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24/24

第24 いてもたっても

 夕べは飲み過ぎて頭が重く、体中を腐った血液がどんよりと流れていく感じがする。何にもする気は起きないけれどお腹は減ったので朝ご飯を作ることにしよう。

 休日の朝はパン派だ。小麦の焼ける香りが心を豊かにしてくれる。ネットでモーニングにピッタリのジャズを探して流しながらパンをトースターに二枚入れる。フライパンに火をかけ卵二個のスクランブルエッグ。二個束ウィンナーの一袋を開け別のフライパンへ。


「五本しか入ってないのかよ・・・」


 ちょっとした不満を呟きながら水を少し入れ蓋をする。水が蒸発する寸前の音がしたら蓋を開け余分な水分を飛ばしながらコロコロと転がし焼き目を付ける。俺はウィンナーの焼き方はメーカーによって変えているのだ。今日のはこの作り方で。サラトリオを千切って皿に盛りオリーブオイルをひと回し。テレビを点けると丁度パンが焼けた。


「今日のお天気は朝のうち晴れ。午後からところどころで雨が降り出し夕方から明日の朝にかけて局地的に大雨の降るところがあり・・・」


「なんだ、雨降るのか・・・。熊情報に気を取られて天気は見てなかったや。ま~、どうせ今日は一日ダラダラデーなんで外にはでーませ~ん」


 とは言ったものの、ふと気になり戸棚を開けると袋麺のストックがきれていた。カップ麺もあと一個しかない・・・。


「しょ~~がない・・・。はぁ~・・・食べたら買いに行くかぁ~⤵⤵」


 食後のコーヒーを飲み終える頃には頭だけはスッキリとしてきた。ただ相変わらず感覚がズレているような違和感はずっとつきまとっている。家に閉じこもっていると不安で押し潰されそうだから早々に出掛けることにしよう。

 外へ出ると街ゆく人々が傘を持っていたりいなかったりとまばらだが空は予報よりも早く降り出しそうだった。


「・・・路上でアクセサリー販売してるなんて珍しいな。昔はよく見かけたけど最近は見かけないもんな。懐かしいな!シルバーアクセとか、アイドルのブロマイドとか・・・買ってたなあ~」


 冷やかし半分でのぞいてみると手作りアクセで可愛い系が中心のようだ。600円から千円ちょっと位のお花を象ったブローチやリング、誕生石をあしらったペンダント・・・趣味じゃないな。


「カノジョさんの、プレゼントに、いかがでショウ?」


 流暢だが語尾に変な訛りのある声に顔を上げると綺麗な顔立ちの外人さんだった。透き通るような青い目に見つめられ一瞬たじろいだが


「いや、大丈夫です」


 なにが大丈夫なのかわからないが、とにかく外人さんは苦手だ。早く立ち去ろう。


「ダイ、ジョウブならコレ、ドです?」


 そういう意味じゃ・・・外人さんには“大丈夫です”が通じないか。


「僕は結構で・・・ん?」


 その外人さんの白くて綺麗な手の平にのせられた淡いピンク色の宝石の付いたネックレスに何故だか心惹かれた。聞くと北海道産のインカローズで「とてもキショーよ?」だそうだ。お値段3千円・・・米粒のような大きさなのに?・・・高!


「あー、じゃー、それ下さい」


 希少と聞いたからじゃない。綺麗な外人さんの青い目で見つめられ断れなかっただけだ。


「ありがとう御座います。またおこし下さい♡」


 くっ!!ちゃんと日本語話せるじゃん!外人を装った外人さんかハーフか・・・綺麗な見た目にほだされて買ってしまった・・・キショーじゃなくてチキショーだ。orz


「3千円・・・馬鹿だねぇ~!小銭しか残ってないやー・・・」


 あげる相手もいないのに買ってしまった()()()()()をポッケに突っ込み、スーパーで一袋いつもは78円のインスタント麺が今日は98円もする。一袋では足りないから二つ買うとして残金で卵が買えない・・・卵は諦めよう。今晩は万能ネギだけのラーメンだな。


「なんだよ・・・踏んだり蹴ったりだなぁ」


 打ちひしがれてトボトボと歩いていると雨が降り出してきた。大丈夫だろうとふんで傘を持たずに出たため、家に付く頃には雨足が強まりズブ濡れになってしまっていた。直ぐに熱めのシャワーを浴び、やっぱり右腕だけ濃くなっている体毛を撫でながらテレビを点ける。


「神奈川県の津久井湖周辺で熊の目撃情報が相次いでいます」


「うへえ!津久井湖!?俺がいつも行ってる所じゃん!マジかよ!?」


 ついこの間そこへ行ったばかりだ・・・。そして多分あそこは霊的な何かがあって、俺はソイツに嫌われたか取り憑かれたかしてて、一向に調子が戻らない。だから今度は相模湖にするつもりでもう津久井には行かないもんね。


「これは、視聴者からの投稿で望遠で捉えられた熊の映像です。『うわっ!!ヤバいな!!相当離れてるのにマジデカい!!ヤバッヤバッ!!今、撃たれたよね!?死なねえ~んだ!!あ!逃げた!山ん中、山ん中!!』・・・専門家によりますと、この熊はメスの羆である可能性が非常に高いとの事で、関東で羆が出ることはまず無いのにとても不思議だ、と話されておりました。近隣の方は不必要な外出を避け安全な場所への避難など充分な安全対策を・・・」


 映像を見た瞬間、戦慄が走った。羆の出没した場所にでは無い!!俺は・・・この羆を()()()()()!!羆なんて見たことも遭遇したことも無いはずなのに何故だか()()()()()!!

