24 奇天烈で不可解な日
魔物に囲まれて退路がなくなった。それなのに彼はまったく動じてないようで、やっぱり冒険者成り立てとは思えなかった。
私たちはレオドックとゴーレムに囲まれ、自然と背中を合わせた。そして背中越しに声をかけられた。
「俺がゴーレムをやる」
その言葉を頭の中で二回繰り返した後、私は振り返って彼の顔をまっすぐ見た。さっきの音色から真面目な表情をしているのかと思いきや、あろうことか彼は微笑んでいた。
一体なんなの。なんだかイライラする。
彼は私が考えていた事を知っていたかのように、全く同じ作戦を提案してきた。
「……わかった」
役割的に危険なのは彼。私がもっと強ければ違う方法もあるかもしれないのに。私はどうしてこんなに――。
それから彼は火の魔法でゴーレムに攻撃してほしいと頼んできた。ゴーレムに火の魔法を使ってもあまり意味ないと思うけど、私は彼の言葉に従った。何か考えがあるかもしれないし、時間稼ぎにはなると思ったから。
私は彼がゴーレムを倒せるとは思ってはいない。むしろやられてしまうかもしれない。だけどそれは私も一緒。この作戦を覆す程、良い作戦は思いつかなかった。
「やれ!!」
彼は私が先制攻撃のために空に張っておいた魔素に気付いていた。私は彼の掛け声に合わせて無数の火球を空から落とし、戦闘の火ぶたを切った。十匹以上いたレオドックの約半分をその火球で焼き倒す事に成功。想像以上に数が減って活路が見いだせたわ。この数なら素早く対処できる。
そう思ったけれど、すぐに新手のレオドックが現れてこの活路は塞がれてしまった。しかも最も遠くにいた二匹が彼の方へ駆けていくのが見えた。
「っ!?」
その二匹に魔法を放とうとしたところ、目の前のレオドックに飛びつかれてタイミングを逃してしまった。私は奥歯をきつく噛みしめる。全てのレオドックを私一人で引き付けるのはどうしてもできない。巡回組の彼にゴーレムの相手をしてもらうのに、このままだとさらに負担をかけてしまう。
私は強い焦燥感に駆られた。普通ならあんな巨大なゴーレムと対峙したら腰が抜けて動けない。でも、彼は冷静さを保って今もなおゴーレムを引きつけている。
戦闘の合間に彼の方を時折確認すると、転げまわってゴーレムの攻撃を避けていた。素早く動いてはいたけど、動き自体は卓越した技術とは程遠い。彼の言葉は嘘じゃなかった。本当に戦闘経験の浅い準三級。ただの巡回冒険者だと私は確信した……。でも、それでも役割分担はこれで間違ってない。これしかないもの。
彼がゴーレムを引きつけている間に、いかに私が早く退路を開けるかがカギ。多分、彼もそのつもりで動いてる。
――早く! 早く!!
私は攻撃に専念した。レオドックの攻撃なんて後でいくらでも治療できる。でもゴーレムの攻撃は全てが必殺だ。防御する事さえ命がけ。下手な防御をすれば簡単に腕や足はもぎとられてしまう。
私次第よ。彼が死ぬかは、私次第――。
そうして十体以上のレオドックを殲滅。普通ならありえない速度だったと思うけれど、時間を短縮できた感覚はあまりなかった。
すぐに彼に知らせて逃げようと辺りを見てみれば、彼はバックステップでゴーレムの攻撃を避けていたところだった。パッと見たところ大きなケガもなさそう。
よかった! これならあとは――。
彼の所に向かうため、疲労が溜まった足に力を込めたものの、次の足は前に出なかった。ゴーレムが突然魔法を放ったからだ。咄嗟に声を張り上げようとしたけれど、それは一瞬の事でもう手遅れだった。ゴーレムは横なぎに腕を振っていて、彼は上手に後ろへ避けていたけれど、避けた腕の後を追いかけるように風魔法が放たれた。彼からみれば腕の攻撃を回避したのに、ワンテンポ遅れた追加攻撃。
勢いよく吹き飛ばされ、彼は地面を何度か跳ねた。最後は川岸にあった岩に背中から激突。血の気が引いた。……私の、私のせいだ。彼がゴーレムを抑えられるはずがない。無茶でも何でも私が、私がどうにかするべきだったんだ。両手をギュッと丸めて拳を作る。目じりに涙が溜まってきた。
無残に倒れた彼の方を見ていると、ゴーレムがゆっくりと私の方へ振り返ってきた。まるで【次はお前だ】と。
今すぐ逃げるべきだと脳が体に訴える。だけど心がそれを中々許さない。彼をあのまま放っておくの? 逃げないとしても、どうするの?
