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11 里帆はモデルを見つけた

今日も、2つの話をアップしました。「部活動紹介」シリーズです。

先生の数も少ないので、顧問を兼部するんですね。先生方、お疲れ様です。

 部活動紹介の後、そのまま新入生は、体育館で希望する部活動の掲示の下に集まった。

「美術部」の掲示の下には、現3年生の部長と山賀里帆(やまがりほ)しかいなかった。


「ありがとう。これで私も安心して引退できるわ」

部長に言われて、里帆は寂しく笑った。中学校の時も同じことを繰り返したからだ。


「高校はね、美術の専門の先生がいないんだ。中学の美術の先生も、この震災でここまで通えなくなったでしょ?でも、リモートではアドバイスしてくれるから、安心して。

それに、あの広い美術室は、独り占めだから、いいでしょ?そうそう、美術室の鍵を渡しておくね」


そう言って美術部部長は、すっきりした顔で体育館を後にした。部長はこれから教育学部のある大学進学目指して、勉強に励むそうだ。


 里帆は、キーホルダーのリングに指を入れて、それをぐるぐる回しながら、体育館を出て、美術部に向かおうとした。そこで、数人の新入生に声をかけている蒔絵と目が合った。


「美術部に入る人いなかったの?」

「まあ、想定内だね。また、美術部の主になれるよ。バドミントン部に女子は入った?」

「いや、みんなマネージャー希望。いつも通りだ。

だいたい『未来TEC』関係の生徒に女子が少ないし、みんな大学受験を目指しているから、週1回の活動の華道部や茶道部、それにボランティア部という名の帰宅部に入るみたい」


 同学年の女子部員が、中学同様いないので、蒔絵の相手は当然、銀河になるだろう。


「おーい。菱巻さ~ん」

体育館入り口付近から、蒔絵を呼ぶ声がする。

ベビーベッドの側にいた小町技術員が、むずかる茜を抱き上げて、蒔絵に見せながら呼んでいるのだ。

茜は不快な顔をして、足を自転車をこぐようにしている。

「茜ちゃんは、おむつかな?」


「みんながはけたら、おむつ替えるわ。一応女の子だしね」

そう言って、ベビーベッドに向かおうとする蒔絵を見て、里帆は、あることを思いついた。


「茜ちゃん一人だったら、私が教室に戻っておむつ替えてくるよ」

「いい?じゃあ、頼むね。藍が泣いたら後から私が連れて行くから」

銀河は、そんな2人に気づかず、コートにネットを張って、放課後の部活動の準備をしていた。



 里帆はそのまま茜を抱いて、普通クラスの教室に戻った。

「はーい。茜ちゃん。おむつ替えますよ」

そう言って、おむつを開いた里帆は、おむつ一面に広がった茶色の海を見て、固まった。

そう、今まで里帆が替えたおむつは、みんなおしっこばかりだったのだ。


 銀河や蒔絵なら、お尻に顔を近づけて匂いを嗅いで、うんちかどうか確認してからおむつを開けるのだが、里帆はまだ、その境地には達していなかった。


「うそー。嫌だ。お尻拭きってどこ?どうすればいいの」


そこへ、手が伸びてきて、茜の両足を(つか)んだ。

「ほら、女の子は前から後ろにお尻を拭くんだって」


「田邊先生」

田邊先生は、教室の鍵を閉めに戻って、里帆を発見した。そのまま体育館に戻って、見ない振りをしようとしたが、里帆がおむつを開けたまま、泣きそうになっているので、しょうがなく手助けに入ったのだ。


「ありがとうございます」

里帆は、おむつを開けて(しばら)く放置したので、足やお尻に着きまくった茶色いものを、何度も何度も神経質に(ぬぐ)った。こんもりお尻拭きの紙の山が出来たが、それでもまだどこかに着いているのではないかと、里帆は隅々まで覗き込んだ。


「大丈夫だよ。もう、寒いからおむつをしてあげよう。僕も手が疲れた」

「あー。すいません。また、足をバタバタさせる。足のホックが留まらない」


「山賀さん、さあ。手を洗おうよ」

里帆は、匂いの元が自分の手に着いていることに初めて気がつき、慌てて、手を洗いに行った。


「ありがとうございます。先生はお子さんがいるだけあって、慣れていますね。助かりました」

「いや、慣れてなんかいないよ。今日初めて、おむつを替える手伝いをした」


 なんとも言えない沈黙が広がった。


 ベビーベッドの中では、気持ちが良くなった茜が、自分の足の指をくわえて遊んでいる。

(赤ちゃんって、体が柔らかいんだな)


暫く、里帆と一緒に茜を見ていた田邊先生が口を開いた。

「ところで、山賀さんは美術部なんだよね」

「はい。部長ももう引退してしまったので、中学同様1人なんですけれど」


「中学ではどんな活動をしていたの?」

「中学では顧問の先生がいらっしゃったので、課題を出していただいて、何枚か絵を描いていました」


「ふーん。風景画や静物画を描いていたの?」

「先生がいる時は、水彩画を描いていましたが、いない時はアニメで好きなキャラクターなんかを描いていました。でも、人間の動き描くのが難しくて、本当はモデルさんとか描きたいんですけれど・・・」



 田邊先生は、ベビーベッドの中の茜を指さした。

「ここに、無料のモデルがいるよ」

「へ?」

「それも日々成長してサイズも、出来ることも変わる」


 里帆は、新しい目で茜を見つめた。

放課後の2時間。自分一人の時間を寂しい美術部で過ごすより、明るい教室で、双子をスケッチして過ごせる。

双子は、窓を閉め切った体育館と違って快適な環境で過ごせる。

銀河や蒔絵の助けにもなる。


「田邊先生、放課後この教室を使ってもいいですか?」

「いいよー。最後に、鍵を閉める係をしてくれるかな?」

「はい、冷暖房も私が止めておきます」


里帆は、クーラーの効かない美術室の暑さを知っている。田邊先生の許可が得られれば、この部屋で快適な夏も送れる。文化祭には、双子ちゃんの成長を描いた作品を展示すればいい。


里帆は早速、茜を抱いて、体育館の銀河にその話をしに出かけた。


田邊先生はその後ろ姿を見て、ほくそ笑んだ。

「あぁ。言うの忘れた。僕が美術第1第1顧問だって」


 これで、田邊先生は放課後、体育館でバスケットを気兼(きが)ねなくすることが出来るようになった。

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