10 鮫島先生は策士だった
部活動の代表だけが、1年生の前で部活紹介する学校もありますが、百葉高校は、みんなで盛り上がる全校行事です。
6限の部活動紹介の時間は、体育館においてあるベビーベッドに双子を乗せて、賑やかな先輩達の部活動の紹介を楽しんだ。双子もことのほか機嫌が良く、体育館を覗きに来た技術員や学校事務員が、あやしても怖がらず、最高の歯のない笑顔を見せていた。
因みに、体育館のベビーベッドは、体育の先生でもある近嵐教頭が、自宅にあった古いベビーベッドを持ってきてくれたのだ。音が出なくなったメリーも頭上で動いているので、双子は手を伸ばして、動く人形を目で追って遊んでいる。
百葉高校の部活動紹介は、上級生が、各部活の活動を新入生に紹介する機会だ。
各学年1クラスなので部活動の数も少ない、その上、部員が少ない部活は廃部になるので、部活動紹介には当然、熱が入る。
「次はバスケット部だね。あれ?蒔絵ちゃんがいない」
さっきまで隣にいた蒔絵がいなくなったので、里帆がキョロキョロすると、前に座っていた海里が振り返って、里帆の隣の空間に移動して来た。
「銀河もいないよ」
「双子ちゃんは?」
「更紗さんが見に行った。まあ、安心してバスケット部の部活紹介を見よう」
「スラムダンク」の曲に合わせて、バスケット部の現存メンバー3人がステージに上がって、新入生の前に並んだ。
「バスケット部の部員、少ないね」
「上の代は人数多かったけれど、みんな卒業しちゃったからね」
幼なじみの海里と里帆が、小声で話していると、声のボリュームが少し人より大きい翔太郎が話し出した。
「あれ、バスケットリングの下で田邊先生と鮫島先生が喧嘩しているよ」
「嫌だって」
田邊先生が、鮫島先生に腕を掴まれ逃げようとしていた。
「頼むよ。いや、指導教官命令を発動して、協力を依頼する」
「突き指したらコントローラー握れないし・・」
「暫くゲ-ムから離れられるって、相原先輩が喜ぶよ」
そんな2人のところにバスケ部員から、ボールが投げられた。
それを受け取った鮫島先生が、くるっと振り返って、ボールを田邊先生に手渡した。
そして、長い手を広げて、ディフェンスの構えをした。
「はい。僕を抜いてシュートが出来たら、バスケ部の顧問にならなくていいよ」
「いや。無理だから、僕はバドミントン部の第2顧問だから」
「大丈夫。バスケ部の第2顧問が一つ加わるだけだから・・・。まさか、僕が抜けない?」
身長170cmの田邊先生は高校時代、スモールフォワード、基本的にアウトサイドでプレーをしていた。一方、鮫島先生はそこそこ長身で180cmはある。高校当時はセンターだった。かなり分が悪い。
しかし、そこまで挑発されて、黙っている田邊先生ではなかった。
そこへ翔太郎から、絶妙な声が飛んだ。
「田邊先生!頑張ってーーー」
事態を理解した海里から、それに呼応するような声が飛ぶ。
「鮫島先生!負けないでーーー」
他の生徒も応援に加わった。盛大な応援の声が、体育館に鳴り響いた。若い教師同士の思いがけない対決に、生徒は盛り上がった。東京からやってきた「未来TEC」社員の子供達も、リモートでは味わえない盛り上がりに興奮している。
「ほら、生徒が応援しているよ」
鮫島先生に笑いかけられると、もう後には引けなかった。
取りあえず、スーツのジャケットを脱いで、近くにいた生徒に渡した。流石にジャケットを着たままでは手が上がらない。田邊先生は自分の細身のスーツを恨んだ。
鮫島先生は、最初からワイシャツ姿で腕まくりまでしていた。
田邊先生はこの状況で、1on1に勝つ方法を考えた。
この距離から打っても、外してリバウンドされれば、それでゲームセット。それなら、取りあえずカットインするしかない。
田邊先生は、目線をあげてシュートのフェイクをして、そのまま頭から思い切り、鮫島先生の脇の下をくぐって、ゴール下に潜り込むが、レイアップシュートは軽く、弾かれた。高校時代から、鮫島の長い腕が嫌いだった。
それでも、田邊先生はこぼれ球を拾って、距離を取って3ポイントシュートを狙う。
しかし、高校卒業してから全くボールを触っていなかった田邊先生のボールは、ゴールリングに届かず、残念ながら、背中で田邊先生を抑えていた鮫島先生の前にポトリと落ちた。
その球を拾った鮫島先生は、わざと大きな音を立ててドリブルをしてみせる。
「今度は僕の番ね」
そう言うと、緩やかなステップでゴール下に走り込み、片手で軽くダンクシュートを決めた。
