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デブでも銀河は夢を見る  作者: 八嶋緋色


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96 起業は難しい

大学入試情報や、起業家についての統計情報などは、多少根拠はありますが、時代設定が今から約5年後の未来になっているので、変化も考慮して、大目に見ていただければ幸いです。それから、参考にした店の情報なども、あくまで参考にしただけで、実在の店舗には全く関係がないことをお断りしておきます。

「そっかぁ、翔太郎と約束したのか」

「いや!蒔絵が産婦人科に行くなら、翔太郎に断りの電話をする」

「翔太郎は、野球部の休みがあまりないんだから、絶対今日行ってあげて」


 今日は、土日にあった「共通テスト模試」の代休だった。同時に「大学入学共通テスト」を受けた3年生の自己採点の日だった。野球部の監督の出口先生は、3年の担任で、今日は1日、自己採点業務に関わっているので、珍しく、野球部に休みが与えられたのだ。


「じゃあ、明日は一緒に行こう。今日行った方が1日先に楽になるのに・・・」

 銀河は蒔絵に相談してから、翔太郎と約束をすればよかったと後悔した。

ただ、今日行く場所すべてに、予定変更の連絡をすることも、大変だったので、諦めてマンションの階段を8階から駆け下りた。


 今日の1つ目の目的地は、村営マンション1階の「什器(じゅうき)の部屋」だった。

翔太郎とは、「什器の部屋」の前で待ち合わせていた。翔太郎は、野球部のジャンパーに、親が最近、町の衣料量販店で買ってきたストレッチが効くジーンズを履いていた。

 一方、銀河は軟らかく編まれた黒のセーターに、鈴音に買って貰ったパンツを合わせていた。


「なんか、銀河の服って、学校に着てくる私服よりお洒落じゃないか」

「うん。このセーターは、糸が引っかかると嫌だから、学校には着ていかないんだ」

「へえ。手編みみたいだな」

「ここで、作って貰ったんだ。蒔絵とお揃いなんだぜ」

「はいはい」

そう言いながら、「什器の部屋」のドアを開けると、優しくドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。あれ?中村君。今日は部活はないの」

カウンターで店番をしていたのは、野球部の村田英雄(ひでお)の姉、高校3年の恭子(きょうこ)だった。

「恭子先輩。ここで何しているんですか?」

「見て分からない?看板娘なの」

「はぁ?」


「ひどい反応ね。英雄と付き合っているから、そんなに口が悪くなるのよ。まあ、お客様なので、今日は仕事させて。私、今はアルバイトだけれど、2月の自宅学習期間になったら、正式にここで働くの」

「なるほど。で?ここは何の店なんですか」


 翔太郎達を誘って、恭子は店の陳列棚に案内した。

「先ずは『什器(じゅうき)』って、日常使いの道具や食器のことなの。百葉村役場で、ふるさと納税の返礼品で「ククサ」や木の食器を売っていたでしょ?最初は、それの発送作業を請け負っていた場所から始まった店です」


 銀河が奥の入り口を指さした。

「あの奥で、全国発送をしているんだ。ここが出来る前は、村役場で発送作業をしていたんだけれど、人手が足りなくて困っていたんだ。それで、この建物が出来たらすぐ、あそこの奥で、アルバイトの高校生を頼んで発送作業をすることになったんだ」

 銀河は蒔絵から、村役場で働く母が携わっている事業についての話もよく聞いていた。


「そう、私もそのアルバイトだったの」


 翔太郎は手を打って言った。

「なるほど、恭子先輩は、売り子に昇格したんですね」

恭子は硬くこぶしを握りしめて、翔太郎を威嚇したが、顔は笑顔で話を続けた。


「アルバイトだった私はすぐ、この表の広い空間で、別に商売が出来るんじゃないかって考えたの。

まず、道の駅みたいに、農作物を売ることから始めたの。

その内に、『萬屋(よろずや)』の小百合さんから、編み物や裁縫が上手な人を紹介して貰ったの」

「まさか、銀河が来ているセーターも、オーダー品なの?」

「これは、お祝いで貰ったんだけれど。俺達が着ているのを見て、オーダーしたいって人が出てきて、恭子さんが仲介し始めたんだ」

「でも手編みだったら、1枚仕上げるのに時間がかかるだろう?」


 銀河が、自分のセーターを見下ろした。

「うん。機械編みだから、これを2枚作るのに、1週間くらいかかったらしいけれど、手編みより遥かに早いよね」

「えー。1週間で作っちゃうのか」


 恭子がそこに口を挟んだ。

「フルオーダーのセーターって、例えば、東北に、すべて手作りで作っている工房があるけれど、そこのセーターのか価格は、送料込みで10万円近いんだよね。その上、予約すると、できあがりまで3ヶ月はかかる。勿論、東北の寒さに負けない素敵なセーターなんだけれど、千葉のニーズは違うよね。