決断出来ずに葛藤していれば、倒れていた彼が動いたのが見えた。あの攻撃を受けて、そんなことって――。私はパチパチと瞬きを繰り返して彼を何度も見直す。ゴーレムも彼に気がついたのか、彼の方へ体を向きなおした。
数秒を費やし、混乱や戸惑いを振り払う。理由はなんでもいいじゃない。生きてる。……生きてる!
まるで散らかった机を払い落とすかのように、無理やり気持ちを入れ替える。今やること。いち早く彼の元に辿り着くこと!
私は走りながら火球を手に生成した。これまで何度も何度も使ってきた火の魔法。今日だけでも何十回も使ったから、左腕は肩までススがついている。そしてこれが効かないと分かっていても。ううん。分かっているからこそ力強く願った。あのゴーレムを吹っ飛ばしてやる!
――着弾。
濃い爆煙が風で流れていき、炎を身にまとったゴーレムの姿が現れた。
やっぱり、ダメね……。
燃えたところで石の体相手じゃびくともしない。ゴーレムは基本的に魔法に強い。衝撃力のある重い魔法だったら違うけど、火の魔法は軽い。でも無駄じゃない。ゴーレムは一時的に足を止め、十分な牽制になっている。
彼は今の火球に気付いて、私の方へ顔と体を向けた。見れば全身が血泥で汚れ、吐血までしている。その痛々しい姿を見て胸がギュッと締め付けられた。
私はゴーレムよりも早く彼の所へ着き、大きな声で呼びかけた。意識をはっきりさせるために。すると彼は真っ先に、氷魔法で攻撃してほしいと訴えた。
……な、なにをいってるの?
彼は声を絞り出してそう言ったけれど、全くそれどころじゃない。状況的にそんな事してる余裕なんてない。強引に腕を取って引っ張り起こし、肩に手を回して急いで対岸を目指した。川を渡れば西門最短コースの道。
必然的に彼と密着して川を渡った。その際、彼の着崩れした服の隙間から赤い光が漏れている事に気が付いた。よく見ると、彼は服の下に防具を身に着けていて、それが赤い光を放っている。
これで謎が解けた。魔道具は手甲だけじゃなかったのね。
きっとあの攻撃を受けても起き上がれたのは、この魔道具の性質が働いたおかげに違いない。魔道具はあらゆる装備品の中でも格別に高価な部類だけど、全身を魔道具で包み込む冒険者は少なからずいる。
ひょっとしたら彼の足の防具も魔道具かもしれない。
川が浅いおかげで思ったよりも川を渡りきるのに時間は掛からなかったけど、男の人を支えながら渡るのは骨が折れた。
対岸に辿り着き、地面に倒れるようにしゃがみ込んで呼吸を整えながらも、その場で彼にこのまま逃げようと伝えた。ゴーレムは私たちを追いかけて来たけれど、今やっと川へ入った所。これなら十分逃げられる。なのに、それなのに。彼は私の提案を否定した。続いて感情的に支離滅裂な言葉を口にし始めた――。
唐突すぎてビックリした。何を話しているのか分からないけれど、辛いという事は分かる。私はどうすることもできないまま、そのまま彼を見守った。すると彼はゴーレムを睨みつけ、よろめきながらも立ち上がる。続いて腕の魔道具を杭のような形にあっというまに変形させた。
「……ちょっ!?」
禍々しいオーラが見えそうな程に激昂した彼は、いきなりゴーレムに向かって駈け出していた。まさかあの怪我で走れるなんて。しかもどう見ても考えなしの行動だ。
驚いて反応に遅れてしまったけれど、私はすぐに彼の後を走って追いかけた。だけどあろうことか、彼のスピードは異常な程速かった。川に入っているのに地上のように。ううん。地上と比べても桁違いに早い。そんな訳ないはずなのに、視界に映る彼の背中はどんどん小さくなっていく。
追いつけないと悟った私は、せめてゴーレムの意識を私に向けさせようと、残り少ない魔素を練りこむ。射線上に彼とゴーレムが重なっているけれど、どちらかに彼が動けば――。
私は前に突き出した手を持て余しながら、鋭く彼の動きを見つめる。左右どちらかに一歩動いてくれればいいのに私の願いは届かない。彼はただただ真っすぐ、着実にゴーレムに近づいていった。
ゴーレムはまるで彼を迎え入れるかのように、両腕をゆっくり振り上げていく。
まだ間に合う。彼を巻き込んでしまうかもしれないけど、魔法を打ってさっきのようにゴーレムが怯めば。きっと大丈夫。やろう!
