勝つ為の手段
「……負け惜しみにしても、度が過ぎるな。この状況でよくもまあ、そんな口がきけたものだ。何か起死回生の攻撃方法があるとでも言う気か? この俺を倒す方法があるなら、是非教えて欲しいものだ。甘い目論見だと鼻で笑われるだけだとは思うが」
勝利を疑いもしない、圧倒的強者の発言だな。俺のさっきの話も妄言だと決めつけているのだろう。
「甘いのはそっちだ。気づいていないようだから言っておくが、お前を倒す方法は幾らでもある。身体能力が高いとはいえ、俺やあんたの戦い方は我流だろ。格闘技をまともにやってきた人間は、戦い続ければ動きの癖を見抜けるし、相手の力を利用して戦う術もあるそうだ」
カウンターや合気道なんて最たる例だろう。剛隆は関節技にも長けているので、鴨井の腕や足を折るチャンスは何度もあった。
そうやって倒したとしても、それで終わりではないのだ。今度は警戒されて、更に倒しにくい相手になっていく。特殊能力を惜しみなく使い、油断をしなくなった鴨井相手となると数回は倒せたとしても、そこが限界となる。
敵を倒して経験値を得られる鴨井が慎重になり、各個撃破をするようになれば勝ち目はゼロだ。驕り高ぶって調子に乗っている今が、最初にして最後のチャンスだった。
「なら、どうして、それをやらなかった」
「一度死んだら学習するだろ。そして油断がなくなる。そうしたら、俺たちに勝ち目はなくなるからな」
「理屈は理解できる。だが、少しでもライフポイントを削らなければ、お前たちに勝ち目はない。こうやって話しているだけで、俺のライフポイントを削る術があるなら別だが。あの紫の沼地にでも落とさない限り、ライフポイントを消滅させることは不可能だ」
やはり、鴨井もあの罠は警戒していたか。
初めは紫の沼地にどうにかして落とすことしか考えていなかったが、無理だと早々に諦めた。そこから発想をガラッと変えた。
「ああ、その通りだ。だから、勝ってライフポイントを消滅させることは、すっぱり諦めた」
「何を言っているんだ? ライフポイントを無くさなければ勝ち目など、ない」
「まあ、普通そうだな。ところで、このダンジョンって通路はかなり広いが、狭いと言えば狭いよな」
通路としては中々の大きさを有しているが、巨大な空間という程でもない。横幅と天井までの高さが8メートル近くもあれば、動くには充分すぎる。
「いきなり、何の話をしている」
「ほら、ここってゲームっぽいから忘れそうになるけど、現実と同じ法則が通用するってことだ。ダンジョンってゲームとか小説でもずっと不思議だったんだが、通気口とかが無いのに空気はどうしているのかってね。普通の洞窟とかは人は通れなくても、無数の穴や隙間が存在していて空気の通り道があるそうだけど。ここの壁って硬い岩盤でびっしりと埋め尽くされて気密性高そうだよな」
こんこんと岩肌を叩きながら、何気ない日常会話でもするように口にした。
俺が何を言いたいのか鴨井もぴんときたようで、眉根がピクリと動く。
「バカなのか? こんな巨大な迷宮でおまけに、ここはかなり大きなダンジョンだ。途中、第五ステージに似た自然豊富なステージもある。空気は充分すぎるぐらいだ、窒息の心配をする必要はない。まさか、そうやって炎を出し続けているのは、酸素を燃焼させる為か……おいおい、頭大丈夫か」
頭の横で指をくるくると回して、心底バカにしている感じが伝わってくるよ。
まあ、ここだけ聞いたなら、そう思われても仕方がないか。
「さて、問題だ。今回お前との戦いに挑んだメンバーは六名。残りのメンバーは何をしているでしょうか。ヒントは土使いが四人」
「戦力にならないと判断して……いや、まて……おい、まさか、いや、そんな……」
俯き考え込んでいるらしく、ぶつぶつと呟いている。体の圧迫感は完全に消え去ったか。これなら、問題なく動けそうだ。
