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第5話 諦めないこと

 婚約式も終わり、リュシアンは自分の領地に戻ることになった。


 別れ際、彼はシャルロットの方を振り返って言った。


「また、遊びに来てもいい?」

「もちろん!」


 当然のようにうなずくと、リュシアンは少し躊躇うようにしながら、言葉の続きを言う。


「……フェリクスと同じくらい来てもいい?」


 その言葉にシャルロットは目を瞬かせた。


「そんなに来てどうするの?」


 純粋な疑問にリュシアンは優しく目を細めた。


「……シャルロットに会いに」


 どう返事をしたらいいかわからず、「えっと、その……」という言葉を繰り返す。


「婚約者みたいだね?」


 そう冗談めかして言うと、リュシアンはシャルロットの手を取った。


「そう、婚約者だから。俺は君のことをもっと知りたい」


 赤くなってしまった顔を両手で隠してしまいたくなる。だけど、その手はリュシアンに握られていて、顔を隠すことができない。


「わ、わぁ……」


 何も言えなくなったシャルロットを見て、リュシアンは不思議そうに首をかしげた。


「どうしたの?」


 そこで理解をした。リュシアンは人たらしだ。天然人たらしだ。自分が甘い言葉を発していることに気づいていない。とんでもない人種だ。


 この人が婚約者だということは、今後もこの攻撃に耐えなければならない。シャルロットは負ける未来しか見えなくて、力なく笑うことしかできなかった。




 リュシアンは帰っていったが、叔父のジョナタンは領地に残った。浄化祭に参加するためだ。


 浄化祭とは、地の精霊に力を借りて、土地の浄化をする儀式だ。この領地は地の精霊、そして地の大精霊と契約をしているため、その精霊たちに力を借りる。


 今年は、弟のカミーユが跡継ぎとして、執り行うことになっている。シャルロットも昔は自分が浄化祭を行うことを夢見ていたはずだが、前世の記憶を取り戻してからは、どうにもその感覚が遠いものに感じられる。


 今では、カミーユが無事浄化祭を終えることを両親とともに祈るだけだ。


 リュシアンの帰りを見届けて、シャルロットは庭園へ行くことにした。


 てっきりフェリクスもリュシアンの帰りを見送るのだとばかり思っていたが、彼は姿を見せなかった。


「今日はこっちに来てないのかな?」


 用事がなくても遊びに来る彼が、用事があるときに顔を出さないのは珍しい。今日はきっと来ていないのだろう。そう思いながら歩いていると、ぼんやりと花壇の花を眺めているフェリクスを見つけた。いつもは家の者や使用人関係なく、誰かしらに話しかけているのに、今日は一人で立っているだけだ。


「フェリクス」


 声をかけると、フェリクスは顔だけこちらに向けた。そしていつものように笑う。


「シャルロット。どうしたの?」

「どうしたのって……あなたこそ、どうしたの? リュシアン、もう帰っちゃったよ?」

「そうなんだ」


 フェリクスは興味なさげに返事をした。いつもならば、「僕も一緒に見送りたかったぁ~!」と大騒ぎするはずだ。


「……本当にどうしたの? 何か悩み事?」


 そう問いかけると、彼はじっとこちらを見つめた。


「……悩み事があるって言ったら、話聞いてくれる?」

「もちろん。フェリクスにはいつもいっぱい話聞いてもらってるからね。たまには私が話を聞くよ」


 彼は視線を足元に向ける。大きく花びらを開いた花を見つめながら、呟くようにぼそりと言った。


「シャルロットは諦めなきゃいけないことがあったら、どうする?」

「何か諦めなきゃいけないことがあるの?」


 その言葉にフェリクスはうなずく。


「あるんだ。でも、どうしても諦められなくて……困ってるんだ」


 いつも明るいフェリクスが何かで悩んでいるのを初めて見た。きっと弱さを見せないようにしているのだろう。だけど、弱いところを見せてくれたのが少し嬉しくて、真剣に答えを考えてみる。


「諦めなきゃいけないこと……そうだなぁ。私だったら諦めないかな」


 フェリクスは驚いたように顔を上げた。


「諦めなきゃいけないんだよ?」

「だって、諦めきれないんでしょう? だったら、納得行くまで向き合えばいいよ」


 転生する前、自分はやりたいことがたくさんあった。今となっては叶わないことはたくさんあるけれど、すべてを諦めたわけじゃない。


 跡継ぎになれない。リュシアンと結婚する。今決まっている未来はこの二つだけだ。それ以外ならば、今の自分でも叶えることができるはずだ。


 これからも楽しいことがきっとあるはず。それを叶えるまでは死ぬわけにはいかない。


 自分はいつか殺される。夢が予知夢ならば、その未来はほぼ確定なのだろう。それに抗うのは難しいのかもしれない。……だけど、抗いたい。


 この人生は自分の人生なのだから。


「未来はわからないもんだよ。もしかしたら、諦めなくて良くなるかもしれない。いつか、叶う日だって来るかもしれないから、諦めたくない」


 シャルロットの言葉にフェリクスは小さく笑った。


「そっか、そうだよね……。諦めなくていいんだ」


 彼はすっきりした顔をしていた。そんな彼を見てシャルロットは笑う。


「フェリクスのお悩みは解決した?」

「した。……諦めるのを諦めたよ」


 フェリクスはそう言うと、じっとこちらを見た。


「何?」

「いや。シャルロット、少し変わったなと思って」


 その言葉にギクリとしてしまう。前世の記憶を取り戻した。変わっていないというのは嘘になる。


「ちょっと色々あってね。……変?」


 彼は首を振る。そして、こちらに手を伸ばしてきた。フェリクスの手がシャルロットの頬に触れる。


「ううん。……素敵だと思うよ」


 そう言いながら親指で頬を撫でる。その手が妙に優しくてくすぐったかった。


「シャルロット……あのね」


 彼は頬を緩めて目を細める。


「……もう、諦めないから」


 その瞳は熱がこもっているような、そんな気がした。


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