その決めた時、いきなり水面が爆発して彼の後ろ姿が見えなくなった。数秒後、水しぶきが水面に落ちて視界が確保できた頃、彼はゴーレムの胸に杭を一突きしていた。そしてゴーレムの体が後ろへ。
「…………へっ?」
たった一突きで、あのゴーレムが倒れていく?
両腕を上げたままのゴーレムは、そのまま大きくゆっくり仰け反っていく。まるで時間さえもゆっくり進んでいるかのように……。だけど、やっぱりそう簡単にはいかなかった。倒れるすんでのところでゴーレムは片足を一歩後ろに退き、直立姿勢を保った。
虚しい気持ちになる。ひょっとしたらと思ってしまった。まさかあのゴーレムを倒せるわけが――。すると雷鳴のような音が轟き、ゴーレムが今度こそなす術なく倒れていった。
私は棒立ちのまま、その様子を眺め続けた。
ゴーレムが倒れた事で川の水が盛大に吹き上がり、霧のような白いモヤが立ち上ってしまった。
そんな視界が悪い中、目を凝らし続けていると人影が見えてきた。人影は倒れたゴーレムの上で、人影にしては異常に長い腕。そしてその腕を何度も振り下ろしているように見えた。
間違いなく彼だ。
正直ちょっと不気味だ。でも、それはすぐに【ちょっと】じゃなくなった。彼の足元。つまり倒れたゴーレムの周囲から、ヘンテコに曲がりくねった細長い影が3本現れ、上下左右に蠢いたの。
霧のせいもあって、何か別の魔物がそこに存在しているかのように思えたけれど、その気味の悪い蠢きはすぐに止んだ。かと思えば見えていた影の全てが高さを増した。続いて馬が走るような連続した大きな音と振動が始まり、ソレは霧から勢いよく這い出てきた。
私は目を疑った。蜘蛛のように変形したゴーレムが現れたから。
体の横から三つの足が弧を描いて地面に着地していて、虫のような気持ち悪い動きで走っている。彼はというと、その上にしがみついている状態。全体の高さは二足歩行の時よりも低いけど、それでも大人二人分以上の高さがあるし、横幅なんて倍の大きさ。そして変形したゴーレムは真っすぐ私の方へ向かってきていた。
迫りくるゴーレムに焦り、すぐに魔法を打ち放とうとした。けど思いとどまった。さっきと違って彼を巻き込むどころじゃない。直撃になる。
どうすべきか躊躇していると彼と目が合った。途端に彼は私に背中を見せ、あの場所から攻撃に転じたようだった。
私の魔法ではゴーレムは止まらないけど、方向を逸らすぐらいはできるかもしれない。でもいいの? 彼がいるのに?
目の前に迫ってくるゴーレムに、私の鼓動が痛いほど胸を打つ。前にかざした震える手。その手に限界まで魔素を込めていく。
撃て。……撃て。……撃ってよ!
