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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: 堅他不願


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第27話 餓鬼道の債務者 その四

 とにかく、まずは浮橋を改めて叩きのめさねばならない。塚森の力がむしろ逆効果なのは、もうわかった。小角も脱落。ならば、これしかない。


「先生!」


 花坂は、塚森に向かって、浮橋の頭上を指さした。塚森はためらいなく応じた。浮橋に知性が残っているかどうか、はっきりはしない。こういう時こそ細心の用心だ。


 塚森は、うなずきすらしなかった。ちょうど、爆発男と反対に、浮橋に当たるよう天井を炎で丸く焼き切った。


「ぐえぇっ!」


 天井の直撃を頭に受け、浮橋は背中から倒れた。後頭部を机にぶつけ、二度目の失神となる。同時に、ミニチュア浮橋は全て消えた。彼女自身も、まっとうな人間の姿に戻る。


 花坂は、即座に残り時間を把握した。あと三分しかない。


「先生、大丈夫ですか?」

「うんっ! スカッとしたね!」

「あれ……キモいのがいない……」


 小角が、前後してまともになった。


「先生が倒して下さったんですよ。浮橋は俺が運びます。さっさと黄金さんのところに帰りましょう」

「はい」


 花坂でなくとも、これ以上は願い下げだ。


 往路と現場からすれば、復路は呆気なく終わった。黄金の事務所に直行できたのは、小角の力あったればこそだ。しかし、花坂は手放しで喜べなかった。やむを得ない展開だったとはいえ、小角をあんな目に合わせた自分自身が許せない。


「残り一分を切ったところだが、約束は約束だ。認めよう」


 出発したときとほとんど同じ光景ながら、着席しているのは黄金だけだった。彼はどうにか花坂の……ひいては一同の力を認めた。


「ありがとうございます」


 花坂は、浮橋を肩に担いだまま頭を下げた。


 黄金は肩ごしに振りかえり、ろくろ首に軽く顎をしゃくった。彼女はうなずき、花坂まで近づいた。


「債務者をお預かりします」

「はい、分かりました」


 ろくろ首は、花坂がそうしたように浮橋を自分の肩に乗せた。かと思うと、そのまま消えていなくなった。


 浮橋の運命など、花坂にとっては何ら同情に値しない。塚森や小角にしてもそうだろう。そんなことより、報酬こそが肝要だ。


「さて、この先について話をしよう。まず座れ」

「はい」


 花坂達が座ると、黄金は少し腰を浮かせて、ソファーの中で姿勢を改めた。


「まずはお前達のアジトだが、この事務所の一室を貸す。詳細は追ってお前達のスマホに送信する」

「恐れ入ります」


 花坂はふたたび頭を下げた。彼だけにかかわることではないので、塚森と小角も花坂に若干遅れてお辞儀した。


「それで。TWC、恵みの大地、そして帯男の秘密だったな。実のところ、わしはお前達にこれらを滅ぼして欲しい」

「滅ぼす?」


 花坂は、思わずソファーの肘かけを握った。


「うむ。いなくなってくれた方が、わしの仕事がはかどる」

「TWCが、借金の返済を(さまた)げているんですか?」


 愚問と知りつつ、花坂は聞いた。


「そうではない。金融業は、わしの副業にすぎん。情報屋もだ」


 一度、黄金は言葉を切って、塚森をわずかな時間をかけて眺めた。


 塚森は、不快とも真剣ともつかない表情をしていた。


「もう知っているはずだが、わしの本業は、妖怪の再生だ」


 塚森が、簡単に説明してはいた。余り知りたくはなかったが。


「お前達が捕まえてきた浮橋は、他の悪質債務滞納者と同様、ここにいる妖怪の食事となる」

「はぁ」


 我ながら、間抜けな相槌だと花坂は思った。


「妖怪ごとに理由は異なるが、わしは彼らを元の神々そのものに戻したいのではない」


 黄金の主張は、現実的なのか非現実的なのか。


「元の神々と互角の力を持たせれば良い」

「つまり、然るべき力さえあれば、神とか妖怪とかいった肩書きにはこだわらないということですか?」


 花坂は、自分の推察に自信があった。黄金が何のためにそんなことをしているのかも。


「そうだ。最終的に、神同様の力を持つ妖怪を……もはや妖怪という名ではくくれなくなるが……わしが使役する」


 つまり、黄金は神になれずとも神を支配することになるわけだ。


「お前達が信用に値するのは、浮橋の件で認めた。だから、わしも腹を割ったのだ。これから明かす情報は、そのつもりで聞いて欲しい」

「はい」


 ようやく、核心に至りそうだ。


「そもそも、TWCの前身である福丸が創業された時点で、帯男は実在した」


 ということは、遅くとも明治時代から、帯男は生きている。


「より厳密には、明治時代に福丸を開業した平岩 近久が、帯男を人工的に作った」

「ええっ!?」


 黄金が語っているのでなければ、どこからツッコむべきか迷うほど、荒唐無稽(こうとうむけい)ないきさつだ。


「近久は、若い時分に……江戸時代の末に当たるが……カマイタチという妖怪に襲われた。カマイタチというのは、脚が鎌になったイタチだ。風に紛れて人の服や身体を切り裂く」


