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【第二部開始】境界のウィル ~魔族と呼ばれた種族の子~  作者: 文木あお
第一部 王都の魔族たち

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第27話 事件の顛末

 窓から離れたメアウェンは部下に向かって指示を出している。


「オスリック翁の手当を」


 指示を受けた団員が手際よく治療を行っていく。


「メア!」


 子供たちが駆け寄ってきた。


「君たち怪我はなかったか」


 メアウェンは両手を広げ子供たちを迎える。


「うん、大丈夫。誰も怪我してないよ」

「そうか、よかった」


 安堵したように息を吐く。埃を被って汚れてはいるが、四人とも元気なようだ。


「ウィル、リン、こっちへ来なさい」


 名前を呼ばれた二人は不思議そうな顔をしてメアの前に並ぶ。突然、メアウェンはウィルに平手打ちをした。

 予想もしていなかったウィルはたたらを踏む。

 驚いてウィルを見るリンの方に向き直りメアウェンは右手を上げた。それを見たリンはギュッと目を(つむ)る。リンの頬がメアウェンによって打たれ、パンと音が鳴る。

 リンは左頬を押さえメアウェンを見る。リンの目には涙が溜まっていた。


「なぜここにいるんだ! 私は家にいろと言ったはずだ!」


 メアウェンの声が廊下に響く。メアウェンの大きな声に四人の子供たちがびくりと震えた。


「ここにいた者たちは人を殺す力を持った者たちだ。君たちは命を落とす可能性があったんだぞ! わかっているのか!」


 厳しい叱責に子供たちは下を向き萎縮している。リンの目からはすでに涙がこぼれてしまっていた。


「ごめんなさい……」


 ウィルたちは謝罪の言葉を口にする。なおも言い募ろうとするメアウェンにセオルが割って入った。


「メアさん、二人は僕たちを助けに来てくれたんです。だから……」

「そういう話をしているんじゃない! ウィルとリンは私の言いつけを守らなかった。私が二人に家にいるように言ったのは彼らの身を案じたからだ。この二人は心配した私の気持ちをないがしろにしたんだ。私のことだから怒っているのではないぞ。自分たちを心配している人の気持ちをないがしろにするような人間にはなって欲しくないから言っているんだ」


 セオルも一緒に怒られてしまった。


「二人とも、自分たちが何をしたか理解しているのか!」

「うん。ごめんなさい……。今、言われてわかったよ」

「ご、めんなっ、さい……ひっ、ひっ」


 ウィルも目に涙をため、メアウェンに答える。リンはこぼれ出す涙を手の甲で拭い、しゃくりあげるように泣いていた。

 メアウェンはしゃがみ二人の頭に優しく手を置く。


「わかってくれ。私は君たちに怪我をして欲しくないし、誤った人間になって欲しくないんだ」

「わかった。ごめんなさい、もうしないよ」


 メアウェンの顔に笑顔が戻る。二人がメアウェンの首筋に抱きつく。

 リンが落ち着くのを待ってメアウェンはそっと二人を離す。


「しかし、よく無事だったな。一体何があったんだ」


 メアウェンの問いにセオルが経緯(いきさつ)を説明する。ネクサが暗躍していたこと、黒幕がウィスタンだったこと、リンが精霊召喚を行い、ウィルが例の不思議な能力で戦ったこと、逃げた男がテロリストの一味だったこと。


「二人の力はかなり大きくなっているんだな」


 難民街の火事の際に発動させた精霊召喚をリンはすでに使いこなし始めていた。ウィルもまた、初めて出会ったときよりも更に強い力を今回振るったようだ。


「もう少し大きくなってからと考えていたが、急いだほうがいいかもしれんな」


 メアウェンは二人の肩に手を置いて告げる。


「君たち二人は傭兵騎士団に入団させる」


 驚いた顔でメアウェンを見る二人。


「リン、君は精霊召喚を自身の力で成功させた。だが、その力の強さや危険性を知らないままだろう。騎士団に入りフェイから学ぶんだ。精霊との付き合い方をな」


 リンは真剣な顔で頷いている。


「ウィル、君もだ。君の力は正直正体がわからない。だがどんなことができるかは試していけば判るはずだ。私たちと一緒に使い方を学ぼう」

「うん、わかった」


 頷くウィルの後ろからフローラが顔を出す。


「あの、ウィルの力の正体、判るかもしれません」

「知っているのか?」


 驚いたメアウェンはフローラに尋ねた。


「あの力自体の事は知りません。でも、さっき逃げていった人がウィルと戦った時、族長家の力って言ってました」

「族長家、確かヴェトスの部族をまとめるという」

「はい。私たちヴェトスは六つの部族に分かれています。例えば私はフォヴォレナ族です。それで、それぞれの部族を治めるのが族長家です。族長家が特別な力を持っているかは私は知らないんですが、難民街の人に聞けばわかるかも」

