遁走
チャーラ島での海戦によって新聞各紙は克人をこぞって賞賛し、帝国海軍の圧勝と書き立てたが、山中も克人も喜びに浸る間もなく、人目を避けるように近衛師団の水上機基地に急いでいた。
朝から、ずっと気難しそうに黙っていた克人が沈黙に耐えられなくなって新聞を山中の膝に叩きつけた。
「なぜ、逃げるように帝都を出なければならない。それにこの戦果は嘘だ。報告によれば我が方にもかなりの損害が発生しているはずだ。」
「真実を伝えることが得策というわけではありません。軍も国民も克人殿下の『活躍』で士気が上がっています。逃げるも何も北有栖川克人は帝都ではなくチャーラ島にいることになってます。それに敵艦隊の大多数を撃沈、大破せしめたことは事実です。」
「しかし、我々に艦隊はない。どうする。国民を騙したのだから、それなりの戦果を上げねばならぬだろう。」
克人の言う通り、帝国海軍南方艦隊は全体の2割が大破、6割が中破し、まともな艦隊行動が出来る艦隊は第12独立艦隊を除いては他にない。
山中はそうですなぁと頷きながら戦争によって、ようやく頼もしくなった克人に一抹の寂しさを感じ、年甲斐もなく徹夜して書き上げた作戦案を膝の上に出した。
「まだ、ほぼ無傷の第12独立艦隊がおります。それに各艦隊から健全艦を集めればチャーラの防衛戦力としては使えるでしょう。敵の主力がいない内に第12独立艦隊をもって、チャーラ島の南東及び南西にある敵偵察基地を破壊、更に奥のモロ島にある敵基地を奪取し、今後の防衛拠点及びモロ島の南東にある敵根拠地フィーネ島攻略の前線基地とします。また、モロ島には鉱山資源があるようですので大本営の覚えもよいでしょう。」
「なるほど。で、そのモロとかいう島の基地司令は誰にするつもりだ。」
南方攻略艦隊は慢性的な人不足であり、克人は山中が自ら基地司令として赴任するのかと不安がっているようだった。
「多田野准将を当てます。つきましては橘エルナ中佐をモロ基地副司令に。」
「エルナを基地副司令に任じるのか。彼女が受けるかどうか。」
克人はどこか意味深にそう言ったが、この人事は克人を守るために必要な措置であり、山中は少し強い口調で続けた。
「順当な人事ではありませんが、殿下直率の独立艦隊なら可能です。何卒、そのように命令をお出しください。」
山中はすでにアメリア諸島解放後を見据えていた。アメリア本国艦隊との決戦は歴戦の提督も運に左右されるような消耗戦になることは間違いがなかった。無論、山中は帝国海軍が勝つことを疑ってはいない。そして、多分それは一条も疑っていないだろうと思っている。
だからこそ、帝国海軍が一度でもアメリアを打ち破った時、消耗戦に入る前に、一条の押さえとして帝都にある邸宅でイライラしながら戦況を見ているだろう伊戸という英雄とその依代となる多田野という息子は必要だと山中は信じていた。
目の前に海が見えてきた。海に並ぶ水上機に付けられた近衛の紋章がキラりと光った。ふと、克人が言った。
「なぁ。山中。今度の海戦では多くの死傷者が出た。この者達に顔向け出来るように行動しなければならないな。」
いい目をしていると素直に山中は思った。
「依るべきは我々かもしれませんな。」




