四ツ橋サバイバル②
ここからいろんな人が激しく入れ替わって戦います。
及川茂雄は『詐欺師』と一部では呼ばれている。
これは彼が魔法陣を展開しても一切魔術が発動しないことから来ている。
及川本人も神城学園に入学した時には魔術を発動させたかったが、この無意味な魔術のおかげで逆に落ちこぼれていた。
だが神城学園から解放されて、及川は変わった。
及川の魔術は、魔力を込めたらその分だけ魔法陣が大きくなる。どちらにせよ何も起こらないが。
そのため初見の相手の場合、自分自身が強力な魔術師だと錯覚させることができる。その隙を突いて、身体強化のみで不意打ちを仕掛けて勝つというのが及川のスタイルだ。
これにより、身体能力的に格下の相手に負けることはまずなくなった。そして、自分より上位の存在にも、強力な魔術師だと錯覚させたまま攻撃し続けることが可能だ。
これは能力者のハッタリによって強さが大きく変わってくる。この能力の利点を知った及川は、いかに相手を騙すかに力を入れていた。
ただ問題は、相手に能力を知られた時点で、かなり劣勢に追い込まれることだった。
「ふぅ、危ねぇやられるとこだった」
塀の影に隠れて息をつく。水島は完全な格上と判断していた。最初は別の敵かと思った攻撃はおそらく水島本人のものだ。普通に考えれば、壁に当たって跳ね返ってきたというところだろう。
それに身体能力も明らかに格上だ。体術は得意であるはずの及川が防御の姿勢を取ったにもかかわらず押し切られたのだ。そこまで差があれば、実力差をひっくり返すタネを持っていない及川は逃げるしか選択肢はない。
「あれがこの大会の平均か?とんでもねぇな、くそっ」
及川は四ツ橋信託の代理人である。四ツ橋信託は御三家を除く上位十社には入っていない。彼は四ツ橋サバイバル予選からうまく立ち回り勝ち上がってきていた。
予選では最高で自分と同程度の身体能力の者しかいなかったためなんとかなったが、この本戦で勝ち上がれる気はしなかった。
「とにかく逃げ隠れねえと。仕掛けも置いてきちまった」
腕に仕込まれた火炎放射器を撫でる。
魔術が使えるように見せるために仕込んである。何人もの相手にこれを使って、自分の魔法陣を勘違いさせてきた。
大丈夫、まだ生き残れる。そう思っていた。
上に少女が見えた。わずかに光るヘッドホンが、顔につけられた雷痕を映えさせた。
それが異常であることに気付いて手を上に向ける前に、少女の手にある二本の金属がバチバチと火花をあげた。
「『電流解放』」
弾けるような音と同時に、大電流が及川の身体を一気に巡る。
わずかな接触が致命傷になった。
身体が焼けるような感覚を覚えた後、及川は力なく膝をつく。そしてそのまま、前へ倒れた。
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同じ頃、樹海でも戦いは始まっていた。
薄暗い森の中にポツリポツリと光が灯る。それらは輝きを増し、一定の明るさになると矢のように射出された。
「効かねえなぁババア!」
男が叫んだ。
光はレーザーとなり男へと直撃するが、それを気にもとめない。
名は九重衛。鍛えられた肉体はどこか米田や瓦田とかぶる姿だ。彼は四ツ橋自動車の代表、そして予選組の一人だ。
九重は下に落ちていた木の枝を拾い、光の操り主へと投げ飛ばす。
「ふんっ、何がババアよ」
不満そうな声とともに、木の枝は避けられた。存外に速い動きで避けたのは、富田日華里。光の魔術を使う魔術師だ。
樹海にしては目立つ金に染められた髪を九重に見つかってしまったせいで、戦いになってしまっている。
