カタクリ⑤
カタクリ視点です。
騎士団に入った僕は物陰に隠れ、リンドウをまた遠くから見守り始めた。
本当はすぐにでもリンドウの元へと駆け寄ってあげたいけど……それはできなかった。
リンドウがコスモスのことを特別に見ているのは遠目で見てもわかる。
わざわざ部隊が違うあいつのために、何度も足を運んでくるあの健気さを見るたびに、僕の中で何かが軋む音がした。
――でもそれは絶対に愛なんかじゃない!
リンドウが愛しているのはこの僕だけなんだから……そんなことはあり得ない。
今の彼女はただ、それがわかっていないだけなんだ。
――彼女の目を覚まさせるには、コスモスの醜い本性を見せるしかない。
そう考えた僕は団内の膿を探り続けた。
愚鈍なふりをして雑用をこなして、誰にも目立たないように立ち回った。
そうしていれば、自然と情報は集まってくるし……敵も作りにくい。
そのかいあって、コスモスや奴の同期たちが、入団当初からオダマキに殴打や暴言、私的な使役を受け、奴隷のような理不尽な扱いをされていると知ることができた。
しかも恨みの温度は、僕が思っていた以上に高い。
『オダマキをぶっ殺してやりたい』
『あいつは生きる価値もないクズだ!』
オダマキについて少し聞くだけで、恨みをこぼす人間がゴロゴロ出てきた。
そしてコスモスにもオダマキへの恨みがある。
オダマキが騎士に暴力を振るっていた時、奴がその背中を憎々しげに睨みつけていたところを1度だけ見た……。
直接聞かなくても、あの目を見たら恨みがあるのはわかる。
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僕は訓練中の留守を狙い、コスモスの同期のカバンにオダマキを脅した時に使った写真とフィルムをこっそり入れた。
僕が直接渡すと色々面倒に巻き込まれるかもしれないし、恨みを晴らすチャンスを掴めたら、細かいことは気にならないだろう。
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こうして僕は小さな火種をつけ、少し待つと一気に火は燃え広がった。
オダマキに恨みを抱く騎士達の手で写真は町中にばら撒かれ、オダマキの悪行は白日の下に晒された。
そして騎士団は火の粉が飛んでくる前に、オダマキをさっさと切り捨て……オダマキはただの無職のクズに堕ちた。
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「オラッ! 寝てんじゃねぇよ! ゴミクズ野郎!!」
「お前に散々コケにされた恨みを思い知れ!!」
オダマキが失脚してからすぐ……騎士団本部の中庭で、奴は騎士達によって報いを受けていた。
周囲には野次馬のように騎士達が群がり、クスクス笑いながら見物していた。
当然誰も助けようとはしない。
「やっやめてくれ……許してください……」
四方八方から木剣で叩かれたことで体中は血まみれ……顔はもう原型を留めていない。
オダマキは安っぽい謝罪を口にするが……誰の耳にも届いていない。
当然だろうな……。
「……」
だが同じ恨みを持っているはずのコスモスは木剣すら持たず、同期達のそばで暗い顔をしてただ眺めているだけだった。
だがあいつもすぐ醜い本性を晒すに決まっている。
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「やぁ、リンドウ」
僕は騎士団に入って初めてリンドウに声を掛けた。
「か、カタクリ? どうしてここに……」
「僕も騎士団に入ったんだ。 それよりちょっと来てくれる? 中庭が騒がしいんだ」
僕は有無を言わさずリンドウを連れて中庭に駆け出し、野次馬のように群がる騎士たちの中に紛れながらオダマキの無様な様子を眺めていた。
オダマキは地面に組み伏せられ、声すら上げられなくなっているみたいだ。
「……」
リンドウは眉をひそめ、苦々しい顔をしていた。
だが、止めに入ろうとはしない。
いくら優しいリンドウでも、あんな救いようのない下衆野郎を助ける気にはなれないんだ。
リンドウは一瞬、ここから立ち去ろうとしたが……コスモスの姿が目に留まって足を止めた。
リンドウ、そんなにあいつのことが気になるのか?
だがそれもあと少しだ……。
――さぁ見せろ、コスモス! お前の醜くて汚い本性を!
