8 教育現場の声
食欲というのは恐ろしい魔力だ。食べるにしても順序があるだろうに、腹の虫まで鳴って我慢できなかった。まぁ、お金に限度があるから食べれるなら食べた方がいいのは間違いないが。
俺は芳醇な香りに加えて若干渋みのあるハーブティーを口に含み、落ち着いたところでもう一度深く御礼を述べた。すると学院長は一度長い足を色っぽく組み直してから話し始めた。
……こっちはこっちで違う魔力があった。
さて、聞けばこの魔法学院では三つの学部に別れていて、戦術魔法学部、魔法力学部、魔工学部があるそうだ。
戦術魔法学部はその名の通り戦闘に特化した魔法を勉強する学部で、それに伴う様々な魔法を養う学問。
魔法力学部は、魔法による街の生活向上を図る学問。例えば魔法による建築技術や、街の防護となる結界魔法。さらに門前広場にあった大気穴から出る魔素の応用等、割と大規模な魔法の使い道を探求し、国や民の貢献となる魔法の学問だ。ちなみに経済的な学びも必須となり、位の高い親を持つ学生が多く専攻しているらしい。
三つ目の魔法工学部は、魔法のモノづくりといったところだ。武器や防具はもちろん、ギルドで見た魔法の本等もこれにあたる。この学部には戦う事が苦手な生徒達が多く集まる傾向にあるそうだ。
ちなみに専攻している生徒数が最も多いのは戦術魔法学部。順当であれば学生の多さと就職先の多さは比例する事が多いと思うので、割と物騒な世の中なのかもしれないな。と、そんな事を想像しながら聞いていれば案の定、政治情勢は不安定らしく、軍備拡充が謳われている世情のようだ。原因は大陸南部の大部分を占めている帝国が、数年前に別の国を侵略したとか何とか。パスカルに至っては平和続きらしいが、同じ大陸に危険な国がある以上、何もしないというわけにはいかないのだろう。
続いて学院全体の生徒数は大体三百人。その内五十人程の生徒が寮棟で生活している。寮棟の大きさの割に意外と多いと思ったが、三、四人でルームシェアだそうだ。入学年齢は十五歳で入学試験がある。編入も稀にあるらしいが、ほぼ全ての生徒が十五歳で入学しているとのこと。
学院にはいくつか指針があるが、中でも地位に限らず様々な人々を迎え入れ、あらゆる機関に魔法のエリートを輩出して魔法の知識や見聞を広めていく事を重視している。なんと真面目で崇高な学院なことか。で、この指針を遂行する重要な要素の一つが、この十五歳という入学年齢の規定だ。なぜ十五歳に繋がるのかわからないので素直に聞いてみれば、ざっくり分けて三つのポイントがあった。
一つは、リンドールパスカル魔法学院以外の【総学】と呼ばれる総合学院に付随する。総学では読み書きや言葉遣い、礼儀作法、社会と歴史、基礎魔法等を勉強する学院だ。パスカルの街ではこの総学が二校、リンドールパスカル魔法学院が一校で計三つの学院が存在しており、学校に当たる規模の教育機関はこれ以外に無い。ただし、街全体の生徒数的には総学の二校で事足りており、総学の入学年齢は十歳から三年間の在籍。つまり魔法学院は総学とかぶらないように運営しているのだ。
二つ目は備え。総学は日本の義務教育とは違って全ての子供が通えるわけではなく、通うために高額な学費が必要との事で、おのずと貴族等の裕福な家や、商人の子等、一定の財力がある家庭の子供しか入学できない。だからこそ二つしかない学校で事足りるというわけだ。それに比べて魔法学院の授業料は安く、一般層や貧困層の家庭にとっては敷居が低い。それでも背伸びしなければいけない程度には費用はかかるらしいが、入学年齢を十五歳にすることで貯蓄期間を設けているのだ。子供は十二歳を超えれば簡単な仕事ぐらいならできるようになり、親も仕事に打ち込める。ちなみに大人と呼ばれる年齢は十五歳らしいので、魔法学院で入学できるお金を貯めて、独学で魔法の勉強や鍛錬を行い試験に備える事が可能。貧しい人々にとっては、この備えが魔法学院に入学できる鍵ともいえる。ただし入学試験はかなりの難関で倍率も高く、入学は成績順となる。個人的には実力主義的な思想に好感がもてる。大人を迎える年頃にとっては厳しい方が人生的には良いだろう。向き不向きというのは何にでもある。早く解るに越したことはない。
