第三話 豹変した友人
担任が来る前に、なんとか私は教室に滑り込み、授業遅刻にならないで済んだ。
教室はいくらかは涼しいと思ってた私は、少し…大分ガクッとした。
(この暑さ…外と大して変わらないじゃん)
一気に重くなった足を動かし、やっとの事で自席に座る。
「つっかれたー!!」
私の後ろの席にいる姫璃が、読んでいた本から顔を上げ、苦笑した。
「翡翠、朝友達に向けての第一声がそれ?」
「姫璃、許して…今日は疲れた以外、言葉が出てこない。」
その言葉に姫璃は呆れたように、ため息をついた。
「今日はって…昨日も同じ事言ってたような気がするけど?」
そうだったっけ?
「…そうでした。」
てへっと舌を出し、可愛いポーズをとる。
「ふぅ…翡翠って本当に忘れっぽいわね。」
姫璃は頭が痛いと、こめかみを押さえた。
「姫璃…」
こめかみからゆびを外し、何よと私を見上げる。
「冷えピタいる?それとも漢方?」
「言葉のあやよ!」
べしんと姫璃が背中を叩く。
「痛い痛い!冗談、冗談だって!」
これでも足りないと言うように、叩くペースと威力が段々上がっていく。
それを見ていたクラスメイトが調子に乗り始め、姫璃に声援を送り始めた。
「姫璃ちゃーん、頑張れー!」
と、志帆ちゃん。
男子も負けじと声援を送る。
姫璃に。
そう、姫璃だけに!
「笠江ー!河野にお灸を据えてやれ!」
「お前等が据われろー!てか、私に味方はいないのー?」
いねーよと、全員に突っ込みを入れられる私。
「ぅう…」
ガチな方で悲しくなってきた。
「冗談よ。今回はこれで許してあげる。」
叩いていて手を止め、姫璃は自席に戻っていく。
「うぅ~、姫璃ぃ…なんか分からないけど、ごめんなさい!」
いきなり飛びついてきた私に動揺しながら、姫璃は私の頭を撫でる。
「いいのよ、アタシだって何に怒ってたか忘れちゃったわ。」
その二人の様子を見ていた志帆、その他もろもろがゴクリと唾を飲んだ。
「翡翠ちゃんと姫璃ちゃんて…」
「なに、志帆?」
ここからは、クラス全員の声がハモった。
『レズ?』
…ぬわっ!?
『違うわっ!!』
この後、とっくに来ていた私達の担任、美里先生に先生の事無視しないでと泣かれ、皆で謝る羽目になった。
その時まで私達は、授業がとっくに始まっていた事に気づかなかった。
~休み時間~
「志帆…大丈夫かな?」
この言葉ばかりが、休み時間の教室に飛び交っていた。
私も、もちろん心配だ。
志帆は授業中いきなり吐血し、保健室に運ばれて行ったのだ。
元々風邪を引きやすい子だと思っていたが、まさかここまで病弱だとは誰も知らなかった。
てゆうかむしろ、志帆は普段健康体そのものだ。
だから皆も驚きを隠せない。
「あたし、志帆の様子見てくる!」
志帆と特別仲良しの桜が、心配で席を立ち上がった。
皆が見守る中、桜が扉を開けると、そこにはいてはいけない…絶対安静でなければならない志帆がそこにいた。
これには皆、動揺する。
「志帆!なんでこんな所に…大人しく寝てなくちゃだめじゃん!」
桜が一足早く我に返り、志帆を保健室に連れて行こうとする…が、動かない。
どんなに桜が志帆を引っ張っても、志帆は一歩も動かない。
「志帆?具合まだ悪いの?」
顔を近づけ優しく聞く。
「…ぁ」
微かにだが声を出した。
このチャンスを逃がさず、桜はまた話し掛ける。
「あ?頭が痛いの?肩貸すよ?」
このやり取りを見ていたクラスメイトの男子、
山下 海斗が、私に耳打ちで話し掛けてきた。
「なあ、青島おかしくないか?」
くいっと志帆の方に、顎を出す。
「顔色も悪いし…何より目が…」
そう、目が虚ろなのだ。
どこを見ているか分からない。
「私もそれ思ってた。」
ゴクリと唾を飲む。
あれでは病人というより、死人みたいだ。
志帆のただならぬ気で、クラスメイト全員が言葉を失い、桜とのやり取りを固唾をのんで見守っていた。
すると突然志帆が、桜に寄りかかった。
志帆は全体重を掛けたらしく、桜が支えきれず倒れ込んでしまった。
バタンッ!!
「痛たた…大丈夫、志…帆?っアアア!痛い、痛い、離して!!」
突然志帆が桜の腕を強く、尋常じゃないほど強く握り締め始めた。
「アッ、ィヤアアアア!!離して離して!!」
足をバタバタと動かす桜の様子を見て、悲鳴を聞いて、非常事態という言葉が頭をよぎった。
「ちょっと、志帆!離しなして、離しなさい!」
私は一目散に桜に駆け寄り、桜から志帆を引き剥がそうとしたが、びくともしない。
「誰かっ、誰か手伝って!!」
ハッとしたように姫璃と海斗が駆け寄って来た。
最初は二人共遠慮し、引き離そうとしていたが、すぐに異常さに気づいたらしく、本気で志帆と桜を引き離そうとし始めた。
「志帆!どうしちゃったのよ!!」
やっとの事で引き離した頃、桜は腕に痣を残し、志帆は唸り声を上げ、今にも桜に襲いかかろうとしているようだった。
「誰かっ、誰か先生呼んでこい!」
海斗の声に、サッカー部仲間の龍野 省吾と花崎 太一が教室を飛び出した。
桜は目に涙をため、志帆に近づいていく。
「志帆ぉ…どうしちゃったのよ…志帆はどこに行ったの?」
「ゥッ…ヴゥゥウウ!!」
桜の問い掛けに、志帆はうなり声を上げ、桜に飛びつこうとする。
「志帆はっ、あたしの知っている志帆をどこへやったのよおおおおお!!」
その時はあっという間の出来事だった。
私と姫璃と海斗が押さえている手を振り切り、桜に志帆が跳び掛かった。
桜を再び押し倒し、自身の口を限界まで開け…
暴れている桜の首もとに、なんの躊躇もなく…
噛み付いた。
「っ!?ギャアアアアアア!!!!」