第6話 王都の生活
「本部に寄ってもいいだろうか?」
メアウェンとウィル、リンは街に繰り出していた。今日はメアウェンの非番で街の案内がてら三人は買い物に来ていた。
「なにか用事があるの?」とウィル。
「ああ、昨日忘れ物をしてしまってな。取りに行きたいんだ」
「じゃあ、先に本部に行っちゃおうよ」
大通りを通って騎士団本営に向かう。今日は天気もよく気候の良い季節も相まって、いつも以上に買い物客が多いようだ。
リンは立ち止まりスウェテセルト菓子店を凝視している。
「リン、帰りに寄ろうな……」
リンに執念じみた何かを感じたメアウェンは買って帰ることを約束した。
三人が本営の本庁舎に到着すると、アルドが出迎えてくれた。
「よう。今日は非番じゃなかったのか」
「ああ、得物の手入れの道具を忘れてしまってな。取りに来たんだ」
そうか、と言いつつ何かを思い出したのかアルドは眉を寄せメアウェンに尋ねる。
「そういやお前、あの書類どうなった?」
「……書類?」
メアウェンは心当たりがなかったのか怪訝な顔をして問い返した。
「盗賊討伐の報告書の承認だよ。明日王宮に提出する予定だったろ」
「あ……」
あちゃー、といった様子で額を押さえるアルド。
「まあ不幸中の幸いか、ちょうど本部に来たんだ。非番のとこ悪いが処理していってくれや」
「仕方ない……」
がっくりと肩を落としたメアウェンは子供たちに向き直る。
「すまないが、今日の予定は無しにしてくれるか。また今度必ず埋め合わせはするから」
「えー」
二人は残念そうに不満の声を上げる。
「どこかに行く予定だったのか?」
残念そうなメアウェンを横目にアルドがウィルたちに尋ねた。
「町の案内がてら買い物に行く予定だったんだよ」とむくれながらウィル。
「なるほど、そういうことなら俺が一緒に行こう」
「おい、アルド。団長と副団長が二人とも不在なのはまずいだろう」
アルドの言葉を聞いてメアウェンが制止する。
「何言ってんだ。お前はたった今から当番だろうが」
「?」
「どうせ今から書類仕事をするんだ。ついでに勤務もやっていけ。だいたいお前が仕事を忘れてたんだからな。休出扱いにはしねえぞ」
「くっ」
「代わりに今日の非番は俺がもらおう」
にんまりとした顔で言い放つアルド。
「買い物に行くのかい?あたしも一緒に行くよ」
通りがかったフェイが参加を申し出た。
「じゃあ四人で行くか」
「やったー」
喜ぶ子供たちはメアウェンを放り出し、アルドとフェイに飛びついている。
「アルドさん」
「リンか、どうした?」
「メアがスウェテセルト菓子店に帰りに寄ってくれるってさっき言ってたの」
「うん、そうか」
「買ってね」
「俺が?」
「買ってね」
「……わかったよ」
アルドが振り返るとメアウェンがにやにやと見つめていた。
◇
ウィルたちは商業区の路地を歩いていた。
「このあたりも商業区だ。大通りの店と比べて規模は小さいがいろいろな店があるから品ぞろえは豊富にある」
アルドが子供たちに説明してやる。
「このあたりで何か買うの?」
リンの問いにアルドが答える。
「俺の用事は東側の魔法街だな。装備品の手入れを頼んでいたのを取りに行くんだが、お前さんたちは何か買うものがあるのか?」
「ない」
「フェイは?」
「あたしも魔法街だよ。取り寄せてもらってるものがあってね」
「じゃあここは見るだけにして、東側の魔法街に向かうか」
四人が歩き出した時だった。
「おい、魔族がこんなところで何してんだ」
ウィルが声の方向に振り返ると一人の青年、いやまだ少年と言ってもいい年頃の若者が男たちに絡まれていた。どうやらウィルの事を言っているわけではないらしい。
「お前、魔法街の店の下働きだよな。商業区にはお前らの仕事はないだろ」
「なんでこっちにきてんだよ。魔族が俺らの街にはいってきてんじゃねえよ」
男たちは黙って動かない若者を取り囲み小突き始める。
「おい、黙ってないで何とか言ってみろよ」
男の一人が強く突き飛ばし、若者は地面に倒れ込んだ。
「……」
「おっと力を入れすぎちまった。悪かったな」
若者を突き飛ばした男は手を差し出す。男の行動の意味がわからない若者は怪訝な表情をするが、思い直したのか男の手を取った。
男は若者の手を握り、ぐいと引き上げると足を大きく上げ若者の胸元に蹴りを叩き込んだ。
虚を突かれた若者は大きく飛ばされ道の脇に集められていたごみの山に突っ込む。
「やっぱごみは一か所に集めておかないとな。街が汚くなっちまう」
男の取り巻きたちが歓声を上げる。
「居心地はどうだ? お前にぴったりの場所だ。落ち着くんじゃないか?」
男たちがそう言ってごみ溜めに近づいたとき、ウィルは空気が変わるのを感じた。周囲に漂う魔力がごみの山に向かって集まっていく。男たちは気づいていないのか、無防備に歩を進めている。
