第33話 亡霊との遭遇
空が赤く染まっている。
日が傾き、夕焼けの赤が全てのものを照らし、世界を赤く染め上げていた。
ウィルたちは村の外にある、農地の一角に来ていた。
周りの農地には規則正しく作物が植えられているが、その一角だけは手が入っておらず雑草が生え放題になっている。
「農作物への影響は気にしなくていいみたいだね」
フェイが周りを見渡して言った。そろそろ目撃情報のあった夕刻だが、今のところ幽霊たちは現れていないようだ。
「少し待機だね。今日出てくれるといいけど」
一行は作付けが行われていない農地の端でしばらく待つことにした。目撃情報からは必ず現れるのかどうかもわかっていないため、空振りの可能性もある。そうなったらまた翌日出直すしかない。
夜の帳が降り始め、辺りが段々と暗くなっていく。夕焼けの空は赤から紫、そして濃い紺色へと移り変わりを見せていた。満天の星が一行を見下ろし、小さな虫たちの鳴き声がウィルたちの周囲を満たし始めた。
「平和だね」
フローラがふと漏らす。美しい星空、うっとりとするような虫の鳴き声、清らかな空気も相まって、今から悪霊と戦うとは思えなかった。
「なんだか、父さんとの旅を思い出すな」
ウィルが子供の頃を懐かしむ。
「父さんと二人で色々なところに行ったんだ。夜営の時は空を見上げて星をずっと見ていたな」
子供時代の思い出はいつまで経っても忘れないものだ。色々なことがあり、あれから随分時間が経った。ウィルたちも成長し、青年と呼べるような歳に差し掛かっている。
「ね、ねえ……なんか変じゃない?」
リンがウィルの袖を掴み引っ張る。気がつくと虫の声が消えていた。
「あそこ! 見て!」
セオルが荒れた農地の中程を指差す。
ウィルは指された場所を目を凝らして見つめた。農地を区切る農道が交わる四つ辻の辺りに周囲の闇と比べてひときわ濃い闇がわだかまっているように見える。
「来たみたいだね」
フェイが小声で話す。
「まだ魔法も魔剣術も使っちゃだめだよ。あいつらは魔力を探知する。下手に魔力を集中させると、こっちを探知して一気に距離を詰めてくるからね」
フェイの説明に一同は真顔で頷く。
「幸いまだ気づかれちゃいない。草むらに身を隠しながらゆっくり近づくよ」
ウィルとリン、フローラは顔を見合わせ頷き合う。
「セオルはここで待機していてくれ」
セオルを残し、フェイ、ウィル、リン、フローラの四人は姿勢を低くし、音を立てないようにゆっくりと闇に向かって近づいていった。
敵が近づくにつれて、その全容が見えてくる。
「どうやらあそこの村人は、数を数えるのが苦手みたいだね」
村長は五体と言っていたが、どう見てもそれ以上はいる。
「何体いるんだい。ええと」
フェイは霊体の数を数え始める。不定形の亡霊と思わしき霊体が七体、人型の霊体が一体、合計八体の霊体が暗闇の中を浮遊していた。
「あの人型のは穢れた霊か。それに、一体怨霊がいるね。怨霊は私がやる。残りは三人で頼めるかい?」
怨霊は亡霊よりも強力な霊体だ。現世への強い憎悪と悪意を持ち、生者に襲いかかってくる。
亡霊と異なる点は物理的な影響を及ぼせることだ。亡霊に襲われてもただちにその場で死ぬことはないが、怨霊の場合、直接こちらの肉体を傷つけることができ、その場で生命を奪われることも多い。
汚れた雲が薄く光っているような見た目の亡霊と違い、怨霊はその雲から四本の細い、痩せこけたと言ってもいい腕が生えており、その指先に伸びる爪は鋭く、また妖しく輝いていた。
「亡霊の霊体に触れないようにね。気力を吸い取られるよ。穢れた霊は脅かすくらいしかできないから、不意を突かれないように注意していれば――いや、あれエルフじゃないかい?」
