第32話 郊外の村
水瓶に水をくんで家に帰ろうとしていた村の女が、呆けたように口をあけこちらを見ている。水瓶が手からずり落ち中の水がこぼれてしまった。
家からちょうど出てきた老婦人はウィルたちの姿を見るやいなや、慌てて家に引っ込み扉をバタンと閉めた。
小さな子供たちも三人、無表情で突っ立っている。
「なんだあれ」
子供たちの一人がぼそりとつぶやいた。
盗賊の討伐を終えたウィルたちは、近隣の村を訪れていた。すでに日は昇り朝になっている。
村には木造の家が点々と建ち、舗装されていない土の道がそれらを繋いでいる。草や木などの緑がそこここに生え、まさに牧歌的といった風情だ。
村の朝はもう始まっており、農作業に向かう者、洗濯などを行う者、走り回って遊ぶ子供たちが見て取れた。
ウィルたちは、村のメイン通りと思われる少し広い道を進んでいく。ふわふわと浮かぶ十五人の盗賊の塊を見て、動きが止まるもの、腰を抜かすもの、逃げ去るものと村人たちの反応は様々だ。
「……まあ、こんなもの見せられちゃ、そうなっても仕方ないね」
フェイがぼやく。
ちょうどよいと、固まってしまった子供たちに声をかけた。
「あたしたちは王都の傭兵騎士団だよ。村長に会いたいんだけど、家はどこだい?」
一人の子供が無言でそばの家を指差す。目は盗賊の塊に釘づけのままだ。
「ありがとね」
ウィルが指された家の扉を叩く。
しばらくすると、中から小太りの初老の男が出てきた。
「ひぇっ」
男は盗賊の塊を見て驚き、尻もちをつく。
「あー、俺たち傭兵騎士団のものなんですけど、あなたが村長さんですか?」
ウィルが男に手を差し伸べながら聞いた。
「あ、これはどうも」
男がウィルの助けを借りて起き上がる。見た目と裏腹に結構甲高い声だ。
「確かに、私が村長ですが、あの、これはいったい?」
「盗賊だよ。あんたたちが通報くれたんじゃないのかい?」と、フェイ。
「た、確かに通報したのは我々ですが、盗賊は三人だったのでは……」
明らかに三人どころではない盗賊の塊に、村長は混乱している。
「私たちもそのつもりで来たんですけどね」
リンが盗賊の塊を見上げて言う。
「十五人もいたんだよ?」
フローラは魔力を強めたり弱めたりして遊びながら言った。そのせいで盗賊の塊は上下にふわふわと揺れている。何人かの盗賊は意識を取り戻しており、揺れに酔ったのか青白い顔をしていた。
「そ、それは失礼いたしました。そんなに隠れていたとは思いもよらず……」
「情報が正しくないこともままあるからそこは構わないんだけどね。この子たちのおかげで全員倒すこともできたしね」
「私たちは相手が三人のつもりで来たので、これだけの数を王都まで護送するにはこちらの人数が足りないんです」
セオルがフェイのあとを受けて説明する。
「王都に応援を要請して、護送用の人員を派遣してもらおうと思います。人員が到着するまで、この村に滞在させてもらえませんか?」
「わかりました。盗賊を退治してもらったんですから、村を上げて歓待しますよ。村には宿屋はありませんから、ぜひ我が家にご滞在ください」
村長の計らいでウィルたちは村にしばらく滞在できることになった。盗賊たちは村の牢にまとめて放り込んでおく。大人数用のものではなかったため、牢は立錐の余地もないほどの混雑ぶりだが、仕方ないだろう。
「しばらく我慢してね」
フローラは牢に手を振る。牢の鍵がちゃんとかかっているのを確認すると、一行は村長の家に戻っていった。
その夜、村長の家では歓迎の宴が開かれた。そこまで裕福な村ではないので、宴はささやかなものだったが料理や酒が振る舞われた。
「それにしてもあの魔法はすごかったね。セオルが開発したのかい?」
「はい、フローラに手伝ってもらって」
「へへへ」とフローラ。
宴も終わり、ウィルたちは村長宅であてがわれた部屋でくつろいでいた。フェイは蜂蜜酒、セオルとフローラは麦酒をそれぞれ持ち込んでいた。
「相手を殺さず、あれほどの制圧力があるなら傭兵騎士団の任務で使えるね。今度あたしにも教えとくれよ」
「はい、もちろんです。他の団員の皆にもぜひ習得してもらいたいですね」
「セオルはね、これも商品化するつもりなんだよ」
フローラが何故か自慢げに言う。
「商品化? 魔法具かい?」
「ええ、魔法街の職人に頼んで魔法具にしてもらおうと考えています。そうすれば魔法が苦手な衛士団の方たちも使えると思って」
「なるほど、色々考えるもんだねえ」
フェイは蜂蜜酒を一口飲む。
「またウィンステッド商会が儲かっちゃうね」
「衛士団と傭兵騎士団以外には卸さないつもりだけどね。一般に流通させるには威力がありすぎるから」
「たしかに誰でもあんなものが使えたら、悪いことに使う人も出てくるだろうね」