念じた内容とは裏腹に、手に込めた力が抜けていく。地面を揺らす音が大きくなってくる。回避するしかないのに、もう回避できる気がしない。
思った以上に疲労が溜まっているのか、私の足はとても鈍かった。しかもここは川の中。
そのまま私は目を強く瞑った。
重い風が私の体を押してきた。この次に襲ってくるのはきっと硬い岩石。私は容赦なく潰されてしまうんだ――。だけど私に襲いかかってきたのは大量の水しぶきと波だった。
私はその波に飲まれ、水中に倒れこんだ。そして衝撃音がこもって聞こえ、それは鳴り止まない。すぐに上半身を起こして水中から頭を出せば、目の前は岩山。そこにポツンと一人立っている彼がいた。
予想外の景色に思考が追い付けず、ただ茫然としていると土砂降りのような雨が降り注いできた。
「っ!?」
目覚めに水をかけられたみたい。
束の間の雨が止み、私は理解した。岩山はゴーレム。そう。ついにゴーレムは崩壊して、その時の影響で川の水が舞い上がり、ようやく今その水が落ちてきたんだ。
「ちょっと!! どうやって倒したの!? 何をしたの!?」
いつのまにか彼のところまで走って怒鳴っていた。彼は戸惑い、顔を赤くしていたけどそんなの関係ない。私は肩や腕を捕まえて強く問い詰めた。
はやく教えて! ゴーレムをどうやって!? どうやって!? と、何度も彼を揺さぶる。
――彼に宥められ、仕方なく彼から離れて深呼吸。それから目を瞑り、たっぷり時間をかけて頭のスイッチを切り替えた。ともかく彼は約束通りゴーレムを倒した。もうレオドックに囲まれていない。次にやるべきこと……、急いで街へ戻る。そして報告しないと。もしゴーレムがこの一体だけじゃなかったら、とんでもないことになる。
私たちは満身創痍の体に鞭を打ち、駆け足気味に街へ向かった。
道中、もう一度同じ質問をしたけれど、彼から返ってきた言葉は熱を与えて急いで冷やす。それだけ。
……それだけ? 納得できない私は何度も何度も話を聞きなおす。他に特殊な事をしたはずだもの。しかし彼は困り果て、質問を質問でかえしてきた。じゃあ、ゴーレムは普通どうやって倒すものなの? って。
私の知っている事を話すと、彼は大工に鎧を着させた方が良いと言った。意味が分からない。すると彼はわかりやすく例をふまえて教えてくれた。パスカルの街は石材が多く使われている。それは巨大な岩石を加工して石材にし、それを使って建物を作っている。だからそれと同じようにゴーレムを石材として加工できるだろうって。
言ってる事は分かるけど、大工さん達をあのゴーレムの前に出すなんて、そんな無茶な……。
「たしかに」彼は笑いながら言う。「でもね。大工さんの方が石材について詳しいよね。効率的に素早く岩石を割る方法をたくさん知っているはずでしょ?」
その通りだと思う。でも最初の説明で言っていた熱して冷ますという説明と大工の関係が噛み合わないと指摘してみると「あれ? ほんとだ」と笑ってはぐらかしてきた。
そうはいかない。はぐらかされまいと、私は念入りに質問を繰り返した。その結果、彼は魔法を使ってゴーレムの体をあらかじめ熱した。その後川に入ったゴーレムは水に浸かって急激に冷えた。するとネツボーチョー? というのが起こり、先ほどの破壊に結び付く、らしい。
具体的に聞けた気がするのに、全然わからない。
西門に到着。すぐに事情を門兵に話す。
最初は疑われたていたけど、彼にゴーレムの魔石を門兵に見せるように頼んで出してもらうと、門兵は目を丸っとさせて驚き、すぐに伝令兵が門から出ていった。彼は門兵にゴーレムをどうやって倒したのか問い詰められて困り果てていた。私に話してくれた内容を再び話すはめになってしまったけど、兵士の反応は私と同じ。門兵は半ば苛立つように聞いていた。そりゃ誰だって信じられない。そもそも一人で倒せるような魔物じゃないもの。
そうして長い時間をかけた説明が終わり、兵士から解放された彼は見るからに疲労困憊だった。当然彼はギルドには寄らず、そのまま帰宅すると私に言った。それがいい。だってこれ以上動いたら倒れてしまいそうだもの。流石にそれを引き留めはしないし、その理由もない。ただ本音を言えば、一緒に戦った戦友と少し話がしたかった。いいえ、凄く話しがしたかった。特にネツボーチョーについて。
そして彼は今日のお礼を丁寧にしてくれた。お礼を言うのは私の方。ありがとうと私は伝えた。
彼はぐったりとした背中を見せて帰っていく。あまりにもみっともない後ろ姿と足取りに笑いがこみ上げる。今の彼がゴーレムを倒したなんて、納得できる理由があっても信じられないよね……。
彼と別れた後、私は偵察任務の報告のため、急いでギルドへ行った。ギルドでは東へ向かっていた編成隊が既に帰ってきていて大混雑。
人がたくさんいる場所は苦手。内容は濃いけど、なんとか係員に手早く報告。報酬をさっと受け取る。踵を返し、早歩きでギルドの扉へ向かった。けれどその扉の寸前で声をかけられてしまった。
私はその声で誰かがわかり、深い溜息をついた。苛立ちを感じつつ、その声の方へ振り返る。
「相変わらず怖い顔してるね。少し奥で話を聞かせもらえるかな」
相変わらず……。そりゃ私は不愛想だけど、言われると腹が立ってしまう。冒険者ギルドのギルドマスター。この人に捕まると話しが長くて嫌。




