十六回目 8
「じゃあ、俺から今までの経緯と何を体験したか話そうか」
まずは自分から明らかにしたほうが、相手も話しやすいだろう。
そう判断して切り出したのだが、意外にも俺の説明は後回しとなる。
「あ、あの。私から話します。助けてもらったお礼にもならないとは思いますが、私から説明させてください」
俺の考えを読んでの発言なら、頭が回り空気が読めて、強かなところがある人だと思えるが、そういった駆け引きの要素はないような気がする。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい。あの日は母親に頼まれて買い物に行った帰りでした。不意にあたりが暗くなったかと思ったら、コンクリートの壁で囲まれた細長い廊下みたいな場所に居て」
俺のいた第一ステージと違うな。第三ステージの穴の先にいたオッサンもゲーム内容が異なっていた。やはり、全員が同じステージをしている訳じゃないのか。
「そこで、全身真黒の人型に会いました。訳がわからず、悪戯だとは思えないぐらいの恐怖を感じたので、逃げようとしたのですが……ナイフで刺されて、意識を失い」
焔さんは黒い人型が相手だったのか。それも刃物を所有している。黒虎よりかはかなり難易度が低そうだけど、女性が立ち向かうにはきついか。
「目が覚めたら、また同じ場所で黒い人型がいて、殺されて、殺されて、殺されて。何度殺されても、この悪夢から逃げられないことがわかったので、必死で立ち向かいました。相手の動きは毎回同じだったので、そこから隙を見つけて何とか倒せたのが、20回目でした」
第一ステージでそこまでライフポイントを消費したのか。10回未満で乗り越えた俺はついていた方だったようだ。
「扉が開いて白い休憩所に入ると、ガラスの板があって褒美とステータスが確認できることを知りました」
そこで言葉を区切って床に向けられていた視線が上がり、俺を見ている。
「ああ、そこは俺も同じだよ」
「やっぱり、そうなんですね。そこで私は経験値を選びレベルが5になりました。セーブをしてもう二度とあの人型と戦わないで済む、そう思うと涙が零れて……」
当時の事を思い出し涙ぐむ焔さんに、俺は声が掛けられなかった。それは慰めの言葉が思いつかなかったわけではなく、セーブをしたという事実に驚愕していたからだ。
まさか、初っ端からセーブをしてしまったのか。良くそんな状態でここまで乗り越えられたな。
「ずっと休憩所にいたかったけど、お腹が空いてきてどうしようもなくて、次の扉を開けて進んだら、そこは溶岩が流れる地獄でした」
第二ステージは俺と同じなのか。自分の立てた仮説は間違っていなかった?
第二、第四、第五ステージはプレイヤー共通じゃないかと疑っていたが、まさか正解を引いたのだろうか。その答えはこれから先の彼女の説明による。
「一本道があってその下には真っ赤な溶岩の川がありました。それだけだったけど、暑くて暑くて、また、何度も何度も死にました」
この流れだと『熱耐性』も取れてないよな。一体どうやってクリアーしたんだ。
「数える気力もなくなって、それでも挑戦するしかなかったのですが、何十回目かの挑戦で急に歩ける距離が伸びたんです。それでも死にましたが、次はもっと距離が伸びて、何だか熱さも楽になった気がして、懲りずに挑戦し続けていたら脱出できました」
自力で『熱耐性』を手に入れたとでも言うのか。命懸けの行為で特殊能力が得られるのは、この身で実証済みだ。彼女にもその成果が現れたとしても、何ら不思議ではない……か。
俺は褒美で選んだから数回で済んだが、選ばずに挑んでいても一応攻略できる仕様にはなっているようだ。膨大なライフポイントを必要とするようだけど。
思い出すだけで辛いのだろう、苦渋の表情で語る彼女に水筒に入れておいた水を差し出す。美味しそうに飲み干すと、再び口を開いた。
「次の休憩所でも褒美があって、そこで私は熱にも強くて破れない、あの不思議なライダースーツのセットを手に入れました。あれがあると露出している顔も寒暖にかなり強くなるので、本当に助かっています。そして次の扉の先へ進むと、今度は強風が吹き荒れる大きな深淵があって、そこには手すりのない幅の狭い木製の吊り橋だけがありました」
そのライダースーツは褒美で得た品だったのか。道理で今着ている服のセンスとかけ離れているわけだ。あれ、今セットと口にしたよな。そういや、靴と手袋も同色でデザインも同じ感じだった。
ええええっ、ずるいぞ全部ワンセットなんて!