四人は唯一人型を保っている穢れた霊に注目する。言われてみると確かに耳が長いように見えた。
「エルフの穢れた霊は厄介なんだ。精霊を呼ぶことがある。もしそうなったら、リン、あんたがやるんだよ」
フェイの言葉にリンは頷く。
精霊に対抗できるのは精霊だけだ。彼らが起こす現象は物理現象であり、例えばシルフが起こす風は現実に吹く風と何ら変わりがない。というよりも、現実の風もシルフが起こしているものなのだ。エルフたちが使う精霊召喚は気まぐれに起こされる物理現象を特定の場面で使ってもらうというものである。当然ながら盾魔法で防ぐことはできない。唯一有効なのは相手と同じ精霊を召喚し、力の行使を無効化させることだけだ。
「ウィルとフローラは亡霊、リンは最初に穢れた霊に当たっておくれ。あれがもしエルフの霊なら面倒なことになる」
ウィルたちは頷き、それぞれ武器を準備する。ウィルはタレンの剣を、リンはフェイと同じショートソードを、フローラは両腕にはめた手甲を煌めかせた。
「よし、じゃあ……行くよ!」
フェイの号令とともに、四人は飛び出した。それぞれ、見定めた標的に向かって走っていく。
フローラは走りながら、両手の手甲に魔力を通していく。フローラの魔力に気づいた亡霊がぐるりと振り向き、フッと姿を消したかと思うとフローラの眼前に現れた。フローラは亡霊本体に突っ込みそうになるが、すんでのところで身体を後ろに倒し、膝で滑るように亡霊の下をくぐり抜ける。すぐに身体を起こすと、亡霊の背面に向かって右足で蹴りを突き出した。フローラの足に纏わりついた魔力が亡霊に打撃となって伝わり、バチッと閃光を放つ。生き物には出し得ない甲高い悲鳴をあげ、亡霊は弾き飛ばされた。
フローラは傭兵騎士団に入ったあと、高い魔法の才能を持っていることが発覚した。ラウ爺が言うにはヴェトスの中でも高い部類に入るらしい。遠距離からの高火力魔法は全てを薙ぎ払うほどの威力を見せ、今では傭兵騎士団の中でも屈指の火力とみなされている。
しかし、ただ魔法で全てを吹き飛ばせばいいと言うわけでもないのが傭兵騎士団である。治安維持と犯罪捜査を担うため、犯罪者は生きて捕らえねばならない。また、屋内戦闘も多く、接近戦もこなす必要があった。近接戦闘の方法として、フローラが選んだのは魔法格闘と呼ばれる種類の戦闘術だった。
持ち前の高い魔力と制御力を活かし、自らの身体に魔力を付与して格闘で戦う。また、合間合間に魔力の集中の軽い初級魔法を挟み、変幻自在の攻撃スタイルを取ることができた。初級魔法であってもフローラの魔力で放つと常人よりも高い威力が発揮されるため、初級だからといって侮ることはできない。結果として、団内でもフローラと打ち合うことができるのは限られた者だけになっていた。
格闘、それに高火力魔法の行使に適した武器としてフローラが手に取ったのは手甲だった。兄カエレンを悪の道に導いたガルムと同じ武器というのは皮肉だったが、彼女はそんなことは気にしていなかった。むしろこの武器を使って、世の中に役立つことでガルムや兄の分の罪を贖おうとさえ考えている。
吹き飛んでいく亡霊に追い打ちをかけるように、フローラは魔力の礫を撃ち放つ。魔力の礫は亡霊に追いすがり、そのまま霊体を貫通して飛び去っていった。フローラの魔力の礫が通った場所には大きな穴が空いている。
ダメージを受け亡霊が細かく痙攣する。ギ、ギギギと、亡霊から鳴き声が聞こえる。フローラは走って距離を詰めながら両腕の魔力を大きく増幅させていく。
「これで終わりだよ!」
