20 殺し方と倒し方
俺と彼女は先ほどの森の中の小川を辿って西方面へ進んでいき、遭遇した魔物をいとも簡単に彼女が蹴散らしていく様を目のあたりにした。言い方を変えれば、殺しを間近で見たということだ。正直食べたご飯を戻しそうになった。特に哺乳類、と呼んで良いのか分からないが、哺乳類に似た魔物を躊躇なく殺していく様は見ていてキツかった。魚を殺すのと、犬猫を殺すのとでは感じ方が全然違う。そういった感覚と一緒なのか、大分嫌悪感があった。
この気持ちは何度見ても消えはしなかったが、数を重ねていくと徐々に彼女のスマートな戦い方にさっぱりとしたものを感じ取れてきた。それは俺が地面を転がりながら、醜く血みどろになってレオドックと殺し合いをしたものとは全く違う。なんというか狩猟行為に近い。いや、実際にそうなのだろう。魔物を狩ってギルドで売るのだから。
そういった事情を含めてみると、魔物を殺すという事に関して意識が変わりそうな気がする。が、俺にはまだまだ時間が必要そうだった。
「べらぼうに強いですね。もしかして一級なんですか?」
「……それ、聞いちゃう?」
げっ。等級は秘匿しておくものなのか。そういえば魔本によって学院の依頼書に自分の名前は刻まれたが、等級は刻まれていなかった。
たしかに等級が判明してしまえば、何らかの争いに発展すると想像に難くない。例えば依頼人が報酬を下げたりとかね。
「すみません。浅はかでした。聞かなかった事にしてください」
「フフフ」ジト目から一転、彼女は微笑む。「あなたの場合は巡回組だから気にする必要ないと思うけど、等級を上げてちゃんとした冒険者を目指すなら、あまり聞いたり言ったりしない方がいいと思うよっ」
彼女はそれなりに高い等級だろう。素人の俺から見ても場慣れしてる事がよく分かる。魔法を行うとき、魔素を練る行為をいつ行なっているのか判別つかないほどに軽やか。学院の生徒達のように目をつむったり、その場に止まって瞑想したりすることはない。つまり隙がなく、溜めもない。無論「か~め~」とも言わないのだ。
注意深く観察していると、フットワークで魔物を流している時や、武器による攻撃に転換している時など、そういった動きの中で同時に魔素を練っている事がわかった。
さらに彼女は氷魔法を見せてくれた。氷魔法はゲーム等でよくありそうな、一瞬で魔物の体全体を氷で包み込み、最後には些細な攻撃でガラスのように砕けるような様ではない。最初は魔物の足元に霧に近い靄が見え隠れし、それから次第に魔物が足を引きずるようになった。そこで足の表面に霜が降りていることを確認できた。恐らく急激に冷却されていたのだろう。
彼女が魔物を倒した後、ミイラ化してしまう前に急いで魔物の足を直接観察してみれば、やはり局所的に冷たくなっており、内部まで黒く変色していた。よって氷魔法の類だと確信。どうやら体の外側から内側へ浸透していくように凍結が始まるため、それなりに時間が掛かる魔法のようだ。といっても戦闘時間を考えれば、冷凍庫の何十倍も速く凍結しているだろう。
このように、見学は大変有意義なものになっていたわけだが、彼女が戦っている間、何もしていなかったわけではない。覚えたての魔道具を使い、牽制程度に参戦した。これは彼女のおかげで余裕のある今、現状唯一頼れる魔道具に慣れようと考えたからだ。
そして驚愕の事実が発覚した。手甲の魔道具は刺だけではなく、盾から刃のような武器まで、自由自在に変形できるものだった。もちろん自由と言っても大きさには限界があり、一番大きくして半身をカバーできる盾ぐらいの大きさ。加えて刃の形に出来ても鋭くは作れず、切れ味は悪そうだ。ちなみに表面の見た目はイメージで変えようとしても変わらなかった。刺刺の時と同じで、動物の骨のような、それでいて石のような見た目のままである。
