第27話 戦いの終わり
ウィルが部屋の扉を少しあけ、外の様子を伺っている。
「大丈夫、誰もいない」
ウィルが部屋の中を振り向き、皆に伝える。子供たちはお互い顔を見合わせ頷き合った。
「行こう」
子供たちは扉を抜け、廊下を歩み出た。
ウィルが先頭を進み、セオル、フローラと続き、最後尾をリンが固める。リンはいつでも祝歌を歌う準備をしていた。
見通しの悪い曲がり角でウィルが足を止める。後ろの三人にも手振りで止まるように伝えると、ウィルは角からそっと顔を出し、先を確認する。廊下には人影はなく、突き当たりに階段が見えた。
「誰もいない。階段まで行こう」
四人が階段に向かおうとした時、爆発音が鳴り響いた。振動が四人を通り抜ける。
「上で誰か……戦ってる?」
「早く階段へ!」
危険を感じセオルが皆に呼びかけた時、更に大きな爆発音が響き目の前の天井が崩れ落ちてきた。ガラガラと音を立て瓦礫が上から降ってくる。膨大な埃が舞い上がり四人を包み込む。
ゲホゲホと咳をし、腕で目に破片が飛び込まないよう防御する。
埃がゆっくりと晴れ、状況が次第に明らかになってきた。天井の穴の下には瓦礫とともに二つの人影が見える。
人影の一つは倒れたまま動かず、もう一つの人影はもぞもぞと立ち上がろうとしているようだ。
埃の雲がすっかり晴れると人影の正体が明らかになる。
「ネクサ!」
セオルが倒れている人影に駆け寄る。薄汚れているが見覚えのある銀髪はウィスタンの秘書、ネクサのものに違いなかった。
セオルはネクサを抱き起こし、ネクサの状態をつぶさに確かめる。顔の半分がやけどによって爛れ、服はあちこちが裂け、焼け焦げていた。裂けた服の隙間から肌があらわになっている。
「セオル……様、油断……しま……した」
苦しそうにセオルを見上げ、ネクサは言葉を絞り出す。
「ネクサ! どうしてネクサが……」
セオルが念のため持ってきていたポーションをネクサに振りかける。やけどを負っていた部分がじわじわと治っていく。セオルは目の前に立っているもう一人の人影、アウグスを睨みつけた。アウグスは剣をネクサに突きつけじっと見ている。
「あなたがやったのか!」
アウグスに向かって叫んだセオルは突然首をネクサによってつかまれた。ネクサはセオルをアウグスの方へ放り投げる。アウグスの剣がセオルに突き刺さる寸前、アウグスが慌てて剣を引きセオルは命拾いした。
「ちぃっ!」
ネクサは立ち上がると、舌打ちを残し逃走に入る。ウィルとフローラを突き飛ばし、アウグスから離れるように廊下を走りだした。
「待て!」
「お前たちはあとで殺してやる! 今はあの老いぼれを」
顔を前に向けたネクサの眼前にいたのは、美しい緑の肌をした風の舞姫だった。
「!」
急制動をかけたネクサにシルフが放った真空の刃が襲いかかる。
「あああああああああああ!」
全身を切り刻まれたネクサは膝から崩れ落ちた。
役目を終えたシルフはかき消え、その後ろから祝歌を歌い終えたリンが姿を見せる。
「怪しいと思っていたの、あなたの事。なんとなくだけど」
リンは、渾身の力を振り絞り立ち上がろうとしているネクサを見下ろしながら言う。
「く……くそっ」
ネクサはなんとか立ち上がると、紋様を発動させた。体にかかる負荷に耐えきれず全身から血が吹き出す。次の瞬間、ネクサはその場から姿を消した。
「ネクサ……」
頭の整理がつかず、混乱しているセオルの背をアウグスがそっと押し、ウィルたちの元に戻るよう促した。セオルを迎え入れたウィルたちに対してアウグスが語り始める。
「あの女は我々と接触していたのだ。支援すると偽って我々を利用するつもりでな。始末したかったが逃げられてしまったな」
「どうして、ネクサが」
今起こったことがまだ信じられないセオルが疑問を投げかける。
「ウィスタン・ウィンステッドが黒幕だ。やつの目的のために裏でこそこそと動いていた。難民街に火をつけたのもあの女だ」
「叔父様が……。目的ってなんですか! あなたの都合のいいように嘘をついているんじゃないですか!?」