「何やってんだお前ら!」
男たちとごみの山の間にアルドが割り込んでいた。突然現れた大男に男たちはたじろいでいる。
「な、なんだよお前は」
「俺か? 俺は傭兵騎士団のアルドだ。副団長をやってる。今お前らが何をしていたのか気になってなぁ。どうだ、今から本部で話を聞かせちゃくれないか」
アルドから漏れ出す圧力に気圧された男たちは後ずさりを始めた。
「傭兵騎士団!? い、いや、結構だ。じゃあ」
なんとか言葉を絞り出した男たちは脱兎のごとく走り去っていった。
「ったく、まともな捨てゼリフくらい用意しとけよ」
アルドは振り返るとごみの山に向かって声をかける。すでに魔力の集中は止まっていた。
「もう大丈夫だぞ、出てこい」
ごみの山がごそごそと動き、中から一人の若者が姿を現した。年のころは十五、六歳、まだ幼さを残した黒髪の若者だった。
「怪我はないか」
アルドは手を差し出し若者を助け起こそうとしたが、若者の表情を見てやめた。先ほどの仕打ちを思い出したのだろう。自力で起き上がった若者は、アルドたちを一瞥すると、走り去っていった。
「お前もかよ」
今度は捨てゼリフすら残さず立ち去られてしまったアルドは、少し寂しそうな顔をしていた。
「あれが……魔族」
一部始終を見ていたウィルは、ショックを受けていた。
「ああ、あのチンピラたちがそう言ってたな。そして今のがこの国での魔族たちの境遇だ」
チンピラたちが去った方向を睨みつけながらアルドが答える。
「魔族の人は何もしてなかった! なのに、なんであんなひどい……。魔族だから、魔族っていうだけで殴られたり蹴られたりするの?」
そう訴えるウィルの目には涙が浮かんでいた。
「本当はそんなことがあっちゃいけねえんだ。先の大戦の後、魔族たちの国はエンリック王国に併合された。今は魔族たちも俺たちと同じエンリック王国民で、上も下もないはずなんだがな。六年たった今でもああいうことがそこここで起こってる」
「なんで街の人は魔族に対してあんなことをするの?」
リンが尋ねる。
「戦争のせいだな。魔族は俺たちの同胞をたくさん殺した。もちろん俺たちもたくさんの魔族を殺した。それが戦争だからな。だが残された遺族はそんなことで納得なんてしやしない。お互い様だとか、戦争が終わったから今から仲間です、なんてことは家族を失った人たちからしたら簡単に受け入れられることじゃねえんだ」
「あたしたちも見かけたら止めるようにはしちゃいるんだけどね。溝はなかなか埋まるもんじゃなくてね……」
アルドがしゃがみ、ウィルに目線を合わせる。
「ウィル、今はこんな状況だが魔族が幸せに暮らせる時がいつか必ず来るはずだ。俺たちもそのためにできることはする。だからそれまで辛抱してくれ」
リンがウィルに近寄り、そっと手を握る。
「……わかった。ありがとう……」
そう返事をしたが、ウィルの表情はやはり晴れないものであった。
思わぬ出来事に心をかき乱されながらも、アルドに促され一行は魔法街へ向かっていった。
「……今のままでそんなの来るわけない」
商業区を後にするウィルたちを見つめる視線があった。物陰から投げかけられたその視線は先ほどの魔族の若者のものだった。彼がこぼしたつぶやきは誰にも聞かれることなく、虚空へと消えていった。
◇
大河ヘルメアのほとりに位置する王都アウレクスは、人口約五万人を誇る城塞都市である。
東側には正門を構え、そこから走るベオルスリック大通りは中央広場を貫き西端のルセアル大聖堂に至る。大聖堂前広場からは北に向かって坂道が伸び、頂上には王城が市街地を睥睨するようにそびえ立っていた。
市街地は商業区、職人街、魔法街などの区画に分かれており、活発な経済活動が行われている。これらを守るように周囲六キロメートルの高い城壁が市街地を囲み、国民たちの生活を近隣に潜む野生動物の被害から遠ざけていた。
そこに住むものに安全で豊かな生活を提供している王都ではあったが、中にはあぶれる者たちもいる。
王都城壁外の南東側に粗末なあばら家の立ち並ぶ地域があった。市民から難民街と呼ばれるその地域には戦後魔族の国から流れてきた難民たちが住みついていた。戦争で崩壊した彼らの故郷はすでに治安の維持もままならず、都市はならず者がはびこる無法の地となっていた。
いつ危害を加えられるかわからない、そんな環境を厭い、落ち着いた生活を送ることができるならかつての敵国といえども構わない、そんな理由でこの国にたどり着いた彼らを待っていたのはろくな仕事も見つからない貧しい暮らしであった。
やることもなく空腹を抱え、ぼろを身にまとい街をさまよう魔族たちの足下、地下深くに隠された部屋があった。
