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左遷艦隊  作者: マーキー
南国の司令官
46/50

面影

「白石大佐は、とりあえず自室で謹慎させておきます。」

ニーギニを通した応接室の前で、多田野に肩を貸していた二階堂はそういいながら、敬礼して離れた。

多田野は、応接室のドアをゆっくりと開けた。

応接室には、伍長と小銃を持った兵士が二人おり、腰に曲刀を下げたニーギニと思われる痩せた老人がソファに腰掛けている。

お茶は出ていたが、犠牲になった歩哨が曲刀で殺されていた事はすでに兵士の間にも知れ渡っており、なおかつ、侵入者の素性について明らかにしてはいないから、小銃の銃口はニーギニに向けられていた。

「申し訳ありません。腰の曲刀は部族の長の証とのことで、外していただけずに。」

と伍長が言い訳する。完全に和やかな雰囲気では無かった。

それでも、男は、多田野を見てにこやかに笑い、今回のことは我々ではないと静かに言った。ぶっきらぼうであったが、完璧な帝国語であった。

多田野は、騒動には一切触れず、マグス司令のこと、お悔やみ申し上げますと心から頭を下げた。ニーギニは、ただ、黙って頷いて役に立ったようで良かったとだけ言い

それを聞いた多田野はどこか父親に似ていると思った。

ボサボサと海風で傷んだ白髪に、日に焼け、頬の少し痩けた皺だらけの顔。胸元まで伸びる顎鬚。外見から見れば、ニーギニの容貌は、海軍内でも美形で偉丈夫との評判があった伊戸とは全く似ていない。

しかし、多田野は、確実にニーギニに伊戸を、父親を感じていた。しかし、あくまでニーギニは、騒動について弁明に来ただけであり、その奇妙な感じも、あと数分で終わってしまうはずだった。しかし、ニーギニは、少し姿勢を崩した。

「お前は、ヒデオの息子か。」

「ええ、そうです。伊戸英雄の息子です。父をご存知なのですか。」

ニーギニは頷いた。

「ヒデオとは、一緒にアメリアと戦った。連合国が出来てからも、よくここに来た。帝国にとって、ここは、南の緩衝地帯だったからだな。」

伊戸は、軍令部長官という要職についてなお、月に2回から3回はどこかに出張していた。多田野は気になることを聞いた。

「では、人造石油については。」

「知っていた。しかし、彼は帝国には報告していない。」

伍長達が息を呑む。予想はしていた多田野も声を上げそうになるのをこらえた。

「あいつには、今の奴のように、戦争欲は無いからな。まぁ、どの道こうなるのは見えてたけどな。」

「見えてたとは。」

「アメリアは、国内の失政を誤魔化し、政権の支持率を上げるため。それから、国内の反体制派をあぶり出すため。帝国は、資源の獲得と国際社会での発言力強化の為に戦争を欲していた。今回の戦争はたまたま双方のタイミングが重なったに過ぎない。」

ニーギニは、違うなと一人つぶやいた。

そして、少し悩んで、こう続けた。

「そう。起こしたかった戦争というべきか。」

『起こしたかった』戦争。

この言葉に、多田野は叫びたくなる衝動を抑えた。

『争いは避けるべき、愚かな行為である。

しかし、異なった環境で生きるものが、共存しようとする以上、争いは避けられない。

その際たるものが戦争であり、敵味方ともに犠牲を最小限にし、国を守るのが軍人である。』

士官学校の何かの教科書の前書きにある多田野の好きな文句だった。甘い理想論かも知れないが、『避けられない戦い』で『敵味方ともに犠牲を最小限に』する。それが軍人であると多田野は思っていた。

それなのに、なぜ、『起こしたかった』戦争で、歩哨を務める兵士や山崎一等水兵が死ななければならなかったのか。多くのものが怪我をしなければならなかったのか。迷う自分に、部下を殺す命令が出せるのか。白石1人処罰することもできないのに。思考の渦は、多田野の頭を壊さんばかりに渦巻いた。

「部下の前で、あまり、そんな顔をするな。」

ニーギニの声にハッと現実に戻った多田野は、慌てて顔を両手で叩く。優しい声だった。

「ユキタカ。父親とはまだ仲直りできないか。」

不意に名前を呼ばれたが、多田野が戸惑うことは無かった。むしろ、戸惑ったのは伍長達のようだった。

多田野の耳には、ニーギニの声が、まるで呼ばれ慣れていたかのように馴染んでいる。

「ええ。何を話せば、いいかわからなくて。自宅謹慎のはずですが、艦隊司令を拝命してからも一度も会ってないです。」

「そうか。これから、私の家に来るか。狭いが。友の息子といろいろ語り合いたい。」

話の流れは唐突すぎだった。

しかし、多田野は、仕事があることも、自分が、怪我をして寝ていたことも忘れていた。

なぜか、この申し出を断わることは出来なかった。

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