十六回目 7
何故、海水浴で使いそうなゴムボートに?
青色で体にフィットしたライダースーツ?
茶髪のツインテールって結構マニアックな髪型だな。
ツッコミどころ満載の女性が、大波の切れ間に何度も姿を現しては、助けを求める悲壮な表情でこっちを見つめている。余計なことを考えている場合じゃなかった。
もう少し船に近づいてくれたら、ロープを投げ入れることも可能なのだが、一定の距離を保ったまま大波に揺さぶられているだけだ。
近づくどころか、今度は少しずつ遠ざかっていないか。どうしよう……じゃない。どうしたいかだ。ここで助ける方法は一択。
「黒虎! 俺が声を掛けたら全力で蔦を引っ張ってくれ!」
俺は白のロングコートを着たまま、黒虎の返事も待たずに荒れ狂う海へ跳び込んだ。
普通は服を脱がなければ、泳ぐ際に邪魔になるだけなのだが、このロングコートは撥水加工をしているので水に浮きやすくなる。これは実証済みだ。
クロールで荒波を掻き分けていくが、やはりレベル30に達した身体能力は嘘を吐かないな。無謀だと思えたこの状況でも、真っ直ぐゴムボートに向かって泳げている。
ゴムボートに手を掛けると、船へと振り返り大きく息を吸い込む。
「黒虎ああぁ! 引っ張れえぇぇ」
俺の声が届いたらしく、腰に巻いた命綱が引っ張られている。
後はこのまま船まで手繰り寄せてくれさえすればいい。そこで初めて、俺はゴムボートにへばりついている女性と目が合った。
距離があったのでわからなかったのだが、予想よりも若い。まだ十代後半で女子高生ぐらいじゃないのか。
雨なのか涙なのか判断がつかないぐらい、彼女の顔はびしょ濡れだ。顔は怯えているようにも警戒している様にもとれる。俺と同じく理不尽なゲームに強制参加させられたプレイヤーなら、安易に人を信じることなく疑って当然だな。
「俺はこんなふざけた場所に放り込まれた、たぶんキミと同じ被害者だ! 船から遭難しているキミの姿が見えたから助けにきた!」
雨風に負けないよう大声で、言葉を選んで発言をする。自分が彼女と同じ立場で救助に来たこともアピールしておく。まずは彼女の警戒を解いて安心させることが最優先事項だ。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
警戒の色が少し薄れたか。ゴムボートにしがみ付いたまま頭を下げている。
まだ荒波の上なので、疑問や追及は後回しにしておこう。黒虎の頑張りのおかげで、船体に触れる距離まで移動できた。
「このロープを伝って自力で登れるかい?」
「大丈夫です!」
船から垂れ下がっている命綱を掴んで、身軽な動きでするすると登っていく。足には同色のブーツを履いているのか。
体に密着したライダースーツを着込んでいるので体型が良くわかるのだが、一見細身の体に見えるが、よく見ると引き締まった身体つきをしている。
あと胸のボリュームがかなりあるようだが、今は全く必要ない情報だ。
背中に俺のバックパックと比べたら、かなり小さいが鞄を背負っている。
彼女も俺と同じく第五ステージまでクリアーしたプレイヤーなら、身体能力は一般人を凌駕している筈だ。この程度の動きは問題ないか。
甲板に辿り着いた彼女が縁からこちらを覗き込み、口元に手を当てている。
「貴方も早く上がってきてください!」
ゴムボートを投棄するのは勿体ないと判断して両足で挟み込むと、そのまま腕の力のみで命綱を登りきった。
「ほ、本当にありがとうございます」
甲板に這いつくばったまま、額を擦りつけるようにしてお礼を言う彼女の肩にそっと手を添える。
「いいから。まずは船内に入ろう。話はそれからだ」
「はい!」
右手で彼女の手を掴み、左手にはゴムボート。そんな状態で甲板を駆けていく。
「ひいっ、虎!?」
船内へと続く入り口から、ぴょこんと顔を出している黒虎を見て、彼女の口から悲鳴が漏れた。
しまった、説明していなかったな。何も知らないで黒虎見たら、そりゃ驚くよ。
「あれは俺の仲間だよ。躾もちゃんとしているから安心して」
