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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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102/111

罠罠罠

 雪原ステージもどきに足を踏み入れると、俺と零士が最後尾に着いた。

 取りあえず足元の雪を、操る炎で溶かしながら進んでいく。雪に埋もれ人の目に触れることのなかった地面が剥き出しになると、零士に頼んで水を薄く張ってもらう。

 あっという間にそれは薄い氷となる。その作業を続けながら黙々と進んでいく。

 結構な距離をそうしていると、ずっと我慢していた剛隆が限界に達したらしく、勢いよく振り返った。


「なあ、何してんだ今度は」


「罠というか、ただの嫌がらせかな。雪の下に氷があることで、足が滑らないかなと。ここ滑らかな下りになっているし」


「面倒なのは確かだ」


 零士に説明はしてなかったのだが、理解してくれていたようだ。

 何キロもそうやって嫌がらせを実行したのだが、そろそろ次の手を打つか。

 今度はバックパックの中からカタカナのコの字型に削った石を何個も取り出す。一個の大きさは握りしめると丁度いい感じの大きさになっている。

 これは『石の匠』を持つ俺の特殊能力を生かし、暇な時に加工しておいた物だ。


「そんなもの何すんだ。持って殴ると結構強そうだが」


 両端の尖った部分が凶器として結構利用価値がありそうだが、使用方法はそうじゃない。

 俺は論より証拠と雪を溶かした地面に突き刺していく。淡々と作業を続ける俺を訝しげに見つめる視線が複数あるが、何人かは何がしたいのか察してくれているようだ。


「ああ、今度は足を引っ掻ける罠か」


「零士正解。雪が積もれば見えなくなって、いい感じになると思うよ」


 これで更に警戒心と苛立ちが増して時間稼ぎになるといいが。この罠は数が限られているので、時折思い出したかのように埋める程度にしておいた。

 使いきった後は特に罠を設置することもなく、雪原の終わりを告げる扉の前に立つ。


「じゃあ、休憩所で少し休もうか」


「あれ、扉の前に罠を仕掛けないのか?」


 剛隆は今までの流れだとそこに仕込むと思っていたようだが、そんなことはしない。


「いや、相手も警戒しているだろうからね、前と同じ位置に仕掛けても効果は無いさ」


 扉をあっさりと潜り、各自が思い思いの格好で休息をとっている。俺は腰を下ろすことなく、次の密林へ続く扉を開け放つ。


「網綱、休憩するって言ってなかったか」


「ああ、みんなはそのまま休んでいてくれ。ちょっと欲しい物があるから、ささっと取ってくるよ。あ、剛隆は手伝ってくれないか?」


「おう、別に構わねえぞ」


 他のメンバーには休んでいるように言い含めておき、剛隆を連れ立って扉を潜った。





「ただいまっと」


「おかえりなさいませ。時間がかかったようですが、一体、何を為されていたのです……何ですかそれ」


 俺たちが引きずってきた大木を指差し、明菜さんが怪訝な表情をしている。


「見ての通り木だね。ちょっとこれを使いたかったから、切り倒してきたんだよ」


「で、何も言わずに手伝わされたわけだが、これどうすんだ」


「見ていればわかるよ」


 そう言って、大木を加工していく。余計な枝を落とし、根元と先端を切り落とす。長さはこれで4メートルぐらいか。太さは直径2メートル前後。

 先端を鉛筆削りの要領で削っていく。熱心に作業を続けていると、先端が鋭く尖った丸太が完成した。


「でかい、杭か?」


 丸太の側面をポンポンと叩きながら、剛隆が首を傾げている。

 他のプレイヤーも興味があるようで、ずっと作業を覗き込んでいた。


「後は紐を括りつけて、天井に一つ残しておいたこの罠を、伸びろ」


 棍の先端に石を切り出して作ったコの字型の罠を括りつけ、天井に突き刺す。そこに縄を通し、木の杭に巻き付ける。もう一つ罠を今度は壁際に埋め込み、またも縄を通す。そして、その縄を入り口の扉と連動させる。


「よっし、完成だ」


「これってもしかしなくても、扉を開いたらこの丸太が振り子の要領で飛び出してくる仕組みか」


「正解。さっきは扉の前に罠を仕込んで、今回も扉の前に罠が無いか警戒して、杞憂に終わりほっと一安心して扉を開くと、これが飛び出してくるという流れ」


「何と言うか、エグいが……はまりそうだなこれ」


「どん引きだが……効果は覿面か」


「流石、網綱様ですわ」


 剛隆、零士は効果がありそうだと認めてはくれているようだ。明菜さんはもう慣れたようで、素直に称賛してくれている。

 罠というのは相手にバレたらそこで終わりだ。如何に効率的に罠にハメるか。そこが重要になってくる。結局、事前に警戒されて避けられそうな気もするが、罠があったという事実が残るだけでも効果はある。


