第4話 父の剣
一階では捕り物が終わっていた。盗賊たちは縛り上げられ床に転がされている。
「アニキ見てくれ! 捕まった」
「ほぉお、やるじゃねえか……とは言えねえな……」
盗賊たちは口々に喚いている。
後処理に動く騎士団員たちに、指示を出している大男がいた。
「捕らえた連中の名簿作っとけよ。死んだ奴らのもだぞ。名前だけでも構わんから控えとけ」
他の団員と比べても頭一つ飛び抜けて大きい体躯、太めのモヒカンヘアーを短く刈り込んだ髪型、その身長にふさわしい大きく盛り上がった筋肉は、盗賊の仲間と言われても仕方のない見た目だが、そのわりに大きな口から吐き出される声は冷静で自信に満ち、頼もしさを感じさせるものであった。
「アルド、状況はどうだ」
地下へと続く階段からメアウェンたちが上がってきた。
「おう、こっちはもう終わりそうだ。団員の被害もほとんどねえよ」
「そうか、素晴らしい仕事だ」
「負傷者二、死者無し、まったく頼もしいよ。まあ、盗賊は何人か死んじまったがな。んで、そのちっさいのはどうしたんだ」
アルドはウィルたちに目を向ける。
「ああ、彼らは地下牢に捕らえられていた。人身売買の商品にされるところだったらしい」
「ほう、人身売買か」
アルドは振り返り、縛り上げられた盗賊たちを睨みつける。殺気の混じった鋭い視線を受けた盗賊たちは震え上がった。
「まあ、ともあれ間に合ってよかった」
子供達に向き直ったアルドは、目線を合わせるためしゃがみ込んだ。
「俺はアルドだ。この傭兵騎士団の副団長をやっている。よろしくな」
先ほどの殺気は消え去り人の良い笑顔を浮かべている。子供には優しいようだ。
子供たちはそれぞれに名乗った。
「で、この子らの引き取り手はいるのか?」
「ああ、ウィルとリンは私が引き取る」
「…………は?」
予想外の言葉に耳を疑ったアルドは思わず声を漏らす。
「何か問題があるのか?」
「いやだってお前が子育てなんて……」
「何か問題があるのか?」
「……いや」
睨みつけながらの二度目の問に思わず黙ってしまうアルドに、あきれながらもメアウェンは事情を説明する。
「そういう事情か。しかしそれにしても……」
「……」
メアウェンの視線が冷たいものに変わっていく。
「……がんばれよお前たち」
「?」
急に同情の言葉をかけられ、理解が追い付かないウィルとリンを尻目にアルドはセオルに話しかけた。
「二人はいいとして、そっちのお前さんは行くところがあるのか?」
「彼は王都に祖父がいるそうだ」
メアウェンが答える。
「そうか、爺さんの名前はなんてんだ?」
「……オスリック・ウィンステッドです」
うつむきながら答えたセオルの声は小さなものだった。
「ウィンステッド!? ウィンステッドって王都の大商会じゃないですか」
ガーが口をはさむ。
王都に拠点を構えるウィンステッド商会は今最も勢いのある商会だ。創業者のオスリック・ウィンステッドはポーションの販売で財をなし、それを元手に手広く商売を行っている。特に近年王都で増えている魔族がらみの騒動で街の修繕の必要が多くなり、それに使われる物資の供給を一手に引き受けている。
「大商会の子息がどうしてまたこんなところに……。アルド、商会から盗賊の被害を受けたような報告はあったか?」
「いや、特に聞いていねえな。本当にお前さんウィンステッドの一族なのか?」
アルドはセオルに向き直りながら尋ねる。
「……はい」
歯切れの悪いセオルの答えに一同顔を見合わせる。
「まあ、商会で顔を見てもらえればわかるだろう。王都に戻り次第連絡を取ろう」
メアウェンたちは話を切り上げ、捕らえた盗賊たちをひきつれて王都への帰路についた。
◇
「さあ、ここが今日から君たちの家だ!」
メアウェンが自宅の扉を開け、子供達を招き入れる。傭兵騎士団とはいえ騎士団長の居館というには小ぶりな邸宅だ。ここにメアウェンは使用人も雇わず一人で住んでいるらしい。
「すげえ」
玄関の扉を抜けると大きなエントランスが三人を迎える。一階は右側手前に応接室と奥には納戸、左は手前が食堂兼談話室、奥に厨房となっている。エントランスの正面は階段になっており二階に続いている。二階には居室が四部屋あるようだ。
旅暮らしで大きな屋敷など縁がなかったウィルを先頭にリンとセオルが続く。セオルは今日はここに泊まり、明日メアウェンに付き添われて祖父のもとに赴くことになっていた。
