95 火狩と里帆
銀河の「夢」についての話が遂に出てきました。
火狩が、廊下で立ち尽くしていると、背中を優しく叩く者がいた。
「火狩ちゃん、どうしたの。学食に行くなら私と一緒に行かない?蒔絵ちゃん、悪阻がひどくて、その前でお弁当食べるのが申し訳ないから、学食を利用することにしたの」
里帆だった。
特進クラスでは仲良くしてくれる男友達は出来たが、火狩は、昼休みになるといつも1人だった。
銀河と一緒に、勉強しながら昼食を食べられるかと思ったが、あっさり振られたので、里帆の申し出は有り難かった。
学食の入り口で食券を選んでいると、銀河が翔太郎と一緒に出て行くのとすれ違った。
「早い。あの2人もう食べ終わったの?」
「そうだね。あの2人は多分、昼練習に出かけるんじゃない?」
火狩の質問に里帆は事も無げに答えた。
「ところで、蒔絵さんはいつもお昼に、何を食べているの?」
「ん~。多分、ゼリー飲料を食べているか、保健室で昼寝している」
「悪阻って辛いんだね」
「蒔絵ちゃんは生理痛の時も、よく保健室で寝ているよ。『生理が止まったら、悪阻が襲ってきた~ぁ』って言っていた」
里帆はレディース定食を、火狩はA定食をトレーに乗せて、席に着いた。
話の口火を切ったのは里帆だった。
「間違っていたらご免ね。火狩ちゃんって女の子だよね」
里帆の突然の質問に、火狩は固まってしまった。
「誰に聞いたの?」
「誰にも。でも、銀河君が『火狩さん』、蒔絵ちゃんが『火狩ちゃん』って呼んでいたから、そうかなって思ったの。あの2人、男子の時はそうは呼ばないから」
火狩は天井を仰いだ。
「そっかぁ。だから銀河君は、僕と勉強するのを嫌がったんだね」
「え?女子だから嫌がったんじゃないと思うよ。ただ、蒔絵ちゃんと一緒に勉強したかったからじゃない。駄目だよ。新婚さんの間に割り込んじゃ」
「18歳にならなければ結婚できないはずだよ」
「まあね。結婚は出来なくても婚約は出来るんじゃない?2人でお揃いの指輪もしているし」
火狩は大きくため息を着いた。それを見て、里帆は微笑んだ。
「まあ、銀河君はちょっとデブだけれど、格好いいもんね」
「里帆ちゃんは、銀河君のこと好きなの?」
里帆は、今も、銀河のことを思ってはいるが少し誤魔化した。
「うん、昔ね。私もあの2人の幼なじみだけれど、あの2人の間に割り込む隙なんて1mmもないんだよ。早く諦めたほうがいいよ」
「えー。僕は好きって言うんじゃないけれど」
「まあまあ、誤魔化さなくていいよ。あの2人、生まれた時から一緒なんだから。1日違いで同じ病院で生まれたし、お母さん同士は高校の同級生だし、小さい頃から一緒に勉強しているし、バドミントンでもペアだし・・・」
火狩は、里帆の言葉に引っかかった。
「勉強って、同じ塾に通っていたってこと?」
「ううん。百葉村に学習塾はないよ。銀河君のお姉さんが、2人まとめて、一緒に勉強を見ていたんだ」
「なんで、お姉さんが勉強を見なければならなかったの?成績がすごく悪かったとか?」
里帆は、レディース定食のご飯をゆっくり噛みながら、記憶を辿った。
「昔ね、銀河君ってボーッとしていた子だったんだ。何かに集中するとずっとそこから離れない感じ。でもね、蒔絵ちゃんが何時も側にいて、それに付き合ってあげていたんだ。
鈴音さんは、2人より10歳ぐらい年上で、村で初めてT大学に行くほど優秀だったの。
その鈴音さんが、弟の銀河君を心配して、蒔絵ちゃんと一緒に勉強を教え始めたんだ」
「蒔絵ちゃんを利用したわけだね」
火狩のきつい物言いを、里帆はやんわり笑顔で受け流した。
「そういう気持ちは否定できないけれど。蒔絵ちゃんは昔から優秀だったから、鈴音さんは、打てば響くような蒔絵ちゃんを教えるのが面白かったんだと思う。