 俺は無性に胸騒ぎがして居ても立ってもいられず津久井湖へと車を走らせた。


「俺はあの羆に会わなければならない気がする!!それは、たとえ何があってもだ!!・・・何だろう??この恋い焦がれているような胸騒ぎは!?撃たれた??・・・駄目だ、心が落ち着かない!!どうか無事でいてくれ!!」


 何故俺はこの雨の中、羆に会いにいく?どう考えても危ないだろう?無事でいてくれって思ったのはなんでだ??俺はどうしちまったんだ?あの日を境にどうにもおかしいぞ?

 点けっぱなしのカーラジオが猟友会の増員と自衛隊の派遣を伝え、俺の焦りに拍車をかける。自然とアクセルを踏み込む足に力が入りスピードが上がっていった。津久井町に入った頃には雨は横なぐりとなり昼だというのに薄暗い。


 グァシャアン!


 焦りと役に立たないワイパーのせいでダム放水口のカーブが曲がりきれなかった。車は左側面を大破しながら緩い上り坂手前で息絶えた。


「クッソッッ!!」


 バン!とドアを蹴飛ばして外へ出ると少し先の観光センター駐車場にパトカーが複数台止まって規制線を張っているが、事故の音はどうやら雨のお陰で聞こえなかったようだ。


「この先・・・釣具店の貸しボートの所から・・・山に侵入・・・する!!」


 事故の衝撃でハンドルに胸を強く打ち息がしづらい。もしかしたらあばらが折れた?全身が軋み悲鳴をあげている・・・それがなんだ!関係ないね!!


「ちょっと。止まりなさい!そこの人。この先は危ないから立ち入ってはいけません」


 フラフラと歩く俺を警官が止める。まあ、そうだな。この雨の中、傘も差さずに出歩く奴なんて不審この上ない。


「あー、スミマセン・・・買い物に出たら急に降られちゃって・・・その先の住宅地の人間です」


 車を降りた時、無意識に積みっぱなしだったエコバッグをつかんで出たようでそれっぽく見える筈・・・信じろ!


「・・・そうかね。ニュースは見たかい?この辺りに熊が出たらしいから家に付いたら戸締まりをして外へ出ないように!」


「はい・・・気をつけます・・・じゃあ・・・」


「待ちなさい!」


「はい?」


「怪我をしているようだが、何かあったのかい?」


「あー、『雨だ~』って走ったら盛大に転んでしまって・・・ははは・・・大丈夫です」


 ・・・信じろ!信じろ!・・・信じたか?不審がってずっと見てはいるが追って来ないようだな・・・!

 警官の目を避け素早く山に侵入して湖畔まで辿り着くと、そこから先は自分でも信じられない位の行動力だった。


「ボートは目に付く・・・どうにか向こう岸まで辿り着かなくては!!・・・泳ぐか!」


 雨が叩きつけ、まるで沸騰しているかのように見える湖を極力息継ぎせずに泳ぎ切る。熊と間違えられて撃たれたのではたまったものではない。無事向こう岸に辿り着くと木の根元に寄りかかり息を整える。


「ハア、ハア・・・たぶん、ニュースの映像はこの辺りの筈だ・・・」


 今まで登山なんてしたことも無い。ましてやこんな鬱蒼とした山になど入ろうと思った事も無い。暗い山中は雨で所々ぬかるみ足場は最悪だ。時々ヘリからのサーチライトが直上から降り注ぐが大木のウロに隠れてやり過ごす。辺りを確かめ見つからない事を確認すると再びあの熊を探し樹海を駆ける。


「すん・・・すん・・・獣の臭い!」


 左前方に大きな獣の影が!


「・・・ミ・・・!?違う!!あの熊じゃ・・・ない!!」


 立ち上がりウゥと鳴くその熊の胸元にはナイキマークのような白い模様・・・ツキノワグマ!!


「うおおおおっ!!」


 此方も負けじと両腕を広げ威嚇仕返す。俺の頭、フツウじゃない。なに熊に威嚇仕返してんだ??無理だろう!・・・だけどね


「来いよ!!コラァ!!」


 後先なんて考えてられっか!俺は絶対にあの熊に会うんだ!!その為ならなんだってするぜ!!


 ハッ!!ハッ!


 荒い呼吸音・・・牙を見せ前脚を地につけた!!ブラフチャージ!!来る!!


 ロア~~!!


 突如、そのツキノワグマが小柄に見えてしまうほどの大型の熊がソイツを殴り飛ばした。ふっ飛んだツキノワグマは一瞬呆けたが直ぐに大木によじ登りその場を去った。

 ツキノワグマをぶっ飛ばしたその熊は右肩から痛々しく血を流し、それが雨にぬれ艶やかなダークブラウンの毛並みを色濃く汚している。茶色の綺麗な瞳で俺を見つめるその熊を、俺は知っている!!


「ミーシャ!!」


 俺はその熊の名を叫んだ。

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