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【第三部 王の居場所】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
閑話

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第30話 閑話 ウィルの力

 ――難民街。

 先日の大火の傷跡が生々しく残るこの街には、ヴェトスたちが肩を寄せ合い暮らしている。

 黒く焼け焦げた家々はいまだ取り壊されることなく立ち並び、ヴェトスたちのつらい境遇を象徴しているかのようだった。

 しかし、ウィンステッド商会が難民街の復興に乗り出す、という噂もありここに住む人々の顔はそこまで暗いわけでもなかった。

 ウィルたちの傭兵騎士団入団から遡ること二か月前、ウィンステッド商会襲撃事件から一か月が経った頃、ウィルとメアウェン、そしてフローラは難民街を訪れていた。


「たしかあそこを右に曲がったところだと思うけど……風景が少し変わっちゃったからなあ」


 フローラは道案内に少し自信がなさそうだった。

 三人が角を曲がると、見覚えのある場所に出たのかフローラは駆け出した。


「あってた! ここ、このお家だよ」

「ここに例のご老人が?」


 メアウェンは目の前の家を眺めながらフローラに尋ねた。他の家と特に変わりはなく、難民街のごく普通の家といった趣だ。

 三人が難民街を訪れたのはウィルの力の秘密を探るためだ。ウィルが覚醒した時に現れる謎の触手は、普通のヴェトスは持たない力だった。アウグスが残した言葉から、族長家に属するヴェトスは特別な力を持つらしい事はわかったが、ウィルの力がそれにあたるのかはわからない。

 襲撃事件の時にメアウェンが戦ったガルムは確かに特別な力を発揮していた。ガルムが見せた砂鉄装甲とでも呼ぶようなその力は、ガルムの自身の口から族長家の持つ特別な力であることが語られている。しかし、それはウィルの力とは全く異なるものだ。

 そういえば、とメアウェンは思い出す。大戦の時、メアウェンと相対したヴェトス国王ガリエヌスはそのような力を使わなかった。ヴェトス国の国王はいずれかの部族の長が就任すると聞いた。それに倣えばガリエヌスも族長のはずだが、なぜ彼は力を使わなかったのか。あるいは使えなかったのか。族長家の力は謎がいまだ多い。