「そうか、それは可能性が高そうだな。フローラ、難民街に行くときは一緒に来てもらえるか?」

「はい! もちろん!」


 にっこりとフローラが微笑む。


「ウィルの力はなんとかなりそうだな。次は――」


 メアウェンは自分を見つめるセオルを見た。


「君の番だ。セオル」

「叔父様のことですね」


 セオルは手を握りしめている。複雑な感情がセオルの中で渦巻いていた。


「もう一度、ウィスタン氏とあの使用人のことを聞かせてもらえるか」


 セオルは頷き、テロリストの男とオスリックから聞いたことを順を追って話していった。


「ありがとう。ウィスタン氏に話を聞かなければいけないな。場所はわかるか?」

「私室か執務室だと思います。私室はそこを右に曲がったところです」


 セオルが階段の方を指差す。


「わかった。君はここで待っていてくれ」

「いえ、私も一緒に行かせてください。自分で直接確認したいんです」


 セオルはメアウェンに訴えた。ウィスタンはセオルに優しかった。聞かされた話はウィスタンを悪だと示しているが、直接聞かされなければ、気持ちは納得しきれない。


「しかし……」

「私も同行させてもらえまいか」

「オスリック殿……」


 治療を終えたオスリックが寄ってくる。メアウェンは迷いの中にいた。テロリストの男の話の信憑性はネクサの行動が補強している。ウィスタンが黒幕の可能性は高い。真実が明らかになった時、一番ショックを受けるのはこの二人なのだ。


「騎士団長殿、これは家族の問題なのです」


 真摯に訴えるオスリックの目を見て、メアウェンは断ることなどできないと感じた。


「わかった。だが我々の指示に必ず従ってほしい。ネクサが彼のもとにいる可能性もある」

「はい、指示に従いましょう。セオルもいいな?」

「はい!」

「では、行こうか」

「いえ、その前に執務室に行っても構いませんか」


 オスリックは何かやることがあるようだ。


「それは今でなければならないのか?」

「はい、今でなければなりません」


 メアウェンはわかった、と了承し一行は二階の執務室に向かった。



    ◇



 セオルが指し示した扉の前にメアウェン、セオル、そして騎士団員が立っている。メアウェンが二人に視線を送った。二人は無言で頷く。メアウェンは扉に向き直り、ドンドンと叩いた。


「ウィスタン殿! ウィスタン殿! ここにいらっしゃるか?」


 部屋の中に動きはない。メアウェンと団員は剣を抜き頷き合う。取っ手を掴み扉を押し開けるとメアウェンと団員がなだれ込んだ。部屋の中を注意深く、そして素早く確認したが、部屋に人影は見当たらない。いや、奥の衝立(ついたて)から覗き込む顔がある。ウィスタンがこちらを伺っていた。


