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左遷艦隊  作者: マーキー
南方の小艦隊
24/50

残務

 多田野は休暇に浮かれる艦内を尻目に口実作りの書類仕事の為に公室に入った。

 荷物はすでにアサマへと運び込まれており、執務室はヨーテイの執務室と全く同じように整頓されていた。

「おかえりなさいませ。お荷物はすべて運び終わっています。ご確認ください。」

 井上が得意顔で敬礼して多田野を迎えた。

「ありがとう。大変だったでしょ。休暇の前に悪かったね。井上さん。整備部への申請用の書類を書きたいんだけど。どこにあるかな。」

 と多田野は井上を素直に褒めてから執務机に座った。

「引き出しの中です。」

 と井上はニコニコとしていた。

 多田野は引き出しを開ける。

 ヨーテイの執務机の中と何一つ変わらないように書類が入っていた。

 なるほど、さすがは井上さんだと感心しながら、多田野は難なく必要な申請書類を見つけ出し、机の上に置いた。

「あの。提督はお休みにならないのですか。」

「船体整備の依頼書を書いて、それから訓練案も考えておきたいし。でも、2時間もあれば終わる仕事だから。」

「では、私もお手伝いします。私はこの間みたいな戦闘になれば、ここにいる事しか出来ません。それに私は従卒です。提督より先に休むわけにはいきません。」

 従卒には沈没時に機密文書を始末するという仕事がある為、規定上、戦闘時、最低一人は司令公室に詰めていなくてはならない事になっている。第12独立艦隊の人員不足の影響で本来、2人いるべき多田野の従卒が、井上一人である今、それはそれで重要な役目なのだが、それでも肝心な戦闘時にいないことを井上はかなりマイナスだと捉えていたようだった。

「提督。神城です。」

 彰子が軽くドアをノックして入ってくる。

「神城大佐。君もまだ休みにはならないのか。」

「訓練日程を考えてました。うちの作戦参謀はさっさと街に消えてしまいましたので。大筋は終わりましたので、報告を兼ねて、依頼書の作成をお手伝いしようかと。」

「そうか。他の皆は休みに入ったのか。」

「はい。艦内を見回りましたが、残っているのは提督と井上伍長だけです。伍長。もう休んでいいわよ。」

「いえ、私は従卒ですから。艦長こそお休みください。」

 多田野は苦笑した。

2人とも、多田野が休むまで休みをとる気はないようだった。多田野は部下を休ませない最低な上官だなと思いながら、それでも、2人が付き合ってくれることに感謝して、ペンを取った。

 当然のことながら、清掃の件は口頭でもう整備部に伝えてあり、書類は最悪、作業終了時までにあればよかった。実際、多くの提督が書類を後回しにして整備を受けている。しかし、整備部としては書類があった方が資材調達や人員管理がしやすいのは明らかで、多田野の個人的な感情一つで書類と作業が前後するのが許せないのだった。

やはり自分は事務屋だなと多田野は思った。

 2人が不思議そうに多田野を見た。

少し恥ずかしくなって多田野は頭をかいて誤魔化してみる。

「すまない。一人1艦で頼む。それから、訓練案、一応目を通しておきたい。お陰で早く休暇に入れそうだ。」

多田野が手渡した書類を二人は笑顔で受け取り、必要事項を書き始めた。

 彰子は井上の机を間借りして、横目でチラチラと井上の書類を見ながら、書いている。軍の書類特有の少し難解で癖のある書式に戸惑っているようだった。

 一方、多田野に鍛えられた井上は時折、書式を彰子に教えながら余裕を持って書き進めていく。

「提督。休暇の予定はあるのですか。」

 いつものように井上が多田野に話しかけてきた。

 彰子が驚いたように二人を見たが、多田野も井上も手を止めることはない。階級が違いすぎ、提督とあまり喋らない従卒も多いと聞くが、井上と自分は違うと多田野は思っていた。無論、何か人目を憚るような特別な関係にあるわけではない。多田野は事務仕事が嫌いではないから、他の提督と違い、締め切りに追われること無く、毎日、継続的に書類仕事に従事している。その間、二人っきりで何も喋らない、ただひたすら書類に向かい続けるというのも場の空気が悪いと、どちらともなく始まった一種の習慣のようなものだった。

相手が暇そうな時を見計らって、例えば、昼のメニューなど、別に答えなくてもいいし、考えなければならない程、複雑なことでもないことを話す。それだけだった。

 質問の答えはといえば、多田野に定まった予定はない。思えば、着任以来、船に籠もっていた多田野にとり、久しぶりの陸であり、何をすれば良いのかわからなかった。

しかし、なんとなく暇だと答えるのは嫌だった。井上はまた部屋に籠るのかも知れないと考えた。

「良ければ、食事でも行こうか。」

 多田野の咄嗟の思いつきだった。井上がすぐさま、行きますと嬉しそうに返事をしたが、彰子は一瞬戸惑う。

「いや、都合があれば、構わない。私と食べても気重だろうし。」

 多田野は慌ててそう打ち消した。彰子は首を振った。

「そんなことないです。突然のお話に驚いただけで。」

「そうと決まれば、さっさと片付けましょう。」

 と井上が左腕を軽く上げる。

 その合図に3人は黙々と書類仕事に打ち込んでいった。

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