第8話 アルベリク
シャルロットは屋敷の中にある書斎に足を運んだ。領地に関することが収められているところで、セドリック以外の者はあまり足を踏み入れない。
シャルロット自身、あまり読書を好まないため、普段は近寄りもしない。だが、知りたいことがあった。
水の力が使えたということは、水属性だということ。つまり、自分は水の精霊と契約している領地の出身だろう。書斎にはほかの領地から集めた資料もある。もし、水の精霊と契約している家があるならば、その領地の出身である可能性が高い。
たとえば、リュシアンの家、フェリクスの家では大精霊ではないが、水の精霊と契約している。彼らの領地で生まれた可能性もあることになる。そう考えると、リュシアンの家に嫁ぐということは、里帰りするようなものだと思えば、他よりも可能性は高いのかもしれない。
シャルロットは一冊の本を手に取り、椅子に座る。一行目を読んだところで早々に疲れを感じて、ぐっと背を伸ばす。
「あら?」
一枚の絵を見つけた。書斎の奥の方、外からは見えない場所に飾られている。額に入った男性の肖像画だった。その顔は……セドリックやジョナタンとよく似ていた。
「この人は……」
「その人はアルベリク兄様だよ」
振り向くと、いつの間に入ってきたのか、ジョナタンが立っていた。彼は優しい笑みを浮かべて、その絵を見ている。
「もう一人……兄弟がいたのですか?」
「ああ、いたさ。その人は僕やセドリック兄様の兄……。つまり、この家の長男だった人さ」
その瞬間、彼の言葉が何を指しているのか、シャルロットは理解してしまった。ジョナタンは兄様に似ていると言っていた。だが、セドリックの名前は一切出していなかった。シャルロットと似ている兄……きっと自分はこの人の子なのだろう。
「……そうなのですね」
だが、シャルロットは興味のないふりをした。すぐに本を閉じて立ち上がる。本棚に本をしまい、ジョナタンに軽く頭を下げる。
「叔父様、私は自分の部屋に戻りますね」
そう言って部屋を出ようとすると、その背中にジョナタンが言った。
「アルベリク兄様は素晴らしい人だった。人々を導くのが上手で、優しく、誰にでも慕われる人だった」
「そうなのですね」
「だけど、セドリック兄様が殺したんだ」
その言葉に、思わずジョナタンのほうを向いてしまった。彼はにっこりと微笑んでこちらに歩み寄ると、シャルロットの肩に手を乗せる。
「真実が知りたいのなら、いつでも僕のところへおいで。君の知らないことをたくさん教えてあげよう」
ジョナタンはそう言って、書斎を出て行った。
本当に殺してしまったのだろうか。
父親だと思っていたセドリックは、実の父親ではなかった。それどころか、シャルロットの実の父親を殺した本人だという。
もし、本当に殺したとしたら……どうしてだろうか。
何か憎らしいことでもあったのだろうか。それとも、跡継ぎになるために邪魔な存在だったのだろうか。
想像ばかりが膨らみ、本当のことを確認するのが怖かった。
「シャルロット」
ふらふらと歩いていると、セドリックに見つかってしまった。動揺に気づかれないように咄嗟に笑みを浮かべて振り返る。
「お父様。どうなさいましたか?」
「ジョナタンは見たか?」
「叔父様なら書斎の方に……」
「そうか」
確認してしまいたかった。ジョナタンが言ったことが本当なのか。
「お父様……」
「どうした?」
本当に実の兄を殺したのか。もし殺したのなら、どうして殺したのか。
それを問うのは怖かった。……自分が前世で殺されたときのことを思い出す。どうして、弟は家族を殺すような真似をしたのか……知るのが怖かった。
「……ごめんなさい、何でもないです」
「……そうか」
セドリックは何も言わなかった。少し考えるように視線を上げると、こちらに手を伸ばしてきた。びくりと肩を震わせるが、セドリックの手は優しくシャルロットの髪を撫でる。
「気になることがあったら、いつでも聞いてくれ」
彼はそう言いながら、ただ優しく髪を撫でてくれた。
その日からジョナタンとは一人で接触しないようにして過ごした。浄化祭は明日、それが過ぎれば、彼も都市へと帰っていくだろう。
だが、その日、夢を見た。
「カミーユがいなくなった」
慌てふためき、弟のカミーユを探す人々。彼は浄化祭と執り行う予定だった。
シャルロットは探すことさえ許されず、父親に待つように言われた。
「カミーユが見つからなかった場合……シャルロット、君が浄化祭を行うんだ」
いなくなった弟を探しに行きたかった。だが、カミーユが見つからなければ、自分が浄化祭に出られると思ってしまった。そんな自分が嫌で首を振った。
父親に言われた通り待っていたシャルロットのもとに伝えられたのは、カミーユが亡くなっていたということだった。
……一瞬でも弟が見つからなければいいと思ってしまった自分が嫌いになった。嫌いで嫌いで仕方がなかった。
「シャルロット、頼む。カミーユの代わりに浄化祭に出てくれ」
けれど、弟の代わりに浄化祭に出なくてはならない。
幼いころのシャルロットは憧れていた。浄化祭に出ることを。
それを弟が亡くなったことで叶えてしまう。
そんな夢だった。