「そう! ここがラウ爺のお家! ラウ爺は物知りだからきっとウィルの力のことも知ってるはずだよ!」


 フローラが自慢するように胸を張ったところで、背後の扉が開き老婦人が顔を出した。


「なんだい、騒がしいと思ったらフローラじゃないか!」

「フラウィばあちゃん!」


 両手を広げた老婦人の胸にフローラが飛び込む。それに応えるように老婦人はフローラをぎゅっと抱きしめた。


「ああ、無事だったんだね。あの火事の後から姿を見ないから心配してたんだよ。あんたまで死んじまったのかと」

「ごめんね、ばあちゃん。私今ね、王都の商会にお世話になってるの」


 老婦人は涙を拭いフローラの顔を見つめる。


「そうかい。ひどい目には遭わされちゃいないかい?」

「うん、みんなとっても優しいよ!」

「そうか! それならよかったよ。あんたはもう安心だね」

「それでね、ばあちゃん」


 フローラが老婦人からはなれてメアウェンたちの元へ戻る。


「ああ、お客さんかい? ほったらかしにして済まないね。フローラとは久しぶりだったものだから」

「ああ、いえ。私は王都傭兵騎士団のメアウェンというものだ。こっちはウィル、私の家族だ」


 メアウェンがウィルを紹介する。ウィルはぶんと頭を下げた。表情が少し硬い。自分の力の秘密がわかるとなって、少し緊張しているのかもしれない。


「メアウェンさんは団長さんなんだよ」


 フローラが付け加える。


「ご丁寧にどうも。私はフラウィアだよ。騎士団長さんかい? フローラ、あんたえらい大物を連れてきたじゃないか」

「へへ」


 フローラが自慢げに鼻をこする。


「それで今日はどういった用件で?」

「ああ、こちらにヴェトスのことに詳しいご老人がいるとフローラに聞いたのだ」

「あんた、今ヴェトスって言ったかい?」

「内密に頼む。本当は駄目なんだが、教えを請いに来たのだから礼を尽くすのが筋なのでな」

「ふうん、そうかい。爺さん! お客さんだよ」


 フラウィアと名乗った老婦人が奥に向かって声をかける。家の中からは、ああ? と返事があった。しばらくして、老人が姿を見せる。


「ラウ爺!」


 再びフローラが飛び込んでいく。


「ごふッ!?」


 フローラの頭がラウ爺と呼ばれた老人の鳩尾(みぞおち)を直撃し、老人は激しく咳き込んだ。


「ごふっ、ごふっ、……ふうう。なんじゃフローラか。お前さん無事だったか」

「うん、元気だよ!」

「まあ、元気なのは間違いなさそうじゃな」


 ラウ爺は左手で鳩尾(みぞおち)をさすりながら、右手でフローラの頭を撫でた。


「それでなんの用かの?」

「ご老人、私は傭兵騎士団のメアウェンというものだ。そしてこの子はウィル、私の家族だ。あなたはヴェトスのことに詳しいと聞いた。このウィルが持つ力について、もしわかる事があれば教えてほしいのだ」