フェイがグラスを置いて心配そうに言った。
「ええ、魔法自体も今のところは傭兵騎士団以外には広めないつもりです」
「そうだね、あの魔法は防ぐ方法がないからね」
フローラも同意する。彼女の言う通り、セオルの開発した音魔法系統は現在は防ぐ手立てがなかった。魔法によって発生させた物理現象が出す音は、盾魔法も貫通してしまうのだ。
一行が談笑しているのを遮るように、扉が叩かれる音がした。
「はい」
セオルが立ち上がり、扉を開ける。
「こんばんは、皆様おくつろぎのところすみません」
扉の前には村長が立っていた。
◇
「ここにいたんだ」
ウィルが村長宅の二階バルコニーを訪れると、そこには月明かりに照らされたリンがいた。
リンは置いてあった長椅子に腰掛け、グラスを傾けている。
「うん、ウィルも来たの?」
ウィルはリンの隣に座り、リンに乾杯の仕草をしてグラスに口をつけた。林檎酒の甘味と酸味のある液体がウィルの喉を潤す。
「どうしたの? こんなところで黄昏れちゃって」
「いいじゃない、私だってそういう時もあるんだから」
「なにかあった?」
「ううん。……みんな大人になったんだなって」
リンは遠くを見つめている。月が出ている夜は思いの外明るく、バルコニーからは農村ののどかな風景が見て取れた。
「今日の作戦のこと?」
「そう。みんな手際もよくなっちゃって。必死だったあの頃が嘘みたい」
リンがくすくす笑いながら言う。
「そうだね。子供の頃とずいぶん変わった」
「修練、がんばったもんね。ウィルなんかメアにすっごくしごかれてた」
「ほんとだよ。家じゃ優しいのに、稽古場に入った途端鬼になるんだもん」
「ふふ」
足を投げ出し、ウィルは嘆くように頭を振る。
「ここの星空ね、なんだか昔を思い出すの。姉さまと旅をしていた頃見た星空とよく似てる」
「そっか」
「あの頃はこんな未来想像もしてなかったな。ずっと姉さまと旅をして、いつか故郷に帰るんだと思ってた」
リンは立ち上がり、柵にもたれかかる。迷い込んだ風がリンの頬を撫でていった。
「姉さま、生きてるのかな」
「事件の後、リンの姉さんは見つからなかったんだろ? きっとどこかで生きてるよ」
「うん、ありがと」
リンが振り返り、ウィルを見つめる。
「私ね、一人前になるまでがんばるって決めたんだ。姉さまに会った時に恥ずかしくないように、姉さまがいなくてもがんばれたよって言いたいから」
「もう立派な一人前じゃない?」
「ううん、まだまだ。祝歌はフェイには敵わないし、魔法もフローラのほうがすごいもの。もっとがんばらないと姉さまに笑われちゃう」
「そっか」
「あ、姉さまにウィルのことも紹介しないとね。かわいい弟だよって」
「弟~?」
「だって私のほうが一つ年上だもの」
ウィルは苦笑する。
「じゃあ、俺もがんばらないとな。リンのお姉さんに立派な弟ねって褒めてもらいたいから」
「そうよ、がんばってね」
ウィルは立ち上がり、リンの隣に移動する。
「ウィルはどうしたいの、正団員になったら」
「俺は……困っている人を助けたい。父さんやメアがしてくれたみたいに、カエレンさんみたいな人が出ないように。ヴェトスとかエルフとか、人間とか関係なくね」
「うん、そうだね。ウィルはずっとそうだよね」
「まだ、力が全然足りないけどね。それでもせめて自分の手の届く範囲の人は守ってあげたい」
リンがウィルの目を覗き込む。
「私も守ってくれる?」
「え、そりゃ……もちろん」
「もちろん、何?」
「もちろん……守るよ。リンのことも、ずっと守るよ」
「うん、ずっとね」
リンがウィルの肩に頭を乗せてもたれかかる。ウィルの右手はしばらく空中を泳いだあと、リンの腰に触れ、抱き寄せた。
「あ! いたいた!」
扉が開く音とともにフローラがバルコニーに入ってきた。二人の間に強力なバネでもあったかのように、一瞬のうちにウィルとリンの距離が離れる。
「ん、どうしたのそんな離れて」
妙に離れて立っている二人を見て不思議に思いながら、フローラは二人の元へやってきた。
「フ、フローラこそどうしたんだ? そんな慌てて」と、ウィル。
「慌ててるのはそっちの気がするけど……。そんなことより、部屋に戻ってきて。村長さんが話があるって」
「そ、そうか! じゃあ、部屋に戻ろう!」
変に元気のいいウィルと訝しむフローラ、そしてニコニコしているリンの三人はバルコニーを後に、部屋へ戻っていった。
◇
「村長さん、どうしたんですか?」
「実は折り入って皆様に相談がありまして」
「私たちに相談ですか。どうぞ、おかけください」
村長を招き入れ、扉を閉めた。セオルが村長に椅子を勧める。
「それで、相談というのは」
他の皆もソファやベッドに腰掛ける。
「はい、我々の村の外には農地があるのですが、そこにお化けが出るのです」