「正解はこの先で通路を埋め立てている、だ。ちなみに、そこの湾曲した通路の先では大掛かりなキャンプファイヤーも実施されているから、振るってご参加ください」
空気の通り道を無くす為に通路を堰き止め、そこに、第五ステージもどきから大急ぎで採取して運び出してきた、枯れ木や枝が盛大に燃やされている。明奈さんや剛隆といった探索チームに頼み、時間的にはギリギリだったが、何とか一日以内で運搬が間に合ってくれた。
よく見ると通路の上の方に煙が充満しているのだが、気づいてなかったようだ。まあ、気づかせないように攻め続けていたわけだが。
それに幸運だったのが、『土操作』ではなく『土使い』がいたことだ。操作系はそこにある物を利用して操ることしか出来ないが、使い系になると体力や精神力を消耗して対象を――つまり土を生み出すことが可能になる。
「俺たちの戦いの目的は時間稼ぎ。果敢に攻めている様に見せかけて、防御や回避に専念していた。お蔭様で、有意義な時間を過ごさせてもらったよ」
ちょっと、呼吸が苦しくなってきたな。
「ば、ばかな! い、いや、だったら土を取り除けばいい!」
「四人がかりで、俺たちが戦闘する前から、ずっと通路を埋めてきたんだぞ? 土の厚みを知りたいか?」
何時間もかけて埋めてきた土砂の量は相当なものだろう。おまけに、土に零士の水操作で水を含ませているので、更に固くなっている。掘り起こすには膨大な時間を必要とする。
鴨井に『土操作』があれば対処する方法もあったかもしれないが、それは確認済みだ。
「そ、そうだ、マップにはこの通路の直ぐ脇にもう一つの通路がっ!」
全力で斧を通路の岩肌に叩きつけているが、甲高い音を立てて弾かれている。この壁の強度は以前、鴨井との戦闘で確認済みだ。俺の腹を薙いで壁面に斧がぶつかったが、壁面には傷一つ、ついていなかった。
これは安易なショートカットを防ぐ為の対策だろうな。
「お、お前はどうする気だ。心中する気かっ!」
酸素が脳に回ってないのか、思考力が落ちているようだ。
「俺は死んだらセーブポイントに移動するだけだな」
「そ、そうか、なら俺も死んだらセーブポイントに……あっ」
本当に頭の回転が落ちているな。今頃、そのことに気づいたのか。
表情が凍り付き、顔中に脂汗が吹き出ている。胸を押さえ、呼吸も荒くなっているのは一酸化炭素中毒の症状だろう。
「お前は戦闘中に自慢していたよな。死んでも直ぐ後ろのセーブポイントで復帰するから戦線復帰が楽だった……か?」
俺は死んでも安全なセーブポイントから始まるだけだ。鴨井は死んで復活しても、酸素が失われ一酸化炭素が充満した空間で死を待つだけ。
そう、110回、死ぬ為だけに死に戻りを続けることになる。
「うそだ、うそだっ! 俺が、俺が、こんなところで、死ぬわけがない! ごほっごほっ! こんな死に方で、嫌だっ! ずっと、ごほっごほっ、がはっ、死にたく」
焚火の中に潜ませておいた若木と葉に火が回って、大量の煙が発生してきたか。そんなところで大声出すと、そうやって咳き込むことになるぞ。
あれ程、強気で勝ち誇っていた鴨井が慌てふためき、悲観にくれている。冷静に考えれば、まずは火を消すことが先決だというのに、それすら思いつかないぐらいに混乱しているのか。
「今度は、楽勝でクリアーし、げはっ、ごほっ、誰にも負けない力で、はあはあ、異世界を堪能するんだっ、だから、だから!」
「もう、諦めろ。お前は、終わったんだよ。ここでゲームオーバーだ」
あまりにも哀れな姿に思わず声を掛けてしまった。このまま、自滅するのを待つつもりだったのだが、これ以上は黙って観ていられなかった。