 傍迷惑(はためいわく)な奴だ。しかし、市宮や夢矢に比べれば、むしろ可愛らしくすらある。


「近久は、元々が武士だった。だから、カマイタチを逆に抑えつけた。本来なら殺すところだが、カマイタチは帯男の造り方を教えることで逃がされた。もっとも、帯男を造るための具体的な要領までは、こちらには伝わっておらん」


 ある意味、それは幸いなことだった。


「帯男は、必要に応じて人間の男になったり、ただの帯になったりして人間の社会に溶けこむ。帯とは、着物を留める帯だ」


 人間に化けるだけならともかく、帯にもなれるとは。だから帯男というわけだ。


「そして、これはと思った犠牲者をカマイタチが待ち伏せする場所まで導く。犠牲者を選ぶ基準はカマイタチが決める。カマイタチは、人間を殺し続けることで元の神に返り咲こうとしていた」


 そこは理解できるが、近久はあくまで人間だ。まさか、辻斬りでもたしなんでいたのではないだろうに。


「問題は、近久が帯男にちょっとした改良をほどこしたことだ。具体的には、帯男の寿命を大幅に縮めた反面、その見返りとして無数の分身を獲得した。見た目には、その分身はただの藍色の帯としか思えない」

「そ、そんな知識をどこから……?」


 ついに、花坂は我慢が出来なくなって聞いた。


「帯男のもたらした情報を元に、文献を買い漁った。ちょうど、明治維新にさしかかってもいたしな」

「でも、カマイタチだって、新しい帯男を別個に作れるんでしょう? わざわざ近久と手を組まなくても良かったんじゃありませんか?」

「カマイタチにせよ近久にせよ、帯男の本体は生涯に一回しか作れない。何故かまではわしも知らんが、最初からそういう制約がある」

「……」

「さて。近久版の帯男は、分身を使って多くの人々を支配できた」

「だ、だから福丸は衣服を商ったんですか」

「そういうことだ。それと知らずに帯男の分身を買った客は、近久を儲けさせるためにあらゆる努力を惜しまない。しかし、このやり方には一つ欠点があった」

「寿命ですか?」

「まさに。近久版の帯男は、せいぜい三年しか生きられない。分身に至っては一ヶ月がやっとだ」

「また造り直すんですか?」

「違う」

「じゃあ……」

「近久は、その欠点を克服した。つまり、三年以内に帯男の魂を受けつぐ『適材』を探す。これは、ただの人間で構わない」

「まさか、その適材に……」

「そのまさかだ。帯男は、寿命にさしかかると『適材』を殺して肉体をのっとる。ただ殺しさえすれば、自動的にのっとりが成立する。それでまた三年ほど生き延びる。以下同文だ」

「適材って、簡単に見つかるんですか?」

「いや、極めてまれだ。しかし、近久は福丸の流通網を駆使して成功し続けた。以後、彼の後継者達もまた彼にならった」

「ワクさん、ひょっとして……」


 これまで、小角とともにずっと聞き役だった塚森が初めて口を挟んだ。


「誤解するな。わしは帯男を使って妖怪の腹を満たすつもりはない。むしろ、あんなものは邪道だとすら思っている」

「福丸がTWCになって、方針が変わったりしたのでしょうか」


 小角も、塚森に励まされてか質問を試みた。


 彼女の質問に触れ、黄金はいつの間にか前屈みになっていた自分の姿勢を改めた。ソファーに深く座り、背もたれに上半身を預けた。


「大いに変わった。わしの仕事に、はっきりと差し障るようになったのもそこからだ。より具体的には、TWCの主力商品……HMBが発売されてからになる」

「と、ということは……」


 小角が、両手で自分の頬を抑えた。


「お察しの通り。HMBは、帯男の分身なのだ。現代風に洗練された、な。そして、適材になり得る人間をボディビルダーの熱烈な志願者にさせる。かくて恵みの大地行きとなる。そこで、より細かい選別を行う」


 なんという合理的かつ胸クソ悪いシステムだ。


「もっとも、HMBだけが犠牲者にかかわるのでもない。場合によっては、浮橋が得意の幻覚を使うことで、よりスムーズに恵みの大地へと犠牲者を導く」

「恵みの大地へ行く前に、犠牲者が死ぬこともあるのですか?」


 小角の問いに、黄金は小さくうなずいた。

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