未だ何もできずに立ち尽くしているコスモスに僕は心の中で命じた。
するとオダマキを袋叩きにしている騎士の1人が苛立たしげに叫んだ。
「あいつの女房とガキにも思い知らせてやろうぜ! 家族揃って地獄見せてやる!」
『おぉぉぉ!!』
その言葉に、周囲から同調の声が上がる。
僕は笑いを堪えるのに必死だった。
――いいぞ、もっと壊れろ。
「おら、コスモス。お前も殴れよ。お前だって散々やられてきただろうが」
騎士の1人が何もしていないコスモスに気付き、木剣を突きつけた。
コスモスは一瞬だけ戸惑うも、震える手でそれを受け取った。
オダマキにゆっくりと近づき……。
「さっさと殴れよ!」
騎士に煽られて木剣を振り上げる。
オダマキを見下ろす目には、確かに憎悪が滲んでいた。
――やれよ。やってしまえよ。
僕は心の中で嗤いながら、その瞬間を待っていた。
そして恨みに任せて奴が壊れた時こそ、リンドウが僕の元に帰ってくる時だ。
そう思っていた時……。
カランッ!
コスモスの腕は振り下ろされることなく、木剣が乾いた音を立てて地面に転がった。
「何をやってるんだよ、コスモス!」
コスモスに木剣を渡した騎士が怒気を含んだ声でそう尋ねると……。
「でき……ません……」
コスモスは糸の切れた人形のように、その場で膝をついた。
「私には……できません!」
「はぁ? お前、このクズ野郎が憎くないのか?」
「憎いですよ……殺したいほど憎いです。それでも……できません!」
「何言ってんだ?」
「私は……人を傷つけるために、騎士になったのではありません!!」
涙を流しながら意味の分からないことを叫ぶコスモスに、周囲は一瞬だけ静けさに包まれた。
「私は人を守りたくて……正義を守りたくて……騎士になったんです!!
こんなことをするためじゃ……ないんです……」
憎しみを必死に抑えているコスモスの声は震えていた。
僕には奴がなぜそこまでするのか全く理解できない。
「それに……あなた達が憎いのはオダマキ教官でしょう? だったら、教官にだけ復讐すれば良いじゃないですか! どうして……関係のない人達まで傷つける必要があるのですか!?」
「何カッコつけてんだよ!! 要するにビビって何もできないだけだろ? この腰抜け野郎!!」
コスモスは蹴り飛ばされ、堪えきれずに地面に倒れ込んだ。
その光景を見て、僕は腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「ハハハ!! リンドウ、今の見た? あいつ、殺したいくらい憎いオダマキにやり返すこともできずに、泣いてるよ。無様すぎるよね? 惨めすぎるよね? アハハハ!!」
心底愉快だった!!
正義なんてくだらないものにこだわって恨みすら晴らせず、地面に倒れ込んだコスモスの姿が……バカすぎて腹が痛い!
あいつの醜態をリンドウに見せるつもりだったけど……良い意味で予想を裏切ってくれた。
もはやあいつはただの道化だ。
あんな無様な姿を見たら、リンドウも目を覚ましてくれるはず――僕はそう信じて疑わなかった。
「……笑わないで」
そんな僕の耳に低く、抑えたリンドウの声が轟くように入って来た。
隣にいるリンドウを見ると、その目には明確な怒りが宿っていた。
心臓が痛いくらい跳ねる。
親を理由に僕をずっと責め続けたあのクズ共の目とリンドウの目が重なってしまう。
どうして……そんな目で僕を見るんだよ、リンドウ。
「り、リンドウ? 一体どうし……」
おそるおそる言葉を絞り出すも……リンドウは僕には見向きもせず、倒れているコスモスのもとへ駆け寄り……奴に肩を貸して立ち上がらせ、中庭を離れていった。
「リンドウ……」
僕の心はリンドウを追いかけたい衝動に駆られていたが、体が動いてくれなかった。
『……笑わないで』
初めて向けられたリンドウの怒りの言葉に、僕の体は金縛りに遭ったように動かなくなる。
足元がふらつく。
うまく息が吸えない。
群がっていた騎士たちの喧騒が、やけに遠く聞こえる。
――リンドウ、どうしてだよ。
何度考えても、僕はリンドウの怒りを理解することができなかった。
僕はその場で膝を崩してしまうが、僕に肩を貸す人間は誰もいない。
周りの騎士達はオダマキの醜態を嘲笑うだけだ。
「リンドウ……助けてくれ」
僕は小さな声でこの場にいないリンドウに助けを求めるが……彼女は僕の元には来てくれなかった。
次話はリンドウ視点です。