「ウィスタン殿、無事だったか。私だ、傭兵騎士団のメアウェンだ」


 ごそごそとウィスタンが衝立(ついたて)から出てくる。


「ああ、騎士団長殿、ありがとうございます。外の様子はどうなっていますか?」

「ウィスタン殿、今は一人なのか?」

「え、ああ、はい。この部屋には私しかいません」

「衝立の向こうを見せてもらえるか」

「はあ、かまいませんが」


 ウィスタンは訝しげな顔をするが、言われたように衝立(ついたて)を開き向こう側を見せた。人が隠れているようなことはなかった。

 メアウェンは廊下で待っていたセオルを招き入れる。


「セオル! 無事だったか」


 ウィスタンが駆け寄る。しかし、メアウェンがそれを腕で静止した。


「何をするんです」

「ウィスタン殿、あなたに確認したいことがある」

「なんなんです! さっきから何かおかしいですよ」


 嫌な雰囲気を感じたのか、ウィスタンは少し感情的に返した。しかし、圧のこもったメアウェンの視線に抑え込まれる。


「一体何ですか、聞きたいこととは」


 取り繕った声でウィスタンは改めて聞いた。


「ウィスタン殿、さっきまでこのウィンステッド商会がテロリストたちに襲撃を受けていたのは知っていたのか?」

「テロリストですと!?」

「そうだ。先日、ベオルスリック大通りで魔法テロを行った者たちだ。彼らがなぜウィンステッド商会を襲ったのか、あなたは心あたりはおありか?」

「ありませんよ、そんなもの。むしろ、私が聞きたい。テロリストは捕まえたんですか? 尋問はもうされたんですか?」


 驚いた顔をして、ウィスタンは逆に聞き返す。


「心当たりはないと?」

「だから、ありませんよ。我々は王都で誠心誠意(あきな)いをしているんです。商売敵とだって、良好な関係を築いています。テロリストなどに恨みを買うような覚えはありません」

「恨みですか」

「そうです。テロリストとの関係などありません」


 メアウェンはウィスタンの側までゆっくりと歩く。身長はメアウェンのほうが少し高いがほとんど変わらない。しかし、戦士として鍛えあげられた体はウィスタンには見た目以上に大きく感じられた。


「な、なんですか」

「いや、ウィスタン殿、椅子にかけられてはどうか。お疲れのようだから」


 メアウェンが傍らにあった椅子を指し示す。ウィスタンは椅子とメアウェンを交互に見つつ、椅子に座った。


「それでウィスタン殿、テロリストの一人がこう言っていたそうなのだ。ウィスタンは支援したいと言って自分たちに近づいてきた。しかし、何かの目的のために、自分たちを利用していた。自分たちはそれを許さない、と」

「馬鹿な! そんなことをするはずがない。だいたい、なんの目的でテロリストを利用するというのです! あんな危険な連中を!」

「その危険を利用したい目的があったのではないか?」

「ありませんよ! テロリストの言うことを信用するんですか?」

「叔父様!」


 大声で反論するウィスタンを制するように、セオルが叫んだ。


「叔父様は僕を殺すつもりだったんですか?」

「ッ!」


 セオルの鋭い声にウィスタンは息を呑む。


「そ、そんな訳無いだろう。なぜ私が可愛い甥を殺さなければならないんだ!」

「僕は王都に来てから二回も命の危機に遭遇しました。一回目は大通りのテロのとき、二回目は難民街で。二回とも、叔父様にお使いを言いつけられたときです」

「考えすぎだ! セオル、あれは運が悪かったんだ。お前には怖い目に合わせて可哀想なことをしたと思っている。そもそも、あんなことが起きるなど、どうやって予想できると言うんだ」

「テロリストにテロを指示して、そこにセオルを行かせたのではないのか?」


 メアウェンが口を挟む。


「だから、テロリストとは面識などありません! テロの指示などできませんよ!」


 必死に弁明するウィスタンをメアウェンとセオルは見つめている。


「だいたい、なぜこんな話になっているんです? 私がセオルを殺そうとしているなど、なんの証拠もないでしょう!」


 ウィスタンの問いへの返答は扉の外から聞こえてきた。


「これならばどうだ?」


 入口から現れたのはオスリックだった。オスリックの服は左袖から胸にかけて、血に黒く汚れていた。


「ち、父上……」

「殺そうとした私をまだ父上と呼ぶのだな、お前は」


 オスリックの冷たい声に、ウィスタンは怯む。


「そ、その傷はどうされたのです! テロリストにやられたのですか?」

「襲われたのだ。お前の秘書のネクサにな。私を確実に殺せると思ったのだろう。色々と話してくれたぞ。あの女はセオルに次期当主を奪われないために、私を亡き者にしろとお前が命じたのだと言っていた。本当なのか、ウィスタン」