別に彼女は老婆ではなく、まだギリギリ二十代。本当は厄介ごとになる前に逃げるつもりでいたのだが、ババアと言われてつい対抗してしまい、引っ込みがつかなくなってしまったところだった。
彼女がいつも使うのはこのレーザーのような魔術で、当たった部分を焼き焦がすような現象を起こす。
しかし、この九重という男には初めの一撃以外は全て無効化されてしまった。
「能力?……『光よ我に従い焦がせ』」
富田が詠唱すると、上に魔法陣が広がる。それが赤く光りくるくると回り始めると、あたり一面に光の玉が現れ始めた。
「んあ?ムダムダ、俺にはお前の魔術は効かねぇ」
「それは、どうかしら」
堂々とその場に立つ九重に向けて、数十もの光が降り注いだ。
「ほら効かね……あん?」
降り注いだ領域はほんの一部。
前面全ての光が、九重の胸に集中していた。集中させた光は大きなエネルギーを蓄え温度を上げ、すぐに九重の身体を焼き始めた。
「っ、あ゛つ゛っ!?」
思わぬ痛みに九重は身体を悶えさせた。
富田のレーザー攻撃に対しては耐性を獲得していたが、光の集中による焼き焦がしは全く対応できなかった。
三つだけ耐性を得ることができる能力を持つ九重は、一度魔術や能力を直接くらう必要がある。それによって、敵の攻撃に対する完全耐性を作り、以後その攻撃は九重には通用しなくなる。
ただし三種類まで。一度耐性を獲得したら、一番古い耐性は消える。それをいかに悟らさないように戦うかが、九重が戦う上でのキーポイントだ。
一通り悶えてから、ゆっくりと九重は立ち上がる。
二つ目の耐性は獲得できた。これで今までの魔術およびそれと同じ性質のものは九重には効かない。
「『光よ我に従い焦がせ』」
「っ、……効かねぇなあ」
少しだけ身体を強張らせてから、光の集積をものともせずに胸を張る。ちょうど心臓の部分にだけ穴が開いていた。
「……何かの耐性でもつけてるのかしら。ああ、目を狙っておけばよかったわ。『光よ我に従い曲がれ』」
ブツブツと反省を口に出しつつも詠唱は忘れない。光を自らの元に収束させた富田は、九重の視界から消えた。
「消えた?……な、ぜっ、!?」
消えたと認識してすぐに、背面から衝撃を受けた。すぐに直接攻撃だと分かる。今の衝撃に対する耐性を得られなかったからだ。
バランスを崩しつつも見えない何かがいる方向へと腕を振るが、その手は虚空を切った。
そして時間を置かずにすぐに横から攻撃が来た。
それも直接攻撃。今度の攻撃はさらに強力で、反撃することも出来ずに横に何歩かずらされる。
「このっ、」
何かが直接攻撃を加えた方向から遠ざかるように距離を取った。そしてガムシャラに身体を走らせる。
富田は消えた。九重にはその原理は分からなかったが、立ち止まるのはマズいと判断した。
よく耳をすませば、微かに樹海の土を蹴る音が聞こえる。完全に姿を消したとしても、音を消せるようにはならないらしい。
しかしそれだけで敵の位置を特定できるほど九重は器用じゃなかった。
「ぐっ、」
たとえランダムに走ったとしても、攻撃全てから逃げられるわけではない。何度も何度もかなり強力なダメージを受けつつ、打開策を探すしかない。
仕方なく、九重は賭けに出た。
「こうなりゃ、ヤケだ!うぉぉぉぉぉっ!!!」
九重は大声を出して走り出す。時折声を止めてわずかな足音を聞き取り、富田がついてくることを確認し続けた。
九重の取った選択は、さらに敵を集めることだった。今二人での戦いは、九重はどう足掻いても勝てる気配はない。むしろ富田が九重をカモとして認識してしまったかもしれない。
そうであれば、複数人での混戦の形にして多少なりとも生き残るべきだと考えていた。
どちらにしろ九重は予選勝ち上がり組だ。負ける前提で動くならリスクはリスクではなくなる。