そして、お姉ちゃんと楽しそうに勉強をしている蒔絵ちゃんを見て、銀河君は蒔絵ちゃんに対抗心を持ったんじゃない?で、今でも、蒔絵ちゃんに負けないために勉強しているし、蒔絵ちゃんに褒めて貰いたくて勉強している。だから、銀河君は蒔絵ちゃんと一緒に勉強すること自体が好きなんだよ」
「里帆ちゃんは、銀河君達のこと理解しているんだね」
里帆は、デザートの杏仁豆腐にスプーンを差し込んで、答えた。
「ずっと2人を見ていたもん。いつでも全力で守ってくれる王子様って憧れるじゃない?でも、銀河君が、他の女の人を振り返ることは絶対ないから、他の男の子と付き合ってみたんだけれど、ああいう人はいないんだ。銀河君は、蒔絵ちゃんのために熊とも戦ったんだよ。痛い!」
里帆が頭を抱えて振り返ると、銀河が拳を握って立っていた。後ろで、困った顔をした翔太郎が立っていた。
「嘘を言いふらすな。熊と戦うなんて、俺はゴジラか?」
「銀河君達は、部活に行ったんじゃないの?」
「夕方食べるために、パンを買いに来たんだよ」
里帆は、銀河の後ろの翔太郎が傷ついた顔をしていることに気がつかなかった。
パン売り場に向かう途中、翔太郎は悲しい声で呟いた。
「里帆は今度は、火狩に乗り換えたのかな?」
銀河はぎょっとして翔太郎の顔を見つめた。
「翔太郎、火狩は女だぞ」
「へ?気がつかなかったな。特進のやつら、転校生は3人とも男だって言っていたんだぞ。4ヶ月も火狩が女だと気がついていなかったのか?」
「だろうな。だから、里帆と火狩とは、ただ女同士の友情なんだと思うよ」
翔太郎にとって衝撃の情報はそれだけではなかった。
「でもさ、里帆は最近、村役場の若い男と放課後ずっと一緒にいるんだよな。男の方は高校1年生に対してその気がなくても、里帆のことだ、また、その人が『素敵』とか思っているかも」
「そっかぁ、それで、甲次郎は最近元気がないのか」
翔太郎は、銀河の薬指に輝く指輪を見た。
「なあ、銀河、どうやったら女にもてるのか、伝授してくれよ」
「俺は蒔絵に選ばれるように努力はしているけれど、そもそも、あらゆる女性にもてる技術なんてないよ」
「は?まあ、そうか。もてたい相手にターゲットを絞って、努力すればいいんだな?
じゃあ、蒔絵に選ばれるように、銀河はどんな努力をしたんだ?」
「えー?蒔絵が外で働くのを、家で支えるために必要な技術や能力を磨くとか?」
「それは『お嫁さん』じゃないか」
「俺の姉ちゃんはいつも『お嫁さん』が欲しいって言っているぞ」
「銀河は男としてのプライドがないのか?」
銀河は肩をすくめた。
「蒔絵ちゃんの『お嫁さん』になるのが、俺の『夢』だから」
「いや、家族を養ってこそ、『男』だろう」
銀河は、翔太郎のステレオタイプの思考を笑いはしなかった。
「じゃあさ。将来、家族を養うために、翔太郎は何か努力をしている?」
「まだ、高校1年じゃないか。と、言っても、高校1年で家族を持った銀河には言い訳にしか成らないか」
「もう一つ質問をしよう。翔太郎は大学に行くの?」
「親は『将来のため、大学に行け』って言っているけれど、俺、勉強苦手だからな」
銀河は笑って、翔太郎の顔を見た。
「そっか、大学に行くための勉強は、将来家族を養うための『努力』なんだな?」
「まあ、高校生でも起業して、それなりの収入があれば、大学に行かなくてもいいけれど」
「銀河みたいな才能があれば、起業も出来るだろうけれど、普通の高校生には無理だよ」
銀河は「しょうがないな」と言う顔で、翔太郎の肩を叩いた。
「百聞は一見にしかず。今度の月曜日って、代休だろ、高校生で起業をした人達を紹介するよ。みんな、普通の高校生だぜ」
野球部を「男尊女卑の考え方」を持つ人の集まりのような表現をしてすいません。