「うるさいっ! 俺は選ばれたプレイヤーなんだ! この作業服は特別な褒美でもらった、収納と耐久性に優れた一品なんだぞ! 斧も強化して形や大きさも自在に変化できるんだぞ! 全員を殺し、楽勝でクリアーして、その力で、その力で……俺は……何をしたかった? 俺は、そうだ、このバカげたダンジョンに放り込んだ……何者かを、この手で……殺す為に、もっと力を……」
記憶が混濁しているのか。手の平を見つめ、自分自身に言い聞かせるように呟いている。
楽勝でゲームをクリアーして楽しむと口にしていた彼と、製作者に復讐する為に力を欲していた彼。どちらが本心なのか俺には判断が付けられないが、後者であって欲しいと願わずにはいられなかった。
今の彼の姿に同情する権利は俺にはない。これから110回、地獄を見るように仕向けたのは――この俺だ。
彼がもっと弱ければ……もしくは、俺がもっと強ければ他の方法もあっただろうが、今の自分にはこれが精一杯。せめて、一度目の死は俺も一緒に逝ってやるよ。
頭が締め付けられるように痛みだす。視界はぼやけ、息が苦しい。片膝を突き、口元を押さえ、何とか耐えているが死は目前に迫っている。
鴨井はふらふらと壁際まで歩いていき「嘘だ、これは夢だ、夢だ、夢だ……」何度も頭を打ち付けている。現実から逃避したのか。これからのことを考えるなら、このまま完全に精神が崩壊した方が彼の為か。
地面に崩れ落ち、朦朧とする頭でそんなことを考えていた。
「網綱、大丈夫か? ぼーっとしているようだが」
心配してくれるのは嬉しいが、鼻がぶつかりそうになるぐらい接近するのはやめてくれ。寝起きに剛隆のドアップは心臓に悪い。
「鴨井はどうなった!」
「罠にはまったのか!?」
俺を取り囲むプレイヤーから矢継ぎ早に質問が投げかけられる。彼の最後の姿が脳裏に焼き付いて離れないが、そんなことは彼らには関係ないよな。まずは、報告しておくか。
「上手くいったよ。鴨井は何度も窒息死するルートに入った」
「そうか……」
歓声が上がるわけでもなく、全員が神妙な表情で大きく息を吐いた。
自分たちが助かった喜びはあるが、今も死に続けているであろう鴨井の現状を想像すると、手放しには喜べないのだろう。
俺たちを殺すと宣言していた相手を、手段を択ばず殺しただけ。そう割り切れたなら、こんな嫌な気分にならないで済むのだが……でも、この気持ちを忘れないうちは人間でいられる気がした。
「お疲れさんだったな、網綱!」
バンバンと勢いよく背を叩く剛隆は、落ち込んでいる俺を励ましているつもりらしい。
「ご苦労さん」
零士も珍しく労りの言葉を掛けてくれている。そんなに落ち込んでいる様に見えるのか。もっとしっかりしないとな。
「網綱様、今はゆっくりと体と心の休養をとってくださいませ」
明菜さんが穏やかに微笑んでくれている。一人だけ現場に残り続けていた俺を、みんな心配してくれていたようだ。剛隆のチームメンバーも感謝と励ましの言葉を口にしてくれた。
そういや、このメンバーが今のところ探索側ということになっているのか。
ふと、部屋の反対側に固まっている殲滅側に視線を飛ばした。
横道は黙って敬礼をしているな。織子は心配そうにこちらを見つめていたが、目が合うとこくこくと何度も頷いている。他の殲滅側のメンバーもどことなく表情が柔らかい気がする。
俺の視線に気づいたセンター眼鏡が、こっちに向かって歩み寄ってきた。この状況で直ぐに殺伐した展開にはならないと思うが、仲間たちが警戒しているのがわかる。
「今、どうこうする気はない。脅威となる存在を取り除いたことを素直に喜びたいからな。安心して体を休めてくれ。万全になったら……また、敵対関係に戻るがな」
それだけを伝えたかったようで、背を向けて仲間の元へ戻っていった。お言葉に甘えて、少し眠らせてもらうことにしよう。
今はもう、これからのことも、今までのことも考えずに泥のように眠りたい。