 うちは編み機だから、1枚3万円で、頼んでから手に届くまで、1ヶ月くらいかかるかな。作るのは5日くらいでも、今は順番待ちがあるから、少し時間はかかる。

 また、うちのセーターは糸が細くて軽いんで、高齢者にも、子供さんにも人気があるんだ。

どう?翔太郎君、彼女へのプレゼントに」

 今の翔太郎にはきつい一言だった。しかし、気を取り直した翔太郎は、質問を続けた。


「じゃあ、恭子先輩は農作物の販売と、セーター予約の窓口をここでしているの?」

恭子は指を振った。

「甘いね。そっちの棚も見て」


 反対側の棚には、タンクがいくつか並んでいた。タンクには、「牛乳」「醤油」「味醂」と書いてある。

「量り売りの店も始めるんだ。秋には、裏山の木の実も売る予定」

「牛乳とか、どこから仕入れるんだ」


「仕入れ先は企業秘密!

容器を持ってきて貰ってそこに入れる量り売りは、ゴミが少なくなってエコでしょ?

4月から、百葉村はゴミの完全分別が始まるから、これからは容器のリサイクルが進むはずなんだよね」

「ゴミの完全分別なんて聞いていないぞ」

「12月から村の広報で流しているよぉ」


「村の広報誌なんて見ないからな。銀河は知っているか?」

「翔太郎は、自宅のゴミ捨てもしたことないんだろう?普通、ゴミ捨て方法が変わるって、大事件だけれどな」


 銀河は、入り口近くに置いてある村のジオラマを指さした。

「うちの畑が合った場所と海の間の、この低い場所に、巨大な『リサイクル場』が出来るんだ」

「昔、鉄次さんの海の家があったところか?」

銀河は少し寂しい顔をした。


「でも、今回の施設は、津波が来ても大丈夫なように、側面はすべて壁で、上かららせん状の通路を下りていきながら、ゴミを置いて行くような作りなんだ」

「面倒くさいな」

「まったく、すぐ面倒くさがる。英雄みたいなこと言わないの。買ったものを大切に使えば捨てるものは少なくなるでしょ?容器も再利用したり、リサイクルしたりすれば、『ゼロウエイスト』じゃない」


 銀河は、翔太郎に初期の目標を思い出させた。

「恭子さんは、アルバイトから実績を買われて、村から店舗を任されるようになっている。高校生起業家の1人なんだ」


 翔太郎は、それを聞いても、それ程驚かなかった。

「失敗したら、村が損失を補填(ほてん)してくれるんでしょ?」

「まさか、量り売り事業は、アルバイトで貯めた金で仕入れをするのよ。委託販売の仲介料ばかりじゃ、商売にならないじゃない。勿論、失敗するかも知れないよ。起業する人の2割は5年持たないってデータもあるわ。でも失敗からしか学べないことがたくさんあるんだよ」


 翔太郎は、胸を張る恭子の前で考え込んでしまった。そこへ銀河が声を掛けた。


「もう1人『起業家』が来たから紹介するよ」


 ドアベルを鳴らして入ってきたのは、山賀里帆(やまがりほ)だった。里帆は段ボールを台車に乗せて入ってきた。

「お早うございます。今日も販売用の商品と、発送の用の商品を持ってきました」

そう言うと、段ボールを開けて、カウンターに並べ始めた。

商品にはどれも、可愛い犬の絵が描かれていた。


 里帆の後ろには、噂の青年も立っていた。

「翔太郎、紹介するよ。この方は『起業応援課』の岳田琉治(たけだりゅうじ)さんだ。岳田さん、こちらは、僕らのクラスメートの中村翔太郎君です」

 

琉治は流れるような手つきで、名刺を出して、自己紹介を始めた。

「初めまして、私、今年、百葉村役場に入庁した岳田琉治と申します。起業なさる方のサポートをさせて貰っています。中村様も、起業なさるご計画がありましたら、是非ご相談ください」

