十三回目 5
「ふえぃ?」
真っ暗で何か揺れているぞ。って、ああ、バックパックの中か。
やばい、完璧に熟睡していた。黒虎一匹に無理させておいて、何やってんだ俺は。
「黒虎、調子はどうだ?」
『熱遮断』を発動させてから顔を出して確認すると、黒虎は振り向き元気そうに「ぐうあうっ」と返事をして、あっちを見るように視線で促してきた。
顔を向けると、遠くにあった山の麓に辿り着いていて、少し先に山の斜面にぽっかり空いて洞穴らしき場所がある。
「あそこで、休憩しよう。お腹空いただろ」
そう言うと嬉しそうに頭を上下に振り、速度を上げて洞穴へ向かっていった。
洞穴は適度な大きさで、俺と黒虎が入ってもまだ余裕がある。『熱遮断』を発動してから、簡易コンロにフライパンを置いて雪を溶かし、その中に鳥肉のぶつ切りを放り込む。肉ばかり食べているから、そろそろ野菜も欲しいところだが。
これで薪でもあったら暖をとれるのだけど、取り敢えず入り口をレジャーシートで塞いでおくか。換気も考慮して隅の方に隙間を開けておく。
これならコンロを暫くつけていたら、かなりマシになるかも。俺は肉入りスープを作ると、深皿に黒虎の分を取り分けておいた。
ネコ科なので猫舌で熱い物は苦手かと思っていたのだが、熱々の具とスープを掻き込んでいる。これも熱耐性のおかげなのかね。
俺も自分のスープを飲もうとしたのだが、その前に『熱遮断』を解除した。
「うおっ、やっぱ寒いけど、これぐらいなら何とか」
黒虎に背を預けスープを口に含み、飲み込むと一気に体の奥から温まる。
「はああぁぁぁ」
寒い状態で飲む熱々のスープはたまらんな。
洞穴内部も適度に暖まり、スープのおかげで芯からぽっかぽかなので寒さは全く気にならない。むしろ、熱いぐらいだ。
「黒虎寝ていていいよ。ここまで疲れただろう。お疲れさま」
労りの言葉を掛けバックパックを外すと黒虎は黙って頷き、かなり疲労が溜まっていたのだろう体を丸めて速攻で眠りに落ちている。
俺は防寒対策としてバックパックの中に入り、顔だけ出しておく。
今後はこの山の探索だよな。周辺には他に怪しいところもないようだし、ここが本命だと思う。麓をある程度調べて、ここと同じような洞窟があれば探索。なければ、山頂へ続く道を探そうか。
願うなら山頂がゴールではなく、吹雪の影響が及ばない洞窟に扉があるといいのだけど。
まあ、こんなこと考えるとフラグになって、実現したりするんだよな……悪い方が。兎も角、今は黒虎の体力回復を待つのが最重要だ。
俺はのんびり火の番でもしながら待つとしますか。
黒虎が充分な休養をとって元気になったので、周辺の探索に乗り出すことになった。
俺はまたもバックパックの中で籠っているのだが、今までとは少し違う。
顔だけはバックパックから出して、『熱遮断』も首から上だけを覆うように発動している。黒虎を待っている間に能力の調整ができないかと、あれやこれや試してみた結果、体の一部だけに『熱遮断』を発動することが可能となった。
これだと普通に使用するより消費量が減るようで、移動で体力を消費しないこともあり、かなり長い間発動できそうだ。
そのおかげで視界も確保できるので、全てを黒虎に任せるのは悪いと周辺の観察をしている。
第四ステージは雪しか見えず、草木が一切存在しない。なので、何かあったら直ぐに発見できそうなものなのだが、吹雪のせいで視界が悪く、もし扉があったとしてもかなり近づかないと見つけられないだろう。
第三ステージのように扉の前で何かが守っていないかと『気配察知』を発動しているが、今のところ生物の気配を全く感じない。
第二ステージの灼熱地獄と同じように、敵の配置は無く極悪な環境を乗り越える設定なのかもしれないな。
うーん、洞窟らしきところは無いか。となると、途中で見つけた、なだらかな斜面が本命かな。雪山登山か……。
黒虎もいるし、普通の雪山なら特に問題は無いと思うけど、普通じゃないんだよな。
ここまでの流れだと何かしらの罠があるのは確実。でも、進まなければどうしようもない。死に覚えは極力避けたいが、停滞するわけにもいかない。
「黒虎、山を登ろう。足元に注意して慎重に頼むよ。周囲の気配は俺が探るから」
黒虎には移動に集中してもらおう。足場も悪くなるし、雪がこれだけ積もっている状態だと、少しの油断が命取りになりそうだ。
この安定感は四足歩行の強みなのだろう。走るというよりは跳ぶような動きで、道なき道を進んでいく。俺が一人だったら移動に数倍は時間がかかると断言できる。
