30 姉ちゃんと買い物に行った
男女の双子は二卵生だから、本当に顔もサイズも違う子が多いですよね。
鈴音と買い物に行く日、蒔絵は当然のごとく茜を抱いていた。
頭から立ち上る赤ちゃんの匂いは、胸を締め付けるようだった。3ヶ月の赤ん坊は、やっと人を目で捉えるようになり、歯のない笑顔は天使のようだった。鈴音は藍を抱き、そして銀河は荷物を持った。鈴音にとって、初めての子連れの外出だ。
「鈴音お姉ちゃん、藍は重いでしょ?茜と替わろうか?」
「いやいや、まだ6kg。この重さに堪えられないんじゃ、いざという時、2人を抱えて移動なんかできないよ」
「今日はどこから回るの?」
「先ずは靴屋、次はベビー服を買うの」
「私もベビー服選びたい」
「勿論、そのために来て貰ったんだもん。頼むよ」
銀河が人ごとのように話す。
「まだ、着せ替え人形だもんな。その内に、着たくない服は意地でも着なくなるらしいよ」
「あー。田邊君に聞いたんでしょ?あそこも1歳半になるかな?」
「鈴音お姉ちゃん、田邊先生知っているの?」
「バスケ部の後輩だもん」
銀河がいいことを聞いたと、ほくそ笑んだ。
「じゃあ、田邊先生の奥さんと同期だったんだね」
「相原朋実ね。あの子は百葉村の『未来TEC』で働いているんだよね。栗橋養護教諭も、バレー部だったけれど、同じクラスだったからよく知っているよ」
百葉村は、よほど居心地がいいらしく、大人になっても村に戻ってくるようだ。
3人は、町で一番大きなショッピングモールにやってきた。
「じゃあ、2人で気にいった靴を選んできて」
2人は、やっと自分のサイズに合った、機能性の高い靴を買うことができる。末っ子はどうしてもお下がりが多いので、自分にあった靴を自分で選ぶことができて、ご満悦だった。
「銀河の外履きはその靴なの?」
蒔絵は銀河が買った靴の質素さに呆れた。
「え?かっこ悪い?俺、甲高幅広だから、足が入ればいいんだよね」
「まあ、黒だからいいか?じゃあ、次は服を買いに行くよ」
「えー?俺はいいよ」
「私も悪いですよ」
「ちょっと待って、あんた達、東京に学校ジャージで行くんじゃないよね」
「そこまではひどくないよ。遠征用ジャージがあるから」
「もう高校生なんだから、もう少し洒落た格好しなよ。休日の東京とか、制服を着ていくの?制服ディズニーとか流行っているみたいだけれど、大人から見たら、ダサいの極みだからね」
「いや、だって、高校生だし」
「引率がついて行く訳じゃないんでしょ?世界大会も制服?中2の時、夜のパーティーに制服で行ったのは、あんた達だけでしょ?他の国の人は?」
蒔絵は食べ物に夢中で、あまり記憶がなかったが、銀河がそれを覚えていた。
「男は、コットンパンツにシャツ、女の子は、みんな胸元が開いたワンピース着ていたような・・・」
蒔絵は、じろっと銀河を睨み付けた。
「よく覚えているわね。胸元ばかり見ていたの?」
「お前が、皿いっぱい食べ物を持って食っていたのも、覚えている」
そんな訳で、銀河は東京遠征用に、黒いパンツに、開襟の洒落たシャツ。蒔絵は鞄に詰めてもしわにならないレーヨンのワンピースと、それにあった爪先の開いたサンダルを買って貰った。
その後、鈴音は蒔絵に、熊に引きちぎられた服の代わりの、カットソーを買った。
蒔絵は、その黒いカットソーを着て、試着室から出てきた。ハイネックで、ノースリーブで体の線をしっかり拾うトップスは、蒔絵を格段に大人っぽく見せた。
「蒔絵ちゃん。黒が似合うね」
「いやー。ノースリーブは太い腕が目立つから」
「そう?白い肌が強調されるよ」
銀河は、(胸も強調されるから×)と思ったが、姉の心には届かなかったようだ。
蒔絵は、トップスに似合う濃い色のパンツも買って貰った。
「東京に行く時はこっちを着て行こう」
「姉ちゃん。冷房よけにカーディガンもあったほうがいいんじゃないか?」
「お?銀河にしては気が利くね」
蒔絵はスカートでなければ良いと思っているが、ウエストマークしたパンツは、蒔絵の細いウエストと、豊かなヒップをことさら強調するので、銀河はカーディガンで隠して貰いたかったのだ。
妹がいない鈴音にとって、蒔絵は妹のような存在で、素敵な服を買ってやること自体を楽しんでいた。
「蒔絵も今日は、着せ替え人形だな」
銀河が小さく呟いた。
それから、鈴音は、プチプラ化粧品のあるコーナーで、桜色のマニキュアと、色がつくリップクリームを蒔絵のために買った。
「鈴音お姉ちゃん、私、色つきリップとかつけないよ。まして、マニキュアなんて・・・」
「足の爪が見えるんだから、ペティキュアくらい着けなさい。それに、蒔絵は更紗以上に、美人なんだから、リップくらいつけて外を歩きなさい」
そう言うと、買ったばかりのリップを、薄く蒔絵の唇につけた。
大きな黒目がちの目に、桜色のリップがよく似合っていた。
銀河は眩しくて、少し目を反らした。
「ほら、銀河も似合わないって、目を反らした」
「銀河、ちゃんと褒めなさい」
銀河は「トイレ」と言って、その場から離れた。
「やばい。唇にしか目が行かない」