最後の三つ目は魔法成長期と呼ばれる年齢が十五歳前後だからだ。文字通り魔法の力が伸びる時期で、地球で言う成長期と似たようなものかもしれない。もしそうであれば成長期を過ぎると衰退していくわけだから、魔法に関しても年齢と共に衰退する可能性がある。ちなみにこの時期を魔法学院で過ごすか過ごさないかで、世間では人生が変わるとまで言われているらしい。きっと就職先が大分変わってしまうのだろう。
というわけで、いかにこの世界が魔法で動いているかをよく物語っている話だった。学院の事を教えてくれた学院長はこう締めくくった。
「一般層に対して門を広く構えてはいるけれど、まだまだ敷居は高い方だし実情も違うわ。特に高貴な人達からの圧力が、ね」
推察するに裏口入学が蔓延っているのかもしれない。裕福層の何らかの計らいや援助に伴った忖度や、権力のある貴族等の子供達には少なからず優遇しなければならないとかだろう。それといくら授業料が安いといっても、毎月かかる費用は生活に必ず負担をかける事になる。それで中退してしまう学生も少なくないのかもしれない。
しかしまぁ、ボンボンを毛嫌いしているのがひしひし伝わってきますな。
それで一番大事な仕事内容の件だが、授業補佐と雑用。本当にその意味のままで、正直そんなところかと胸をなでおろした。だが、この話には続きがあった。
最初はそういった軽い仕事からで、慣れれば本格的に授業を受け持ってほしいそうだ。ただその場合、魔法のエキスパートとしてではなく、冒険者としての実践的な魔法や、冒険の知恵。そういった通常とは違うアプローチで授業をしてほしいそうで、だからこそ冒険者を募集していたと。
これまた難題である。条件の項目に書いてなかった。生憎魔法はおろか、冒険の方も初心者だ。
「大分荷が重たい話しで、私にできるか――」
そう戸惑いの言葉を漏らせば、学院長は若干の吐息を吐きつつ、腕を組んでその豊満な胸元ぉ!
「――できるかどうかはさておき、できる限りやらせて頂きます」
おい! おまえ!!
「フフフ。よろしくお願いしますね」
いや、いい。これでいい。俺の現状は今日の飯すら危ういのだ。検討の余地は初めからない。やれるとこまでやってみるでいいじゃないか。
「引き受けてくれて嬉しいわ。じゃあしばらくはお手伝いさん、ということで簡単な仕事をしてもらいますね」
既に言った言葉をなぞるように繰り返した学院長の言葉は、少々含みがあった。試用期間。仮雇用。俺を品定めするという意味だと分かるほどに。
「……わかっております。私が使えるかどうかの判断は必要な事です」
学院長は上品に笑った。
「実はこの仕事をギルドに依頼してから二カ月経つわ。その間に五人程来たけれど、全員期待外れでやめてもらったの。理由は色々あったけど、基本的に言葉遣いや礼儀作法を知らないのよね。それができる“真面目で偉い”学生がいる以上、やっぱり困るのよ。あなたは今の所百点満点だわ」
先ほどの食事の件は減点対象にならかったようで何よりだ。
「恐縮です。でも、普通に話しているだけですけどね」
「それが中々続かないものなのよ。結局は問題が起きてしまってお断りする人ばかり。そのうち依頼を受けてくれる冒険者がいなくなったわ。それで等級を落として魔法技術的なことに期待せず、本当に冒険者としての知恵や技術を生徒に聞かせてくれるだけで良いと思っていたところなの」
どうりでこんな旨い仕事が未だに掲示板の張りついていたのか。そしてついてる。等級を落としてくれたおかげで俺でも受ける事ができた。だが俺がギルドで見た冒険者達の印象は、怖いとはいえ落ち着いた雰囲気を感じていたが……。話してみると実際は違うのだろうか。
「まぁ、お話しはわかります。でも、おっしゃるように低い等級の冒険者では本末転倒では?」
「ええ。それは分かっているけれど、そもそも等級が高い人は低額報酬の仕事を引き受ける事自体少ないもの」
そうか。給与は二の次と考えていたから、そこは盲点だった。たしかに等級の高い仕事の報酬は桁違いに良かった。どうも仕事内容と報酬のつり合いが中々取れないのか。
「それじゃあ次の予定ですけれど、丁度良く明朝、三ヶ月に一度の定期演習会があるの。生徒達が魔法を披露するようなものね。その時あなたを紹介するから、そのつもりでお願い。一応、簡単な挨拶と得意な魔法を披露してくださいね」
なっ!? なんですと!?
