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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第8話 カエレンの過去1

 惨劇の現場を後にし、ウィルたちは傭兵騎士団本営に戻ってきていた。


「ウィル、大丈夫?」

「……うん」


 ウィルとリンは本営の食堂で待機している。メアウェンたちは事件の後処理に追われ、子供たちにまで手が回らないようだ。


「あの魔族の人……」

「うん」

「あそこまでやらないといけなかったのかな……」

「そうだね……」


 リンが相槌を打つ。


「俺、自分が魔族だってことも知ったばかりなのに」

「うん」

「たくさんの人を殺さなきゃいけない恨みってどんなものなんだろう」

「わかんないね……」

「俺、何も知らないな……」


 リンが何か言いかけた時に食堂の扉を開け、誰かが入ってきた。


「やあ」

「セオル!」

「傷は大丈夫なの?」


 セオルは火球の影響で少しやけど(・・・)を負い医務室で治療を受けていた。


「うん、そんなにひどい傷じゃなかったから」


 セオルはウィルたちの向かいに腰掛けた。


「何か話してたの?」

「うん……、事件の話」

「犯人は魔族の人だったみたいだね……」

「うん。あの人……」


 ウィルは昼にあった出来事をセオルに話した。


「そんなことがあったんだね」

「もう、誰が悪いのか、何でこんなことになるのかわかんなくなっちゃってさ」

「そっか。そうだね。なんであんなことしたんだろう」


 三人に沈黙が降りる。いくら考えても答えは出なかった。

 しばらくして、ウィルがつぶやいた。


「あの人いま牢屋にいるんだっけ」

「うん、アルドさんが連れて行ったはずよ」


 リンが答えると、ウィルは勢いよく立ち上がる。


「ウィル?」

「聞きに行こう」


 そう言うと扉を開けて出て行ってしまう。


「ちょっと! ウィル!」


 リンとセオルはウィルを追って食堂を後にした。



    ◇



 廊下の角から三人の子供たちが様子をうかがっていた。地下牢へ続く階段には歩哨(ほしょう)が立っている。自分たちがメアウェンの保護下にいるとはいえ、なんの権限もない子供を通してくれるとはさすがに思えなかった。


「どうしよう……」


 ウィルが何か方法がないかと考えていた。


「ウィル、戻ろう? メアに怒られるよ」


 リンはウィルを翻意(ほんい)させようと説得を続けている。

 二人を見ていたセオルは「ちょっとあそこに隠れていて」と言い残し、歩哨(ほしょう)のもとに向かっていった。


「セオル!」と小声で止めようとする二人。いいから隠れて、とジェスチャーで物陰を指さしセオルは歩いて行った。

 仕方なく隠れるウィルとリン。見るとセオルは歩哨(ほしょう)に何やら話をしている。しばらくすると歩哨(ほしょう)はこちらに向かって歩いてきた。身を寄せ息をひそめる二人。歩哨(ほしょう)は二人が隠れている場所を通りすぎ食堂の方へ歩いて行った。


「来て!」


 セオルが手招きする。ウィルとリンはなるべく足音を立てないようにセオルの方へ向かった。


「どうやったの?」とウィル。

「メアさんが呼んでるって言ったんだ」

「よく信用してくれたね」

「今みんな手が離せないから伝言を頼まれたって言ったら信じてくれたよ」


 答えつつ、セオルは壁に設置された箱から鍵を取り出す。


「さあ行こう」

「ねえ、本当に行く気なの?」


 やはり、リンは乗り気ではないようだ。


「早くしないとさっきの人が戻ってきちゃうよ」

「はあ、仕方ないわね……」


 しぶしぶリンが同意すると、三人は地下牢へ続く階段を降りて行った。

 降り切ったところにあった扉を鍵で開け、三人は地下牢へ入った。まっすぐ続く廊下に面して、四つほどの牢が並んでいた。ランプの明かりは薄暗く、奥の方はあまりよく見えない。


「なんか……、力が抜ける感じがする」


 ウィルがつぶやくとほかの二人も同意した。ウィルたちは知らなかったが、地下牢の廊下には魔力を吸収する石が設置してあった。囚人から魔力を吸収し、魔法の行使による脱獄を妨げるのが目的だ。

