19 魔法の道具
昼食を食べ終わり、焚き火で乾かしていた服を広げて汚れを確認していると、彼女が反対の裾を持って一緒に見てくれた。
「――うん。綺麗になってるなってる。結構ひどかったから落ちないかもって思ったけど大丈夫だね。一体どんな魔物と戦ったの?」
俺は先程の出来事を簡単に説明しつつ質問した。巡回依頼であるこの薬草探しの主な場所は街の近く。その場合、魔物が出現しても弱いと聞いていたが、主観では大分強かった。これが普通なのかと。
「巡回組にレオドックは辛かったねぇ」
彼女は俺が戦った魔物について色々教えてくれた。あの犬の魔物はレオドックという名前らしく、群れで襲ってくる厄介な魔物で、“獅子の子供”とも呼ばれているらしい。俺のような巡回組? が遭遇してしまった場合、絶対逃げるべきだと教えてくれた。
「でも、尾行なんて、普通は、しないよ」
彼女は笑いを堪えきれないといった感じで、クスクスと笑い声を漏らしながらそう言った。
ちなみに今回は三匹だったが、大体十匹前後の群れで行動する事が多いらしい。そりゃ逃げるわ。
「ところで巡回組って、巡回依頼を行なってる人の総称で合ってる?」
「もちろん。知らなかった?」
詳しく聞いてみれば、冒険者ギルドに加入している半数は俺と同じ準三級で、そのほとんどの人が等級をあえて上げず、巡回依頼だけを目的にしているらしい。これは巡回依頼の数が多くて比較的安全な仕事なので、小遣い稼ぎに冒険者ギルドに加入している人が多いからだ。よって本来の冒険者とは少し沿わないため、準三級の人を巡回組と呼んで一線引いているそうだ。
「その手甲から刺が生えたんだよね? 珍しい魔道具だね」
彼女は俺の腕をまじまじと見た。
魔道具というのか。小屋で見つけた時にぼんやり赤く発光していたから、そういう類のものだとは想像していたけれど。
「……もしかして、使い方って分かります?」
「使い方?」彼女は頭を傾げた。
「さっきみたいに勝手に棘が出てしまうと困るので。というか、そもそも魔道具の事をよく知らないんですよね」
「そう、なんだ――。とりあえず色々種類があるんだけど」
なんだか疑問があるような口ぶりで、俺が変な事を言ってしまったのかと不安になったが、彼女はすぐに人差し指を顎のあたりにつけて教えてくれた。
話しによると魔道具は日用品から戦闘用まで幅広くあるそうだ。例えば日用品なら飲み水用の魔道具や、料理用に使う火の魔道具がそれに当たるらしい。それらは補助的に使用する物もあれば、魔道具のみで使用する物もあるとのことで、大変使い勝手が良いらしい。魔道具としての形も多種多様で武器防具はもちろん、アクセサリーや服、靴にさえ付加される事もあって言い出したら切りがない。ちなみにギルドでカードを発行した際に見た魔本も魔道具の一つだ。
戦闘用の魔道具は総じて値が張るそうで、この手甲のような防具ならば攻撃を軽減させる魔道具が多く、剣のような武器ならば何らかの魔法による追加攻撃が付加される物が多いと教えてくれた。で、彼女がこの手甲を珍しいと思った理由は、防具の形なのに攻撃性のある魔道具だったからだ。
色々と気になる点はあるが、特に気になるのは防具系の魔道具が敵の攻撃を軽減させるという点だ。今身につけている足と胸も恐らく魔道具。この手甲のように例外的な物じゃなければ戦闘中に攻撃を軽減してくれる可能性が高いだろう。
とは言っても、具体的に何を軽減するというのだろうか。例えばゲーム的観念で考えると、物理防御と魔法防御で区別したり、防具が持つ属性によって防げるダメージが変化したりするが、無論こういったゲーム上の話しがそのまま現実には通用しない。なぜなら土魔法や氷魔法にありそうな、岩や氷塊を投げつけてくる魔法の攻撃を受けた場合、現実的に見ればこれは衝撃という物理攻撃だ。もちろんこれを言ったら大抵の魔法は物理攻撃として捉えられるが、現実ではそういうことになる。学院で行った演習の時にリースが放った水龍の突進も、攻撃を受けていれば物理的なダメージで間違いない。
しかしながら、もしも水魔法を属性的に軽減する魔道具を装備していたら、水の影響を受けにくくなり……。なんだ? 濡れにくくなるとか? それはしょぼい。実にしょぼい。一体どんな攻撃をどう軽減するというのだろうか。
俺は彼女の話を遮る形で質問した。
「す、すみません。今、防具の話しで言っていた攻撃の軽減というのは、攻撃の種類に関係するのですか? 例えば魔法の属性とか」
「属性? それは魔道具によって違うかなっ」
「ほほぉ……」俺は首を前に伸ばした。「ほっ?」
「ええっと、熱に強い素材で造られた魔道具なら、もちろん火の属性魔法に強いよ」
「なるほど」そういうのは防具の素材で決まるのか。「では魔道具の防衛機能としては、何を軽減するのでしょうか?」