次の日。俺はふわふわのベッドで目が覚めた。昨日寝る前に見た風景と同じ。やはり夢オチとはいかないようだ。
昨日はあの後、俺の仮住まいとなる場所に案内された。そう。この仕事は住み込みという、喉から手が出るほど美味しい待遇なのである。で、てっきり最後に案内された遼棟に住めるものだと思っていたが、外に連れ出されたことで早とちりだったとわかった。案内された場所は、寮棟から外に出て裏手に回り、そこに建てられていたログハウスのような小屋だった。元は倉庫だったらしく、最近住めるように改築したそうだ。十二畳程の広さで、中にはベッドと机と椅子。それしか家具は備えついてなかったが、今の俺には十分だ。日本では八畳の1DKの賃貸で暮らしていたからな。ちなみに小屋は二つの部屋に分けられており、もう一つは倉庫のままだった。少し中を覗いてみたが、六畳程の空間に工具や杖、鉱石、本、武器や防具等々。他にも見ただけではわからない物がたくさん詰まっていた。
その後、お礼を言って学院長と別れ、ベッドへダイブ。精神的にかなり疲れていたのだろう。すぐに泥のように眠ってしまった。おかげで朝が早い。
ベッドの上から起き上がってまったりしていると腹が鳴った。昨日夕飯を食べずに寝たのもあって腹ぺこだ。
準備をして食堂へ行ってみると朝にも関わらず、既にちらほらと数名の生徒達が朝食をとっていた。彼らに倣ってお盆を手に取り、自分の名前を食堂のおばちゃんに言い、適当に定食料理を受け取って隅っこに座った。名前を言う時少し緊張したが、話しはしっかり伝わっていたようで、職員の俺は無料で頂けた。
定食料理名はレッグホーンのホワイトシチュー。シチューの中身は原型が崩れているほどドロドロで、どんな食材が入っているのかよくわからない。だが、見た目も味も地球のシチューと言って差し支えないだろう。強いて変わった所を言えば少々塩っけが少ないところと、ホワイトというよりは灰色に近いところか。レッグホーンとやらは肉の事だと思う。実際鶏肉に近いものが入っていた。
食事を味わっていると、同じく食事中の生徒達の会話が耳に入ってきた。
「今日の魔法は一味違うぜ」
「ほんとにー? 残念な事にならないといいね」
「お前、魔法増幅の修行をしてたよな。大技ってことか」
「私はあんまり自信ないなー。今回は得意な属性じゃないから」
……属性か。そういうのやっぱりあるのか。地球の小説やゲームでは、火水風土雷木光闇、あとは時間とか無属性とか。よくあるのはそんなところか。
昨日エンボス加工のような魔法でトランプカードと考える人を作ったわけだが、一旦これをエンボス魔法と呼称するとして、一体これは何の属性に当たるのだろうか。無属性か? うーん、どうだろう。そもそも属性として一括りにする事自体、無理があるような気がする。
考えてみれば属性以前に、もっと大きなカテゴリーに分類できるかもしれない。物体の特定部分を浮き上がらせる、もしくは凹まして造形する行為。これは他の魔法にも当てはまる事だ。例えばゲーム等で氷属性の魔法は、氷を細長く作って打ち出したりするのがよく見られるけど、氷を形成する過程はエンボス魔法のように造形行為にあたる。この働きに注目した分け方にすればしっくりくるような――。
そうだな。とりあえずエンボス魔法は造形魔法というカテゴライズにしてみよう。そうすると例にあげた氷魔法は、造形魔法に氷という属性を与えた魔法という事になる。よって学院の門に作った考える人は、門の素材が鉄ゆえに土属性という事になりそうだ。つまり俺は土属性の魔法をしたってことか――。
そんな事を考えつつ完食し、ご馳走様と礼をして外に出た。ちなみに昨日会った食堂のおばちゃんは見かけなかった。
校庭に出てみると生徒達が散らばって魔法の練習を行っていて、食後の運動がてら校庭を歩きながら観察した。何度見ても魔法には驚かされるけど、遠目で見るとまるでサーカスみたいだ。特に目立つのはやっぱり火の魔法だろう。遠くにいても生徒が何をしているのか、そのダイナミックな外見や聞こえてくる掛け声等でわかる。アレは炎を遠くから操っているようだ。俺もあの生徒のように離れた場所から魔法を使えるのだろうか?
物は試しだ。復習もかねて、十メートル程離れた木の幹に考える人を作ってみよう。
………………あれ? ……嘘でしょ!?