「ふむ、わしは確かにヴェトスのことは多少は知っておるけども、人間の子供のことはあまりよく知らんぞよ?」

「彼は人間ではない。ヴェトスの子なのだ」

「……何か事情があるようじゃな。中で話を聞こう」


 そう言うとラウ爺は家の中に入っていった。


「さあ、どうぞ。狭い家だけど我慢しとくれよ」


 フラウィアが三人を招き入れる。お邪魔します、と三人は家に入っていった。

 家の中は確かに狭いが、よく片付けられていた。床には板も張られ、土が剥き出しということはない。

 部屋の壁際に置かれたテーブルにはクロスがかけられ、花が生けられた花瓶が置かれていた。

 明かり取り用の窓はガラスもはめられていない木戸だけのものだったが、ここにも乾燥させた花が飾られている。

 この部屋には高級なものは一つもないが、暮らしやすく、居心地が良くなるように工夫されているのがよく分かった。


「ここにおかけなさい」


 ラウ爺がメアウェンに椅子を差し出す。自らはもう一つの空いた椅子に腰掛けた。


「子供たちは悪いがベッドに座っとくれ」


 ウィルとフローラがベッドに腰掛ける。


「そいで、さっき団長さんはこの子のことを家族だと言っとったが、お前さんは人間じゃろう」


 全員が腰掛けたのを見てラウ爺は話し始めた。


「ああ、ご老人。私は人間だ」

「そのご老人とかいうのはよしとくれ。なんか、こう、痒くなってくるわい。わしはラウレンティウスじゃ。ラウ爺でよいぞ」

「そ、そうか。では、ラウ爺殿」

「まあ、ええわい。そいで、お前さんの家族のこの子がヴェトスだと」

「ああ、話せば長くなるが」


 メアウェンがこれまでのことを話していく。盗賊討伐の折に保護をし、身寄りのなかったウィルを家族として迎え入れた。その際に彼の覚醒を目撃し、そして――


「私はあなたがたヴェトスが覚醒するとどうなるかは知っている。だが、彼の覚醒は少し違ったのだ」

「ふむ。……ウィルといったかの。ちょっとこっちへおいで」

「は、はい!」


 緊張した面持ちでウィルが立ち上がりラウ爺の下へ来る。ラウ爺はウィルの頭に右手をあて、何か探るように目を閉じた。


「ほうほう、確かにこの魔力の流れはヴェトスじゃな。それもかなりの量の魔力を蓄えているようじゃ。そんで、この子の覚醒はどんなものだったのじゃ」

「紋様が現れた後、背中から魔力の触手を生やすのだ」

「なるほどな。まあ、族長家の力じゃと思うが、お前さんどこの家の子じゃ?」

「わからないんだ」


 ウィルは俯いている。


「生まれた頃から父さんとずっと二人で旅をしていて、俺、自分がヴェトスだってことも知らなくて」

「父さんは何も言っておらんかったのかの?」

「うん。何も言ってなかったし、こんな覚醒の力を使ってるのも見たことない」

「ふむ」

「やはり、ウィルは族長家の血筋に連なる者なのだろうか」

「まあ、それは間違い無いじゃろうな。ただのヴェトスはそのような力は持っておらん。覚醒しても紋様が出るだけじゃ」


 フラウィアがお茶を入れて持ってきてくれた。メアウェンはお礼を言い、一口飲む。


「族長家のことはどれくらい知っておるのかの」

「ヴェトスの各部族をまとめる一家というくらいしか」

「ヴェトスには六つの部族がある。それぞれに部族長の家があるから族長家も六家あるということじゃな」


 ラウ爺がお茶をすすった。


「口ぶりからこれも知っておるようじゃが、族長家の者は特別な力を持つ。そしてそれは人によって様々なのじゃ」


 ウィルたちは真剣な表情で聞いている。


「族長家の力はそれぞれの部族に関連した力のことも多いから、そういう力ならどこの家のものかわかるんじゃがのう」

「触手の力は――」

「聞いたことがないのう」


 あからさまにがっくりとするウィル。自分のことが少しでもわかるかと期待していたので、落胆が大きいようだ。


「なにか手がかりでも掴めればと思ったんだが、そう上手くはいかないか」


 メアウェンも渋い表情をしている。


「俺、今度傭兵騎士団に入るんだ。その前に少しでも自分のこと、自分の力のことを知っておきたかったんだけど」

「ヴェトスの子を王都の傭兵騎士団に入れるのか。確かにこの子は強い力を秘めておるようじゃが――団長さん、あんたどういうつもりじゃ? ウィルの力を当てにしているのかの? もし、この子の力をいいように使おうというのなら」


 場の空気が少し緊張感のあるものに変わる。ラウ爺とメアウェンは真剣な表情で見つめ合っていた。


「違う、そうじゃない。いや、もちろん将来活躍してくれたら嬉しいが、それは親としての私の気持ちでしかない。彼はこれまで二回覚醒を経験している。そのいずれも完全に力を制御下に置けてはいなかった。強い力は使い方を誤ると自信や仲間を傷つけることにも繋がってしまう。力の使い方をきちんと学ばせるために騎士団に入団させることにしたんだ。彼の力を騎士団のために使わせることが目的じゃない」

「む、そうか。それならばわしの思い違いのようじゃな。すまんかった」


 嫌な雰囲気にひやひやしながら見ていたウィルとフローラはほっと胸を撫で下ろした。冷たい空気はどこかに行ってくれたようだ。


「彼の力は謎が多い。どうすれば発動できるのか、発動して何ができるのかわからないことが多いんだ。力を制御するためには力のことをよく知らなければならないからな。そのためにも何か手がかりがあればと思ったんだが」

「フローラ」


 メアウェンの目的を聞いたラウ爺はフローラに声をかける。


「うん?」

「お前に教えた魔力の鍛錬法があったじゃろ。あれをウィルに教えてあげなさい」

「あれね。わかった」


 フローラがベッドから降り玄関の前の空間に立つ。


「ウィル、見ててね」


 そう言うとフローラは目を閉じ集中を始めた。フローラの体内で魔力が活性化していくのが感じられる。しばらくするとフローラは肘から先の両手を上げ、手のひらを上に向けた。


「母なる神フォヴォラ様へ、この身にやどりし力をささげます。ぜいじゃくなるあなたの子にごかごをたまわらんことを」


 フローラの両手のひらからゆっくりと魔力が流れていく。ウィルはフローラの様子を食い入るように見ている。

 活性化した魔力が流れきると、フローラはゆっくりと手を下げた。フローラが二回深呼吸をすると今度は魔力がフローラの体内に吸い込まれていく。フローラはゆっくりと目を開けた。