物珍しさにきょろきょろと見渡しながらウィルは談話室の扉を開けた。と、中に入らず足を止める。
「ウィル?」
後ろに続いていたリンがウィルの背中にぶつかりそうになった。不思議に思ったリンがウィルの肩越しに部屋をのぞき込むとそこには惨状が広がっていた。
「え……、なにこれ……」
床には割れた食器が散らばり、盛り付けられていたであろう食べ物がぶちまけられている。ソファと揃えられていたはずのローテーブルは横倒しになり、床は液体で濡れている。
「メアウェンさん!」
ショックから立ち直ったウィルがメアウェンを呼ぶ。声に呼ばれてセオルとメアウェンが談話室に入ってきた。
「ひどい……泥棒が入ったのかな」
惨状を見てセオルが漏らす。
「あ、いや……」
「騎士団長の家に泥棒に入るなんて……」
「その……」
「メアウェンさん、俺アルドさん呼んでくるよ!」
「うん、そのほうがいいね。盗られたものがないか調べないと」
ドアに向かって駆けだそうとするウィル。同意するセオルは他に荒らされているところがないか調べている。
「待ちたまえ、君たち!」
メアウェンが発した大きな声に三人の子供達が静止する。
「これは、大丈夫なんだ」
「?」
どういう意味かわからない、といった顔の三人。
「ええとだな……」
「部屋をこんなにされて大丈夫じゃないよ!被害届を出さないと!」
再び駆け出そうとするウィルを必死の様子で止めるメアウェン。
「待て待て待て」
ウィルの肩をつかんで引き留める。
「その……、一昨日ちょっとな」
「ちょっと?」
「ちょっとその……、飲みすぎてしまってな」
「……」
盗賊討伐の出発前夜、メアウェンはしたたかに飲んだらしい。酩酊して帰宅した彼女は食堂の食器をなぎ倒し、ソファに倒れ込むはずが狙いを誤りローテーブルに直撃、そのまま意識を失い眠りについたようだ。これは後でアルドから聞かされることだが、よくあることらしい。
「焦って損した」
「もう、ほんとに驚いたんだから」
「メアウェンさん、酒癖は治したほうがいいですよ」
「……すまん」
口々にいう子供達にメアウェンは肩を落として謝罪した。
ウィルたちの新しい家での最初の活動は談話室の片づけになった。
◇
食堂と談話室の片づけを終え(メアウェンは自室も荒れ放題なことがリンに見つかり、ついでに片づけさせられた)、屋台で購入したもので夕食を済ませた後、四人は談話室でくつろいでいた。
昨日の緊迫した状況とは打って変わり、子供達はおしゃべりをしたり寝転んだりと思い思いに過ごしている。
「ウィル、ちょっといいか」
「うん」
「君の部屋に行こう」
メアウェンに促され、ウィルは割り当てられた自室に向かった。階段を上がってすぐの部屋がウィルの部屋、隣はリンの部屋だ。
二人は扉を開けてウィルの部屋に入る。部屋には一人用のベッドとブランケットキャビネット、そして壁に向かって机と椅子が置かれていた。
「それで、どうしたの?」
ベッドに腰かけながらウィルがたずねる。
「ああ、これをな」
メアウェンの手には一振りの剣が握られていた。使い込まれた鞘にしっかりと収まるそれは、ウィルの父タレンの剣だった。王都を訪れるにあたり、ウィルはこの剣をメアウェンに預けていた。まだ子供とはいえ、魔族であるウィルが武装していては入国が難しくなる、そう言われメアウェンに持っていてもらうことにしたのだ。
「良い剣だ。手入れもしっかりされている。ウィルの父上はさぞや強い方だったのだろうな」
鞘から半ばまで剣を抜き、刀身を眺めつつメアウェンは言う。すでに何人もの敵を斬り、盗賊の手に落ちてからは雑に扱われたであろう剣は、いまだ鋭い切れ味を保ちその身を輝かせている。一般的な剣の材質は鉄でできていることが多いが、タレンの剣は鋼鉄で作られているようでずっしりと重く、秘めたその威力をメアウェンの手に伝えていた。わずかに感じる魔力の残滓はかつての持ち主が魔剣術の使い手であったことを示唆していた。
「父さんは強かったよ。いつも俺を守ってくれた」
かつての父の姿を思い出し、遠くを見るような目でウィルはつぶやく。
「人のいない街道でも、暗い森の中でも、父さんと一緒にいればちっとも怖くなかった。狼や魔物がでるかもって思っても、父さんがきっとやっつけてくれるって、へっちゃらだった」