鈴音は、素直になれない弟に肩をすくめた。
「よし。今日は子どもを抱いて貰っているから、ワンピースを着るのは、また後にしようね。よだれ着けられちゃうから」
昼食は、タイ料理店だった。
「今度はシンガポールじゃなくて、タイが世界Jr大会の会場でしょ?行く前に、味に慣れないとね」
銀河は「ガパオライス」、蒔絵は「カオマンガイ」をすぐに選んだ。
「『トムヤムクン』や「カオソーイ」とか食べないの?」
銀河は蒔絵と顔を見合わせた。
「双子を抱いて食べると、片手で食べられて、熱い汁が飛ばないものがいいかと思って」
蒔絵も、頷いている。
「早く食べた方が、赤ちゃんを抱っこしますよ」
鈴音は、本当にこの2人が、3ヶ月間、双子の面倒を見てきたのだと実感した。
「高校の昼ご飯はどうしていたの?」
「最近は、お握りを食べながら、ミルクをあげて、その後、おむつを替え終わったら、技術員室に連れて行くって感じだったな」
「技術員室?」
「昼は、体育祭の準備で教室がうるさかったので、技術員さんと事務員さんが預かっていてくれたんだ」
「大変だったね」
落ち込む鈴音を見かねて、蒔絵は話題を変えた。
「鈴音お姉ちゃんの仕事は今どうなの?」
「私が担当したお客様の被害状況を、やっと確認終わったところ。津波は東京湾沿いや、荒川沿いなんかがひどくてね。家の本社と社宅のマンションは新宿にあるから、被害が少なかったけれど、お客様あっての会社だからね」
「じゃあ、その後の仕事は他の人にバトンタッチしたの?」
「半分くらいはね。でも、育児休業中も、リモートで対応しないといけないかも」
「入社3年目なのに、大変な仕事を請け負っているんだね。姉ちゃん、俺、食べ終わったから、藍を寄越して」
「ありがとう。蒔絵ちゃんは片手で食べるの、上手だね」
「茜はまだ動きが小さいからね。藍は抱きながら食べるのは難しいね。離乳食が始まったらもっと大変だよ」
「そうなんだよね。春二さんは、機械のメンテナンスが専門だから、お客様対応で夜遅くなることもあるしね。多分、東京では、双子のワンオペ保育かな?
向こうのご両親も、介護を抱えているしね。大変だよ」
「俺が高校3年なら、来年、姉ちゃんのところに手助けに行けるのにな」
「銀河は大学に行かないの?」
「家の借金も、船の借金もあるから、俺まで金が多分出ないよ」
「バドミントンは続けないの?」
「震災の影響で、企業でスポーツできるところも減っているし、蒔絵ならともかく、俺は少し望み薄だな」
「私は・・・」
「姉ちゃん。蒔絵は自覚していないけれど、男とこれほど互角にできるJr女子って国内にほとんどいないんだよ」
「銀河は、私以外とダブルスしたい人がいるの?」
「そうじゃなくて、俺にはもったいないパートナーだなって思っている。多分、今回の東京遠征でも、他の人とのダブルスを打診されるんじゃないかな?」
蒔絵は、銀河が何故今、こんな話をするのか不思議だった。
食事もあらかた終わったので、鈴音はベビー服の買い物を2人に提案した。
「行きます。6ヶ月以降の服だよね。70サイズかな。これから着るから冬物だよね」
「離乳食用の食器なんかは、後で東京で買うから、今日は服だけ買うよ」
子供服売り場では、双子は目につくようで、どこに行っても声をかけられて、鈴音は初めて、双子の母である喜びを噛みしめた。
「かわいー。双子ちゃんなんですね。男の子は『藍』君、女の子は『茜』ちゃん。じゃあ、青系と赤系のお揃いの服を探しますね」
そうおだてられて、何着もベビー服を買う鈴音を、銀河は遠い目で見た。
「姉ちゃん嬉しそうだね」
「向こうのお義母さん達も、一緒に買いたいと思うから、少し残しておけばいいのに」
「姉ちゃん、双子だったから、予定より早く入院して、子どもの買い物は、すべて向こうのお義母さんがしたんだって」
「あーね」
東城春二は、兄より先に結婚したので、東城家では初めての孫だったのだ。東城の義母も張り切ったのだろう。鈴音の希望を全く聞かずに、どんどん買い物をしたようだ。蒔絵達は双子の着替えや洗濯をしているから、服のラインナップは把握しているが、高級ベビー服のひらひらした可愛いものが多い。しかし、白っぽい服は汚れが目立つし、数も少なかった。お陰で、毎日、洗濯に追われているのだ。
「わかるだろう?姉ちゃんの趣味じゃない服が多くてさ。だから、リベンジしているんじゃないか」
「まあ、藍は顔がでかいから、首が入らない服が多いよね」
「そう。肩にホックがないと、被りの服は入らないんだよな」
「それから、紐がついた服も多いよね。今はホックが多いのに」
「多分、春二さんも俺と同じで、手がでかいから、細い紐を結ぶのは、嫌だと思うんだよな」
「そろそろ、鈴音お姉ちゃんの買った服をチェックしに行こう。店員におだてられたまま買っているかも知れないから」
「そうだな。藍と茜、同じサイズ買っても、首が入らないし」
熱に浮かされたように選んだ服だが、冷静な高校生アドバイザーのお陰で、3分の1まで減らして貰い、銀河が持たなければならない大きなショッピングバックも、5つで収まった。