とはいえだ。こうも思い通りに作れると、どんな武器にするか頭を悩ませる。俺はまるで粘土をこねまわすように様々な形状に変化させて何度も作り直す。くどいほどに。そんなこんなで何十分か立った時、同行者からの白い眼に気が付いた。
とりあえず左腕は手甲盾。右腕は腕に沿う形で突き出た剣に……待てよ。そもそも短剣を持ってるというのに剣に? いっそ槍にした方がいいか。というか手甲盾も微妙か? 手甲という防具の上に盾を乗せるというのはいかがなものか。まぁ手甲よりも範囲が広いけれど――。
その後、さっそく現れた魔物相手に魔道具の武器を試した。いや、試したというより試す前に分かった。手甲剣なんて使いこなせるわけがない。手で持つ剣とは勝手が違いすぎて刺突しかできない。だったら槍のような形状にした方が効果的だ。
結果、右腕は先を尖らせた手甲杭に変える事にした。左側は盾のままで良さそう。カバー領域が増えて安心できるし、使い方も相手に向けるだけだし。
それからしばらく魔物との戦闘を挟みつつ歩いていると、稀に薬草を発見。すぐに薬草採集の件を彼女に伝えると、採取するのを一緒に手伝ってくれた。いや、手伝いと言うと語弊がある。むしろ指導してくれたのだ。俺が無造作に薬草の葉を千切ろうとしたとき。
「あっ。ダメだよその葉は」
「え?」
彼女によると若葉を取ってはいけないらしい。取って良いのは成長しきった葉のみ。しかも薬草全体の大きさから、取る量も制限しないとダメで、そこから葉の見分け方、葉の切り方まで教えてくれた。彼女の教えは葉を採集した後も薬草が死なないように配慮しており、全く気にも留めずに採集していた俺は素直に反省した。
彼女は随分と植物の事に詳しいのようなので、頭によぎった疑問を聞いてみた。ギルドの依頼書には、薬草の葉の採集と書いてあった。だが、根ごと採集した方が薬屋さんも都合が良いのではないかと思っていたのだ。
この質問に、薬草は生えたその場所でしか育たないと教えてくれた。要は根ごと持ち帰って植え直しても、育たずに枯れてしまうらしい。だが、それだと薬草を栽培することが不可能だ。どんな街でも売買していそうな物なのに、栽培できないなんて信じられない。
「もちろん街でも栽培してるよ」
してるんかーい。
「だけど、それは元々薬草が植生していた場所で薬屋が栽培してるだけなの。だから栽培できる数に限りがあるんだよっ」
なるほど……。
「ひょっとして、魔素溜まりに生えてる光る草も、同じ理由で同じ場所でしか育たなかったり?」
「うん。魔素が濃い場所でしか生えないって言われてるよ。薬草の方は魔素溜まり程じゃないけど、似たような場所で育つって聞いた事があるわ」
本当に魔素はこの世界の中核だな。いろんなことがこの魔素に結びついている。
ところで彼女は植物に関して豊富な知識と高い意識を持っている。
よくある話しとして、エルフは森を敬愛している、というは真実なのかもしれない。同じように小説や逸話の影響から、エルフは迫害されているイメージがあるけど、この世界ではどうなんだろう。
パスカルの街においては亜人と共生しているわけだし、そういった事はなさそうだけど……。これは聞けないな。つーか聞きにくい。聞き方は色々あるけど結局は、虐められてるの? と聞くことと等しく、かなりデリケートな話題だ。それを聞けるほど親しい間柄でもないので控えておこう。
いずれこの世界で暮らしていればわかることだろう。
昼食をとった場所から辿っていた小川は、いつしか複数の支流と合流し、随分広い川幅になっていた。魔物も出てこなくなり、爽やかな鳥や虫の鳴き声に耳を傾け、たまに跳ねる魚の音や風によって木の葉が揺れる音が妙に心地いい。
