表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/126

29 誤解は解けた

ダンスは一応、ポカリスエットのガチダンスをイメージしています。曲は「君の夢は僕の夢」を頭の中で流してみてください。あれは、野球部を応援するマネージャーの目線の歌なんですかね?

 月曜日の朝、蒔絵はいつものように銀河の家に向かった。双子を連れて登校するためだ。


「あれー。蒔絵ちゃん。高校生になったんだね。見違えちゃった」

「鈴音お姉ちゃん。帰ってきたんだ」


 鉄次と一緒に帰ってきた鈴音は、茜を抱いて縁側(えんがわ)に出てきた。茜は鈴音の髪をいじりながらニコニコしていた。3ヶ月も離れていた親子とは思えないほど、ごく自然に鈴音に抱かれていた。

 そんな姿を見ると、蒔絵の涙腺はまた、崩壊しそうになった。

「蒔絵ちゃんには、本当に3ヶ月も苦労かけたね。銀河は朝練するって、1時間も早く登校して行ったよ」

「そうですか(絶対、私のこと避けている)。お姉ちゃんは、いつまでお休み取れるんですか?」

「1年間育休取った。7月いっぱいはこっちで過ごして、銀河が東京遠征に行く時に、一緒に上京して、向こうで過ごす。春二さんも、向こうのご両親も早く孫を抱きたいって」

「大きくなって、びっくりしたでしょうね。学校に置いてあるおむつやミルクは、放課後に持ってきますね。じゃあ、放課後に」


 蒔絵は、こぼれそうな涙を見せないように、すぐに背を向けて高校に向かって走って行った。鈴音は、そんな蒔絵の背中を何時(いつ)までも見つめていた。


 学校に着くと、銀河が野球部と一緒にグランドを走っていた。


 生徒玄関を入ると小町技術員が声をかけてきた。

「双子ちゃんのお母さんが帰ってきたんだって?朝、銀河君がみんなに、お姉さんからのお土産を持って、御礼して回ってくれたんだ。でも、寂しくなるね」

蒔絵は寂しく笑った。

「やっと、青春を謳歌(おうか)できます」

「そうだな。バドミントンも思う存分できるしな」


 銀河と蒔絵は、8月に入ると東京遠征、そしてそこで選抜されると、世界Jr(ジュニア)大会に行くことになっている。中学2年の時は、銀河と蒔絵はミックスダブルスの選手として海外遠征した。震災のせいで、インターハイがなくなったので、どの選手も練習不足だが、それでもこの遠征での成績で、大学の推薦が決まる高校3年は必死で来るはずだ。銀河達も昨年2位だった屈辱を果たすべく、今から本腰を入れなければならない。


 そんな銀河と蒔絵の状況などお構いなく、体育祭の準備も大詰めを迎えていた。


「おい、銀河、昼休みもダンスの練習だぞ」

「悪い。放課後の1時間だけ参加で頼む」


昼休みは、紫苑と更紗にも頼んで、銀河と蒔絵はひたすらダブルスの練習をした。3年生の都合がつかない場合は、銀河と蒔絵の2人で技術練習をした。ぽっちゃり体型の銀河も、朝のランニング、昼の技術練習、放課後のトレーニングの繰り返しで、体はどんどん締まっていった。


「おっ、銀河、パンダの着ぐるみ脱いだのか?」

海里(かいり)に構われても、銀河は涼しい顔をして冗談を返す。

「まだまだ、第2形態だから・・・」


女子も廊下で、銀河の姿に振り返るようになっていった。

「銀河君って、痩せたらいい男なのね」

「えー、痩せる前からよ」

「双子がいなくなって、蒔絵ちゃんとも別れたみたいだから、ちょっと(こく)っていいかな」

2人が数日一緒に歩かないだけで、2人が別れたという噂が広がっていた。


 里帆は、蒔絵達の関係を心配した。

「ねえ、蒔絵ちゃん。最近、銀河君と話さないね」

「そう?そんなことないよ」

「蒔絵と別れたって噂が流れているよ」

「そもそも、付き合っていないし。ダブルスのパートナーってだけだから」


 蒔絵は、誰よりもそのことを気にしていた。しかし、バドミントンをしている時は、今まで以上に神経が研ぎ澄まされて、体が動くので、これも悪くないと思い込もうとしていた。