俺と棍を背負った状態で、あれ程までに身軽に動けるもんだ。
気配を探ってはいるが反応は一つもない。山の上を見上げると、今は中腹あたりか。黒虎を運よく仲間に引き入れられたことで、かなり楽になっているが製作者の意図としては、もっと苦しみ、死を重ねる場所だったのだろうな。
ここから暫くは積雪が少ないようだ。黒虎の足首辺りまでしか雪は無く、傾斜も緩くなっていて歩きやすそうだ。
平坦な部分が山を取り囲むように沿っていて、らせん状に山頂まで繋がっているのかもしれない。道幅は黒虎が横向きに並んでも三匹は余裕でいけそうだな。
「ここからは下りて進むよ」
『熱遮断』を発動させてバックパックから滑り出ると、感謝の想いを込めて頭と喉を撫でておく。
こんなあからさまに動きやすそうな場所が用意されているということは、罠や何かしらの対策が練られていると警戒したくもなるよな。
定番では落石や、ちょっとコメディータッチなら雪玉が徐々に大きくなって、うわー逃げろーって流れか。後は定番だと――
「こっちのパターンか」
道の先に現れたのは10体もの、妙なナニかだった。
体は半透明で、巨大な製氷機の氷を繋ぎ合わせた、目も鼻も口もない歪な人形のようだ。
「名前を付けるならアイスゴーレム……というよりはアイスドールって感じか」
俺と同程度の体格なので、その呼び名の方がしっくりくる。ゴーレムだとそれなりに巨体なイメージがあるから。
しかし、気配を一切感じなかったな。今も視界に入っているというのに『気配察知』に反応は無い。生物ではないから気配が存在しないのか。
雪の上だというのに安定した足運びで、こちらに歩み寄ってきている。個々の戦闘能力が不明なので、初手をどうするかな。
わざわざ近づけさせる必要はないか。
ポケットに忍ばせておいた石を二つ取り出し、一つ目を正面のアイスドールへ投げつける。プロ野球選手も真っ青な速度で迫る石に、腕を伸ばし手の平を向けると、足元から雪の壁が飛び出してきた。
投じた石は分厚い雪の壁に埋まっただけで、相手まで届いていない。
他のアイスドールが同じように手をこっちへ向けると、足元の雪が凝縮して一本の槍へと変化し、射出するのかっ。
自分へ向かってきた槍は棍で砕き、黒虎は爪で砕くか避けて対応している。
アイスドールは雪を操れるのか。ここでその能力は厄介過ぎる。
更に石を投じてみるが全て雪の壁に阻まれ、黒虎の溶解液も雪の壁にぶつかると、溶かすどころか逆に固められてしまっている。
この相手には火の鳥の能力があるといいのか。だが、無い物ねだりをしても仕方がない。ある物でやりくりしないとな。
投石は牽制程度にしかなっていないが、防御に回ってくれるなら時間が稼げる。その間に何か反撃の糸口を見つけないと。
何処かに隠れるにしても遮蔽物は存在しない。飛び道具は生憎、俺の石と黒虎の溶解液ぐらいだ。何とか隙を作り出して間合いを詰めたいところだが。
手をこまねいていると、急に槍の射出が止んだ。
「有利に事を運んでいるのに何故?」
その疑問の答えは視界を埋め尽くす、氷の礫だった。一つ一つが鋭利な刃物のように鋭く尖り、何十、いや、下手したら何百もの礫が宙に浮かんでいる。
あれを大量に発生させて、何をするのかなんて愚問だよなぁ。
先端が俺と虎へ向き、一斉に発射される。
避ける隙間なんて、何処にもないぞ! こうなったら棍を回転させて、払い落とすしかない!
「黒虎、俺の後ろ……ちょっと、待――」
頭を後ろに反らし、胸部が膨らんでいる黒虎を見て、何をしようとしているか悟り全身に冷汗が吹き出る。
雪山でそんなことをしたら!
「グルラアアアッ!」
大音量で放たれた『咆哮』により礫が勢いを無くし、雪の上に墜落していく。
黒虎が活躍を褒めてと俺の方を向いているが、口から出たのはため息だった。
その防御方法は最悪だったな。事前にちゃんと通告しておくべきだったよ。思っていた反応と違って戸惑っている黒虎を見つめ、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「雪山でそんな技使ったらね……こうなるよ」
ごごごごという地鳴りが右側面から聞こえてくる。そっち側は山の斜面であり、その方向に山頂が見える。つまり、足元から伝わってくる振動とこの音は――雪崩だ。
逃げる場所は何処にもない。上からは雪の大波が押し寄せてくる。
「こりゃ駄目だな」
俺の呟きは体ごと雪の中へと消えていった。