そんな中、穏やかに流れている川横にあった手頃な岩に座り、何度目かになる休憩をしていた時だった。いきなり地面が上下に揺れ、ゆたゆたと流れていた静かな川に不自然は波紋が広がり波立った。虫の鳴き声は消え、鳥たちが鳴きながら羽ばたいていく。
――地震だ。
日本暮らしていた俺には気にも留めない震度だが、彼女は血相を変えて剣を抜いた。
「警戒して!」彼女は動じていない俺に対して強く言い放った。
ここらは地震の少ない地域なのかもしれない。俺は仕方なく形だけそのようにしたが、内心は地震慣れしている日本人のままだった。
ところが、少し長いなと思っていた地震は少しどころじゃなく、かなり長く続いた。さらにその揺れ方は普通の地震とは違い、一回一回区切って何度も起きた。
何かおかしいと思ったところで、今度は地震と一緒に振動音が聞こえてきた。その音は揺れと共に段々と大きくなっていく。それで何かが近づいている可能性に思い至った。それからは異常な展開が続いていった。地面がまるで大太鼓のように振動し、岸辺にある石が飛び上がる。もはや自分の足すら浮きそうな程で、俺は慌てて膝を地面について耐えた。
さすがに不安になって真面目に身構えていると、茂みの向こうにある木々がメキメキと音を立てて倒壊していく様を目撃。続いてその倒壊した木々を踏みつけながら、巨大な何かが不気味に現れた。それは大きな岩や小さな岩が連結し合い、人型を模していた。
「ゴッ、ゴーレム!? こんなところに!?」
彼女は悲壮感を漂わせて言っていたが、俺は「魔物はなぜ人を襲うのだろうか。食糧なのだろうか? 体が岩なのに?」などと考え、目の前の脅威にどこか無頓着だった。
「――逃げて!!」
その叫び声で我に帰り、彼女と一緒に後方へ退いた。幸運な事に俺の足は物怖じしていないようで普通に動いた。案外度胸があるようだ。しかし、すぐに俺達は足を止めることになった。十匹以上のレオドックが岩陰や茂みから姿を現し、瞬く間に辺りを囲まれてしまったからだ。
ありえない……。賢い魔物だとしても策略的すぎる。それに種族違いでコミュニケーションがとれるのか? あるいは共闘や結託の概念があるのか? はたまたゴーレムが飼い主という主従関係だとでもいうのか。
退路を塞がれ嫌な汗を背中に感じる。
不気味な事に魔物らは睨みを効かせるだけで、すぐには攻撃してこないようだった。レオドックについては既に戦ったから、ある程度どんな魔物か知っている。問題はデカイ方のゴーレムとやらだ。一体どんな攻撃をしてくる魔物なのか。ゴーレムの体長はおよそ五メートル。縦に人間三人分くらいで、腰からつま先までで二人分あるかないか。体はどこもかしこも岩石の密集によって作られており、体の内部も含めて石のように思える。細部に至って気になる箇所は関節だ。特に肩と股の間節が他と比べて細かい岩石でまとまっている。ある程度自由に肢体を動かせる仕組みなのかもしれない。ま、岩に対して仕組みもへったくれもないが、見た目の印象だけで言えばそう見える。同様に腕にも肘関節があるようだが、手首には無い。加えて指もない。その代わり腕が地面に手がつきそうなほど長い。脚部についてはどっしりとした太長で、異様に足幅がある。ただし腕と違ってこちらには足首の関節がある。他の関節とは少し違って大きな岩がたくさん密集し、加えて足には指らしきものが二本ついていた。だが、指と呼ぶには少々戸惑われるもので、指の分かれ目が足の甲から始まっている。これらの特徴から推測するに、重すぎる体を支えるための構成だろう。であるならば、歩行に適した形があの二本指という事になるが、あれで本当に歩行できるとは恐れ入る。一目瞭然だが足回りの地面が沈んでいる事もあり、とんでもない体重があるのは間違いない。