 今日の昼の練習は、いつもより湿度が高く、暑かった。風が入らないように窓を閉め切っているので、滝のように汗が流れる。


「あー」

蒔絵が自分の汗に滑って、仰向けに床に転がってしまった。

いつもなら、銀河が手を差し伸べてくれるのに、銀河は「早く」とでもいうように、ネットの向こうから動かない。蒔絵は歯を食いしばって、立ち上がった。膝から少し血が滲んでいるが、コート脇から持ってきたタオルで、軽く拭って、モップでフロアを拭いて、心もリセットした。


銀河がゆっくりネットをくぐって蒔絵の方にやってきた。


「靴を見せてみろよ」

蒔絵の足を持ち上げて、靴底を指で確認した。

「やっぱり」


「なあ、今度の休みに、姉ちゃんが、双子の服を買いに、町に行くんだけれど、一緒に行かないか?」


久し振りに銀河から、話しかけられた蒔絵はすぐには答えられなかった。


「姉ちゃんが、蒔絵に御礼(おれい)にシューズを買ってくれるって」

「御礼?」

「子守りの・・・」

「好きでやっていたからいいのに」

「姉ちゃんはさ、蒔絵には、本当に必要なものを買ってやりたかったんだって。東京に行くにも、こんなに底がすり減ったシューズじゃ駄目だろう?俺は、外で履く靴と、バドミントンシューズの2足を買って貰う予定」


銀河のシューズは、熊に引っかかれた裂け目がまだついていた。

「熊に・・・」


「はー」

銀河の(いら)ついたため息を聞いて、蒔絵はまた、涙が出てきた。

「もう遅いと思うけれど、本当にあの日は、ごめんなさい。私が悪いのに、銀河ばっかり怒られて、私と一緒にいるのが嫌になったでしょ?」


銀河は、蒔絵の涙に呆然とした。

「何言っているの?蒔絵に怖い思いさせた自分に、俺は呆れているの」

「だって、私と一緒にいると、ため息つくから」

銀河は今までの自分を振り返ってみた。

「フキハラ(不機嫌ハラスメント)していたってこと?ゴメン。本当に、自分が嫌になってのため息で、俺が、蒔絵に対してため息ついたことなんかないよ」

「銀河がいたから、私は、熊に襲われなかったんだよ」

「いやいや、かっこ悪いにも程がある。ガス欠とか、バイク押すとか、熊から逃げるのにトイレによじ登るとか。あーかっこわりー」


 いや、君は「孫悟空」でも「ケンシロウ」でもないんだから、熊を一撃で倒すなんてできないのに。

少年よ。「少年ジャンプ」の読み過ぎではないか?


2人はやっと、それぞれが大きく考え違いをしていたことに気がついた。

「でも、おばさんは、『休みの日にうちに来るな』って。私のことを怒っているんでしょ?」

「うちに来るな?何時言われたの?ああ、あの日ね」


銀河は、菱巻家は鉄次と茉莉との冷戦が続いていることを説明した。


「え?おじさんTVでそんなこと言ったの?」

「その後、うちに帰ってきたんだけれど、母ちゃんの怒りが収まらなくて大変。だから、『当分、家には来ないほうがいいよ』って意味で言ったんじゃない?」

「なんだ。そうかぁー」


 昼休みが終わって、蒔絵が保健室に、絆創膏をもらいに行った時、廊下で待つ銀河に声をかけた女生徒がいた。1年特進クラスで、前から銀河のファンを公言していた如月実加子(きさらぎみかこ)だった。