ウィルたちの買い物から遡ること数日前、やや薄暗いざわめきに満ちた部屋には十数人の十代から二十代の魔族の若者たちがたむろしていた。彼ら彼女らは口々に喚き、喧々囂々議論を交わしている。身につけているものは地上の難民と変わらないが、彼らに暗く重い諦観はなく各々が自分たちの現状の解決について熱く意見を交えていた。
「全員揃っているか!」
扉を開け、入ってきたのは大柄な男だった。清潔感のあるリネン生地の服を身にまとい、右腕にのみ物々しい手甲をつけている。つやのある革のブーツは歩くたびにギッギッと音を立てた。首に金色のネックレスをかけ、暗赤色の髪を肩まで伸ばした男は、荒々しい眉の下から強い眼光で熱気が漂う部屋を見渡し、欠席者がいないことを確認した。
「聞け同志たちよ。諸君らの日々の活躍により我らが祖国の復活は目前である! 今は亡きガリエヌス陛下も諸君らの献身にお喜びになられているであろう!」
ガルムは右腕を掲げた。つけている手甲がきらりと光る。それを受けて室内から歓声が上がった。男は声が収まるのを待ち、言葉を続ける。
「この勢いを止めぬためにも我々は動き続けねばならない! 諸君には新たな作戦に従事してもらう!」
若者たちの熱を帯びた視線が男に注がれる。
「今回のターゲットはベオルスリック大通りだ。人通りの多いこの場所で人間どもに我らの正義を見せつけるのだ!」
大きな歓声が上がる中、一人の男が歩み出て尋ねる。二十歳を少し過ぎたばかりの金髪の青年は周りの熱狂に流されず、落ち着いた雰囲気を残していた。
「ガルム、通りは長いぞ。どこでやるつもりだ」
若者たちから「当然大聖堂前だろう」、「見せつけてやれ」などの声が上がる。
ガルムと呼ばれた大柄な男はうなずき、答える。
「その通りだ! 大通りの終端、大聖堂の目前で決行する」
エンリック王国の精神的支柱、ルクサウレア教の本拠地前での作戦決行に室内の熱狂はさらに高まる。
そんな中、先ほどの金髪の青年は一人反対の声を上げた。
「大聖堂前だと! あそこは警備が厳しい。すぐ近くに傭兵騎士団の本営もある。全員捕縛される可能性もあるぞ。危険ではないか?」
「臆したのかアウグス?」
ガルムは嘲るようにアウグスと呼んだ金髪の青年を見下ろす。「アウグス様は坊ちゃん育ちだから」、「お貴族様は遊びで参加してるんだろ」などと、せせら笑いが聴衆から聞こえてくる。
「彼奴等の信仰の中心、その庭先でやってこそ我らの怒りが伝わるというもの。正義は我らにある! いかなる障害があろうと、この作戦は成功するのだ!」
ガルムはアウグスに、そして聴衆に向けて煽るように声を上げる。若者たちの熱狂はそれを聞いてさらに加速していく。
「それに今回の作戦は支援者の要望でもある」
「支援者?」とアウグス。
「いるのだよ、この国にも我らの現状を憂いてくれる心ある共鳴者がな。彼は金銭の支援だけでなく我らの宿願の成就のために作戦の提案も行ってくれるのだ。その気持ちに応えるためにも今回の作戦は必ず成功させねばならん!」
若者たちはすでに作戦の詳細を口々に話し合っている。
もはや、止まれない勢いに達してしまった集団に対してアウグスは何ら打つ手もなく苦々しく見つめるのみであった。
「ではこの作戦の実行役を決めたい。まずはリーダーだ。アウグス……は反対のようであるからな。我こそはと思うものはいるか」
侮蔑の一瞥をアウグスに投げかけたあと、ガルムは聴衆に語り掛けた。すぐさま多くの手が上がる。
「俺にやらせてください!」
ひときわ大きく叫んだ声は、黒髪の若者のものだった。年のころは十五、六歳、まだ幼さを残した顔立ちがまっすぐにガルムを見つめている。
「ほう、カエレンか。リーダーは作戦の要となる役だ。奴らに我らの言葉を聞かせねばならん。ただ目立つだけでなく敵に狙われ一番危険な役目でもある。それがわかっているのか?」
「はい! 父は戦争で殺され、母は逃げ延びたこの地で病に倒れました。父母や同胞の怨嗟の声を奴らに聞かせるまで、俺は討たれることはありません。必ずやり遂げます!」
カエレンの強い決意を込めた言葉にガルムは心を動かされたようだった。手甲をつけた手をカエレンの肩に回すと、聴衆に語りかける。
「同志たちよ。この者カエレンはまだ若い! だが、志は我らに劣らぬ崇高なものを持っていると我は感じた! 此度の作戦、カエレンに任せようと思うがどうか?」
ガルムの問いかけに次々と肯定の叫びが返ってくる。若者たちはカエレンを作戦リーダーとして認めたようだった。
「よろしい。では、カエレン。貴様を作戦リーダーに任ずる! 我らの思い、どうか届けてくれ!」
「はい! 命に代えても!」
場内の熱狂は最高潮に達した。そんな中、一人アウグスだけがガルムや若者たちに冷ややかな目線を投げかけていたのであった。
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