27話 逃亡
ああ、やっぱり俺はこの羆を知っていた!まるで茶渋のように心に染みついた違和感がハイターに漬けた後みたいにきれいに消えたのを感じる!!
今にも泣きそうな情けない顔つきの、俺の何倍もあるこの大きな羆は俺の・・・
俺の大切な・・・相棒だ!
「ミーシャ!!大丈夫か!?撃たれたんだろう!?傷口は?痛むか?どうやってコッチに??またあの霧が?・・・なによりも・・・会いたかった!」
弱り少しフラフラしているように見えるその羆の首に腕を回してしっかりと抱きしめる。頭を撫でると『私も・・・』といった風に二度頬ずりをして、ゆっくり・・・ゆっくりと地面にその巨躯を横たえた。
「ミーシャ!?ミーシャッ!!そんな・・・!!」
直ぐさまミーシャにすがりつき胸に耳を当てるが厚い毛皮で鼓動はよく分からない。その上、山の樹々がちょうどぽっかりと空いていてそこから大粒の雨が容赦なく叩きつけうるさいのだ。しかしそのお陰でぬれそぼり冷えたミーシャの口からハッ、ハと弱々しいがはっきりと白い息が溢れているのが確認出来た。・・・大丈夫だ!生きてる!!ミーシャの顔を再度しっかりと胸に抱えると止めどなく涙がこぼれた。
『ああ!ミーシャ!!何でこんな事に!!・・・もう大丈夫だよ。俺が、俺がここにいるから!!』
また会うことが出来て嬉しいのと、衰弱しているのが悲しいのと、俺の頭にいっぱい浮かんだ疑問符なんかでぐちゃぐちゃになっていた感情が、抱きしめた事によってやがて一つの元にまとまっていった。
「ふざけやがって!!・・・殺してやる!」
ミーシャを撃った奴が許せない。今まで一度だって誰かを殺してやりたいだなんて思ったことは無い。あのパワハラクソ部長のヤローにですら殺意を我慢出来ていたのに・・・!ミーシャは何もしていない!人里に羆だ、というだけで撃たれたのだ!!そんな理不尽があってたまるか!!
(・・・ダメだよ・・・)
殺気だった俺に気づきそれをなだめるよう頬をペロリと舐めた。その仕草があまりにも愛おしくて我に返る事が出来た。
「・・・ごめん!ミーシャ・・・俺、許せなくってつい・・・ホントごめん・・・大丈夫か?寒いだろ?」
ミーシャの頭に覆い被さり背中で雨粒を遮ると、彼女は優しく微笑んだ。刹那、鬱陶しい程に明るい光の束に包まれる。
「くっそ!!見つかった!!ヘリの投光器だ!」
雨音と気が動転していたのとで捜索ヘリの旋回するプロペラ音に気がつかなかった!