 名刺をもらった、翔太郎は目を白黒させて、里帆に向かって振り返った。


「里帆は何時から、起業家になったんだ?」

「やだぁ。起業家ってレベルじゃないよ。まだ、商品が細々と売れ出したばかりだから」

琉治は柔らかに笑った。

「里帆さんには、村のキャラクター商品を全面的に開発していただいているんです」


 話しながらも琉治の目は、サッと店内を確認していた。そして、本来会う予定の人物に目を留めた。

「ああ、恭子さん、例の話の打合せは、今宜(よろ)しいでしょうか」

琉治は、そのまま、カウンターの奥で恭子と打合せに入ってしまった。



 そこで、銀河は2人を誘って、もう一つの目的地「千種(ちぐさ)ホール」に移動した。


「千種ホール」は、村営マンション1階の「什器の部屋」のすぐ隣にあった。

木の香りが漂う「什器の部屋」とは打って変わって、コンクリート打ちっぱなしの無骨な作りだった。


 銀河は「千種ホール」に入ると、入り口のパネルで空いているパーティションを選んで確保すると、カウンターに向かった。カウンターで各自好きな飲み物を持ち、木製の皿を一つ取って、そこに菓子を何種類か乗せた。

翔太郎は、菓子の種類の多さに目を輝かしていた。


「これはみんなタダなのか?」

「そうだよ。食べ終わったら、また好きな物を取りに来ていいんだよ」

「里帆もここによく来るのか」

「甲次郎君に連れてきて貰ったことが、1,2回。今日も、ほら、あそこに甲次郎君がいるじゃない」


 少し離れたパーティションで、甲次郎が航平と一緒に、パソコンに齧(かじ)り付いていた。後ろには、未来TECの社員の女性がついて、何やらアドバイスをしていた。

「何しているんだ?」

「最近2人で、新しいアプリを開発しているんだ。百葉LRT(ライトレール)の駅を、より快適にするアプリらしい」


 銀河が連れてきたパーティションに3人が座って、それぞれの飲み物を飲むと、銀河は里帆に話を促した。


「里帆、どうして今の商売を始めたか、翔太郎に教えてやってくれ」

「私ね、今まで双子ちゃんをテーマに絵を描いていたじゃない?でも、保育園が大きくなると今までのように、入り浸って絵を描くことが出来なくなるから、次の絵のモデルを何にしようか考えていたんだ」


「それが、犬か?」

翔太郎は、里帆が持ってきた商品についていた犬の絵を思い出した。

「そう、銀次さんが飼っているカレリアンベアドッグの子犬って可愛いでしょ?あれを次のモデルにしようと思って、ドッグランの側(そば)でスケッチしていたら、小さい子供がやってきて、絵を欲しがったのね。その時はタダで上げちゃったんだけれど、その後も子供がやってきたので、500円くらいで売ることにしたんだ」


「それで、売り物に?」

「そうすぐには上手(うま)く行かないんだけれど・・・。その後、甲次郎君とここに来た時、たまたま、琉治(りゅうじ)さんとお話をする機会があって、スケッチを見せて、『絵の相場』を聞いたの。そうしたら、『可愛いですね。この絵をキャラクターに起こせますか』って言われて書いたら、トントン拍子に、『村のキャラクター』にしようって話に広がって・・・」

 

 そう言うと、里帆は村のHPを開いた。

そこには、「カレン」「リアン」グッズというページがあった。犬の名前は、「カレン」と「リアン」に成ったようだ。村のHPには、Tシャツやトートバッグ、手描きの絵はがきなど、里帆がこつこつ作ったと思われる商品が並んでいた。ふるさと納税の返礼品になったらしい。


「これ、里帆が作ったのか?」

「うん。プロトタイプね。今は人気が出たものは、業者に頼んで、100個単位で作って貰っている。手作りだと、たくさんは作れないでしょ?もう、商標登録は琉治さんに取って貰ったの。だから、売った分だけ私に利益が配分されるの」

「村から利益が貰えるのか?」

「うん。新しい商品開発も、私に任されているから楽しい。この間はLINEスタンプも作ったんだよ。銀河君、こんな感じの話でいいかな?じゃあ、琉治さんが待っているから、什器(じゅうき)の部屋に戻るね」


 そう言うと、里帆は小走りで、隣の什器の部屋に戻っていった。「琉治さん」と里帆が口にする度に、翔太郎の胸はチクチクと痛んだ。


「里帆も大金持ちだな」

「そう思うか?多分、里帆が作った商品の販売利益しか入らないな」

「え?だって商標登録して貰ったって言っていたじゃないか」

「『里帆の名義で』って言ったか?」

「え?じゃあ、村の名義か?」

「いや、岳田さんの名刺を見ろよ。『未来テック 起業応援課』って書いてあるだろう?」

翔太郎は再度、名刺を見直した。


「百葉村役場の人間だって言っていたじゃないか」

「それは正しい。ただ、今は『未来TEC』に出向(しゅっこう)しているんだ。つまり、彼は、百葉村役場の利益に反しないように、未来TECの利益のために動いているんだ」