「それじゃあ、密林地帯で食材と罠用の材料を掻き集めて、次のセーブポイントを拠点としようか」


 俺の本命はこの第五ステージもどきの密林地帯。籠城戦をするなら、ここが最適だろう。食料も豊富にあり、罠の材料もふんだんにある。木材を組み合わせてちょっとした砦を作ることも可能だろう。

 ここまで、罠を仕掛けてきたことにより、相手の進行速度はかなり遅れている筈だ。迎え撃つ準備を整える時間はあるだろう。


「さあ、忙しくなるぞ。ここが天下分け目の天王山だ。ここで耐えきれれば俺たちの勝ち。ライフポイントを削りきられたら負け。踏ん張りどころだ!」


 奴らが追い付く前に罠を大量に仕込み、疲労したところを強襲、不意打ちを繰り返せば十二分に勝機はあると信じている。


「まずは……この扉の前に大量の大木や土砂を山盛りにして、扉が開かないようにしようか」


 笑顔でそう伝えると、何故か全員が諦めたように、ため息を吐いた。





 プレイヤーの中に建築系の業界で働いていた人がいたので、セメントもどきを作り扉の前に積まれた山を、砂や砂利を混ぜたコンクリートで密封しておいた。

 土使いだけでは対応できないように、雑草や、石、岩、切り倒された大木も混ぜ込んでいるので、そう簡単に崩すことはできないだろう。ついでに、採取してきた毒の葉を周囲にさりげなく配置しておこう。


「よーし、次の罠に取り掛かろうか」


「何か楽しそうだぜ、網綱」


 剛隆に指摘されて初めて気づいたのだが、罠作りが結構楽しくなってきている。物作りも嫌いではなかったが、相手を出し抜いて罠にハメるという行為にハマり始めているのかもしれないな。

 没頭しすぎないように自重しよう。





 爽やかな汗を拭い、俺は大きく息を吐いた。

 ここは良い場所だな。本物ではない疑似的な太陽なのだろうが、陽の光を浴びて体を動かすというのは、清々しいものだ。

 作業内容は『土使い』で掘を掘ってもらい、そこにずらっと先の尖った丸太を並べている。古典的な罠だが効き目はあるだろう。

 あれから丸一日が過ぎたが、平穏な日常そのものである。


「剛隆、見張りの人から連絡は?」


 堀の縁で別の作業をしているであろう、剛隆に声を掛けた。

 声の届く距離にいたようで、ひょこっと顔を出して俺を覗き見している。


「まだねえな。そろそろ、次の二人と交代して、こっちに向かっている筈だぜ」


「了解。彼らが来たら一息つこうか」


 扉を封印してから、その付近に二人のプレイヤーを見張りとして潜ませている。何らかの変化があったらすぐさま、そのうちの一人がこっちに知らせに来る手筈になっている。

 こちらの拠点から見張っている場所は全速力で駆けて、だいたい四時間ぐらい距離があり、半日に一回、見張りを交代することに決めていた。

 貴重な人員を二人も見張りに当てたのは、もちろん理由あってのことだ。この八人の中に殲滅側が潜んでいる可能性が捨てきれていない。


 無作為に俺が選んだ二人が、両方殲滅側だったらどうしようもないが、殲滅側がいたとしても一人か二人だと見ている。そうでなければ、あまりにも探索側が不利だからだ。

 まあ、これも希望的観測なので、俺以外は全員殲滅側というオチもあるかもしれないが……そうなったらお手上げなので、諦めるしかないだろう。


「っと、噂をすれば影ってやつか。交代した見張りが帰ってきたみたいだぜ」


「丁度いいな、陽も落ちてきたし、飯にして寝るか」


 俺は壁を蹴って堀の脇に着地すると、剛隆と連れ立って昨晩の内に作り上げた、簡易の食堂へと向かった。

 食堂と言っても丸太を縦半分に切って並べた屋根と、同じく切った大木を横倒しにした机と、輪切り丸太の椅子が人数分揃えられているだけなのだが。


「どっこいせっと。飯二人分頼むわー」


「わっかりましたー」


 注文を聞いて元気な返事を返したのは、剛隆のチームにいたハルバードを武器にしている小柄な女性だ。元々、料理が好きらしいので、俺の調理道具一式を進呈して家事を担当してもらっている。

 ここにきてまだ一日しか経っていないのだが、仲間たちの表情が明るくなり、活気を取り戻しつつある。目的があり、その為に没頭することで嫌なことも忘れられるのかもしれないな。


「俺も一つ頼む。網綱はどれぐらいで殲滅側が来ると思っている?」


 零士も今日の作業を終えたらしく、対面側の席に座り俺に問いかけてきた。


「そうだな。毒草炒めを自分で食べた時は三時間程度で動けるようにはなったが、完治するのに丸一日かかったからな。それに、罠も大量に仕込んできたから……まず、扉の前に到達するのが早くても二日後。あの瓦礫の山をどうにかするのに、更に二、三日かかるといいな」


