全員バラバラ
「おい千夏。夕飯できたら持ってくるって言ってから何時間たってんだよ。まさか呼び忘れたとか言わねぇよな?」
リビングの扉を開けて入ってきたのは、絶賛引き籠り中の浜田だった。
浜田はリビングの中のシリアスな雰囲気に気づきもせず、テーブルに置かれている料理の数々に目をやっていく。
「おいおい、やっぱり夕飯できてんじゃねぇか。まあお前に期待した俺が悪いんだろうがな。お、お前これほとんど手付てねぇじゃねか。もらってくぜ」
そう言うと、扉の一番近くに座っていた天童のビーフシチューをかっさらい、スプーンも使わずにがぶがぶと飲んでいく。口が大きいのか、そのまま一切こぼすことなくビーフシチューを飲み干すと、満足したように息を吐いた。
「すげぇうめぇなこれ。いつもコンビニで買ってる弁当とは比べ物になんねぇ。んで、お前ら随分辛気臭い顔してっけどなんかあったのか」
「なんかあったのかって……。お前は知らないだろうけど白石以外にも」
「四宮と大木も殺されたんだろ。そのことは千夏から聞いたよ。なんだお前ら、そんなことでこんな陰気臭い雰囲気になってんのか。下らねぇ」
「ち、違ぇよ! 俺たちが今問題にしてんのは、オオカミの正体が橘ってやつだってのが分かったからどうしようかってことだ」
波布が興奮して言い返す。その言葉を聞いた途端、浜田は眉をひそめて橘を見つめた。
「なんだそりゃ? なんであいつがオオカミなんだ? オオカミ使いと仲良く喋ってるところでも誰かが見つけたのか?」
「いや、別にそういうわけじゃねぇけど。ただあまりに怪しい要素がたくさんあるから……」
浜田の睨み付けるかのような視線にさらされ、怯えたように声が尻すぼみになっていく。
自分の言ってることが間違っていないことを確認しようと、波布は他の面々の顔を自信なさげに見まわした。波布に見つめられた人たちは、小さく頷くそぶりをしたり、顔をそっぽに向けてやり過ごそうとする。どうにも、浜田に正面切って反論しようという勇気ある人物はこの場にいないらしい。何よりも、最初に橘をオオカミ扱いした千谷が、なぜか真剣な表情で浜田を見ているだけで何も言わないため、積極的に波布の言葉を肯定しずらい雰囲気になっているようだ。
結果として、波布の言葉に声を上げて賛同したものは誰も現れなかった。だが、誰一人として橘を擁護しようとする者もいない。
そんな彼らの様子を見た浜田は、スキンヘッドの頭を掻きながら、侮蔑した視線を全員に向けた。
「おいおい冗談だろ? 怪しい行動してたからそいつがオオカミだって? そんな曖昧な状況証拠だけで決めつけるとか何考えてんだ? この場所自体がオオカミ使いのテリトリーなんだぜ。羊側の誰かに怪しい行動をさせようと思えば、いくらでもやりようなんてあるだろ。つうかさ、オオカミを探し出すなんて無駄なことしてる暇があったらオオカミ使いを捕まえる算段でも練るべきだろ」
「オオカミを探すのが無駄、というのはどういうことかしら」
あまりにも一方的な浜田の物言いに、今までずっと事態を静観していた如月が口を開いた。
「一人でいるあなたと違って、集団で行動している私たちにとって裏切り者の存在は死活問題よ。それに、もしオオカミ使いを捕まえることができたとしても、オオカミが分かっていなければこのふざけたゲームは終わらない。現状いつどこから現れるか分からないオオカミ使いの対策をするよりも、今この瞬間も私たちの中に紛れているであろうオオカミを探す方が有意義ではないかしら」
如月の言葉に、幾人かが賛同するように首を振る。実際問題、オオカミ使いを捕まえる方法など、話し合ったからと言って出るような問題ではない。まして、裏切者が味方に紛れ込んでいるかもしれない以上、下手な計略は裏目に出かねない。
さすがは如月さん、あんまり口開かないけどよく考えてるなぁ。などと橘が考えていると、浜田が不機嫌そうに眉をひそめて呟いた。
「……ふん、他の奴も同じ意見ってわけか」
「何か反論があるなら聞くわよ」
浜田は一瞬言おうかどうか悩んだようだが、結局口を開いて言った。
「……わざわざこんなこと言ってやる義理はねぇが、うまいビーフシチューを食わせてもらった礼だ、一つ忠告しといてやるよ。オオカミ使いを捕まえればこのゲームは終了する。だが、オオカミを捕まえてもこのゲームは終了しない」
じゃあな、と言って浜田はくるりと振り返り、そのままリビングから出ようとする。