「さあな、そこまでは掴んでいない」
「その者は嘘は言っていない」
セオルとアウグスの問答に割り込む声が聞こえた。階段からオスリックが姿を現す。
「お祖父様!」
オスリックは辛そうに階段を降りてくる。ポーションによって傷口は塞がっても失った血液までは戻らないのだ。
「ウィスタンの目的は商会の乗っ取り。私とセオル、どちらかの命を奪ってそれを成そうとしたのだ」
オスリックが告げた事実にセオルは受け入れられず、言葉を発する事ができない。
「じゃあ、難民街に火をつけたのって」
フローラが変わって質問する。
「セオルを殺そうとしたのだろう。大勢の人を巻き込んででも」
「そんな……」
セオルは膝をつき呆然とする。
「……あの日、叔父様から言われたんだ。フローラを迎えに行けって。いつもの仕事だと思ってた。それが、僕を殺すためだったなんて」
「いつもの……」
不意にリンがつぶやく。
「セオル、その、ウィスタンさんからいつも仕事を頼まれていたの?」
「え、ああ、うん」
「ひょっとして、あの時も? ベオルスリック大通りのテロの時」
「あ……、そうだ……。あの時も叔父様からお使いを頼まれて」
「そういえば、あの作戦もウィスタンの指示だったな」
アウグスが口を挟む。ピースが次々とはまっていく。セオルも最早事実を認めないわけにはいかなかった。
「私は我々を利用したウィスタンを殺さなければならない。聞けばお前もやつに命を狙われているようだ。ウィスタンの居場所を教えてくれないか。私がやつを始末してやろう」
アウグスがセオルに持ちかけた。同じくウィスタンに恨みを持つものとして共闘しようと言うのだ。セオルは突然の申し出にすぐに答えを出すことができなかった。
「そ――」
しばらくして口を開きかけたセオルをウィルが制する。
「あんたはテロリストなのか」
唐突な問いにアウグスは答えない。しばらくの沈黙のあと一言返した。
「そうだ」
「セオルはテロリストに協力なんかしない! それに」
「それに?」
「なんでカエレンさんをテロに巻き込んだ!」
フローラが息を飲み、ウィルを見る。
「カエレンさんはかわいそうな人だった! 家族も失ってここにいるフローラが最後に残った家族だったんだ。そんな人になぜ行かせた!」
「あの時の少年か。彼は自ら志願したのだ。我々が強要したわけじゃない」
「嘘をつけ!」
「嘘ではない。彼が自ら作戦の実行役を買って出たのだ」
「だったらなぜ止めなかったの? あんなことやったら捕まるに決まってる! たくさん人が死んだわ。あんな被害をだしたら死刑になることは目に見えてる。カエレンさんには残される家族がいたのよ! 大人ならそれくらいわかっていたでしょ!」
うずくまり涙を流すフローラの肩を抱き、リンが叫ぶ。
「我々は宿願の成就のために働いているのだ。お前たちの国に滅ぼされた祖国の再興という宿願のためにな。家族だなんだと言っている場合ではない! 彼もそれくらいはわかっていたはずだ」
「カエレンさんはフローラのことを気にかけていた! 地下牢でカエレンさんと話したんだ。あの人は自分のやったことを後悔しているみたいだった。目的のために家族を犠牲にしていいなんて考える人じゃない!」
ウィルが叫び反論する。
「そうであっても、彼が自ら実行役を買って出たのは事実だからな。さあ、もういいだろう。ウィスタンの居場所を教えろ。ここにいるのは老人と子供だけだ。私を止められるのか? 無理やり聞き出してもいいのだぞ」
「ふざけるなああああああ!」
ウィルの怒りが爆発する。高濃度の魔力がウィルから噴出し体に紋様が現れる。
「なに!? お前もヴェトスなのか!」
ウィルの変化にアウグスが驚愕する。そしてその視線はウィルの背後に蠢く触手に注がれていた。
「しかも――、それは族長家の力か!」
族長家に属するヴェトスは特殊能力を有する。ウィルの触手が一般のヴェトスが持たない特殊な能力に類するものだということは明らかだ。そしてそれは、ウィルが族長家の血を引くことを意味していた。