「え? 何をって、何でも、だよね?」彼女は言いながら首をかしげた。
「……」
またか。今までもこういう事は度々あった。質問しても前提を理解していないから、回答されたところで回答の意味が分からないという流れだ。
「すみません。それはつまりどういった理由というか、仕組みというか」
「あっ、防具の魔道具には障壁魔法が組み込まれている事が多いの、だから――」
ストンと来た。ストトンと来た。
「なるほど! 障壁魔法ですか!」
要はどんな攻撃でもバリア的なもので防いじゃうと。想像通りのバリア的なものかは分からんけど、そんな感じだろう。少し頭が固すぎたな。
「それで魔道具の使い方だけど、魔法と一緒で二通りかな」
「先生! 詳しく教えてください!」
「えええ! 先生!?」
彼女は照れ笑いを浮かべつつ、顔の前で両手を振って否定していたものの、それはもう饒舌に教えてくれた。
一つは術者発動。術者が発動のキーとなるので自在に発動できる。もう一つは条件発動。これは学院の門が良い例で、あれは接触による条件で開閉したというわけだ。
「武器だとほとんど術者発動かな。防具はまちまちかなぁ」
「へぇ。そういうものなんですね」
「うん。本当は三つ目があったりするけどね」
「……というと?」
彼女は得意げに三つ目を教えてくれた。それは自律発動。これは中々手に入らない貴重な魔道具や、高価な魔道具によくある発動方法らしい。
「なるほど。つまりこの手甲は自律発動したかもしれないと」
彼女はやや吹き出すように笑って「そうかもね!」と言った。
ふむ。違うみたいだ。となると残り二つの発動方法に絞られるわけだが、あの時と同じように両腕を胸の前でくっつけてみても発動しない。よって条件発動ではない。残された発動方法は術者発動ということになってしまう。しかし、あの時は突然の事すぎて無意識だったはず。ひょっとして条件発動の内容が腕の動作じゃなく、あまりにも危機的状況を感知すると発動するとか……。いや、ないか。高性能すぎる。魔道具が危機的な状況かどうかを判断できるわけがない。
半信半疑のままだが術者発動にトライしてみよう。できなければ他を当たるまでだ。使い方は“魔法と一緒”と彼女が言っていたので多分イメージすればいいだけだろう。
さっそく身に着けた手甲から棘が出現するイメージをしてみる――。んん? 棘が出てこない。やっぱり術者発動じゃないんじゃ……。
「ねぇ。今試そうとしてる?」
「あっ。わかります?」
「だって――目が――」
彼女はまたクスクス笑い出した。相当目力を込めていたみたいだ。
「えっとね。目よりも肌の感覚に意識してみて」
素直に言われた通り、手甲が当たっている肌に意識を集中してイメージしてみる。
「……? おお!?」
薄っすらとムズムズする感じがする……。なんというか眉間スレスレに指を近づけた時に感じる気配みたいなものだ。今まではイメージと意識の集中だけで魔法を起こしていたが、実際に何かを感じるのは初めてだ。
そして漠然と、根拠もなく今なら出来ると感じる。俺は再び棘のイメージを思い描いた。
「!!」
何重にも重なった鋭い風切音と共に、手甲表面の幾科学的な六角形の面々から何十本もの棘が勢いよくズバッと生えた。
このハリネズミを彷彿させる棘棘の生え際は、棘同士の密集によって一つに見えるが、中央あたりから何本かに枝分かれをしていき、外側に行くほど細く尖っている。大体長さ一メートルぐらい。色は灰色で動物の角のような趣だ。ちなみに結構重い。
「すごい!! なにこれ!!」彼女は目をキラキラ光らせた。「やっぱりこれは武器だよ!!」
彼女は興奮してぺたぺた刺に触れて物珍しい目を向けた。
まぁ、腕に棘を生やす魔道具が多いとは思えないし、相当珍しいのかもしれない。
とりあえず発動方法は分かったので、再び肌に意識を集中して棘を引っ込ませるイメージをした。途端に棘はスーッと縮んでいって手甲は元どおりになった。
「ところで素朴な疑問なんだけど、魔道具による魔法と、自分で行う魔法との違いってあるのかな?」
そんな事やればわかりそうなもんだが、やる前に不思議な気配を感じたぐらいだ。もしかしたら俺が鈍感なだけで他に何かあるのかもしれないが、そもそも冷静に考えると棘を造形魔法で作っただけとも思える。経緯は違えど、具体的に刺を生やすというイメージをして発動した事を考えれば、考える人を構築する流れと一緒だ。もちろん、手甲の体積に対して明らかにそれ以上の刺、というか角? が生えたというのは、今まで俺が魔法で水や土を生み出せなかった事を顧みれば、これまでの魔法とは逸脱しているというのは分かる。だが、それは結果的にというだけで、実感としては不明瞭だ。アニメやゲームの主人公達は違いがわかったのだろうか?