体育館にいた生徒は、いつも大人しく背中を丸めている鮫島先生の勇姿に、嬌声を上げた。
「さめちゃ~ん。かっけー」
「鮫島先生ぃ。格好いい」
一応、担任の田邊先生を応援していた普通クラスの生徒達は、頭を抱えて、思い切りがっかりして見せた。
「オーマイガッ」
正面に並んだバスケット部の生徒は、自分たちは汗一つかかずに、部活紹介を終えた。
「みなさん。鮫島先生、田邊先生と一緒に、バスケットをしませんか?放課後、体育館で待っています」
そして、膝に手を当てて荒い息をしている田邊先生に、3人しかいないバスケ部員は、最敬礼をしてステージから下りていった。
「そういうことだから、頼むね」
鮫島先生は、優しく笑った。
銀河と蒔絵は、部活紹介者の列で先生方のパフォーマンスを見ていた。
体操着に着替えて肩を回している銀河は、蒔絵に尋ねた。
「鮫島先生って、あんな面もあるんだね」
「まあ、昔からバスケしている時だけ、少し攻撃的な性格になるんだ」
蒔絵は、銀河の耳元に口を寄せて囁いた。
「田邊先生の奥さんって、バスケ部の1学年上で、お兄ちゃんは憧れていたんだって。
だから少し、お兄ちゃんには仕返ししたい気持ちもあったのかもね」
銀河は、鮫島先生の横顔をじっと見つめた。人には色々な面があるのだと思った。
生徒会がバドミントン部を呼び出した。
「さあ、出番だ」
蒔絵と銀河は、バドミントン部の一員としてステージの前に立った。ステージの上でマイクを持つのは、菱巻紫苑だ。
「初めまして、バドミントン部部長の菱巻です。僕たちは男子5名女子3名で毎日活動しています。今年の1年生はもう2人も入部しました。皆さんも一緒にバドしませんか?」
爽やかな好青年、紫苑の姿に、新入生だけでなく、2,3年生の女生徒の視線も釘づけだった。
「では、バドミントンのプレイを少しご紹介します。最初に打ち合いを見せます」
昨年初めてバドミントンを始めた先輩と銀河が、向かい合って打つ姿を見せる。先輩はまだバドミントンを始めて1年。しかし、銀河が打ちやすいところに返すので、素人目には上手に見える。途中から、先輩がスマッシュを織り交ぜて打ってみせるが、それも銀河が、見ている生徒側にシャトルが落ちないように気を使って、しっかり返している。
「では最後に、もう少し上手になると出来るジャンピングスマッシュを見せます」
2年の先輩に代わって、蒔絵が銀河の相手になった。
蒔絵のジャンピングスマッシュを、銀河が受ける。
受けながら、先輩に対するより、少し意地悪なコースに銀河が返す。
それでも、蒔絵は顔をしかめながらも、しっかり返す。蒔絵も銀河と一緒に海外遠征に選ばれるくらいの選手だ。 半袖を肩までまくり上げて、連続してジャンプする。
会場からは、期せずして拍手が沸き起こる。
海里が調子に乗って、「逞しい!」と声をかける。里帆が、海里の口を塞いだ。
「止めなよ。蒔絵に本気で顔にスマッシュされたら、目が潰れるよ」
何も聞こえなかったような涼しい顔で、蒔絵が最後に、コートのエンドライン上にシャトル筒をおいた。
バドミントン部の紹介時間の終わりを知らせるブザーと共に、今まで地味に打ち返していた銀河が、ジャンピングスマッシュで筒を弾き飛ばした。
会場から大きな拍手が沸き起こった。
紫苑が(よし。掴みはバッチリ)と思った。
「最後に、マネージャーも募集しています」
そう言って、ベビーベッドの側で手を振る更紗を指さして、バドミントン部の紹介が終わった。更紗の可愛い笑顔を見て、何人かは、バドミントン部の入部を決めた。
「嫌だね。動けるデブは・・・見栄を張って」
海里は独りごちた。
バドミントン部の顧問の田中先生は、銀河と蒔絵の実力を目の当たりにして、今年インターハイが中止になったことを恨んだ。
「ありがとう。お姉ちゃん」
蒔絵が汗を拭きながら、子守を頼んだ更紗のところにやってきた。
「蒔絵も、筒を狙うパフォーマンスしたらいいのに」
「あー。そうすると、レベルの高い部だと思って、部員が入らなくなるんだよね。まずは、部員数が大事だからね」
蒔絵は肩をすくめた。
「銀河君は?」
「どう見ても、あれはガチャピン枠だから」
銀河は、蒔絵の頭を後ろから押さえた。
「それは、ガチャピンは可愛いってことか?」
「あー。汗臭いから早く着替えて」
「このまま部活だから、着替える必要はないよ」
いつものじゃれ合いを、更紗は生暖かい目で見た。