ウィルの背から伸びた二本の触手が怪しく揺らめく。触手の一本がウィルの背からタレンの剣をすらりと引き抜いた。
「うああああああああ!」
触手を前面に押し出しウィルが飛び出す。アウグスは左から振られた剣による攻撃を自らの剣で打ち払う。すぐさまもう一本の触手がアウグスの顔面に殺到した。アウグスは屈んで躱し、前に飛び出す。しかし触手は半ばから折れ曲がり背後からアウグスに襲いかかった。アウグスは触手を断ち切るべく剣を振るう。しかし剣は触手をすり抜け虚しく空を切った。
「がはぁっ」
アウグスの背中に触手の強烈な一撃が見舞われる。もろに食らったアウグスは床に叩きつけられた。
「なんだこれは」
アウグスは体を起こしウィルを見る。引き戻された触手がアウグスを狙っていた。
「こちらからは触れんのに、向こうの打撃は当たる。こんな不条理があるか」
アウグスは左手に魔力を集中させ、火球魔法を打ち放った。燃え盛る火球がウィルたちに向かって跳んでいく。
ウィルの触手は渦巻き状に絡み合い、壁を形成した。
触手の壁に火球が着弾する。ドンと火球は爆発を起こし煙が周囲に撒き散らされた。煙が晴れた後に半透明の触手の壁に守られ、傷ひとつないウィルたちの姿が見えた。
「厄介な。こんな子供に手こずるとは」
触手の壁はかなりの防御力を持つようだ。狭い廊下の全面を塞ぐように設置されると魔法の攻撃では破れそうにない。かといって自ら突っ込んでいっても触手が飛んでくるだろう。こちらの攻撃が当たらないのでは防ぎようがない。それにあの剣、かなりの業物のようだ。アウグスの剣は先程打ち合った箇所が少し刃こぼれしていた。剣自体もなんとなく見覚えがあるような気がするが、どこで見たのか思い出せない。
剣を持たない触手がうずまきを解き先端を錐のように変化させる。鎌首をもたげ狙いをアウグスにぴたと据えた。
「これは、本気で相手をしなければならんか……」
アウグスが覚醒の準備を始めた時、あらたな乱入者が現れた。
「お前たち! 何をしている!」
階段から現れたのは部下をひきつれたメアウェンだった。
「傭兵騎士団か!」
声に引かれ、アウグスは振り返る。その隙を見逃さなかった触手がアウグスに迫る。目の端に触手を捉えたアウグスは攻撃に気が付き、回避のために身を捩る。しかし、間に合わず触手の先端がアウグスの肩に突き刺さった。
「くうっ」
アウグスは後ろに跳び、触手から距離をとる。前には少年が操る触手、後ろには傭兵騎士団。両者に挟まれ、アウグスは目的の達成は不可能と悟った。
「仕方ない、ここは諦めるしかないようだ」
前後の敵に目を配ると、アウグスは廊下の窓に向かって身を躍らせた。ガラスを突き破りアウグスは建物の外を落下する。
「な!? 三階だぞここは!」
メアウェンがアウグスが飛び出していった窓に駆け寄る。窓から見下ろすと、アウグスは自己強化魔法を使ったのか平然と着地し、向かいの建物の屋根に飛び上がった。そのまま振り向くことなく屋根上を逃げていく。
「今逃げたやつを追え! 決して逃がすな!」
メアウェンが窓から外にいる騎士団員に叫ぶ。命令を受けた団員たちはアウグスを追って走っていった。
◇
しばらく行った先で人目につかない路地に降りたアウグスは、残っていたポーションを肩の傷に振りかける。
「いったい何者だったのだ、あの少年は」
あの触手を見る限りどこかの族長家に属することは間違いない。しかし、今の族長家にあの年頃の少年がいるという話は聞いたことがない。それと、ネクサのこともだ。あれも族長家の力だと思うが、アウグスの知らないものだった。もっとも、族長家に属するヴェトスは多くいる。アウグスも全てのヴェトスの能力を把握しているわけではなく、知らない能力があることは仕方ないとも言える。
「とりあえずは王都を抜け出さねばな」
アウグスは潜伏場所へ向かうべく、路地の暗がりへ姿を消した。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