 三人はそろりそろりと廊下を進み、牢を覗き込んでいく。一つ目の牢には誰もいなかったが、二つ目の牢に人影を見つけた。薄暗い明かりのせいで顔はよく見えなかったが、手枷(てかせ)足枷(あしかせ)をつけられた男のようだ。


「なんでガキがこんなところにいるんだ」


 牢の男が立ち上がり鉄格子に近づいてくる。徐々に明かりに照らされ見えてきた男の顔は、街で絡まれていた魔族のものだった。


「あ、あんたが今日の事件の犯人か」


 目の前にいる男は大量殺人を犯した人物だと考えると恐怖を感じた。ウィルは少し腰が引けていた。


「なんだお前ら」

「あんたが犯人かって聞いてるんだ」

「ああ、そうさ」


 男は牢の中から子供たちを見下ろしながら答えた。


「俺はウィル。魔族だ」

「何を言っている」

「あんた名前は?」


 男は眉を下げ困惑の表情をつくる。なぜこんな小さな子供たちが自分のことを質問しているのか見当がつかないといった顔だ。


「名前は?」とウィルが重ねて問いかけた。

「カエレン」


 カエレンは答えた。


「カエレンさんはなんであんなことをしたんだ」

「なんでそんなことを聞く。親でも死んだのか?」

「違う! 俺も魔族だからだ! 街であんたが絡まれてた時、ひどいことをすると思ったんだ。でも、そのあとあの事件に遭って……。仕返しなのか? そりゃ蹴られたりしてたのはかわいそうだと思ったけど」

「俺も魔族(・・)だと? さっきからどういうつもりだ!」


 ウィルの言葉をさえぎってカエレンが叫ぶ。


「え……」


 ウィルたちが言葉の意味を図りかねていると、地下牢の入口付近から別の声が聞こえてきた。


「魔族は自分たちのことを『魔族』とは呼ばない」


 姿を現したのはメアウェンだった。


「彼らの種族名は本当はヴェトスというんだ。魔族というのは王国がつけた名前だ」

「どういうこと?」と、ウィル。

「六年前の戦争のときに(ちょく)が出たんだ。これからはヴェトスのことを魔族と呼ぶように、ヴェトスと呼んだ者には罰金を()すとね」

「ちょく?」

「王様が直々(じきじき)に決めたってことだよ」


 セオルがウィルに説明してやる。


「戦争が終わってもこの(ちょく)は改められることはなかった。この国ではヴェトスのことは魔族と呼ぶしかないんだ。正直に言うと私もあまり好きな法ではないな。かつての敵だとはいえ種族を(おとし)めることを続けるのがいいとは思わない」

「そういうことだ。自分を魔族と呼ぶヴェトスなどいるものか!」


 カエレンが吐き捨てる。


「魔族じゃなくて……、ヴェトス……」とウィル。


 カエレンがメアに向かって言う。


「あんたは騎士団の人間だな! こんな子供をよこして何のつもりだ!」

「すまんな、これは手違いだ。子供を使って何かを聞き出そうといった意図はない。ただ、彼が言ったことは本当だ。彼は魔族、ヴェトスの血を継いでいる。本人は最近まで知らなかったようだが」

