第二十八話 覚醒の序曲
人を救うなんてことはただのエゴだと分かっていた。
人類を救う。誰一人として死なせない。それはただの理想論だと、誰に言われずとも自分がよく分っていた。
それでも尚進み続けたのは、ただ後を振り返ることが怖かったからだ。
薄暗い過去から目を背け、愚直に気高い理想を追い続ける。たとえその果てに待っているのが底なしの谷底だとしても、進み続けている限りは、僕は僕でいられた。
『――』
嗚呼――分かっているよ。
僕はまた君に頼ってしまった。
迷い、迷って、最後の最後で全てを君に委ねた。
言葉でも拳でも駄目だったんだ。僕の選択全てが彼らを破滅に導いた。
この結果は、当然の報いだ。
「…………ねぇ、ゼル」
返事はない。綾乃は虚空に問うように口を開く。
「僕は、僕を救えない」
ひどく無力だった。
地を這い、歯を食いしばり、叫ぶことしかできなかったあの瞬間。
あれから何が変わっただろうか。
「何も変わっちゃいないよ。それは、僕自身の甘さだ」
人を捨て修羅に至る。
その過程で、人間らしい感情は失った。
人を救うのに余計な感情は不要だと斬り捨てた。
だが今になって――失った感情が一番大事なのだと気付いた。
人を救うのはいつだって人なのだと。
顔を上げる。その視線の先に映ったのは、醜悪な化け物であった。
人を救うのは化け物ではないと。
映りこんだ化け物が、歪に笑みを浮かべた。
これじゃあ何も、何も救えない。
人間も、過去の自分さえも。
――じゃあ僕は一体何をしているんだ。
化け物も、人間も、自分さえも分からない。
僕は一体――何者なんだ。
「僕は一体……本当は何がしたいんだ」
■
――一年後。
「おぉーっと! 勝負ありだーーーッ!!」
試合終了のブザーと同時に地鳴りのような大歓声が上がる。
その中心に悠然と佇む少女は、両手に持った二対の剣を鳴らした。
「記念すべき第二三五回覇道祭! 魔導特科の頂点に立ったのは、二年Sクラス! マリア=レイドランスだぁーーーーーーーッッッ!!!」
マリアはふんと鼻を鳴らすと、興味を失ったように出口へと歩を進める。
その周囲に実況用のドローンが近づく。
「一年前の雪辱を晴らした結果となりましたが、ここで一言頂けますでしょうか!」
「……別に。相手が弱かっただけよ」
「な、なんと強気な発言ーーーー!! 流石〈黒焔の氷姫〉! 一年の頃から頭角を現わしていたが流石その実力は伊達ではなかった!!」
「――」
「次回は一年後! 最強の二対の剣を叩き折る戦士は現れるのか!? それではこれをもって第二三五回覇道祭〈魔導特科〉序列決定戦を終了いたします!!!」
実況者が声高だかにメインステージの終幕を告げる。割れんばかりの歓声と拍手を背に、マリアは控室へと足を運んだ。
そうしてようやく腰を下ろすと同時に深いため息を吐いた。
〈黒焔〉――その名に偽りはない。
マリアは右手に握られた〈レーヴァテイン〉を見やる。
かつて〈ダーインスレイヴ〉と対を成す深紅の剣は、酷くどす黒い漆黒に染まっていた。
「……酷い有様」
〈武器科〉のリリットによれば使用者の影響による〈神武〉の変質だそうだ。少なからず過去にそういうデータはあるが、珍しい事例の為詳しい原因は不明とのことである。
「――もうこの剣は、誰かを傷つける事しかできないのね」
黒の焔は絶望を、赤の焔は救済を。
そうして分かたれた筈の剣は、今や絶望の化身と化している。
マリアは〈神武〉を霧散させると、ゆっくりと天井を仰いだ。
――空虚だ。
力を示し、地位を得た。
――だが一体、それがどうした。
(何を……やっているのかしら)
そんなことに意味はないと分かっていたはずだ。
力を誇示し、他を叩きのめす。それはかつて否定したレイドランス家の教えそのものだった。
心のどこかに、棘が刺さっている。
否定が出来なかった。
止めることが出来なかった。
間違っていると、止めるべきだと言えなかった。
あの頃も今も――
(私は、私の生き方が分からない……)
刷り込まれた結果だとしても、自分の人生を否定する勇気がなかった。