父の最期の姿が脳裏に浮かぶ。
「でも父さんがやられて俺は一人になっちゃった……」
うつむくウィルの隣がメアウェンの重みで沈む。ウィルの肩を優しく抱きメアウェンは語りかける。
「一人じゃないぞ。私がいる。リンもセオルもいる」
うなずいたウィルは顔を上げメアウェンに向き直る。
「父さん言ってた。生きろって、あきらめるなって。だから俺、決めたんだ。あきらめないって。何があっても生きるって。メアウェンさん、俺と一緒にいてくれる? 一緒に生きてくれる?」
「もちろんだ。みんな一緒だ。みんなで生きていこう」
力強く応えるメアウェンにウィルは笑顔でうなずき返した。
「私たちは家族だ。私は子を生んだことはないが、ウィルたちを引き取ることにしたときウィルのことは自分の息子だと思うことにしたんだ。だからこれからは私のことはメアと呼んでほしい。どうだい?」
メアウェンはウィルに微笑みかける。
「うん! これからよろしく、メア!」
微笑み合う二人に入口付近から声がかかる。
「ねえ、私も呼んでいい? メアって」
振り返ると扉の陰からリンとセオルがのぞき込むように顔を出していた。
「二人ともこっちにおいで」
メアウェンに招き入れられ二人は部屋に入ってくる。メアウェンは目の前に立つリンの両手を握り語りかけた。
「リン、君も私の大事な娘だ。ぜひメアと呼んでほしい」
「うん、ありがとう、メア」
嬉しそうに笑うリン。その傍らに立つセオルにもメアウェンは声をかける。
「君もだ、セオル。君はご家族のもとに戻るが、もしなにか困ったことがあったら私を頼ってほしい。必ず力になると約束する」
少し戸惑いの色を見せたセオルはメアウェンに聞き返す。
「僕も……いいんですか?」
「ああ、幸いにも君にはご家族がいたが、そうでなければ私はきっと君も一緒に住もうと誘っていたさ。君も息子みたいなものだ。離れて暮らしてもその気持ちは変わらないよ」
メアウェンの言葉を受けたセオルはうつむき肩を震わせる。セオルの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
「ちょっと、セオル大丈夫?」
驚いて声をかけるリンがセオルの背中をさすってやる。
嗚咽をもらし涙をこぼすセオルはひとしきり泣いたあと、前を向いた。
「ありがとう、もう大丈夫。メア……さん、ありがとうございます。僕、お祖父様の家に行ってもきっとうまくやって見せます。でも、もしくじけそうになったら……またここに来ていいですか?」
「いつでもおいで。私たちみんなで待っているよ」
メアウェンが優しくセオルの頭を撫でた。
「そうだ。これをやりにきたんだったな」
メアウェンは立ち上がり懐からなにかを取り出した。木製のそれは壁に剣を掛けるためのフックのようだった。ベッドの足下側の壁に近づくと適度な高さに穴を開けフックを取り付けていく。しっかりフックが固定されていることを確認したメアウェンはタレンの剣をそこに掛けた。
「かっこいい!なんだか戦士の部屋みたい!」
リンが手を叩き感嘆の声を上げる。
ウィルは剣を見上げた。床と水平に掛けられた剣はウィルの部屋を見渡すように鎮座し、亡き父がウィルを見守ってくれているような感じがした。
ウィルが剣をつかもうと手を伸ばす。しかし、ウィルの指先と剣との間にはかなりの距離があった。がんばって背伸びをしてみるがまったく届く気配がない。手に取るには少なくともあと三十センチ程度は身長を伸ばさないといけないだろう。
「剣は危険なものだ。鋭い刃で自分や周りの人を傷つけてしまうこともある。それに今のウィルにはこの剣は重すぎるしな。ウィル、この剣に自力で手が届くくらい大きくなれ。その時はきっとこれを使いこなせるようになっているはずさ」
(父さん、俺がんばるよ。メアとリンとセオルとみんなで生きていく。だから見ていて)
決意を固めたウィルの表情に安堵したメアウェンは目を閉じうなずく。
「よし、そろそろ夜も遅くなってきたようだから、休むことにしようか。寝る子は育つ、寝不足だと大きくなれないぞ」
メアウェンに促された三人はおやすみの挨拶をしてそれぞれの部屋に戻っていった。
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