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31 ギャルは1回戦で退場した

 最近の「玉入れ」は、玉を集める人と、それを両手いっぱいに持って下から投げ上げる高身長の人に、分業化されていますよね。最初からそれに気づかないと、玉入れでは負けるようです。

 今日は朝から快晴で、非常に暑くなる予報だった。それでも、百葉村の体育祭の朝は、みんなウキウキした気持ちを隠せなかった。しかし、高校1年特進クラスの朝のホームルームでは何故か不穏(ふおん)な空気が流れていた。


如月実加子(きさらぎみかこ)とその仲間達の顔を見て、特進クラスの学級委員、田中海里(かいり)は大きなため息をついた。彼女たち4人は、昨日、予行練習を早退して、町の美容室まで行き「盛り髪」にし、朝から念入りに化粧してきたのだ。爪にも長いつけ爪をつけて、キラキラした飾りまでぶらぶらさせている。


「ねえ、言いにくいんだけれど、仮装していいのは午後からなんだよ。それはチームの減点になるんだけれど・・・」

「海里君、『仮装』って失礼じゃないの?これは、『お洒落』っていうのよ。男子だって、女の子が綺麗なのは嬉しいでしょ?」


 東京から転校してきた生徒にとって、それは「普通」だろうが、百葉村で昔から行われている「体育祭」では、それはかなり「異質」なものだった。


「航平、このクラスは何時から『特進クラス』から『特殊クラス』になったんだ?」

言葉が通じない女子に頭を抱えた海里は、航平に愚痴をこぼした。


「田中先生が、体育祭の規定を徹底しなかったからじゃないかな」

「そうか。生徒指導に厳しい田中先生も、放課後のダンスで疲れ切っていたから、そこまで目が届かなかったんだろうな。入場行進を見て、ショックを覚えるだろうな」

海里は、自宅に戻っても、ダンスの練習をしていた父親を見ていたので、同情を隠せなかった。


案の定、田中先生は入場行進の間中、職員用テントで頭を抱えていた。


 テントで、得点集計の準備をしていた田邊先生は、入場行進でひときわ目立つ女子について感想を述べていた。なにせ、久し振りの母校の体育祭なので、その変化にびっくりしたのだ。

「鮫島先生、特進クラスの女の子達は、もう仮装しているんですか?」

「しー。田邊先生、仮装していいのは午後からです。あの子達、昨日早退していて、体育祭のルール確認を聞いていないと思いますよ」


「えー。でも、体育祭の要項は2週間も前にクラス掲示していたんだから、みんな知っていますよね。確か、校則違反は-20点。ヤバいじゃないですか」

「だから、田中先生は頭を抱えているんじゃないですか」

「まあ、20点引かれても、別に死ぬ訳じゃないし、気にしなくてもいいんじゃないですか?」


「田邊先生はそうおっしゃいますが、如月さんは、スウェーデンリレーの選手でもあるんですよね。あんなので、走れますかね?髪に何か色々つけていますし、爪にもつけ爪着けて、転んだら危ないですよね」

「爪が剥がれるのは自業自得ですけれど、他の生徒が怪我するのは困りますね」


そう言いながらも、田邊先生は面白そうに、行進を見つめていて、動こうとはしなかった。



 鮫島先生の心配は「杞憂」ではなかった。


 プログラムナンバー1番、高校生の徒競走で、如月実加子は、気持ちよく1番で飛び出した。

田邊先生は「昔、オリンピックにジョイナーって選手がいたな」とその姿をぼんやり見ていた。


 その時、流血の悲劇が起こってしまった。

 ハードスプレーで固めた長い巻き髪に、つけ爪が絡んでバランスを崩し、実加子は隣のレーンに踏み出してしまったのだ。隣のレーンの選手は、実加子とぶつかり、腕で払いのけた。

彼女も突如、メドゥーサのような化け物が、自分の前を(ふさ)いだのだ。怖かったろう。

 その反動で、実加子は顔面から転倒してしまった。


 栗橋養護教諭が、救護テントから飛び出した。実加子の体を助け起こすと、突然、実加子の悲鳴が聞こえた。実加子の爪が、つけ爪と一緒に巻き髪にくっついていた。つまり、生爪が剥がれてしまったのだ。