そこについて詳しく追及したいところだが、今はぐっと堪えよう。もっと重要視する情報がまだ出揃っていない。
第三ステージも俺とは異なる。ステージ構成に関しては予想が的中したと考えていいよな。ゲーマーの知識がこんなところで生かされるとは。
「向こう岸が見えているのに、あまりに風が強すぎて踏み出す勇気が出せずに躊躇っていると、地面から凶悪な顔をしたモグラに似ている巨大な生き物が現れて、どうしようもなかったから吊り橋を渡ったんです。そしたら……まともに歩くこともできないで、真っ逆さまに」
このステージもたちが悪い。戦うよりも運動神経がものを言う構成に思える。
自分の第三ステージよりも、ある意味厄介かもしれない。第一もそうだが、共通して無いステージには何か意味や法則があるのだろうか。
「また死んで休憩所に戻って、もう一度挑戦したところで、ミスをしていたことに気づきました。セーブをしていなかったんです。そのせいで、もう一度溶岩の所を通ることになって……」
セーブミスか。ゲームなら悔しがる場面かもしれないが、ここだとそのミスが逆に幸運へと繋がる。なるほど、そこでセーブしないでおくと褒美が何度も貰えるシステム気づくわけか。
「前回よりも楽に溶岩の道を進むことが出来て、あとライダースーツの効果っぽいんですけど、暑さがかなりマシになっていました。あっさりとクリアーできたので、今度こそは忘れないようにセーブもしっかりしました」
「えっ!? セーブ……したの?」
「は、はい。えと、そうですけど」
この子、焔さんは死に戻りをして褒美を何度も貰えるシステムに気づいていない?
首を傾げて、困った表情はとぼけているわけでもないようだが。
「話の腰を折ってごめん、続けて」
「あ、はい。ええと、何処から……あ、そうです。風の吹いている吊り橋渡りも、やっぱり上手くいかなくて、何度も落ちてやり直したんです。でも、レベルアップで身体能力が上がっていたから、次第に慣れて何とか乗り越えられたのですが……渡った先にまたモグラが出てきました。モグラを躱して扉を開けようとしても開かなくて、今度はモグラを倒さないといけなくなりました。また何度も死んだのですが、何とか倒せて」
倒せたのか……あれ、第一ステージもそうだが、どうやって相手を倒したんだ。褒美で武器を手に入れていない筈だよな。ということは素手で倒した? えっ、まさか。
「あー、また遮って悪い。一つ質問していいかな?」
「はい、何ですか。何でも聞いてください」
「言いたくなければ答えなくていいから。初めの黒い人型とモグラはどうやって倒したんだい? 武器を持っているようには見えないけど」
あっ、今、わかりやすいぐらいに動揺したな。波の揺れとは別物で体が跳ねた。
急に落ち着きがなくなって、挙動不審になっているぞ。
「言いたくなかったら、別に……」
「そ、そうじゃないんです! あ、えと、そのですね。両方蹴って倒しました」
蹴って? キック? ん?
「格闘技の経験があるのかな?」
「はい。うちの家が格闘技の道場していまして、幼い頃から両親に叩き込まれていたので、少しだけできます」
格闘技の経験者か。子供の頃から鍛錬を積んでいるなら、謙遜しているようだがかなりの腕なのではないだろうか。人を蹴り倒せるぐらいの実力があるってことだしな。
あの、すらっと伸びた足には注意しておこう。
「そ、それで続きを話しても」
「どうぞ、どうぞ」
思わず某コメディアンのような対応をしてしまった。
「ええと、次の褒美は特殊能力を選びました『風操作』です」
風なんだ。モグラが相手なら土操作だと思ったのに。でも、風が操れるなら、運が向いてきたな。帆に風を送ってもらえれば思い通りに進めるかもしれない。
「今度は雪の積もっている極寒の場所で、吹雪いていたのでかなり寒かったのですが、ライダースーツと、いつの間にか覚えていた『熱耐性』のおかげで凍えずには済みました」
いきなり耐えられたのか。見た目に反してライダースーツはかなり高性能のようだ。
俺も先にロングコートを手に入れることが出来ていたら、凍え死なずに済んでいたかもしれないな。
「寒さは何とかなったのですが、何処に行けばいいかわからなくて迷っていると、氷の木が並んでいる場所に入り込んでしまって、凄く綺麗な場所だったのですが扉が足下にありました。凍った池の上だったらしくて、その氷の中に扉が沈んで……」
そんな場所にも扉があったのか。そこなら俺の能力だと何とかなるが、焔さんって当時『熱耐性』『風操作』ぐらいしか所有してなさそうだよな。あとは格闘技もありそうだが、そんな特殊能力では、どうしようもないよな。訊いてみるか。
「氷の中って、どうやったんだい?」
「ええと、何度も氷を殴って地道に割っていきました」
「はい?」
池の氷を割っただと……素手でか!?
