25 化けたのは誰だ
ゴーレムを倒した翌朝、鈍痛で目が覚めた。怪我の具合を確かめるため、恐る恐る寝返りをうってみる。
「――っつ」
痛い。けど随分楽になってる。あの女医さんおかげだな。
昨日、ゴーレムを倒して西門に着いた時、そこで気が抜けてしまったのか、妙な倦怠感に襲われた。その倦怠感は疲労とは少し異なる感じがして、それは何か重篤な怪我のサインだと思えた。もちろん体の痛みもあったが動けないほどじゃなく、内臓や頭痛の痛みも我慢できるレベル。だからこそ急な倦怠感が妙に怖い。というか、そもそもゴーレムに吹き飛ばされて吐血した時の事を考えれば、立っている事自体が妙だ。
俺は西門の兵舎で事情を説明してエルフと別れた後、病院を探すことにした。だがこの病院探しは失敗した。いや、病院自体は中央通りを歩けばすぐに見つかったんだが、治療費がべらぼうに高く、手持ちでは全く足りないという事が分かったのだ。どうしたものかと悩むも、払えるものがなければどこへ行っても門前払いなのは変わらない。
結局どんどん強まる倦怠感を抱えながら学院へと足早に向かった。しかし、学院の門に入った所で力尽きてしまったのだ。気を失うというのが初めての事で、今思えば嫌な体験だった。目眩と一緒に頭がぼーっとしてきて、転ばないよう地面に座り込んでみれば、途端に力が抜けて横になるしかなかった。そのまま瞼を開け続けられなくなって――。
「――――うっわああっああああ!!??」
目を開けた時、守衛さんの顔が視界いっぱいに入ってきた。以前、学院の案内をしてくれたあの守衛さんだ。肌の色が浅黒く、灰色の目の中に点のように小さな瞳。口を閉じていても若干見える鋭い八重歯。そう。まるで吸血鬼のような顔。それがどーんと視界に入ってきた。
「おおっ! 目が覚めたか!? おまえさん門の前で倒れたんだぞ!」
「倒れて……」となると、あれから気絶してしまったのか。そしてその俺が今ベッドの上で横になっている。つまり俺を運んで寝かしてくれていたと。「あ、ありがとうございました。もう大丈」
「大丈夫じゃないわよね?」
聞いた事のない声だ。寝ながら首を回して顔を向けてみれば、上から下まで真っ白な服を着た女性が真横にいた。見た目からいって女医さんだろう。
「……ですよね。すいません。この度はご迷惑おかけして……ん??」
女医さんが俺の手を握っている事に気がついた。
「動かないで」
驚いて身じろいたところ、ぐっと力を入れられて制された。
その後、守衛さんは俺の身を案じていきながら部屋を出て行き、この方と二人っきりになった。言われた通り、横になったまま動かずに周囲を伺う。多分ここは寮棟のどこか。周りに置かれた物を見て、医務室のような場所で間違いないだろう。病院を探していた時にこの場所を考えついていたら良かった。もし治療費が高くても学院の医務室なら多少融通がきくはずだ。
近くのテーブルには銀色に輝く細長い器具が白い布の上に置かれていて、隣には楕円の形をした入れ物が二つ。中には水が張ってあり、その内の一つは赤く濁っている。さらにそのテーブル下には金属のバケツがあって、中に赤黒く染まった布がいくつも入っている……。
ここまでくれば流石に気になる。俺は首が痛むのを承知の上でその首を持ち上げ、自分の体を恐る恐る見下ろした。だが真っ白な薄手の布が体にかかっていて、肝心の体の具合は見えなかった。そのかわり。
んなっ!? なんだと!?
目をカッと開く。俺の服が足元に置かれているじゃないか。ということは、裸、なのか?
今度は目を細め、自分の体にかかっている白い布そのものを凝視する。微かに腰を締めている感覚が……しないでもない? ……いや、する。するな! よし! パンツ一丁だ! 男の威厳を損なう事にはなってない!
