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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
理不尽なゲーム開始

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十六回目 5

「荒波に負けるな、僕らのイエスチラス号11世」


 湯船に浮かぶ木彫りの船の模型に向けて、手のひらで押し出した波をぶつけた。船体が大きく揺れているが、今のところ沈没を免れている。


「ふぅー、やっぱり風呂は日本人の拠り所だねぇ」


 久しぶりに入った風呂に心も体も蕩けそうだ。

 ちなみにこの簡易お風呂は、休憩所の窪みに水を溜めて『発火』を発動した腕を沈めて温度調整した。安全地帯で優雅なバスタイムを堪能できる日が来るなんて、第一ステージで苦戦していた頃には考えられなかったよ。

 船の模型を浮かべて波を送っているのも別に遊んでいるわけじゃない。あれは自ら彫った物であり、これから作る船をどういった形にすればいいかの実験をしている。

 まず、小さな模型を作って船として安定した形を調べている最中だ。ちなみにイエスチラス号はオリジナルのネーミングだ。11世というのは先代の10隻はお風呂の底へと沈んでいった。


「やはり、潜水艦から名前のアイデアをもらったのが間違いだったか」


 11世はかなり安定しているが、それでもどこか不安を感じる。浮かぶだけなら何の問題もない。だけど大きな波が来ると倒れ、簡単に波にのまれてしまう。


「船底を丸くしない方がいいのかな」


 湯船から持ち上げ、底の方を確認するが安定感を出す為に、出来るだけ平らに近くしたのだが、これがそもそもの間違いっぽい。

 タンカーとか戦艦とかはそういや、船底が結構鋭かったような。普通は船の底なんて見ないけど、アニメで宇宙に飛んでいった戦艦はもろ見えていた。

 後は以前何かのクイズ番組でやっていたな。貨物船とかは船底に荷物があるから安定するとかどうとか。目的地に運んだ後は軽くなると危ないから荷物の代わりに水を入れる。


「となると、底を鋭くして重しをつけるか」


 湯船から飛び出すと裸のまま船の模型の底に、重し代わりの石を装着する。

 もう一度お風呂に浮かべると、さっきより波にも強くなっているよう……な?

 まあ、素人知識で創意工夫を繰り返して、地道に頑張るしかない。

 良く知っている船と言えば、宇宙に飛んでいった戦艦と擬人化した戦艦ぐらいか。


 そういや友人が擬人化したゲームの方にはまり、本物の戦艦の模型を集め出して、自慢気に俺に見せびらかしていた。当時はうざい以外の何者でもなかったが、今はほんの少しだけ感謝している。

 あの時の記憶を掘り起こして何とかするしかない。

 まず基本となる模型を完成させて、そこから初めて本物の船作りへ移行する。模型は予備の木を彫って作っているので、まだまだ資源には余裕があるので何度失敗しても大丈夫だ。食料の備蓄も充分すぎる。


 この休憩所に来てから四日が過ぎているが、まだまだ慌てるような時間じゃない。

 でも、油断は禁物だ。今のところ時間制限も記載されていないが、実は隠し要素としてありそうな気もする。

 それに、まだ褒美も選んでいないし、ライフポイントでの買い物にも手を付けてない。

 模型は大工道具も『木工』の特殊能力がなくても何とかなっているが、本物の船に手を出すとなると、このサバイバルナイフとお手製の石の斧じゃ頼りないよな。


 褒美はできることなら経験値を選びたい。大工道具一式と『木工』はライフポイントでの購入一覧に載っていた。大工道具一式が10ポイント『木工』が20ポイントとなっている。

 ライフポイントをそこまで失ってまで得る価値があるのか、そこが問題だ。


「もし、取るとしたら木工道具一式だけだよな」


 湯船のお湯を飲んでいる黒虎に話しかけてみたが、首を傾げるだけだった。

 『木工』があれば作業がはかどるだろうが、20ポイントは流石に勿体ない。それに、器用さが上がっている今の俺なら、細かい加工にも期待できる。

 その為にはまず縮小版の模型の完成を目指さないと。

 俺は裸のまま試行錯誤を繰り返すこととなった。





 更に一週間が過ぎた。模型が出来上がったので、それを参考に大木から切り出した丸太を削っている。

 道具がサバイバルナイフと石で作ったお手製の斧とノミしかないので、お世辞にも効率が良いとは言えない。怪力と頑丈なサバイバルナイフのおかげで、リンゴを切っているかのように木を加工できるが、物が大きすぎてどうしても時間がかかってしまう。