叫びつつ、富田を誘導して、九重は樹海と岩場の境目までたどり着いた。強者の余裕なのかは分からないが、富田はしっかりと追ってきていた。
「っし、仕切り直しだ」
音を聞き取りつつも九重は構える。先ほどの余裕とは違う、多少体術を学んだことのある構えだ。
見えない敵に対抗するために音を聞き取るべく目を閉じた。
音が聞こえる。樹海のような土を踏みにじる音ではなく、アスファルトを歩くようなコツコツと響く音。さらに富田の通った岩が音を立てて崩れるのも、聴覚探知では十分に役に立つ。
それを追うようにして九重が位置を把握した時だった。
「二人目っ、来たかっ!」
高速で動く別の足音を捉えた。
九重は目を開き、富田がいると思われる位置とは逆の方を向く。
そこには氷点下に近い寒さの中を、薄い胴着のみで走る男がいた。
名前も能力も、それどころか魔術師か能力者かも分からないが、一人でも増えたおかげで九重にはわずかな勝機が見え始めていた。
「敵、見っけ!」
そう言いながらスピードを落とさずに突っ込んでくる男は帽子を深くかぶっており、暗さも相まって顔が全く見えない。チンピラのような喋り方をするこの男は、なんの躊躇もなく九重へと拳を振り抜いた。
これを九重は見切る。動きが直線的だったため見切るのは容易い。薄い膜を宙に描いた攻撃はすぐに止まり、身体能力に任せた動きで逆の手をもう一度振り上げた。
再びそれを躱す。
そして三度振り上げられたそれを避けようとしたときに、異変が起こった。
「っ、なに……がぁぁっ、」
横から針のような何かが自分の身体に食い込んできたのだ。完全に止められたわけではないが、大きなダメージを与えられた九重は、怯んだせいで三度目の攻撃をモロにくらった。
吹き飛ばされた身体は先ほどと同じような感覚によって後ろに突き刺さり、背面から血飛沫をあげる。
しかしその代わり、耐性は手に入れた。
なんの能力かは分からないが、これで有利は取れることになる。ダメージと引き換えに手に入れた耐性にどれだけの価値があるかは分からなかったが、少なくとも同じ土俵には立てる。
「ん?今なんかやったな?ったく、めんどくせぇ」
舌打ちをしたチンピラ口調の男は、帽子を深く被り直してから、手をポキポキと鳴らした。
そこに不意打ちが入る。
「『光よ我に従い矢となれ』」
「は?っ、あつ゛っ!?」
突如宙に現れた光が一斉に放射され、レーザーのように身体を焼き焦がす。完全な不意打ちは大きく身体を傷つけた。
「もう一人いやがるっ、」
もう一人が姿を隠していると判断した男はすぐさま石を掴み中にばら撒きながら、九重の方へと足を止めないように動き始めた。
不思議なことに、男がばら撒いた小石は宙に止まる。暗くあたりがよく見えないこの状況下では、九重も富田もそれには気がつくことはできない。
このチンピラ口調の男の名は、坂本廉。四ツ橋海運の代理人で『固定』の能力を持つ。彼が手に触れたものは任意にその場に固定させることができる。
先ほど九重に血飛沫をあげさせたのは、この能力で砂を宙に固定していたためだ。小さな粒は当たった物体の衝撃に応じて鋭いトゲとして身体に食い込む。
能力者や魔術師がこれにあたると若干能力が弱まるため、徐々に固定されたものは動いてしまうのだが、ほんのわずかな時間であればそれは無視できるレベルだ。
本人にしても非常に応用性の高い能力だとは自覚していた。
「『光よ我に従い矢となれ』」
「こいよおらぁ」
どこからともなく聞こえてきた富田の詠唱に対し坂本は警戒心を強める。九重とは違う素人の構えは、ケンカにイメージが近い。光が現れ球となり、それが坂本へと降り注ぎ始めた。