「菱巻君。今度の休み、映画見に行かない?」

銀河は、目を細めて、実加子を見下ろした。


「今度の休みは、蒔絵と買い物に行くから、駄目」

保健室から出てきた蒔絵と、何も言わず普通クラスに戻っていく銀河を見て、実加子は「別れたって、誰が言ったのよ」と独りごちた。


「実加子に何か言われたの?」

「いや、何も」



 放課後は、クラスでパフォーマンスの練習が1時間みっちり行われる。1年生のクラスには、担任の田中先生、田邊先生、副担任の鮫島先生の3人も加わる。


「なんで、俺たちが最前列で踊らなきゃならないんだ」

今年45歳になる田中先生は、1曲通して踊るだけで、膝に手を当てて、息を切らしている。


「田中先生、田邊先生はキレッキレですよ。頑張ってください」

特進クラスの女子から煽られると、ライバル心から、田中先生は再度立ち上がる。隣には、息子がいて、一生懸命練習をしている。離婚した時、自分を選んでくれた息子を裏切る訳にはいかない。健気(けなげ)な男である。


 田邊先生は、大学時代、ゲームセンターで、ダンスダンスレボリューションで体型維持をしていた男である。地味な努力を欠かさずやってきたのだ。もっとも、その努力はたった1人の女性のためでもあった。

「田邊先生って、高校時代ダンスはそんなに上手くなかっただろう?」

「鮫島先生、『男子、3日会わざれば、刮目(かつもく)して見よ』です。8年前の自分と同じとは思わないでください」



 銀河と蒔絵も、昼練や闇練(やみれん)に出られない分、放課後の練習には、集中している。

特進クラスのダンスリーダー、如月実加子は、銀河にべったりくっついて指導をしている。

「蒔絵ちゃん、銀河はあのままでいいの?あんなに手取り足取り教えなくてもいいのに」

里帆は、実加子の露骨な態度に、腹を据えかねていた。


「里帆、ターンした後、どのタイミングで手を伸ばすのか、もう一度教えて」

蒔絵は里帆の言葉が聞こえないかのように、振り付けに集中していた。


「はーい。放課後の練習時間が終わるんで、最後にもう1回ダンスを通しで踊ります。本番と同じ体列に並んでぇ」

ダンスリーダー実加子の号令で、1年生は指定された位置についた。


 蒔絵は竹で作った長刀(なぎなた)を背中に背負っているので、一番左端。銀河はそのすぐ脇で踊ることになっている。最後のダンスは、先生方は外れて、全体の出来を見たり、ビデオを撮ったりする。


 「行くよー サンハイ 『君は負けず嫌いなマイボーイ~』」


ダンスを見ながら、田中先生と田邊先生は、銀河と蒔絵から目が離せなかった。

「あの2人のシンクロ率って凄いですね」

「蒔絵の背中の長刀が見えているみたいで、銀河は絶対ぶつからないな」


「あれがないとダブルス組めないんですかね」

「いや。蒔絵は高3の更紗とも組んでいたけれど、ここまでは意思疎通していなかったかも」

「足を開いた時も、ぴったり90度まで曲がるんですね」

「あいつらを前列に置いたらいいのに」

「田中先生、他の生徒が萎縮しちゃいますよ」


 ビデオを回している鮫島先生にとっては、見慣れた光景なので、何も考えず、ビデオ撮影をしていた。そして、反省用に、ダンスリーダーの実加子に、ダンスの映像を送った。



 クラス合同の練習時間が終わって、銀河と蒔絵が部活のために体育館に行った後、残った生徒でダンス映像をスクリーンで確認した。


「銀河と蒔絵は、別格だな。ジャンプして着地するタイミングまで同じだよ」

航平が素直な感想を述べた。


「駄目よ。あんなに腰を落としちゃ、みんなと揃わないわ」

ダンスリーダーの実加子の気持ちを汲んで、海里が補足した。

「いいんだよ。あいつら、端っこで目立たないから。仮装すれば先生方に視線が集まるし、このまま、当日までしっかり振りを覚えて全員で頑張ろう」


翔太郎も、学級委員長らしく話をまとめた。

「運の要素がない徒競走やスウェーデンリレーも、確実な得点源だ。1人1人練習しておいてくれ」


 高校生は1年から3年まで学年対抗だが、今年は「未来TEC」の社員もかなりの人数が、競技に参加するので、社会人もそのカテゴリーに入ってくる。

年代別で最も若い高校1年生は苦戦を強いられるが、翔太郎は勝つ気十分だ。


根拠のない自信は、最強である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