第7話 水の力
「どういうことでしょうか?」
シャルロットは戸惑いながら、ジョナタンに問いかけた。
「言葉の通りだ。君には彼らを救う力があるかもしれない。ならば、その力を使ってみないか?」
「ジョナタン、シャルロットは……」
セドリックはジョナタンの肩を掴んだ。ジョナタンはそれを振り払う。
「何を躊躇っている暇があるのです。大切な領民が苦しんでいる。これ以上の理由がありますか?」
ジョナタンの言っていることに言い返せないのか、セドリックは黙り込む。しばらく考え込んだあと、こちらの方を見た。
「……シャルロット、君の力を貸してほしい」
父親まで自分の力を借りたいという。だが、その力に心当たりがなく、戸惑うことしかできない。
「ですが、私に何の力が……」
「……水の力だ。もしかしたら、君に使えるかもしれない」
水の力……?
自分の手のひらを見る。自分は地属性のはずだ。本当に水の力が使えるのだろうか。できるかわからない。……でも、夢のような悲しい結果にしたくない。
「私に誰かを救う力があるなら、助けたい」
手を握りしめると、サシャが隣に並んでいた。
「シャルロット様、お勉強です。その手に力を集めるよう意識してみてください」
サシャの言葉にリュシアンもうなずく。
「炎なら熱いものだが、水ならば冷たいものを想像してみるといい。冷たいものを手のひらに水が集まってくるような……そんな感覚だ」
二人に言われた通り、片手を出して手のひらに集中する。空気中の水を手のひらに集めるようにイメージをしながら。
気づけば、小さな水の塊が手のひらに集まってきていた。それはひんやりと冷たい。次第に大きくなっていき、両手ですくうような形にする。水の塊は大きくなっていき、両手では持ちきれないほどの大きさになった。両手を離し、ボールを持つように水の塊を支える。
「これは……」
ジョナタンが目を輝かせてこちらを見ていた。リュシアンやフェリクスも驚いた表情で眺めている。
「シャルロット様、その水で雨を降らせるように空へ投げてください」
サシャに言われ、シャルロットはボールを空に投げるように水の塊を放った。宙に放られた水の塊は空高く飛び、形を変えて雨のように降り注ぐ。
「なんだ……?」
突然の雨に周りの者たちが空を見上げる。領民たちは雨を浴びると、声を上げた。
「傷が……傷が治っていくぞ」
深い傷は塞がっていき、姿を消していく。その様子は神秘的なもののように感じられた。
「どうして、私は……」
セドリックのほうを向くと、彼は目を閉じていた。
「父様。私はこの土地で生まれ育ったのではないのですか?」
シャルロットの言葉にセドリックは答えない。その代わりに口を開いたのは、ジョナタンだった。
「さすが、兄様の子だね。シャルロット」
ジョナタンは嬉しそうにこちらを見ている。その目はシャルロットではなく、別の誰かを見ているようだった。
「叔父様、私は……」
「領民を助けてくれてありがとう、シャルロット」
そして、セドリックは決心したように口を開く。
「……また、そのときが来たら、話をしよう」
セドリックはそれだけ言うと、領民たちのほうへ歩いて行った。
父親が何かを隠しているのがわかった。考えられることは一つ。自分はこの土地で生まれ育っていない。そうなると、両親は本当の両親ではないのだろう。
拾われた子なのか、それとも誰かに預けられた子なのか……。
「サシャは自分が何者なのかわからなくなることがある?」
寝る前に、サシャは髪を梳いてくれる。その優しい手を感じながら、シャルロットは問いかけた。
「私は……ありませんね。私は私ですから」
「そっかぁ。そうだよね。私も私だ」
自分の手のひらを見つめる。自分の知らない力を使った。自分はシャルロットになって、彼女のことをすべて知っていると思っていた。まだ自分の知らない部分があると思うと、本当に自分がシャルロットになれたのか疑わしくなる。
「けど、不安になるんだ。自分が思い描いていた自分と、本当の自分が違ったとき……どちらが本物の姿なのか」
「どちらも本物なのでは?」
「そうだね。難しいね、言葉って……」
サシャは手を止めると、シャルロットの髪を優しく撫でた。
「あなたが何者だったとしても、私はあなたのおそばにおりますよ」
サシャの言葉にシャルロットはくすりと笑う。
「私が平民だったとしても?」
「もちろん」
「私が……シャルロットじゃなかったとしても?」
サシャはブラシを置いてシャルロットと向き合った。そして、腰を落としてスカートを少しつまんだ。
「私の中ではあなたはシャルロット様ですから。たとえ後から別人だったとわかったとしても、私はあなたのおそばにおります」
そう言って、サシャは顔を上げると、優しく微笑んだ。
「私はシャルロット様のことが大好きですから」
「ふふふ。なんかプロポーズみたいだ」
「プロポーズって何ですか?」
「愛の告白っていうのかな……ずっと一緒にいましょうっていう約束のこと」
シャルロットの言葉を聞いて、サシャは笑みを浮かべながらうなずく。
「そうなのですね。ならば、プロポーズで間違っておりませんよ。私は何があっても、あなたのおそばにおりますから」
「ふふふ、ありがとう」
「あら、信じていませんね? そうですね……」
彼女は胸元から大きな石のついた首飾りを取り出した。
「この石に誓いましょうか」
青い石だった。そういったものを彼女が身に着けていると思っていなくて、少し驚く。
「その石は?」
「私のとても大切なものです。これをあなたに差し上げましょう」
サシャは両手でその石を差し出す。
「いいよ! 大切なものならサシャが身に着けていて」
「ですが……」
「サシャの気持ちはちゃーんと! わかったから!」
「ふふっ、なら良いのです」
強く言うと、納得してくれたのかサシャは満足そうに微笑む。
「……ねぇサシャ。その石じっくり見せてくれる?」
「もちろん」
その石は海のように青く澄んでいた。精霊石によく似ていたが、こんな大きな石は見たことがない。
精霊石は精霊の一部のエレメントを固めたもの。大きく作るには精霊の身を削る必要がある。契約のために、身を削るようなこと、精霊がするはずがない。きっとどこかで採れた石なのだろう。
「とても綺麗ね」
「……ええ、とても綺麗なんですよ」
そう言ったサシャの顔はとても優しかった。