 せめてノコギリと大木を削る大きなノミ、あとカンナでもあると作業速度が一気に跳ね上がる。それは理解しているが……褒美でそれを消費するのも、ライフポイントで購入するのも躊躇っている。


「でも、このままだと一ヶ月ぐらい軽く消費しそうだ」


 食料は何とかなるが、そうなると船旅用の備蓄が怪しくなる。余裕がなくなってきているな。決断を下す時が来たのかもしれない。

 何を得るのが正解か。生きる為に必要な選択は何か。

 迷いに迷った末、必要なものを入念に選び、ステータスを確認する。


 山岸 網綱 レベル25

 体力  71+1000

 精神力 67+1000

 筋力  72+35

 頑強  71+35

 器用  67+35

 素早さ 62+35


 特殊能力 『不屈』1『熱遮断』6『石技』6『気配察知』6『暗視』5『棍技(我流)』6『体幹』7『咆哮』6『野生』6『危機察知』3→5『火操作』4→5『発火』4→5『麻痺耐性』2→4『幻覚耐性』2→4『毒耐性』2→4『回復力』2


 ライフポイント 79/105

 持ち物 特製石棍(不壊) バックパック(サバイバル用品一式) 純白のロングコート(不壊) 純白のロングブーツ(不壊) 大工道具一式(不壊)


 結局、褒美は経験値を選び、ライフポイント10消費して木工道具一式を手に入れた。

 身体能力は更に上昇し、特殊能力も順調に伸びている。レベル5までは。

 この選択が間違っているかどうかは後にわかるだろうが、今すべきことは大工道具一式の確認だな。

 決定と同時に床からせり上がってきたのは大きな木箱だった。俺がすっぽり納まるサイズの長く細い箱で、深さもかなりある。


 よく見ると二段になっているのか、じゃあまず一段目を降ろして先にこっちを見てみよう。蓋を開けると中には、カンナ、ノミ、ノコギリ、斧、金属製でL字型の定規、メジャー、金槌、釘、等々、欲しかった道具が満載してあった。

 正直、これだけでも充分なのだが、二段目には何が入っているのか。期待しながら蓋を開けると、


「おいおい、いいのかこれ」


 予想もしていなかった工具がそこにあった。

 赤のボディーには二つのハンドルがある。右手と左手でそれぞれを握ると、安定するようだ。

 ボディーには黒いT字の部位があるのだが、それを思いっきり引っ張ることで工具は動きだすようだ。何が動くかというと、赤いボディーから伸びる楕円形の金属に巻き付いている、刃の取りつけられたチェイン。

 つまりこれはチェインソー。伐採で使われるのはもちろんだが、それ以外にも何故かホラー映画の武器として有名なあれだ。


「動力はなんだろう」


 普通ならガソリン、もしくは充電して使われるのだろうが、そんなものはここにはない。チェインソーを取り出すと箱の底に簡単な取扱説明書が置かれていた。

 何々、このチェインソーは壊れることなくメンテナンスも不要と。たまに水洗いしてくださいとは書いている。整備と言われても油を差しておがくずを取るぐらいしかできないから、この仕様は助かる。

 動力は……使用者の体力。簡易コンロと同じ仕組みなのか。体力精神力は有り余っているから、幾らでも消費してくれて構わない。


「これ思っていたより、得かもしれないぞ」


 必要に迫られて購入した品だったが当たりを引いた気がする。

 これがあれば加工速度が飛躍的に向上するぞ。

 これで準備万端。今までの遅れを一気に取り戻そう。道具に慣れる為に、予備で保管しておいた木を練習台として腕を磨き、船の製造へ本腰を入れることとなった。




 あれから一週間。この休憩所に入ってから二週間半が過ぎ去った。第五ステージの攻略を始めてからだと約一ヶ月も経っているのか。

 急ピッチで進められた船の製造は今朝、何とか完成した。その後、疲労困憊で睡魔に負けて爆睡していたが、目が覚めたら頭がすっきりしている。

 体力精神力が増えたとはいえ、四日連続の徹夜は無理があったか。だけど、無理した甲斐はあった。


 ここまでの作業速度が出せたのはチェインソーのおかげだろう。初めは操作に戸惑ったが、慣れてしまえばこれほど便利な工具は無い。木材の切断だけではなく、先端で削るイメージで木を掘ることにも使える高性能さ。