立派な体躯の虎が目の前にいて、そんな説明で普通は納得できないだろうが、この異様な場所と現在の状況を思い出したのだろう。引きつった表情のまま、何とか頷いてくれた。
「黒虎は船内に先に入っていてくれ!」
頭で入り口の蓋を押して、俺たちが入りやすいようにしてから、すっと姿を消した。そこから彼女、俺の順番で船内に滑り込んだ。
ゴムボートは引っかかっていたが、無理やり引っ張り込むと、何とか入り口を抜けてくれたようだ。雨風がこれ以上は入らないように入り口の蓋を閉め、そこでようやく肩の荷が下りた。
彼女も緊張の糸が切れたようで、その場にへたり込んでいる。
改めて見てみると変わった子だな。服装は紺に近い濃い青で革製に見えるツナギを着こんでいる。体に張り付くようなサイズなのでまるで分厚い全身タイツのようだ。
前方の首からへそ下までにチャックが付いている。これってライダースーツで間違いないよな。本格的なバイク乗りが着ている服だ。
目は大きめでパッチリとしている。唇が薄紫色なのは冷たい海に浸かっていたからか。髪色は明るめのブラウン。頭の両脇で二つに分けてゴムで縛っている。俗にいうツインテールってやつか。
高校生ぐらいにしか見えない顔も気にはなるが、目を引くのは顔とミスマッチな豊かな胸元。チャックが胸元まで下りているので、胸の谷間が露出している。
「あ、あの、この船はライフポイントで購入されたのですか」
口調は丁寧で大人しい雰囲気だ。胸元を隠しながら質問を口にしたということは……いや、じろじろ見てないよ、ホントウニミテナイヨ。
「ええと、この船は手作りだよ」
「ええっ、自力で作ったのですか!? こんなに立派な船を、す、凄いなぁ」
目を見開いて船内を見回しながら、驚嘆している。自慢の船なのでこのリアクションはちょっと嬉しい。
「ライフポイントってことは、やっぱりキミもこの馬鹿げたゲームに巻き込まれた……日本人かい?」
彼女の体が二度揺れた。ライフポイントと日本人という単語に反応したようだな。そんな細かい観察をしなくても、その顔に浮かぶ動揺した表情を見れば一目瞭然なのだが。
「貴方も……ですか。やっぱり、私以外にもいたのですね!」
おおっ、這いつくばっている状態で一気に間合いを詰めてきた。さっきまでの表情が一変して、目を輝かせて頬を上気させながら、俺の右手を両手で包み込んでいる。
そ、そんな感極まった興奮した表情で迫られたら、この世界に来てから一切感じなくなっていた感情というか感覚がムクムクと――
「がるぅ、ぐわぁー」
「ひいいいいっ、虎あああぁぁ」
俺と彼女の間に割り込んできた黒虎に怯え、またも四つん這いのまま器用に壁際に撤退している。
黒虎、どうしたんだ急に。
「こら、悪戯したら駄目だろ。ごめんね、この子は黒虎。俺の仲間で利口な子だから安心して。ええと、色々と情報交換をしたいところだけど、まずは自己紹介をさせてもらおうかな。俺の名前は山岸網綱といいます」
出来るだけ丁寧で優しい口調を心掛けて微笑んでみた。黒虎をまだ警戒しているようだが、俺に対しては少し警戒心が薄れたようにも見える。
「あの、私は焔織子と言います。高校二年生です」
胸元に手を当てながら、何度も頭を下げて謝る姿が小動物を彷彿とさせる。どうしたら、相手を安心させられるだろうか。声を掛ける度にびくびくされていたら、罪悪感が。
「ええと、あー」
俺の言葉を遮るタイミングで、可愛らしい何かの鳴る音がした。その源に目を向けると、焔織子さんがお腹を押さえて、顔を真っ赤にしている。
これは友好度を高める糸口が見つかったな。
「まずはご飯にしようか。揺れが酷いから手の込んだ料理はできないけど、何か温かい物を作るよ。その前に……海水で濡れて気持ち悪いと思うから、ちょっと待って」
奥の部屋に行って、お手製の底の深い桶に水を入れる。手を突っ込んで『発火』の力により、ぬるま湯にしておく。
タオル代わりの吸水性がある乾燥した葉を数枚と毛皮を手に取って戻った。
