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左遷艦隊  作者: マーキー
南方の小艦隊
25/50

親子

 チャーラ島に配属された兵士の憩いの場は帝都の繁華街である水原町にあやかったのか南方水原と名付られた一角である。

 舗装もろくにされていない一本道を中心に賑やかな電飾を施した木製のあまり上等とは言えない建物が立ち並び、派手好みで艶やかな格好をした女たちがその両端に立って、片言の言葉で腕にまとわりつくように客を止め、次々に店へと送り込んで行く。

 今夜は第12独立艦隊の兵たちが一度に供給され、チャーラ島の繁華街はいつにも増して大盛況であった。多田野は特にあてもなく歩いているが、2人はさっきの客引きの格好がどうのとか男の方はこういうのがいいのかとか珍しそうにキョロキョロしながら多田野についてくる。

 軍令部時代の同僚のチャーラの外れに落ち着いた店があるという言葉を思い出した多田野は女連れだろうが手当たりしだいに声を掛けてくる客引きに疲れていたこともあり、二人の同意のもと、路地裏に折れた。道を少し入るだけで、表通りの喧騒は嘘のように小さく暗くなり、密集した建物が光だけでなく女たちの生気をも吸い取ったかのように、うらぶれ、疲れた客引きがぼんやりと立っている。

 多田野達には路地を進んでいく。やがて、帝都と同じように木製の看板に『小春』と書かれた日に焼けた暖簾の掛かった目当ての小料理屋を見つけ、二人をチラッと見てから入った。15人も入れば一杯というこじんまりとした店だったが、1枚木のカウンターテーブルに扶桑の伝統工芸や壁にかけられた刺繍があり、本土の水原とまではいかないが、多田野は帝都の小料理屋に入ったような錯覚を覚える。昔はこの界隈でも有名だったのかもしれない綺麗な中年の女将がいらっしゃいませと笑顔で迎え入れてくれる。あの同僚は結構遊んでたんだなと多田野は思った。

料理も悪くなかった。多田野は食事を済ませると二人の話す艦内のうわさ話を聞きながら、今日ばかりの贅沢と新たに肴を見繕い、清酒を一本頼んだ。猪口は2つもらい彰子にも注ぐ。

「井上伍長とすっかり、打ち解けていらっしゃるご様子で安心しました。人員配置の関係で同性の従卒が手配出来なかったこと少し気にしていたんですが。」

 あまり強くないと話していた彰子が小気味よくクイッと酒を飲んだ。

「伍長はすごく優秀だよ。」

「ありがとうございます。嬉しいです。でも、艦長も提督とわかり合ってるというか。艦橋勤務の友達が戦闘中の阿吽の呼吸はすごいと言っていました。」

 井上が満面の笑みで多田野に酌をしてくれる。

「阿吽の呼吸か。確かに神城大佐はこちらの意図はすべてお見通しなんだろう。」

「そう言っていただけると嬉しい限りです。私としては提督がなさりたいことを全力でお手伝いさせていただいてるだけなのですが。父からも、力を尽くして多田野提督を助けるように申しつかりました。」

 父親。

 多田野はその言葉に少し引っかかりを覚えた。

 多田野には父親の記憶は無かった。

 物心ついた時、すでに多田野の母親は伊戸と離婚し、それから母は昼夜忙しく働き、暗黙の内に親子の間で父親の話は禁忌となった。やがて、何の因果か多田野が士官学校に入るといった時、母親は父親について初めて喋った。多田野は士官学校の入学式で伊戸に会った。伊戸はわざわざ時間を取ったらしいが、隔てられた時間は来賓の偉い軍人という認識しか生まなかった。

「羨ましいよ。仲はどう。いい方なの。」

 多田野は自分がつくりだした不自然な間を質問で埋めた。

 普通になったと言ったほうがいいですねと彰子は呟くように言った。

「父は男の子が欲しかったんです。名前は彰。でも生まれてきたら女の子だった。仕方ないから「子」をつけて「彰子」と。」

 彰子は一気に酒を口に流し込んだ。黙るのが正解と思った井上は残った料理を食べている。

「母が私が生まれてすぐ亡くなったこともあり、父は私に茶道や裁縫ではなく剣道と柔道を教え、海軍士官学校を目指させました。私は完全に神城彰として育ったのです。優れた海軍軍人である事が私の存在理由でした。この長い髪だけが私のせめても女としての抵抗なんです。」

 彰子が手で黒髪を弾いた。実直な軍人らしさを際立たせていた黒髪が急に艶めいて光る。そして、どこか独り言のように彰子は話を続ける。

「でも、後悔はしていません。実は第12独立艦隊への異動の前、父は私に詫たんです。彰子すまない。私は軍しか知らない男だ。お前を男のように育てるしか無かった。でも、お前を大切に思わなかったことはない。だから私は軍令部に志願し、お前が軍人として楽が出来るよう取り計らってきた。しかし今夜、私は軍令部の職を外された。お前を守ることもできん。すまないと。涙を流して。もちろん、父が自分の夢を私に託したのは間違いないでしょう。でも、軍一筋の不器用な父にとって軍だけが娘を育てる手段だったんだと気づいてしまって。」

湿っぽい話ですみませんと彰子はおしぼりで目頭を軽く抑えた。

 両親が居ないという井上はもらい泣きをしていた。多田野は井上にそっとおしぼりを渡した。

「でも、今は父親の気持ちも分かりましたし、自分の能力を発揮できる提督に出会いましたから。提督に会って良かったと思います。」

 少し酔いが回って潤んだ彰子の瞳にまっすぐに見つめられて多田野は顔が赤くなるのを感じた。


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