「お化けですか」
村の周囲には広い農地が広がり、村人たちはそこで作物を育て王都や近隣の街で販売することで収入を得ていた。その農地の一角にお化けが出るというのである。
「村人たちは怖がってそこに近づこうとしません。広い範囲で作付けができず困っているのです」
「お化けというのは、いわゆる幽霊の類のものですか?」
セオルが村長に尋ねる。
「そうです。目撃した村人が言うには身体の透き通った人型のものや、形のよくわからないものもいたそうです」
村長の手は少し震えていた。霊を想像して怖くなったのかもしれない。
「なるほど、だとするとちょっとまずいかもしれないね」
一同はフェイの方を見た。
「幽霊といっても色々なやつがいる。一般的なのは正霊というやつだけど、これはただの死者だから特に害はない。ただ、問題はその形のよくわからないやつだね。ひょっとしたら亡霊かもしれない」
「亡霊?」
「ああ、亡霊はいわゆる悪霊だね。怨念に支配されて生者を襲うんだよ」
悪霊と言われ、皆の顔が青ざめていく。戦う力を得たとしても悪霊は恐ろしいものだ。
「襲われたらどうなっちゃうの?」
リンが恐る恐るフェイに聞く。
「亡霊の場合は気力をやられるみたいだね。最終的には廃人になったり、精神が狂ってしまったりする。そうしてその後死んでしまうと、魂は穢れた霊となり、そこからまた亡霊が生まれるんだ」
「ひい」
皆一様に嫌そうな顔をしていた。
「それで、その、皆さんに退治していただけないかと……」
「放置しておくのはまずいだろうし、しばらく村に滞在するから構わないんだけど、問題は数だね。村長さん、幽霊はどれくらいいたんだい?」
「目撃されているのは五体ほどです」
「こちらと同数ならなんとかなりそうだね。いいよ、討伐しよう」
村長の顔がぱっと明るくなる。本当に困っていたようだ。
「ありがとうございます! そう言っていただけると助かります」
場所やよく見られる時間を話し終えると、村長は何度も礼を言いながら部屋を出ていった。
「出現は夕方くらいからって言ってたから、また明日だね。今日は酒も入っているしね」
フェイが新人たちに向かって言う。
「霊って剣は効くのかな? なんとなく当たりそうな気がしないけど」
ウィルが疑問を口にした。ウィルたちは実戦の経験があると言ってもそれは盗賊などの人間相手だけだ。魔物やまして霊体などを相手にした経験がないため、どう戦ったらいいかわからなかった。
「霊体に物理攻撃は効かないよ。基本は魔法で戦うんだ。魔力と霊体は構成するものが似ているらしい。まあ、そこらへんはあんまり詳しくは知らないけどね。ウィルとセオルは魔剣術は使えるのかい?」
魔剣術は、武器に魔力を付与して戦う武術のことだ。魔剣とあるが、武器は剣に限らない。
「俺は使えるよ」
ウィルが手元の剣を鞘ごと見せるように掲げて言う。
「僕も使えますが、あまり得意ではありませんね。動きながら魔力の集中を続けるのが難しくて」
セオルは魔法の開発など理論の組み立ては得意だったが、自身の行使できる魔力が少ないこともあり、魔法の発動自体はあまり得意な方ではなかった。全く使えないわけではないが、ヴェトスであるウィルやフローラ、エルフのフェイやリンには魔法の面ではなかなか及ばないのだ。
「じゃあ、今回はセオルは後方で待機しとくれ。今後のために情報収集に専念だよ」
「わかりました。すみません、もう少しできればいいんだけど」
「いいじゃない。人には得手不得手があるんだから」
「そうだよー。セオルは新魔法開発したり、作戦立てたりできるんだから」
女子二人に慰められて、セオルは少し照れくさそうだ。
「やつらはやっかいな性質を持っていてね。基本的に接近戦になるからそのつもりでいるんだよ。セオルも遠距離の援護はしなくていい。魔力の集中自体を避けておくれ」
「やっかいな性質?」とウィル。
「ああ、やつらはこの世のものじゃないからね。距離の概念が通用しないんだ」
「それって」
「遠くにいても近くにいても変わらないってことさ。やつらは突然目の前に現れたりする。遠距離でまだ安全な距離だと思ったら次の瞬間に囲まれて接近戦を強いられたりするのさ」
「じゃあ僕が遠距離で援護すると」
「魔剣術が苦手なセオルは大変なことになるだろうね」
「今回は何もしないほうがよさそうだね」
観念してセオルは小さく息を吐いた。
「じゃあ、明日に備えて今日はそろそろお開きにしようか」
ウィルたちはフェイの言葉に従って、寝支度を整え寝台に入った。初めて相対する敵にウィルはなかなか寝付くことができなかった。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