「フフフ。まだ見てないわよ」
意地悪そうな笑みをしながら女医さんはウィンクした。じゃぁ見てみます? なんて強気な言葉が頭によぎったがやめた。
「昼間は大人しく隠れてるんで見れないですよ」
「あら。それなら隠れてないわよ」
「………それなら? ソレ? ………えええっ!?」
「ソレじゃなくて、今はもう夜なのよ」
そっちかよ! 慌てて確認しちゃったよ。
それから女医さんの話しを聞き、俺は半日程気を失っていた事が分かった。まぁ内容が内容だ。大分無茶が祟ったようだ。肝心の体の具合の方は内臓に少し損傷があるとのことで、【少し】という部分について聞き直してしまった。血を吐いたわけだから、何かとんでもない重症を負ったと考えていたからだ。まぁ、女医さんがそう言うのであればそうなのだろう。俺よりも信用できる。案外丈夫な体なのかな。
「ところで、なぜ手を握っているんですか?」
「あなた、回復魔法は初めて?」
「はい」
「ふぅん……。回復魔法はね、自分の魔力を患者に流して患者の体内で魔法を起こすの。だからこうしてあなたの手から魔力を少しずつ流している最中というわけよ」
言われてみれば握られている右手を通して右腕全体が不思議と暖かい、ような気がしないでもない。ちょっと怖いな。体内にどんな魔法をかけらているのだろう。そもそも目に見えない内臓に対してどうやって? ……まさか開腹して確かめたとかじゃないだろうな。
「少しの魔力でいいのは、あなたが眠っている間に散々回復魔法で治療したからで、今はその回復具合を診てるだけだからよ」
少しの魔力で回復具合が分かるというなら、普通に流せば損傷具合も手に取るようにわかるのかもしれない。というか、そんなことよりも。
「そうだったんですか。すいません。大分お手数おかけしたみたいですね。ありがとうございます」
そう感謝の言葉を口にすると、意味深に見つめてきた。
「ちなみに相手の体内に魔力を流すと、その体のことが色々わかっちゃうの」
「?」俺は頭をかしげつつ、その言葉の意味を読んで続けた。「もしかして、何か悪い病気でも?」そう言いながら違うと分かる。これは別の話だ。一体何が言いたいんだ?
「病気は分からないわよ。私が分かったのは、あなたが普通の人間じゃないってことよ」
――というわけで無料の治療を受けたのである。無料ですぞ。無料。ここに就職できてホントによかった。待遇良すぎ。
俺は布団から出て窓際に移動した。移動で背中と足腰が痛んだが、もはやそんな単なる痛みというレベルを超えた体の問題が気がかりだ。あの時、それ以上その事ついて言葉を交わさなかった。女医さんは他に何も言わなかったし、俺も何も言わなかった。言えなかった。何を言えばいいのか。何を言い返せばよかったのか……。
窓際に置いた観葉植物に触れつつ、窓から見える雑木林をぼんやり眺める。……まさか、本当にこの世界の人間とは体の造りが違うのか?
以前、学院の中庭で操作魔法の練習をした日、自分とリースとで魔法を行う上で圧倒的な隔たりがある事について考察した事がある。考察の結果、俺が魔素を練っていないのが原因だと結論づけた。ポイントはこの結論を出す時にある疑念が生まれた。そもそも俺が魔法を使える方がおかしい。地球では当然魔法なんて使える体ではなかった。よって異世界に来たあの日、俺の体は魔法を使える体に変わってしまったのではないかという疑念。つまり、この世界の住人と同じ体に変化したから魔法が使えるのではないか、というものだ。
女医さんの発言は、正にこの疑念を晴らす内容かもしれない。俺の体は地球にいた頃と変わっていないため、異世界の人間と体の造りが違った。これなら普通の人間じゃないと言われても筋が通る。……しかし、だとすれば魔法を使える理由は一体なんなんだ?
「――」
腹が鳴った。こんな事考えても答えは出ないさ。それに女医さんがそこまで深く言ったつもりじゃないかもしれない。単純に普通の人間よりも丈夫だと思って言った可能性もある。
俺は目に見える怪我の場所に薬を塗ったあと、包帯をパパーッと巻き直して食堂へ向かった。塗り薬は昨日の問題発言の後に渡されたもので、アザや切り傷に使用する薬だ。
寮棟の食堂はテーブルが所狭しと置いてあるが、昼食の時以外はその半数以上が空いている。俺は電車の座席みたく端っこの方に座って食事を始めた。
「お、は、よ」
「あ、ルーブ学院長。おはようございます」
学院長がカップ片手に現れて隣の席に座った。あいさつの音色から若干不機嫌そう。包帯を巻いている事で何か小言を言われるかと脳裏に浮かんだが、カップから漂ってきた香りによってその思考は無造作に散っていく。地球で暮らしていた頃、何百何千と飲んできた黒い液体の香りとそっくりだったからだ。
「……もしやそれは、コーヒーですか?」
「コーヒー? どこの呼び方かしら? ここではコフィーよ」
「コフィー?」
学院長は「飲む?」と両眉を上げてカップを俺へ差し出してくれたので、遠慮なく一口頂いてみる。
「コーヒーだ!!」
「コフィーよ!」
んおおおお! 猛烈にテンションが上がる! この世界にもコーヒーがっ!