 

 そう言うと、銀河は「未来TEC」のHPを見せた。

「あれ?『カレン』と『リアン』が、会社のキャラクターになっている」

「そう、百葉村は未来TECの企業城下町で一心同体だからな」


「でも、ここの商品は里帆の手作りじゃないぞ」

「デザインはAIに描かせ、文房具から食器に至るまで、商品企画は未来TECの社員が行っている。里帆1人で、すべての商品を作るなんて出来ないだろう?3月には、『カレンとリアン』のロボットも完成するから、そのお披露目も兼ねて、大きなイベントを開くらしい」

「里帆は知っているのか?」


 気色(けしき)ばむ翔太郎に銀河は、菓子の小袋を渡して、落ち着かせた。


「これ、美味(うま)いぞ。そう、里帆は多分、知らないだろうな。イベントでは、百葉LRT関連のグッズも出るだろうし、コンクリートの住宅『未来TECハウス』の展示会も行う。百葉村全体が大きなイベント会場になる」

「そうすれば、全国に『カレンとリアン』の名前が知れ渡る訳だ」

「多分、里帆は大きなイベントで商品が売れているのを見れば、大金持ちになったと勘違いするかも知れない。でも、蓋を開けたらそれほどの収入はない。

だって、里帆に入るのは、多分、初期のデザイン料と、村役場で細々と売っている手作りグッズの売上だけだからな」


 翔太郎は立ち上がった。

「銀河は何で、さっき里帆にそれを教えてやらなかったんだ?」

「は?もう岳田(たけだ)さんに言いくるめられて、納得しているかも知れないじゃないか。まあ、ここは、大きな声で話をするところじゃない。座れよ」


 翔太郎は、菓子の小袋を開けて、それを全部口の中に流し込んだ。

「もしかして、岳田ってやつは、恭子先輩も騙しているのか?」

「さあ、でも、さっき恭子さんは、仕入れ先を企業秘密って言っていたよな。結構考えて商売しているし、利益にもシビアだと思うな。里帆みたいに棚ぼたで、仕事を手に入れたわけじゃないから、もしかしたら大丈夫かも」


「銀河って、冷たいよな」

「何言っているんだ。友達のために、蒔絵の通院を断って、ここにいる人間に失礼なことを言うな。

翔太郎は、新しい施設の建設も、ゴミの処理法が変ったことも、イベントのことも知らなかっただろう?

俺は新聞は取っていないけれど、普通に、村や会社のHPは毎日見ているし、世界のニュースもチェックしている。それは、家族を守るためだ。

何を言っているか、わかるか?」


そう言って、銀河はコーヒーとお菓子のお代わりを取りに行った。



 銀河は戻ってくると、翔太郎に念を押した。少し言い過ぎたと後悔したのだ。


「俺が言ったことを、そのまま里帆に言うなよ。大体、商標登録した書類に目を通してみないと、本当のことは分からないから、さっき言ったことは、あくまで俺の推測だ。

それに、里帆には金額の多寡(たか)は分からないが、収入があることは確かだし、多分、岳田さんの力添えがなければ、里帆には1円も手に入らなかったはずだから、岳田さんを責めるのはお門違(かどちが)いだからな」


 翔太郎は、銀河と離れて自宅に戻る間中、「家族を守るため」という銀河の言葉が耳から離れなかった。今までのように「知らない」「分からない」では、家(・)族(・)が(・)守(・)れ(・)な(・)い(・)と、銀河が言っていたことは理解した。


 翔太郎は自宅に帰って、千葉大学の法政経学部を調べ始めた。

取りあえず、経済や法律の知識が「起業」には大切だというからには、大学ではそれを学ぼうと思ったのだ。いくら近くだからだからといって、赤点小僧が千葉大学を調べるのはどうかと思うが、翔太郎が知っている唯一の大学だからしょうがない。


 後日、模擬試験の成績が手元に届いたので、法政経学部の合否を調べて、愕然としたが、「まだ高校1年だ」と気持ちを入れ替えた。


 田邊先生に相談すると、「まず、平均点を取ることを目指したほうがいい」と言われて、毎日3時間、机の前で復習をすることから、勉強を始めた。

什器の部屋、百葉村、千種ホール、萬屋のネーミングの共通点に気がついて貰えたでしょうか?


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