形状や体の石そのものを観察していると、自然と腰の部分に違和感を捉えた。なぜなら色や形が他の部分と違うからだ。やけにそこだけ黒く、凹凸がたくさんある。
ある種のセオリー通りならば、ここが弱点の可能性が高いだろう。弱点と言えば生物のほとんどが頭部になるが、コイツの場合は違う気がする。歪な形をした頭部と呼べそうな部分はあるが目鼻耳に当たる物体がなく、ただの岩にしか見えない。最も、全てがただの岩にしか見えないが。
そんな感じで素早くゴーレムの分析をしてみたものの、そんな猶予はなくなりつつある。徐々に砂利を躙り踏む音が四方から近づいてきているからだ。レオドックは体の側面を見せながら俺と彼女を起点に周回。ゆっくりと距離を詰めながら、今か今かと狙いを定めて舌なめずりしている。その姿や行動は、まるで腹を空かせたライオンの狩りだ。
唯一の逃げ道かと思われる川にさえレオドックはいる。ソイツを見て分かったが、この川は全幅に渡ってかなり浅い。川の中央辺りでさえ、膝上まであるかないかぐらい。あのレオドオックさえいなければ川を渡って逃げるという選択肢もあったかもしれない。無論追いつかれる可能性はあるが、選択肢があるのとないのでは全然違う。
――俺と彼女はジリジリと詰め寄ってくるレオドックに対し、自然と背中を合わせた。俺はゴーレム側を。彼女はレオドック側を向いて身構える。
背中越しに彼女の息遣いが分かり、緊張感と焦燥感が伝わってくる……。
バカか俺は。
もちろん同じ感情はあったが、比べてみるまでもなく、俺の危機感は大分希薄だった。浮世離れしたゴーレムという存在のせいで、どこか達観的に捉えていた。どうも死を身近に感じる経験が少ないせいか、自分が本当に死ぬかもしれという想像まで行き着かない。レオドックとの戦闘で痛い目に合ったばかりだというのに。
それで、どうする? もはや逃げることは叶わない。彼女の足を引っ張るようなこともできない。したくもない。つまり何とかしてこの状況を打破しなければならない。集中しろ。俺に何ができる? 何をやれる?
自問自答の末、一度体全体の力を抜きながら息を吐き、最後になるかもしれない空を見つめて息を吸う――。
決めた。レオドックの囲いを切り開いて逃げ道を確保する。そのために最も効率の良い方法は、レオドックを彼女に蹴散らしてもらうしかない。残る問題はあのデカイ岩。アイツが彼女を攻撃してきたら一貫の終わり。つまり。
「……俺がゴーレムをやる」
そんなつもりはなかったが、まるで歴戦の戦士のような言い方になってしまい、若干片頬がつり上がる。
背中側の彼女は、この歯が浮くようなセリフを聞いても無反応だったが、その三秒後。魔物を目の前にして迷いもなく振り返り、俺の目を鋭く射抜いてきた。
明らかに怒っているので流石に戸惑ったが、視線を合わせていればその目は疑いの目だと分かってきた。ハハッ。そりゃそうだ。
「信用できないと思うけど、どっちみちこれしか方法がない」
俺は一つ大きく息を吐いて続けた。
「デカいのは俺が引き付ける。その間あの犬共を何とかしてくれ。君なら余裕だろう? それと可能ならゴーレムに火の魔法で攻撃してくれると助かる」
そう声をかけると彼女は何かを言いかけようとしたが、結局それを飲み込んだ。そして静けさを保ちながらも強めの口調で「わかった」と彼女は言い、再び俺に背中を向けた。
作戦も決まった事だし、袋叩きになる前に先手を打つ。いや打ってもらう。
俺は軽く彼女の背中に自分の背中を押し当てた。つまり文字どおり、彼女の背中を後押して声を張り上げた。
「やれ!!」
その途端、頭上に無数の火球が出現した。