「わかった? 神様に魔力をささげて、自然の魔力を取り込むんだよ。ウィルもやってみて」


 促されたウィルはフローラと入れ替わるように戸口に立つ。

 見よう見まねで目を閉じ、集中を始める。ウィルは両手をあげ、口を開いた。


「あの、フォヴォラ様に捧げればいいのかな?」

「ううん、それはウィルの――あ!」


 フローラが何かに気付いたように口に手を当てる。


「ラウ爺! ウィルはどの神様に捧げればいいの? ウィルの部族がわかんないんでしょう?」

「ふむ、ならスペドール神がよいじゃろ」

「スペドール神?」と、ウィル。

「スペドール神は希望を司る神、ウィルの名前は希望という意味じゃろ? ちょうどええわい」

「え、そんな感じで決めていいの?」


 フローラは心配そうだ。


「ええ、ええ。肝心なのは気持ちじゃ。きちんと敬う気持ちがあれば、ウィルがスペドラ族でなくてもスペドール神は受け取ってくださるじゃろ」

「そういうもの?」

「まあええから、やってみなさい」


 ウィルは半信半疑ながらも、フローラのやったとおりに鍛錬をやってみる。


「母なる神スペドール様――」

「スペドール神は男神じゃ」

「ええと、父なる神スペドール様、この身にやどりし力をささげます。……」

「ぜいじゃく」

「ぜいじゃくなるあなたの子にごかごをたまらんことを」

「たまわらん」

「たまわらんことを」


 ウィルの体内の魔力が入れ替わった。魔力が活性化しているせいか体が軽くなったように感じる。


「そうじゃ。それを毎日やると自分の魔力の流れがよう見えるようになる。力の制御にはうってつけじゃ」


 ウィルは右の手を握ったり開いたりしながら感触を確かめている。


「ありがとう! ラウ爺さん! これ毎日やることにする」

「知識は与えられんかったからな。これくらいはな」


 ラウ爺はにっこりと微笑んだ。


「その、さっき言っていた部族に関連した力というのはどういうものなのだ? 部族ごとに特徴があるのか」


 メアウェンは部族ごとにというのが気になっていた。ウィンステッド商会襲撃事件の際、ウィルやセオルからネクサが瞬時に消えたという話を聞いている。それもひょっとしたら族長家の力かもしれない。ネクサの行方はいまだ掴めていない。この先、相対する事があるかもしれないことを考えると情報はぜひ仕入れておきたかった。


「ヴェトスの六部族はそれぞれ異なる神々から生みだされたのじゃ。神々はそれぞれ司るものがある。例えばわしら夫婦やフローラが属するフォヴォレナ族は、フォヴォラ神に生み出された。かの女神が司るものは愛や癒し、前族長は回復の力をもっておった」


 ラウ爺の視線は部屋の一点に注がれていた。視線の先には二体の彫像が並んでいる。燭台や供物(くもつ)が彫像の前に置いてあり、小さな神殿のようになっていた。


「フォヴォラ様だー」


 フローラが棚の上の小さな神殿に近寄った。右手を額にあて、彫像に向かって一礼している。ヴェトスの礼拝の仕草なのだろうか。


「これがそのフォヴォラ神の彫像か。二体あるようだが」

「こっちはウンブリオン様だよ。フォヴォレナ族はフォヴォラ様とウンブリオン様両方お(まつ)りするしきたりなの」


 メアウェンは立ち上がり、二体の彫像に近寄って見る。二体はよく似た形をしていた。姿形は女神のように見える。

 メアウェンはにこにことこちらを見ているフローラに気が付き、彼女の真似をして礼拝をおこなった。


「ウンブリオン様というのは?」


 振り返ってラウ爺に尋ねた。


「フォヴォラ神の姉神じゃな。ウンブラリア族を生み出した女神様じゃ」

「姉妹神とはいえ、他部族の神を祀るのはヴェトスでは普通のことなのか?」

「そんなことはない。わしらフォヴォレナ族くらいじゃろうよ」

「そういえば、どうしてウンブリオン様もお(まつ)りしているの?」


 フローラが不思議そうな顔をしてラウ爺に尋ねる。


「なんじゃ、フローラも知らんのか」

「うん」

「じゃあ、少し昔話をしてやろう。せっかくじゃからお客人も聞いていきなされ」


 メアウェンは椅子に座り直す。フローラとウィルもベッドに腰掛けた。


「これはわしらヴェトスが生まれる前、世界に神々しかおらんかった頃の話じゃ」

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Xやってます。

@fumikiao

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