両手のひらを押し付けるように叩きつける。衝撃が亡霊の体に波紋を作り、輪となって走る。さらにフローラは溜めていた魔力を一気に爆発させた。フローラの両手から破壊の衝撃となった魔力が放射される。亡霊は千々に裂かれ、か細い鳴き声を上げながら霧散していった。
亡霊がもう現れないことを確認すると、フローラは次の標的を求め走り出した。
◇
ウィルの足下を狙い、亡霊が突進してくる。ウィルは飛び上がり開脚して避けた。振り向くと亡霊はウィルから遠ざかり距離を取り始めていた。
「待て!」
ウィルは走って追いかける。不規則な動きを繰り返しながら亡霊は遠ざかっていく。追いかけるウィルの右側に新たな個体が出現した。
「くっ」
ウィルが右手で剣を振ると、瞬時に姿を消し、左側に現れる。今度は左に剣を振ると右に移る。それを何度も何度も繰り返すが、一度も剣は当たらない。
――遊ばれている
「くそぉ!」
ウィルが苛立ち、大きく剣を振ると亡霊はそれきり姿を消した。腹立ちを抑えて気を取り直し、逃げる亡霊を追う。右手に見えていた森が少し先で途切れている。この先は開けた草原になっているようだ。
薄い光の尾を引きながら前方を逃げる亡霊を捉えるため、ウィルはスピードを上げようとする。しかし、何か胸騒ぎがして、急制動をかけて立ち止まった。
勢いをなんとか殺し、ウィルが止まった場所はまさに崖の縁だった。森が途切れていたのは、草原になっていたわけではなく、地面が無くなっていたのだ。覗き込むと崖下までかなりの高さがある。あと一歩踏み出していたら、真っ逆さまに落下していただろう。
顔をあげ正面を見ると、二体の亡霊が身体を震わせながら浮かんでいた。狙い通りウィルを落とせなかったせいなのか、怒りの波動が伝わってくる。
亡霊の一体が自身の霊体の一部を撃ってきた。魔力の礫のようなものかもしれないが、当たればどんな影響があるかわからない。ウィルが左に跳んで避けようと膝に力を入れた時、視界の端でもう一体の亡霊の姿が消えたのが見えた。
着地したウィルの左耳を、待ち受けていた亡霊がべちょりと舐める。
『オニいチャンもイっショに死ノうヨ』
「うわぁっ!」
ウィルは左手で亡霊を振り払う。左手は亡霊の体内を通り抜ける。
「なんだこれ」
左手に力が入らない。指先が震えている。
ウィルは後ろに跳び、亡霊から距離を取る。
「ああ、もう!」
ウィルは体内の魔力を循環させ、増幅させていく。
「あぁぁぁあああ!」
ウィルの魔力が身体から噴出し、体表に紋様が現れる。背後から四本の触手が伸びていく。
「いくぞ!」
ウィルは飛び出し、亡霊に斬りかかる。亡霊は瞬時に姿を消し、ウィルの背後に出現する。しかし触手の一本が反応し、亡霊に巻き付く。触手が亡霊をぎりぎりと締め上げる。ウィルの正面にもう一体の亡霊が現れ、身体を大きく広げた。傘のように広がった亡霊がウィルを飲み込もうと覆いかぶさろうとする。
残りの三本の触手が傘が閉じるのを防ぐように亡霊の三か所を、杭打ちのごとく貫いた。
後ろで締め上げられている亡霊が苦しそうに鳴き声を上げる。
「なめるな!」
ウィルが傘状になっていたもう一体の中心に剣を突き刺す。亡霊はそこから裂けるように、三本の触手によって引きちぎられた。
締め上げられていた亡霊は触手の力に耐えきれず、身体が真ん中から二つに分かたれる。断末魔の叫び声をあげて、二体の亡霊は霧散した。
「みんなから離れてしまった。戻らないと」
ウィルは仲間たちの元へ戻るべく、荒れた農地を走りだした。
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