「ネ、ネクサはどこに」

「ネクサは姿を消しました。叔父様」

「わ、私は何も知らない! ネクサが、あいつが勝手にやったんでしょう!」

「いない者になすりつけるか」とメアウェン。

「違う! 私じゃない! だいたい、証拠がないでしょう! 父上は実の息子より、テロリストや使用人の言葉を信用するのですか!」


 ウィスタンは立ち上がり大声で訴える。しかし、騎士団員に肩を掴まれ、強引に椅子に座らされた。


「ここに来る前に執務室に寄って来た。帳簿を調べてきたのだ。時間がなくてここ一年のものだけだが、まとまった量の商品がどこかに消えている。それに刀剣類や煙玉などの購入履歴があった。普段うちでは取り扱っていないものだ。決済者はお前になっていたが、何に使ったのだ」


 オスリックが懐から帳簿の束を取り出して見せる。


「そ、それは……」

「それに、ケンワルドはお前が陥れたそうだな」

「え……」


 セオルがオスリックの方を振り向く。


「これもネクサが言っていた。自分がお前に持ちかけたのだと。お前はあの女が魔族だと知っていてケンワルドに行かせたのか」

「叔父様が父様を……」


 セオルの顔色が真っ白になっていく。


「お、叔父様……。叔父様が父様を騙して……それで、父様が……?」


 ウィスタンはうつむき何も答えない。


「なんとか、なんとか言ってください!」


 ウィスタンが顔を上げる。かすかにウィスタンの口元が動いた。


「……平だろ」

「え……」

「不公平だろう。俺のほうが商才はあった! 売上もケンワルドよりも上げていたんだ! あいつはただ真面目で人当たりがよかっただけの男だ! それなのに跡取りはあいつに決まっていた! ただ先に生まれたというだけで商会はやつのものになるんだ! おかしいだろう!」

「それで、陥れたのか」と、メアウェン。

「酒場で一人で飲んでいた時にネクサが声をかけてきたんだ。俺に協力してやると。見返りに金をよこせと。チャンスだと思った。俺は乗った。新しい取引相手がいると偽ってケンワルドを行かせたんだ。ネクサたちが魔族だと最初に聞いていたが、ケンワルドには言わなかった。取引が成立し、帳簿にしっかりと記録した後、当局に通報したんだ! 兄が魔族と取引を行っているかもしれないと! 二回目の取引の時間と場所をケンワルドから聞き出し、それも当局に提出した」


 ウィスタンは興奮して話し続ける。


「ケンワルドは当局に逮捕された! 老いぼれのせいで命は助かったが、勘当になった。これで商会は俺のものだ、そう思っていたのに」


 ウィスタンがセオルを睨みつける。


「お前が現れた! セオル!」


 ウィスタンがまたも立ち上がろうとするが、団員に抑えられる。


「なぜ帰ってきた! なぜ俺の前に立ちはだかるんだ! なぜ……何度も死地に送っても帰って来る……。お前たち親子は……。ちくしょう、なんでこうなるんだ……」


 肩を落とし、つぶやくようにウィスタンは言葉をこぼした。


「セオルを亡き者にするためにテロリストと接触したのか」


 メアウェンは憐れむような目でウィスタンを見る。


「違う。店の売上のためだ。やつらに街を破壊させて王宮からの修繕の依頼をうちが請け負う。これもネクサの策だ。売上のうち二割をネクサに渡していた」


 扉の側からドン、と音がする。メアウェンがそちらを見るとオスリックが膝をつき頭を抱えていた。セオルがオスリックに駆け寄る。


「お前は……、そこまでの悪党だったのか……。兄と二人で商会を盛り立ててくれればと、私は……」

「よく言うよ。ケンワルドばかりかわいがっていたくせに」

「ウィスタン! 私は……」

「あんたには俺の気持ちはわからないよ」


 メアウェンが団員に目配せをし、ウィスタンを椅子から立たせた。


「本営で詳しく話を聞かせてもらう。公金横領の件も含めてな」


 団員がウィスタンを連行する。扉をくぐるところでセオルが声をかけた。


「叔父様、はじめて僕が商会に来た時、叔父様は僕を抱きしめてくれました。それに、叔父様もネクサもとても僕に優しくしてくれました。僕は受け入れてもらえたんだって、ここで生きていいんだって思えました。僕は――、大好きだったんです。叔父様も、ネクサも……」


 セオルの目から涙がこぼれる。立ち止まって聞いていたウィスタンは言葉を残すことなく、団員に連れられ部屋から出ていった。

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Xやってます。

@fumikiao

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