第6話 勉強会
夢を見た。
「旦那、あいつの怪我が一番ひどいんだ。どうか治してやってくれ!」
山賊に襲われ、負傷した領民たちが領主の館の前に集まっていた。
「こちらも力を尽くしているが……」
だが、治療できる者が少なく、人々は亡くなっていく。
「シャルロット。君の力で領民たちを助けたいと思わないか?」
叔父のジョナタンの提案に夢の中のシャルロットは首を振った。
「私には……そんな力なんてない。私じゃみんなを助けられない!」
両手で顔を覆えば、何も見なくて済んだ。だが、苦しむ人たちの声は耳から離れない。
……自分に、彼らを救う力があれば。
自分の無力さを突き付けられ、優しくしてくれていた領民たちが亡くなっていく。
そんな悲しい夢だった。
婚約式が終わってから数日後、リュシアンは再びシャルロットの住む領地に遊びに来た。事前に来ることが知らされていたので、シャルロットはフェリクスとともに彼の来訪を待つ。
「こんにちは、シャルロット。遊びにきちゃった」
「いらっしゃい、リュシアン!」
シャルロットはリュシアンを迎え入れると、その右腕をガシッと掴む。
「待ってたよ、リュシアン」
フェリクスが左腕を掴んで、完全ホールドする。
「え、え? 何がはじまるの?」
リュシアンは戸惑いながらも、楽しそうに尋ねた。
「お茶会だ!」
「そうだ、お茶会だ!」
同じことしか言わない二人に、サシャがくすくすと笑う。
「お二人はリュシアン様とお話がしたいようなのです。用事がなければ、ご一緒していただけますか?」
サシャの言葉を聞いて、リュシアンは嬉しそうにうなずく。
「ああ、それなら喜んで。二人と交流を深めに来たんだ。さっそく目的が果たせそうで嬉しいよ」
お茶室を借りて席に着くと、フェリクスが一番に口を開いた。
「じゃあ、みんなにお披露目といこうか」
「何がはじまるの?」
リュシアンは嬉しそうに問いかけてくる。
「リュシアンにプレゼントを用意したの。勝負なの!」
「そうなんだ?」
彼は首をかしげながらサシャを見た。
「あなたをどちらが喜ばせることができるかの勝負だそうですよ」
それを聞いて、くすくすと笑う。
「二人は相変わらず面白いことを考えるね」
了承を得たとばかりに、フェリクスはうなずく。
「よし、じゃあはじめようか。まずはシャルロット。何買って来たの?」
「ふふふ……。私のはすごいよ。じゃーん! 本です!」
買ってきた本を見せると、フェリクスは不思議そうに首をかしげた。
「本?」
「これはただの本じゃないよ。いろんな領地の不思議が書かれた本なんだから!」
「へー」
「興味なさそう!!」
シャルロットはショックを受けながらリュシアンの方を向く。
「俺は面白そうだと思うよ」
リュシアンにフォローされて、シャルロットは自信満々に胸を張る。
「面白そういただきました!! フェリクスは何を選んだの?」
「聞いて驚くなかれ……。僕が選んだのは、ケーキだ!」
「何でケーキ?」
「僕が食べたかったから。みんなで食べよう」
「自分のことしか考えてないじゃない!」
「リュシアン、どうだ?」
フェリクスがリュシアンの方を見ると、彼はにこにこ微笑みながらうなずく。
「みんなで美味しいものを食べられるのはできるのは嬉しい。後で食べよう」
その言葉に、フェリクスは「ふふん」と鼻を鳴らす。
「どちらもリュシアンの反応が良い……つまり、どっちも良い……」
どっちの勝利かを見定めていると、後ろに控えていたサシャが前に出た。
「じゃあ、最後に私ですね」
「え、サシャ……?」
シャルロットとフェリクスが戸惑っているのを横目で見ながら、サシャはテーブルに手に持っていたものを置いた。
「私からはこの勉強道具を。たまにいらっしゃるのでしたら、一緒にお勉強してはいかがでしょうか?」
サシャが勉強道具を広げると、リュシアンは目を輝かせながらそれを見た。
「……俺も一緒に勉強していいの?」
嬉しそうな顔に、シャルロットとフェリクスは首がもげそうなほどにうなずく。
「も、もちろんよ! ねえ、フェリクス!」
「も、もちろんだとも! これでリュシアンも勉強仲間だ!」
その言葉にリュシアンは頬を染めて微笑んだ。
「俺も、二人と勉強してみたかったんだ」
リュシアンの表情にシャルロットとフェリクスは強い敗北感に襲われる。
「……勝者、サシャ~」
「ふふふっ、恐れ入ります」
お茶会を終えたあと、さっそく勉強会をすることになった。
「ようこそ、勉強会へ!」
普段はシャルロットとフェリクスの二人で行われていたが、リュシアンも仲間入りするという形になる。教師役はサシャだ。
みんなが大人しく席に着くと、サシャはにこりと微笑んだ。
「ご存じの通り、貴族は精霊との契約によって、爵位と土地を得ることができます。多くの精霊と契約しているか、もしくは大精霊と契約しているかといったことでその爵位が決まっているのです」
大精霊との契約を五点、精霊との契約を一点とし、その合計点数で与えられる爵位が異なる。男爵は一点、子爵は三点、伯爵は五点、侯爵は八点、公爵は十点以上で爵位を授かっている。契約は精霊と家とで結ばれているため、貴族になるのは家の当主のみであり、契約者も当主になる。