全く何も起きないので一抹の不安がよぎり、焦って何度もイメージを繰り返した。すると目標物にしていた木から何かが落ちた。木に近づいて確認してみると、どうやら木の皮が部分的に剥がれ落ちたようだ。
少し思い当たる節があるが、ちょっと近距離でやってみてから考察しよう。すると今度はすぐに反応があった。バキバキと音を立てながら、木の皮がどんどん剥がれていく。しかし、考える人が造形される様子はない。このままでは本当に木を破壊しているだけだ。俺は魔法をやめた。
どうやらエンボス魔法は、柔軟性のある物体に対してのみ正常に機能するのかもしれない。エンボスは凸でも凹でも両方押しの作用でしかなく、木の幹を押しても造形物はできない。木で何かを作るなら削って作る彫刻だ。よってエンボス魔法で強引に押しても、ヒビ割れだったり、折れたりする、ということか。……待てよ。考える人を学院の鉄門に作って触れた時、滅茶苦茶熱かった。鉄は熱によって柔軟に伸縮可能な物質。だから鉄の門に考える人が造形できた? であれば、この魔法には熱が関係してくるわけで、単に押しの効果だけじゃない。まさかの火属性の可能性が出てきたな。だけど……。
俺はトランプカードとなった身分証を出して眺めた。これが火属性の魔法だというには、少々無理があるような気がする。仮に火属性だとしたら、エンボス加工の見た目に惑わされているだけで、実はかなり自由度の高い魔法なのかもしれない。けどなぁ、鉄じゃなくて木材相手だよ? というか魔法なんだから、理屈うんぬん取っ払って普通に出来そうなもんだがな。魔法の普通なんて知らんけど。
ともかくエンボス魔法は柔軟性、あるいは伸縮性のある物体を変形させる事ができる。今の所、木材を対象にすると変形できない。そして魔法発動場所までの距離が遠いと魔法の現象は遅くなる、という理解のままで留めよう。
で、それはそうと俺は何の力をもって魔法を行使しているのだろう。ゲームのRPGによくあるマジックポイントが存在するのだろうか? ありそうな疲れや眩暈も今の所感じていない。つまり何の対価もなく、頭の中で思う事だけで魔法が使えている。本当に等価交換の法則はないのか? 後で左足や右腕を取られたら流石に困る。
――はぁ。謎が尽きない。
なんだか気が滅入ってしまうが良い事もある。そうだ。ポジティブに考えよう。例えば名も知らぬ冒険者から聞いた『魔法は具体的なイメージが必要』という素晴らしい教えによって、日をまたいでも魔法が問題なくできるという事。今後ギルドカードを作った時のように魔法が起きなくて困る、といった事はエンボス魔法においては無さそうだ。多分、仕上がりがイメージしやすく、エンボスの仕組みが単純で具体性を持つことが簡単だからかもしれない。
ただし、簡単だからといって無闇に使わないようにしよう。魔法の対価が判明するまでは。
魔法のことで悩んでいると、後ろから聞こえる喧騒が大きいことに気がつき、振り返れば多くの生徒達が校庭の隅に集まり始めていた。
「…………しまった!!」
俺は小走りでその集まりの方へ駆け寄った。初日で遅刻なんて新人の俺がやるのはNGだ。
今日は演習会とやらがあって生徒たちに紹介される。その際、自分の魔法を披露しなければならないわけだが、エンボス魔法で考える人を作る事しか出来ない。どうなんだろうな。「なんですかこの人形は? これが冒険者としての実践的な魔法なのですか? お帰りください」と学院長に言われないだろうか?
皆のところに着いてみれば、生徒たちは整列しているわけでもなく、校庭の外縁に続く芝生の土手に散らばっており、休憩時間のような賑わいだった。恐らくあの土手を利用して、演習とやらを見物するのだろう。
――やはり生徒の学生服は目立つな。ポンチョ集団がわらわらといるのは異様な光景だ。日本の学生服も異国の人から見れば異様に見えるものなのかもしれないな。
先生方は校庭の端っこにある簡易的なテントに集まっており、空気的には遅刻ではなさそうだ。皆さん朝の談笑をしていたので、俺はサラリとテントに入り、ペコペコと適当に挨拶をしながらその中に混じった。もちろん変な顔をする人もいたが、新しく入った冒険者だと軽く声をあげればすぐ溶け込めた。
その後、学院長がテントにやって来て軽い挨拶を終えると生徒の前に出ていった。
「おはようございます。これより選抜された二年生の実験魔法の演習を行います。選抜者は前に出て、順番に魔法を見せなさい」
実験魔法? 魔法の演習会としか聞いていなかったので少しワクワクしてきた。どんな実験的な魔法が見られるのだろうか。
程なく幾人かの生徒が土手から降りて校庭に出てきた。数えてみると選抜された生徒というのは十人のようだ。