「いだーい。痛い」

 そんな状態になっても、実加子は今、自分は悲劇のヒロインになったと思っていたのだろう。涙が止まらない目で、銀河を探した。銀河は、次に走る里帆と仲良く話していて、実加子の転倒には気づいていなかった。

 実加子は、走ってきた先生方に手を伸ばして、「お姫様抱っこ」を要請したが、血まみれの手を取ってくれる先生がいる訳はなく、当然のように担架に乗せられた。そして、すぐ、応援に来ていた両親に引き渡され、そのまま、隣町の医者に連れて行かれた。



「如月は戻ってくるかな?」

「無理だな。徒競走が終わったら、あいつの出場する競技に、代理を立てないといけないな」

1年の学級委員、海里と翔太郎は頭を抱えた。


 田中先生も、2人目の犠牲者を出してはいけないと、徒競走の列から、如月のように盛り髪をしてきた女生徒3人を引っ張りだし、親に、髪の飾りと化粧を取らせた。2万円もかかった髪だが、如月のような悲劇を起こす危険性を考えると、親も渋々、田中先生のいうことに従った。

 つけ爪は、ジェルでしっかりつけてあるので、その場では取ることができず、自宅に戻って、専用リムーバーで取るよう命じられた。しかし、リムーバーを持っている生徒は誰1人いないので、全員、町の美容室まで行って取らざるを得なかった。


「勘弁してくれよ。特進クラスの女子が、4人も消えたぞ」

翔太郎は頭を抱えた。

「『玉入れ』は参加者が減って不利になってもしょうがない。借り人競争は、あの4人がメンバーだったから、総入れ替えだな。ダンスは?」

海里も、こんどこそ絶体絶命だと思った。


「ダンスも、あの4人が最前列だったから・・・」

翔太郎の言葉に、海里はあることを思いだした。

「しょうがない。『真打ち』を使いますか」


翔太郎は、選手名簿を見て、次の問題点を探し出した。

「スウェーデンリレーは、実加子が女子最後だったんだよな」

「そう。『銀河君からバトンをもらいたいから』ってさ」


「最悪。蒔絵に100mを走らせて、リードを貰って逃げ切る作戦だったのに・・・」

「まあ、もう勝ちは捨てようか。100mは里帆、400mに蒔絵に変更するしかないな」


 学級委員2人のメンバー変更案を見て、普通クラスの女子は深いため息をついた。この状況で考えつく最善の変更案だったから、一応納得した。しかし、里帆だけは「無理」と半泣きになってしまった。


 蒔絵が、そんな里帆の肩を叩いた。

「スウェーデンリレーじゃなくて、『クラス対抗リレー』だと思えばいいよ。みんなで走ろう。私も翔太郎もアンカー頑張るからさ」

翔太郎も両手を合せて、里帆に頼み込んだ。

「男子も頑張るから、100m長いけれど、頑張って欲しい」


 そんな時も普通クラスのメンバーは、「特進クラス」に対し不満を漏らさなかった。我が儘な女子に文句を言っていた「特進クラス」の男子は、何も苦情を言わない普通クラスのメンバーが不思議だった。


 航平が素直な好奇心で、海里にその点について尋ねた。

「なんで、『普通クラス』はさ、如月達に対して、文句を言わないの?」

「多分、あのクラスの真のリーダーが、蒔絵だからじゃない?蒔絵がもしも、文句を言ったら、全員が文句を言うかもね。でも、蒔絵はそう言うことしないから」


「えー?リーダーは銀河じゃないの?」

「銀河は蒔絵のブレーンだけれど、リーダーじゃない。蒔絵は真面目で、正義感に溢れていて、面倒見がいいけれど、銀河は気が向かないと、ふらっと、みんなを見捨ててどこかに行ったりするんだよ」