 これもただの希望なので、俺の知らない特殊能力であっさりと通過される可能性もあるし、もっと手間取ることも考えられる。


「そうか、それで、あっちは何時やるつもりだ」


「今の内にしておいた方がいいだろうな」


「俺も行くぜ。今なら余裕もあるだろ」


「そうだな。セーブはしておいたか?」


「ああ、全員拠点のセーブポイントでセーブ済みだ」


 探索側はこの奥の扉の先にあるセーブポイントでセーブをしている。ここは今まで見たことのあるセーブポイントに自在に飛ぶことが可能なので、ここでセーブをしても何も問題がないと判断してのことだ。


「っと、飯が来たぜ。難しい話はあとにしてくれよ、まずは、飯、飯」


「そうだな。いただきます」


 凄まじい勢いで剛隆が貪り食っている。零士は黙って手を合わせて、淡々と口に運んで咀嚼している。食べる姿も対照的か。


「くはああぁ、満足満足。しーはーしーはー」


 細い木の枝を爪楊枝代わりにするな。何と言うか見事なまでにオッサン臭い。


「お、そうだ。この後、ひとっ風呂浴びてからいこうぜ。零士もどうだ!」


「そうだな、付き合おう」


 俺は返事をしていないのだが強制参加のようだ。

 この風呂も昨晩突貫工事をして作り上げたのだが好評で、寝る前に男性女性の順番で入ることになっている。暇な時に女性専用の風呂も作ることを検討しておくか。


「やっぱ、日本人は風呂だろ。熱々の風呂に熱耐性を解除して入るのが、最高だぜ」


 実は耐性系の特殊能力は解除することが可能で、剛隆は風呂に入るときはお湯を楽しむ為に、わざわざ切っているらしい。

 ちなみに風呂の温度調整は俺の役目だったりする。『火操作』や『炎使い』はレアな特殊能力らしく、探索側には俺以外扱えるものがいなかったので、必然的に役割が回ってきた。

 男三人で汚れと汗を流し、このまま寝床でぐっすりと休めたら最高なのだが、俺たちにはまだやるべきことがある。


「じゃあ、剛隆行こうか」


「おうさ、腕がなるぜ!」


「俺も行こう。どんな感じか確認しておきたいからな」


 俺たちは扉を開き、セーブポイントの部屋に入ると青い光が溢れる地面の上に立つ。そして、各自で行先を選択する。

 ここは、今まで見たことのあるセーブポイントなら何処にでも飛ぶことが可能。なら、ここで俺たちの選ぶ場所は――

 目も眩むほどの光が消えた後には、見慣れた休憩所が姿を現す。

 ガラス板の一つに触れると、こんな文字が書いてあった。


 ――二回戦突破したようだな。第九ステージはこれで終了だ。クリアーおめでとう――


 よっし、第九ステージ後の休憩所にあるセーブポイントに飛べた。第十ステージに繋がる扉も存在している。

 見たことのあるセーブポイントという文言を見て、もしやと思い試してみたのが無事成功したようだ。あれはつまり、今まで通ってきた第一から第九ステージ後の休憩所全てに飛ぶことが可能ということ。


 それこそ、初めのステージまで戻って一から鍛錬をやり直してもいいのだが、それをすると第十ステージに戻るまでに膨大な時間を必要とする。おまけに、第五ステージまでは問題ないだろうが、第六ステージに新たなプレイヤーがこなければ、そこから先に進めなくなりゲームオーバーだ。

 追加で日本人が転送させられる保証は何処にもない。俺たちが最後かもしれないし、送られるとしても、どれだけの時間を要するのかわかったもんじゃない。いざとなれば死に戻りという手段もあるが、オートセーブ機能が中盤のステージからあるので、戻るに戻れないという状況に陥る可能性だってあるのだ。

 これは博打としても分が悪いので、やるとしても追い詰められた時の非常手段だろう。


「とまあ、考えている時間も惜しいな」


 俺は扉を開け放ち、その先へと進む。そこには第十ステージのスタート地点があり、既に到着していた剛隆と零士もいた。

 二人は俺にちらっと視線を向けると、すぐさま正面を睨みつける。俺も同じ方向に目をやると、そこには巨大な体躯の一つ目巨人が胡坐をかいて、こっちを睥睨している。


「今度は腕が六本か。やりがいがありそうだぜ」


「最終的に何本まで増やす気だ」


「腕が増えるのは決定事項なのか……」


 相手も俺たちを敵と認識したようで、ゆっくりと立ち上がり歩み寄ってくる。

 さて、本格的に第十ステージ攻略を始めようか。


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