 細かい加工は他の道具も使ったが七割方チェインソーに頼っていた気がする。


「素人にしては、我ながら良くやったよな」


「がう、がうー」


 あまり出番が無く手持無沙汰で、室内を駆けまわって体を鍛えることしかできなかった黒虎が、嬉しそうに船を見上げている。

 幅は9メートル、船首から船尾までは20メートル前後。手作りの船が堂々とした佇まい見せつけてくれている。

 船底には加工した石を平らに敷き詰め、その上に食料や木をくり抜いて作った貯水タンクが設置されている。補修を考えて大工道具も乗せておいた。


 この船はただお椀のようにくり抜いたわけじゃなく、ちゃんと甲板もある。

 といっても、水漏れもさせないように板を張る技術があるわけじゃないので、ちょっと面白い作り方をした。

 まず、巨大丸太をチェインソーで船の形に外観を削る。そして、カンナ等で表面を整えると、今度は船尾付近に開けた穴から内部を削っていく。つまり一切、木材を繋いだりせずに丸太から掘り出した、継ぎ目のない船なのだ。


 馬鹿でかい大木があってこそ可能な製造方法だが、これだと施工ミスで水漏れの心配をしないで済む。一応マストも取りつけ、帆は頑丈な葉っぱを蔦で繋ぎ合わせた物を使えるようにはしている。

 でも、メインの動力は長いオールと、人力脚漕ぎで回すことが可能な、水車に似た形をしたスクリューだろう。

 舵も一応取りつけはしたが……スクリュー共々、上手くいくといいな。

 正直、素人の手作りでこれ以上のクオリティーを求めるのは無理。舵とスクリューも動作確認はしているが、水の上で実際に稼働するかは不明。こればかりは実験しようがないので、ぶっつけ本番となる。


「ペンキが欲しかったけど仕方ないか」


 船の側面には船名を彫っている。本当は色も付けたかったが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 多くの失敗を重ねて作り上げた、この船の名前は――


「さあ、共に大海原へと船出するぞ、イエスチラス号44世!」


 数字が若干不吉だが、犠牲になった一族をないがしろにする訳にはいかない。

 食料を大量に運べるようにこの大きさとなったが、正直ここまで大きくする必要はないなと中盤あたりから気づいていた。勢いって怖いね。

 内部には道具の練習も兼ねて作っておいた、お手製のベッドと机、椅子も配置されている。補修用の木材も積んでいるので、暇な時は何か作ってもいいかもしれない。


 最後に穴や大きな傷が無いか最終チェックをして、船出の準備は整った。

 これだけ長い間、この休憩所に住んでいると愛着がわく。死にまくりの日々から解放され、毎日、船と格闘する毎日だったが楽しかった。心からそう思う。

 このままずっと、食料が尽きるまでここで暮らしていたいという誘惑はある。だけど、そういう訳にはいかない。休息は充分に取れた。

 穏やかな日々はここまで。神経を研ぎ澄まし、命懸けの戦場へと再び舞い戻る。


 船の下には予め、余った木材を円柱に加工した物を敷いて、扉までの道は完成している。扉は既に開いているので後は丸太を後方に当て、てこの原理を利用して押すだけだ。


「黒虎、飛び移るのに失敗するなよ!」


「ぐわーぅ、ぐわ」


 力を合わせて船を押し進め、勢いがついて扉の先に広がる暗闇に船首が潜り込んだところで、俺と黒虎は甲板へと飛び移った。


「さあ、大航海へと乗り出そうか!」


「ぐあううううぅぅっ!」


 吠える黒虎と並んで扉を潜っていく。

 これで地上ステージというオチが待っていたら、丸一日は落ち込む自信があるぞ。


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― 新着の感想 ―
[一言] L字型の定規 → 指矩(さしがね)ですね。 あと、定規ではなく物差しです。 文房具のは直線を引くため目盛りが端まで刻んでいません。なので定規です。 一方、さしがねなどは長さを測るのが目的なの…
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