「知らなかった?」

「ああ、旅暮らしで一緒にいた父親からは聞いていなかったらしい。私と出会ったときに君たち特有の紋様を発動させてな、出自が発覚したというわけだ」

「あんたが教えたのか」

「私は王国民だからな。魔族としか言えない」


 舌打ちをしたカエレンはウィルに向き直る。


「で、お前は何をしに来たんだ。ここは子供が来るところじゃない」

「あんたが事件を起こした理由が知りたい」


 ウィルがカエレンの目を見て言う。

 カエレンは何かを確認するかのようにちらりとメアウェンを見た。


「言っただろう。この子は自分の出自すら知らなかったんだ」


 メアウェンがカエレンの視線に言葉で返す。


「教えていいのか」

「私はウィルを信じる」


 幾分(いくぶん)逡巡(しゅんじゅん)した後、ため息を一つつき床に腰を下ろした。


「長くなるぞ、お前らも座れ」


 ウィルたちが床に座り込むとカエレンは話し始めた。


「俺が十歳の頃だ」



    ◇



 カエレンはいつものように妹フローラをつれ、近隣に住む友達と遊び回り日が暮れるのを恨めしく思いながら自宅に帰ってきた。

 いつもなら母が夕食の支度をしており、おいしそうなにおいが家中に漂っているはずだった。しかし、その日は様子が違った。食堂には誰もおらず静まり返っている。

 カエレンが不思議に思っていると扉をあけて父が入ってきた。鎧を着込み、いつも仕事に行く時よりも重装備をしている。


「父ちゃん、今から仕事に行くの?」


 カエレンの父は軍人だった。普段は朝に職場に行き翌朝帰ってくる。今のような夕方から出勤することは珍しかった。


「少し問題が起こったようだ。カエレン、母さんとフローラのことを頼むぞ」


 明らかにいつもと様子が違う父の雰囲気に、十歳といえどカエレンも何かが起ころうとしていることが分かった。

 父が家を後にした三日後、ヴェトス国とエンリック王国の開戦の報が届けられた。

 日々が刻々と過ぎていくなか、届けられる戦況は次第に悪くなっていった。物資は戦地に届けることが優先され、カエレン一家の食卓に上る食材もどんどん少なくなっていく。この頃から母が少しずつ痩せていっていることにカエレンは気づいていた。


「母ちゃん、最近少し痩せたんじゃない?」

「そう? そんなことないと思うけどねぇ」


 思えばその頃から母はカエレン達と一緒に食事をとらなくなった。後で食べるよ、と言っていたがあれは自分の分を子供たちの食事に回していたのだろう。

 父が出征してから約一年後、首都ロマの包囲戦が始まった。首都防衛のため続々と帰還するヴェトス国軍だったが、そこに父の姿はなかった。カエレンも防衛の手伝いに駆り出され、子供ができる範囲で物資の運搬など後方支援を手伝った。


「君はカエレンか」

「はい、そうですけど」


 声をかけてきた男は父の戦友だった。カエレンの事は父から聞いていたらしい。彼が言うには父は開戦の一か月後、敵の騎士に討ち取られ命を落としたそうだ。


「これ、君の父さんのだ」


 渡されたのは木製の匙だった。


「すまないな、敵が迫っていたのでこんなものしか手に取れなかったんだ。何もないよりはましだと思ったんだが」

「……いえ、ありがとうございました」


 突然の父の訃報(ふほう)を聞かされ、カエレンは立ち尽くした。喪失の実感もなく、心は空っぽになったように動かなかった。本当に父のものかもわからない木匙を握りしめカエレンは帰路についた。帰り道の途中で木匙は捨てた。母や妹には父の訃報は伝えなかった。


 一週間程度の抗戦の後、ロマの正門は破られた。なだれ込んだ王国軍は王城に突入し、王を討ち取った。ヴェトス国は敗れ、エンリック王国による支配が始まった。

 王国軍が駐屯(ちゅうとん)を始めるとロマは混沌(こんとん)(おちい)った。

 ヴェトスの民は一般市民といえど魔力量や操作に優れ、国民すべてが優秀な魔法使いと言っても差し支えはない。王国の侵攻に反発するヴェトスの民たちがゲリラと化し、駐屯軍に対して抵抗を始めた。

 さして広くもない首都ロマのあちこちで争いが起こった。警ら中の王国兵がヴェトスの解放ゲリラに襲撃され数を減らされていく。当初は王国から応援の兵が届けられていたが、次第にそれも減っていった。

 半年もすると駐屯軍の勢力圏は王城周辺のみになり、城下は無秩序状態になっていた。ヴェトスの民自身やよそから流れてきた者たちによって、強盗や殺人、強姦などが行われるようになり、いつ我が身に被害が降りかかるか不安になった人々はロマから脱出を始めた。


「さあ母ちゃん、行くよ」


 フローラの手を引き、母を背に負ぶったカエレンは夜の闇に紛れロマから逃げ出した。母はすでに衰弱し十二歳になったカエレンにも軽々と背負うことができた。同じようにロマを脱出した人々と合流したカエレンたちは流浪の生活に入ることになった。

 一行は立ち寄ったとある村で王都アウレクスに行けば市民権がもらえるという噂を聞いた。

 病人や怪我人、子供も抱えすでに限界を感じていた一行は一縷(いちる)の望みをかけ、王都に向かった。

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とてもとても喜びます!


また次も読みに来てくださいね!

お待ちしてますよー!

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