この魔術は攻撃が始まってから着弾するまでが非常に短い。しかしその発動にはクセがあるため、光の球の状態をよく見れば避けることは可能。
本能的にそれを察知した坂本は身体を横に投げ出して回避した。
「厄介だな。姿が見えねぇと……時間がかかるしな」
次々と襲い来る光の矢を無理な移動を繰り返して躱していく。そしてそのたびにわずかに能力を発動させ続けた。
「っし、これで……」
「す、き、あ、りぃ!!」
「……ぐぉっ!」
ここで九重が大声で叫びながら乱入した。
今この場では、九重は一気に有利をとれていた。富田の光の魔術、坂本の『固定』能力の両方ともに耐性を持っている。直接攻撃に気をつければ、少なくとも一人は倒せるだろう。
そしてさらに人を呼べば、混戦になり自分の順位が上がる可能性もかなり高まる。
「チッ、せっかくの固定が取れていきやがる」
富田を捕らえるべく張り巡らせた砂の罠は、ジワジワと九重に削ぎ落とされていく。固定したものが感覚的に分かる坂本はそれを感じて苦い顔を見せる。
だが、それでも坂本は負けるとは思いもしなかった。
それは自分の戦闘能力が相手より優れているとも感じているから。
どこにいるかも分からない富田を狙うより、今目の前でぶん殴れる九重を攻撃することをまず選択した。
「シッ!」
九重の身体能力を大きく超えた動きが、頬をしっかりと捕らえる。それだけで九重はバランスを崩された。
九重は耐性という強力な能力を有してはいるが、身体能力は高くない。本人の登録ランクも3だ。
それゆえに、武術は素人の坂本と戦ってもそもそもの地力が違うため、正面から打ち合えば勝ち目はない。
だからこそ三つ巴の状況を狙って、富田にまとめて攻撃させるように仕掛けたが、それが裏目に出た。
「くそっ、読み違えたか……」
脳を揺らされバランス感覚を失い膝をつく。それに追い討ちをかけるように坂本は九重の身体を蹴り上げた。
富田は静観を選んだ。
九重を追撃しようとしても、魔術は効かない。接近戦に移らざるを得ないが、そうすると坂本が何をするか分からない。
それに加えて、九重は接近戦で潰す必要があるのと対照に、坂本は遠距離攻撃が可能だ。
次第に九重の動きが鈍る。初めはギリギリ当たるか当たらないかだった回避もいつのまにか防御へと変化し、そこからさらに一方的になぶられる。
「ケッ、諦めな」
最後な一撃が顎を捉え、そのまま勢いに従って九重は後ろへと倒れた。
『耐性』九重衛
筋肉ダルマの厳つい男。ランク3
三つまで、相手の能力に対して完全耐性を得ることができる。能力の制限が大きいため、あえて挑発して積極的に耐性を取っていく戦い方をする。
一つの魔術に一つの耐性を使うので、魔術師とはすこぶる相性が悪い。それに加え、身体強化への干渉制限はできないため、格上の敵との接近戦も負け確定。見た目とは違い、意外と頭を使う戦い方を考えている。瞬殺されたけど。
提案者 ライーダ さん
『光の魔術師』冨田日華里
光を使って攻撃する魔術師。ランク4。
使える魔術は『光球』『光矢』『焦熱』『蜃楼』の四つ。カッコいい名前をつけたつもり。『光球』に関しては色を変えることもできる。
学園と同じ詠唱をしているが、野良能力者。
男運がないのに加え、魔術師の立場上いい男と出会えず焦る29歳。
提案者 さい さん
『固定』坂本廉
チンピラ風の薄着男。ランクは5。
どんなに寒いところでも上一枚しか着ないのを誇りに思っている。能力集団『坂本組』の元締めに就任中。
いろんなものを固定できる上に応用方法も広いはずだが、作者の残念な頭と執筆の余裕がなかったため、あまり能力を生かせない結果に。モデルはジョジョの固定する人。
提案者 ふるーた さん