「そうは見えないな」

「だって、蒔絵は双子の世話をしなくてもいいのに、毎日世話をしていたろう?蒔絵がいなかったら、銀河は双子を見捨てて、家出したかも知れないぞ」

「海里は、2人のことをよく知っているね」

「そうだね。2人の絆を小さい頃から嫌って程、見ていたからね」


翔太郎は、海里が蒔絵を見つめるまなざしの意味が分かるほど、大人ではなかった。



 その頃、田邊先生は産休明けにもかかわらず、1位で徒競走を走り抜けた自分の妻に、熱い視線を向けていた。

「朋実の走る姿、本当に格好いいなぁ」


鮫島先生は、そんな顔を横から呆れて見つめていた。

「田邊先生、鼻の下が伸びていますよ」

田邊先生は慌てて口元を抑えた。


「生徒は、メンバー変更に苦労しているのに、なんて顔をしているんでしょうね」

鮫島先生も真面目な人間だった。

「メンバー変更は、学級委員がするんですよね?僕たちは、次の『逃げる玉入れ』の準備ですから関係ありませんよ」

田邊先生は、あくまでドライだった。



 プログラムナンバー2番は「逃げる玉入れ」だった。

逃げるのは、担任と副担任。「未来TEC」はなんと支社長と専務を出してきた。

逃げる役の人は、背中に大きな(かご)を背負い、40人近い人間に追いかけられるのだ。籠に投げ入れるのは玉入れの玉。

コートの大きさは、バレーボールコートサイズ。小学生以下は3分逃げればいいが、中学生以上は5分間という試合時間だ。


 反則は、「逃げる人を直接触って引き止めること」と、「籠の中に既に入ってしまったお手玉を故意に出すこと」の2つだけ。


 小学生は1年から6年で戦い、逃げる担任の学年はくじ引きで決めた。

小学1年の相手は、小学6年の担任だった。元気な1年生に追いかけ回され、つった足を引きずりながら走る6年生の担任を見て、先生方は、3分の長さに恐怖を覚えた。


 中学生・高校生・「未来TEC」は同じグループだ。

1回戦目に出た「未来TEC」の社員達は、高校3年生の担任、野球部監督の出口先生と栗橋養護教諭を、子どものような気持ちで追いかけ回した。

高校生と違って、利害関係がないので、かなり思い切り追いかけ回したが、いかんせん、こちらは5分という試合時間なので、双方とも最後2分は青息吐息だった。


 2回戦目は「未来TEC」の支社長と専務が逃げる番だったが、35歳の支社長は、元気いっぱいだった。その上、高校3年生は忖度(そんたく)してしまい、転んだ専務を助け起こしたりして、意外に高校3年生チームは、玉数が伸びなかった。


 3回戦から5回戦までは、徐々に籠に入る玉数が増えていく。追いかける方も、前のゲームを参考にするので、玉の入れ方にも工夫が見えてくる。


 6回戦は元気いっぱいの中学3年生。そして彼らから逃げるのは、高校1年の担任田邊先生と、副担任の鮫島先生だった。田中先生は、如月の親達との対応で、とても競技に出ることはできなかった。

 鮫島先生は高い身長を生かし、籠を頭上高く(かか)げ、逃げ回った。

田邊先生は、コートの縁ギリギリを走り回って、投げた玉を拾う手間をかけさせた。コートの外に出た玉は、コートを仕切る柵を越えて、取りに行かなければならないので、時間がかかるのだ。

 若い先生方の工夫で、今年優勝候補の呼び声が高かった、元気な中学3年生チームの玉数は、最も少なく、現時点で最下位になってしまった。

 最大の難敵、中学3年生が、最下位になったことで、他のチームも盛り上がった。競技は、後半になればなるほど、勝ち筋が見えてくる。


 そして、最終7回戦は、高校2年担任の竹内香織先生と、何故か元気いっぱい小町技術員が籠を背負って出てきた。高校1年生チームは、なんと、小町技術員には見向きもせず、人数が少ない女子で手と手をつないで、竹内先生を囲い込んでしまったのだ。籠を持った人は、生徒を押しのけることは出来ないルールなので、後は、男子が大量に玉を拾ってきては、竹内先生の籠に流し入れるだけだった。

「竹内先生、籠を高く持ち上げて」

小町技術員がアドバイスした時は既に遅く、籠が重すぎて、竹内先生の力では持ち上げることができなくなっていた。


 団体競技の得点は大きく、高校1年生は、「盛り髪」4人組が走れなかったことで、最下位に沈んだ徒競走の得点を挽回してしまった。

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