「あ、勘違いされているかもしれませんが、あの手袋には鉄板みたいなのが仕込んであって、硬い物殴っても痛くないんです」
「ああ、そうなんだ」
……じゃないだろ。だとしても、池の氷を割るなんて尋常じゃないだろ。あ、もしかして想像しているより薄かったのかもしれない。
「氷の分厚さってどれぐらいだった?」
「正確にはわかりませんが、私の身長以上はあったと思います」
焔さんは160ちょいぐらいだろう。それ以上を拳で貫くか。彼女の戦闘力を上方修正しておかないと。おっとり癒し系かとおもったら、がっつり前衛系だったとは。
「あー、質問ばかりで悪いんだけど、特殊能力って何を持ってる?」
「えっとですね、不屈、格闘、剛力、頑丈、努力、熱耐性、平衡感覚、風操作です」
予想外な数だぞ。死に戻りを活用して褒美を何度も得ているわけじゃないのに、なんでこんなにも特殊能力が揃っているんだ? もしかして、そういうことなのか……。
「熱耐性と平衡感覚と風操作以外って、もしかして初めからあったりする?」
「初めからかどうかはわかりませんが、休憩所で確認した時にはありました。ただ、不屈は元々、ど根性で、剛力は怪力でした。レベル10まで上げたら進化できたみたいで」
俺と違って初期能力に恵まれていたのか。そうか、俺が根性だけだったから、皆一つぐらいしか序盤は所持していないと思い込んでいたけど、そうか、そうだよな。凡人の俺と違って才能がある人間もいて当たり前か。
彼女がここまで生き延びることが可能だった理由が、ようやくわかったよ。
「あの、どうかしましたか?」
落ち込みが顔に出ていたか。焔さんが心配してくれている。
駄目だな。年下の才能に嫉妬して勝手に落ち込むなんて最低だ。彼女が悪い訳でもないのに。
「ごめん、ごめん。何でもないよ。続き教えてくれるかな」
「はい。それで氷の中の扉を通って、また休憩所がありました。そこで、今度は経験値を貰いました。そして、次が森のような場所で、植物も昆虫も動物も何もかもが巨大な世界で」
第五ステージも同じようだな。褒美は経験値選んだとなると、彼女はレベル10以上ってことか。俺と同じ仕様なら。
「ここは食べるものがいっぱいあって、本当に嬉しかったなぁ。他の所は食べるものが全然なくて、母さんに頼まれた買い物に食べ物があったから、それを鞄に詰め込んでいたので何とかもちましたけど」
背負っていた鞄は褒美で得た物じゃなくて、元から持っていた鞄なのか。
食べ物持ち込めたのは大きい。俺は仕事の最中だったから、携帯や財布ぐらいだったからな。まあ、財布の秘蔵っ子であるコンドームさんにはお世話になったが。
「あ、こんな話どうでもいいですね。ええと、森の中では虫とかおっきな猿とかには襲われましたけど、今までに比べたら順調で探索中には二、三回しか死ななかったと思います」
焔さんもここに毒されているな。一回でも死んだら普通は大ごとなのだけど、死が当たり前の日常になってしまうから、その感覚が理解できてしまう。
「大きな川があって、そこを超えた先に大きな穴が開いていたので、そこを除き込んだら電車みたいな大きさの蛇がいました。ものすごおおおおおくっ、苦戦しましたが何とか倒せたら大きな扉が現れて、潜ったら広々とした休憩所でした」
俺は亀で彼女は蛇か。どっちが厄介だったかなんて一概に比べることはできない。ただ、亀で良かったと内心では安堵の息を吐いているが。
「褒美に大工道具と木工という特殊能力があって不思議だったのですけど、山岸さんはそれを選んで、こんな立派な船を作ったんですね!」
尊敬の眼差しを注いでくれるのは若干嬉しいけど、曖昧な笑みを返してくことにした。
「特にすることもなかったので、休憩してから扉を通ったら海に落ちて……体力が続くまで泳いだのですけど、力尽きて溺死しました。このままじゃ、どうしようもないと思ったので、ライフポイントを使って船を買おうと思ったのですが、しっかりした船だとライフポイントが50だったから手が届かなくて、これが精一杯でした」
船内に引き込んだゴムボードを撫でながら、寂しそうに笑っている。
ああ、だからゴムボートで手を打ったのか。無謀な行為に思えたが、それ以外に選択肢が存在していなかったのだな。
「何回か海に挑んだのですけど、いつも嵐に遭遇して沈没して終わりでした。今回も無理だったら、もう一度だけライフポイントを消費して、何かを買うつもりで挑んでいた所で網綱さんに助けてもらって……本当にありがとうございます」
そんな、深々と頭を下げなくても。あ、いや。俺が彼女の立場なら、それぐらい感謝もするか。今の会話内で気になった点がある。正直、その答えを知るべきなのか、今も判断がつかない。でも、知っておかなければ今後の対応に響いてくる。
「焔さん。最後にもう一つだけ質問していいかな」
「はい……」
俺の真剣な口調に質問の内容を察したのだろう、姿勢を正して俺の問いを待っている。
「ライフポイント幾つ残っている?」
俺から目を逸らさずに、澄んだ瞳が直視している。大きく息を吸い込んだ彼女は、その言葉を躊躇うことなく口にした。
「残り7ポイントです」