彼女は俺の問いに、またも不思議そうに首を傾げた。その仕草は無性に可愛い。
「うーん。全然違うと思うけど。だって疲れてないよね? 自分の魔素でさっきみたいな魔法をしたらかなり疲れるよ?」
以前から気になっていた魔法の対価が彼女の答えによって判明した。疲労か。凄いすっきり感を味わえそうな事が分かったのに全くすっきりしない。なぜなら俺は魔法による疲労をまだ感じたことがないからだ。
となると俺が今までやってきた魔法は一体「――どういう訳なんだ」
「どういう訳って、えぇっと……」
しまった! 口に出してしまった。
「さっき刺を出した時は魔素を練ってなかったよね? 魔素を練らないと実際に無い物は生まれないでしょ? 特に土魔法や水魔法は絶対に無理。でもその魔道具が補ってくれたから魔素を練らずに済んだって事だよ」
こ、れ、だ。これだよこれこれ。こういうすっきり感を欲していた。いくらやっても水や土の生成ができなかった理由。やはり魔素を練っていなかったからか。恐らく土魔法の授業で土が予め用意されていたのは、生徒が授業の初めに土を生成して疲れてしまってはその後授業にならないから。水魔法の授業については生成が授業のポイントゆえに用意してなかったのだろう。
いやはや、これでようやく魔素の入り口に入れたな。生成する行為には魔素を練る必要がある。そして、これまでは魔素を練らずに可能な魔法のみを行なっていたため、対価の疲労を感じる事がなかった、と。
それにしても“実際に無い物は生まれない”とはね。魔法のある世界で聞ける言葉じゃないな。
まだまだ聞きたい事は山ほどあったけど、彼女が出発の準備を始めてしまったので俺もそれに倣うことにした。
聞けば既に冒険者の依頼をほぼ終わっていて、これから魔物を帰りがけに狩りながら街の西門へ向かうらしい。これは都合がいい。西門へ向かっているのは俺も一緒だ。俺は同行と見学を丁寧にお願いした。彼女は少し戸惑っているようだったが、この申し出を快諾してくれた。
というわけで乾かしていた服と装備を着る。まだ乾き切ってない所もあったけど、動きを阻害する程でもなかったので無視した。そのうち乾くだろう。
彼女はホットパンツ風の短い黒いパンツを履いていて、そこからスラリと伸びる長い脚を石の上に置いて膝まである長いブーツを履き初めた。眺めていると「……見すぎ!」と、彼女は顔を赤くして犬や猫を追いやるように手を振った。
ちょっと見とれていただけなのに。――だからか。俺は後ろを向いて自分の装備を確認して待った。
「おまたせ」
くすぐってくるね。そこは語尾にハートをつけてほしかった。って、何をバカなことを。いちいちこういう事に反応してしまうのは、きっと地球にいたときに女っ気が無なさすぎたせいだ。そうに違いない。
振り返って彼女の方を見ると、両腕を頭の方へと上げて、透き通るような長い金髪を一本に束ねているところだった。
……わざとか? わざとなのか!?
彼女は髪を束ね終えると灰色のタンクトップの上に所々鉄金具が付いた黒い革のジャケットを着た。見るからに硬そうだけど、彼女の動作を見る限り滑らかで、動きの邪魔にはなってないようだ。ウエスト部分には三本程ベルトを巻いていて、そこにポーチや剣をぶら下げている。
「なんか二人して黒いね」と、彼女は笑って歩きはじめた。
たしかに俺が着ているお気に入りのマウンテンパーカーは黒に近い方だし、装備している手甲の色も黒い。ちなみに先の戦いで所々パーカーが破けていた。ショックだ。
冒険用に汚れても良い服を調達せねば。