誰もが当たり前に考えていることを『忠告』などと思わせぶりな言い方で告げた浜田に、数名がその真意を聞こうと立ち上がった。
だが、次の瞬間リビングに響き渡った音は、浜田が扉を開ける音でも、誰かが浜田を呼び止める声でもなく――
「これはこれはおいしそうな夕飯だ。私も君たちの晩餐会に混ぜてもらっても構わないかね」
厨房から突如現れた一人の男。顔には翁の面をつけ、手には細長い警棒のようなものを持っている。
突然の闖入者に唖然として、誰一人声も出せずにその男――オオカミ使いの姿を見つめた。
いくら神出鬼没で、どこからでも現れることは分かっていても、まさかこれだけの人数が集まっているリビングに来ると誰が想像できただろうか。
驚きのあまり皆が固まっている中、オオカミ使いは堂々とした足取りでテーブルへと近づいていく。そして一番近くにいた真目の肩に、警棒をトンと触れさせた。
警棒が触れた瞬間、ジジジという音が接触部位から流れ、真目が白目をむいて崩れ落ちる。
意識を失い、力なくソファにもたれかかった真目を片手で抱え上げると、オオカミ使いはひらひらと手を振りながら言った。
「やはり私がいると緊張で食が進まないだろう。今回は遠慮しておくよ。それじゃあ皆さん、ご機嫌よう」
芝居がかった様子で小さく頭を下げると、オオカミ使いは優雅な足取りで厨房へと引っ込んでいく。
オオカミ使いの姿が見えなくなった直後、魔法が切れたかのように全員そろって席を立ちあがった。
「おい、今のって……。つうか真目がさらわれちまったぞ!」
「そんなこと言ってる暇があったらすぐに追いかけろ!」
浜田と李が真っ先に厨房へと向かって行く。牧や小林なども一足遅れて厨房へと駆けだす。
真目がさらわれたことでショックを受けたのか、星野がソファにもたれかかりながら泣き声を上げだした。そして星野の泣き声につられ、望月が悲鳴を……。
リビングがあっという間に喧騒に満たされていく。誰もが混乱と焦りを感じる中、オオカミ疑惑にさらされていた橘は自分の動きを決めかね、一人唸っていた。
浜田が来たことであやふやになりかけていたが、自分はオオカミとして皆に疑われている立場である。本来なら李を追って真目さんの救出に向かうべきだろうが、今の立ち位置を考えると下手に動くべきではないかもしれない。だけど、今は緊急事態のようだしそんなことを考えている場合では……。
答えを決めあぐねた橘は、隣で立った状態のまま固まっている如月に聞いてみようかと、彼女の顔を見上げた。
「ねぇ如月さん、僕は」
質問を言い終える前に、今度はリビングの扉が音を立てて開かれた。
いまだリビングに残っていたメンバーが驚いてそちらを見ると、黒い衣服と黒い頭巾をかぶった、いわゆる黒子の格好をした者が二人、駆け込んで来るところだった。全身が黒い衣服で覆われているため、男か女かは分からないが、一人はかなりがっしりとした体格。もう一人は、これといった特徴はない普通の体格だ。
黒子の格好をしたそいつらは、オオカミ使い同様手には警棒のようなものを持っており、近くにいる者から見境無しに襲い掛かっていった。
「ぐぎゃ」
最も扉近くにいた天童が、踏みつぶされたカエルのような声を上げて床に崩れ落ちる。天童が襲われたのを見て、黒子たちがオオカミ使いの仲間であるという認識が一瞬にして全員に広がった。
「これってどういうことだよ! オオカミ使いの味方はオオカミ一人だけじゃなかったのかよ!」
ルールでは告げられていなかった人物の出現に、波布が震える声で叫びをあげる。
波布の叫びに触発され、リビングは完全にパニック状態へと移行した。
もし浜田や牧がいれば、これ幸いにと黒子を押さえつけに行ったかもしれない。だが彼らは今、オオカミ使いを追って厨房へと向かったきりで、いまだ戻ってくる気配がない。要するに、黒子に立ち向かおうとするような人物はこの場に一人もいなかった。
そんなわけで、リビング中の誰もが、他人のことを顧みずに我先にと黒子から逃げ回る、阿鼻叫喚の場が生み出された。
こんな状況下ではここにとどまり続けても意味がないなと思った橘も、波布が黒子に追われている隙にホールへと駆けだしていく。
ふと、扉を通り抜ける際、ある考えがよぎり橘はリビングへと視線を動かした。
もしかしたらとは思っていたのだが、この喧騒の中でさえ、浅田はソファに座ったまま微動だにせず眠り続けていた。