ライトの光を片手で遮り目を凝らすとその光に誘われた蛾のように、やや大型のドローンがヒーンと近寄って来るのが見えた。
「・・・此方は津久井警察です。この区域での飛行は制限されています。危険ですので直ちにこの区域から離れて下さい。繰り返します・・・」
合成音声の流れるその機体からもライトが放たれ、暗闇にぽっかりと俺とミーシャが浮かび上がる。
「ドローンがヘリコを追い払うって事はアッチはマスコミか!余計な事ばっかりしやがって!!・・・ふっざけんな!!明かり消せ!何処か行けよバカヤロウ!!」
拳を突き上げ大声を張り上げて威嚇するが、聞こえる筈もない。
「ミーシャ、動けるか??此処を離れよう!!きっとイロイロ集まって来る。逃げるアテなんか何処にもないけれど、それでもここに居るよりかはマシだし、兎に角この鬱陶しいライトから逃れて身を隠さなくっちゃ!」
のそりと大きな躰を起こして深く肯くとゆっくりと歩みを進める。ライトがストーカーのように追いかけて来るが、やがて深い森に隔たれそれも届かなくなった。
「ここまで来れば大丈夫かな・・・。ミーシャ!!会えて良かった!!俺・・・霧に呑まれてコッチに戻されて・・・しばらく皆との記憶が無くなってて・・・だけどニュースで熊の事やってて『俺、この熊の事を知ってる!!』ってなってさ、ミーシャ、言葉は?人型にはなれないのか?」
躰を丸めて顎を切り株に乗せたミーシャが首を横に振る。
「そうか・・・。ごめん・・・自分の事ばっかりだ。ミーシャ、肩は?大丈夫か?ちょっと待ってて・・・なんか無いかな・・・ん??何だろう?焦ってつかんだ袋だったけど・・・こんなの持ってたっけな・・・」
エコバッグだと思っていた麻で織り込まれた見覚えのない袋は、漁ると丁寧に葉っぱに包まれたカロリーメイトの様なものと、やはり葉に包まれたドロドロネバネバな何か・・・それと・・・
「こっ・・・!この箱は!!」
雨に濡れ炭で書かれた文字は読めないが、恐る恐る箱を開けてみると中には獣の腸で作られたウィンナーの皮っぽい物が幾枚か・・・。
「っつうお~い!!」
焦って蓋を閉じる。だが今の衝・撃・ですべて思い出した。このウィンナーの皮や蓮蓮、それとこのドロドロネバネバが薬だって事を!
「忘れてた!エンフェイさんから薬貰ってたんだ!!いま塗るね」
葉を広げ薬を指で掬ってミーシャの肩に塗ってあげると、ちょっと「痛っ」という顔をしたが、直ぐに穏やかな表情になった。
「これ、ちょっと匂うけどスゲー効くよね。瀕死だった俺の背中の傷も治しちゃう位だし・・・やっぱエンフェイさんはスゲーな!」
「ふん」と言った顔でそっぽを向くと、先の木箱をジッと見つめていた・・・。
「アレは忘れてナンデモナイ」
スゥアンジャンのニヤニヤ顔が目に浮かぶ。
「でも俺の言葉が通じるならそれだけでも嬉しいよ!もし君が俺の気のせいなだけで普通の熊ならきっと今頃俺は・・・まっ!愛の成せる業かな!?なんちゃって」
ミーシャ少し恥ずかしげに首を傾げると俺に軽く体当たりをする。
「お?照れてるな~?ミーシャさん!!かーわいーねー♪」
『そこの人!!大丈夫ですか!!慌てずゆっくりと離れて!!決して走らないで下さい!!』
「!?」
人の声に驚いて振り向くとカッパを着た男がライフルを構えきっちりとミーシャに狙いを定めていた。はっと辺りを見回すとそこかしこに人の気配が・・・!しまった!こんなにも早く囲まれてしまうなんて思いもしなかった!ミーシャも薬の匂いで鼻が利かずにいて困惑しているようだ。俺は銃口から守るようにミーシャに抱きついた。
「撃たないで!!大丈夫です!!違うんです!!このこは大丈夫なんです!!ほら!!ね!?大丈夫なんです!!家族なんです!!」
『危ない!!離れなさい!!家族?ペットですか!?飼い主は皆そう言うんです!離れなさい!!』
ドスの効いた声のオッサンが先陣を切って近寄って来ると再び投光器の明かりが俺達を包む。
「クソっ!囲まれて逃げ道が・・・!!分かってもらえそうにもないし・・・どうする??」
焦りに焦る俺をミーシャが鼻面でチョンと押す。
「どうした?ミーシャ?何か思い付いたのか??」
途端、どん、と強く突き飛ばされ光の外へ押し出された。
「ダメだ!ミーシャ!!俺から離れたら!!」
この隙を逃さずハンター達の銃口が一斉に射殺の姿勢についた。
「ケンチだけでも逃げて・・・じゃあ、ね(ゝω∂)」
優しく微笑むその口元からは俺には明らかにそう聞こえた。「ミ・・・」声にならない声を上げるよりも早く銃声がなり響く。




