が海面に落ちたら拾ってくれよ!」
命綱を腰に巻いて、後方に浮かぶタコへ向かって跳びかかった。人を超えた跳躍力を見せて、手にした武器のレバーを引っ張り、タコの目と目の間にチェインソーを刺し込んだ。
「確か、ここを刺したら新鮮に絞められるだったかっ!」
昔たこ焼き屋でバイトをしていた時に教えてもらった方法だ。ここら辺に神経があるので、それを断ち切ることが出来るらしい。
最後の足掻きとばかりに、タコの脚が俺に絡みついて全身を締め付けてくる。そんなもの考慮済みだ。『発火』で全身に炎を纏う。
直火焼きに驚き脚を離したので、チェインソーで切断するとタコの脚を小脇に抱える。
「黒虎!」
後方へ勢いよく体が引っ張られ、遠ざかっていくタコが海に沈んでいくのが見えた。
黒虎に一本釣りされた俺は、甲板に転がるようにして着地する。
「網綱さん、無茶しすぎです!」
「ごめん、ごめん、はい、お土産」
ほんのり火の通ったタコの脚を渡すと、少しだけ機嫌が直ったようだ。
このまま、平穏ではないかもしれないが、楽しく思える日々が続くのもありかもしれないな。