「この領地では地の大精霊と、三柱の地の精霊、風の精霊と契約しています。よって、合計九点となり、侯爵の爵位を授かっています」
サシャの説明にフェリクスが口を開く。
「うちは水の精霊が三柱、火と地の精霊がそれぞれ二柱、風の精霊が一柱だから八点だね。リュシアンのところは?」
「うちは火の精霊二柱と水の精霊が一柱だったんだけど、最近火の大精霊と契約ができたから、子爵から侯爵になれたんだ」
それを聞いて、シャルロットとフェリクスは顔を輝かせた。
「火の大精霊!? 会ったの!?」
興奮気味の二人にリュシアンはにこにこしながらうなずく。
「父様が会ったよ。俺はまだ当主じゃないから、会えていないんだ。いつか会ってみたいと思ってるよ」
精霊と会うことができるのは一生のうちにあるかどうかだ。そんな中で大精霊に会えるのはもっと難しい。
サシャは三人のやりとりを見て、ニコリと微笑む。
「精霊と会うことは珍しいですが、全く会えないというわけではありません。契約する精霊が増えていることからもわかるように、精霊もまた自分を手助けしてくれる人の力を必要としておりますから」
精霊と契約するのは、その精霊の望みをかなえるためだ。精霊は数が多くない。だから、すべての場所を自分の力で満たすことが難しい。そのため、人間と契約することで力を貸している。
不思議な世界に来てしまったと改めて感じさせる。紫音のいた世界では科学の力が発達していた。それに対し、この世界はエレメントという力に頼りながら生活をしている。精霊という存在がいることも不思議だ。だが、シャルロットとしての記憶もあるため、当たり前のもののようにも思えている。
「サシャ、水の大精霊と契約している家は少ないの?」
「契約している領地もありますよ。ですが、契約していても、今は白紙になっていると思います」
「白紙?」
「聞いたことがある。今、水の大精霊が行方不明なんでしょ?」
フェリクスの言葉にサシャはうなずく。
「はい。おそらく、何かしらの理由で不在となっているのだろうと推測されています。そのため、今は水の精霊だけで水の力が行き届けられている状態です。……その影響か、水属性を持った子が生まれるのが少なくなり、水の力が弱まってしまいました」
水の力は癒しだ。医学ではなく、精霊の力を借りた治療ばかりしてきたため、すべて精霊頼りだ。
「精霊との契約書はエーテルという特殊な紙を用いています。そのため、水の大精霊が不在になった今、契約書が真っ白になっているという話です」
「水の大精霊が戻ってくることはあるの?」
シャルロットの問いにサシャは首を横に振る。
「わかりません。精霊たちのことは私たちでは知ることはできませんから」
精霊が人間に干渉してくることがあっても、人間が精霊に干渉することはできない。どうして水の大精霊がいなくなったのか、今後どうなるかは知ることができないのだ。
「水の大精霊が戻ってくるといいね……」
シャルロットがそう言うと、サシャは目を伏せた。
「……そうですね」
勉強を続けていると、外が騒がしくなっていくのを感じた。シャルロットの集中力も切れて、窓の向こうに意識が向く。そこには何人かの領民がいるのが見えた。
「何かあったんでしょうか」
サシャが扉を開けて、通り過ぎた使用人を捕まえる。
「外で何かあったのですか?」
バタバタと歩いていた使用人は顔を曇らせて答える。
「それが……領民が賊に襲われたようでして……」
その瞬間、夢で見たことを思い出した。山賊に襲われ、領民たちは負傷したが、治療できる者が少ない。
「サシャ、みんな大丈夫かな?」
不安な気持ちで尋ねると、サシャは口をつぐんだ。
「……勉強していられる状況でもありませんね。気になるなら、様子を見に行きますか?」
サシャの提案にうなずいて外に出てみれば、人が多く集まっていた。
何人もの領民が傷をおさえて座り込んでいる。領地には水属性の医者が数人いるが、どうもそれで間に合っていないようだった。
さきほどサシャが言っていたように、水の大精霊との契約書が白紙になってから、水属性の力が弱まっている。手当をしても、効力が薄く怪我が完治しないようだ。
「旦那、あいつの怪我が一番ひどいんだ。どうか治してやってくれ!」
領民の一人がセドリックにそう言っているのを見つけた。その人にはすでに医者が付きっ切りになっていた。
「こちらも力を尽くしているが……」
「頼む、あいつが死んだら俺らは……っ」
そう言っているその人も深い傷を負っている。あらこちらに傷に苦しんでいる人たちがおり、とても見ていられなかった。
そのとき、セドリックと目が合った。彼はこちらを見て何か考え込むが、すぐに首を横に振る。この惨状を聞いて駆け付けたのか、叔父のジョナタンが顔を出した。
「これは……ひどい有様だ。セドリック兄様。どうするつもりですか?」
「どうするも……医者たちも力を尽くしてくれている。よその領地にも支援を求めているところだ。これ以上のことは何もできない」
セドリックの言葉にジョナタンは微笑む。
「そんなことありません。まだ、手段は残っているでしょう?」
彼はそう言うと、こちらに目を向けた。
「シャルロット。君の力で領民たちを助けたいと思わないか?」
ジョナタンはそう言うと、とても嬉しそうに笑った。