「焔さん、良かったらこれ使って。べたべたして気持ち悪いでしょ。向こうの部屋で体拭いてきたらどうかな。着替えは俺のワイシャツがあるけど、それでいいなら」
白いコートを手に入れてから、スーツの上着とワイシャツは脱いでいる。今も下には白のTシャツのみといった格好だ。
「あ、ありがとうございます。ええと、この鞄にジーパンとセーターが入っているから大丈夫です。えっと、体拭いてきますね」
壁の向こうに消えていった彼女を見送っていると、隣の至近距離から視線を感じる。ちらっと見ると、黒虎が俺を凝視している。
何か言いたそうな顔に見えるのは気のせいだろうか。
「助け合いって大切だと思うんだ……まあ、油断はしてないけど」
黒虎は俺が見知らぬ相手に気を許し過ぎるなと、忠告したいのだと思う。気が弱そうな相手に見えるが、彼女が俺と同じ境遇なら第五ステージまでをクリアーした実績がある。
甘く見ていたら痛い目を見ることになるだろう。
取り敢えず料理で懐柔してみるとしようかな。フライパンを取り出し、予め切り分けておいたネズミの肉を取り出す。この肉が何の肉かは黙っておいた方がいい。
揺れがさっきよりかは穏やかになっているが、それでも普通なら立って歩くことも困難だろう。コンロを出して火をつけるのは危険だと判断して、俺はフライパンの底に左手を添えた。
「結構便利だよな」
左手に『発火』で火を発生させて『火操作』で火力を調節する。これなら不意の揺れにも対応できるから、火事の心配もないだろう。
「黒虎、ちょっとフライパン持っていてくれるかい」
器用にフライパンの柄をそっとくわえて、大人しく座っている。その間に手製の木彫りの皿を用意しておく。
皿に肉を置こうと思ったが、肉が転げ落ちそうだな。どうしようか……。
「あの、お湯ありがとうございました。すっきりして気持ち良かったです」
丁度いいタイミングで焔さんが戻ってきてくれた。ちゃんと着替えたようで、クリーム色のセーターが良く似合っている。さっきのライダースーツより、こっちの方が個人的には好みだ。
ツインテールではなく、長い髪を流しているだけだというのに、さっきよりも落ち着いて見える。見た目の印象って大事だな。
「それは良かった。悪いけど皿を持ってくれるかな。床に置いたら、どっかに滑っていきそうで、怖くてね」
「あ、そうですよね。はい」
体の気持ち悪さから解放されて、凝り固まっていた心も少し解れたのだろうか。口元に僅かだが笑みを浮かべている。
「それじゃあ、食事にしよう。黒虎も待ちかねているようだし」
お腹がかなり空いているようで、こっちを軽く睨んでいる。
一番大きな肉の塊を黒虎の前に置き、次に焔さんの皿に肉を運んだ。全員に行き渡り、嵐の中での食事会が始まった。
「はああぅ、久しぶりのお肉、おいひぃぃぃ」
一口目までは俺の目を気にしていたようだが、噛んだ瞬間、何もかもが吹っ飛んだようだ。今は貪るようにして、肉を平らげている。
この勢いだと物足りないのは確実だな。行儀は悪いが焼いた肉を口に含みながら、奥の部屋から燻しておいた肉と果実の入った籠を持ってきた。第五ステージで収穫した野菜たちは、かなり生命力が強いようで、まだ新鮮さを維持していて腐っている物はない。
口一杯に肉を頬張る焔さんの熱い視線が、加護の果実に注がれている。ボーリング玉と同程度のリンゴが気になるようで、咀嚼は止まっていないが、巨大リンゴを穴が開くのではないかと思わせるぐらいに凝視しているな。
「焔さん。俺はまだお腹空いているから、リンゴもどきを食べようと思っているけど、一個は多すぎるから半分食べてもらえるかな?」
「ふへぇ? はひ、もひゅろふれふ!」
うん、呑み込んでから話してくれ。
追加された食材も二人と一匹で全て食べきり、お互い満足したので、本命の情報収集に取り掛かるとしようか。
お腹が膨れ警戒心も薄れている今なら、話もスムーズに進むと信じたい。
ここで新たに得られるであろう情報に期待と不安を抱きながらも、俺は口を開いた。