「珍しいわね。苦くて不味いと思わないの?」
「とんでもない! 大好きで散々飲んでいました! コーヒーは仕事の友ですよ!」
「こっ、高級品よ? 散々飲んでたなんて本当かしら。あと、コフィーだから」
「高級品……。そう、だったんですか。すいません。頂いちゃって」
「一口くらいなんでもないわよ。それより! 怪我は困るわ!!」
怒られた。怪我のせいで学院の仕事に支障が出たら困るとか、他にも体調管理がどーのこーのと執拗にお叱りを受けた。
やはり女医さんから早々に報告が入っていた。普通の人間じゃないと言われた件については学院長の口から出てこなかったが、恐らくこれも伝わっているかもしれない。しかし怪我の原因は知らないはず。女医さんには適当に誤魔化したから、エルフさんや西門で話した兵士から漏れない限り知られる事はないだろう。
そしてお叱りの後、以前話しがあったゼミの授業まで今日から三日間、元々休暇になっているのでその間にしっかり体を休ませて治しなさいと勅命を受けた。
学院長が席を立った後、俺は真っ先に食堂のおばちゃんのところへ向かった。あのおばちゃんだ。
「すみません。コフィーは頼めますか?」
「えぇ? コフィーって……。コフィー? あんた! 持ってるのかい!? だしなっ!! すぐだしな!!」
まるで胸ぐらを掴まれるかのように両肩を掴まれた。
「い、いや、私は持ってないです」
「ッチ!」
うそでしょ。お茶目なおばちゃんだと思っていたのに、舌打ち!?
「持ってないなら何さ。コフィーがどしたんだい。あんな高いもんはここに置いてないよ!」
「そうでしたか……。実はさっき学院長に一口いただきまして、ひょっとして食堂に行けば貰えるのかと。うぇっ!? ぢょっ!!」
俺は近づいてくるおばちゃんの顔に手を置いて止めた。まるでその一口分を飲ませろと言わんばかりの勢いだ。
やめろっ! 口をパクパクさせるな!!
おばちゃんの口づけを何とか回避し、逃げるかのように小屋へ帰った。その日は小屋に篭ってぼんやり昼寝をしたり、植物の手入れをしたり――。一応、昨日採集した薬草を入れていた麻袋の中から、放り込んでいた二つの大きな魔石を取り出しておいた。こいつは相当な値打ち物だろうから、目のつかない場所に隠した。
夜になると頭の中で昨日の出来事を思い返し、様々な知識をまとめていると次第に瞼が重くなり、倦怠感に体をまかせて眠った。
次の日、たくさん寝たせいもあって早朝に目が覚めた。天気は雨。この世界に来てからというもの穏やかな晴天が多かったが、雨という天気に謎の懐かしさを感じる。天気と反比例しているが、自分の中では気持ちがいい朝。どことなく窓際に置いた植物も元気そうに思える程だ。
雨の音をしばらく聞いたあと、ぐーっと伸びをしてみる。
「っつ!!!」
そりゃダメだよな。まだ体が痛い。
一昨日負った傷の中でも、特に首肩腰が酷く痛む。その辺り全部がアザで覆われているみたいだ。
多分この痛みのほとんどは、古代ゴーレムが腕を振った後に起きた突風。それによって吹っ飛んで、川岸の岩に衝突したときのケガだろう。ケガの具合から想像すると、肩から岩に衝突して、さらに首腰にも被害が及んだのだろう。
塗り薬の効果は実感しているが、この分だと完治までまだ時間がかかる。しばらくこの痛みと付き合っていくしかない。
女医さんはどうしてこの怪我を放置したんだろう。――いや、内臓を診てくれただけでも凄く助かったので文句は言えないか。無料だったし。それにしても骨すら折れずに後頭部も無事。あの戦いは最高に運が良かった。
俺は水を張っておいた桶に顔を入れていくらかさっぱりした後、朝食を食べに食堂へ向かおうと小屋の扉を開けた。
あっそうだ。雨だった。そういえば雨具持ってないな。傘はこの世界にあるのかな? うーん。他にも色々欲しいものがある。そろそろ生活必需品を一式揃えたいな。
結局食堂まで目と鼻の先なので、雨に打たれるのを覚悟して早歩きで向かうと、さっそく雨対策に外套を着込んでいる生徒を見かけた。だが傘を指している生徒は見かけなかった。
朝飯を食堂で取ったあと、小屋に戻って備品倉庫部屋のガラクタを漁ってみる。すると少々傷や汚れがあるが、十分使えそうな茶色の外套を見つけた。
「――よし。行くか」
無理に姿勢を曲げなければ痛むことは無い。熱や腹痛の類も無い。大丈夫だ。
俺は隠しておいた魔石の一つを取って大事に懐にしまい、冒険者ギルドへ向かった。今日は一昨日採集した薬草を売り、さらにこの魔石を売ってコフィーを手に入れるのだ!!




