魔物の街 92
「良いんですか?」
捜査官達がビルに吸い込まれていくのを見送って、ランは静かに要の新車の方に足を向けた。カウラはそのまま腰を折ってランの視線に合わせてにらみつける。
「あのなー。そんな格好されるとアタシは惨めな気持ちになるんだよ」
見下ろされて子ども扱いされているような気分になったのか、そう言うとランはカウラを無視して車に向かう。そこでは外に向かって煙を吹いている要の姿があった。
「引継ぎは?」
「必要ねーよ。アタシ等ははじめから部外者なんだ。専門家の司法警察官のお仕事の邪魔したらまずいだろ?それに租界での事件の指揮権は同盟軍のお仕事だ……っていつまで呆けてるんだ?」
鋭い目つきでじっと捜査官を眺めていた要の背中を叩くラン。誠は無表情で自分の車の運転席に向かうカウラを眺めていた。そしてランは不承不承車に向かう要を見て思い返すことがあるとでも言うように振り替える。
「それにだ。今の段階ではなんとも動きのとりようが……。アタシ等が追っているのは何者なのか?同盟組織内のはねっかえりか、なつかしの遼州民族主義の連中か。ともかくあの端末の中身を見てからってことかねえ」
それだけぽつりとつぶやくラン。だが要はタバコを携帯灰皿に押し込むと何かを決めたようにランの前に立った。
「ああ、西園寺。オメーの言いたい事はわかるぜ。ふざけた人体実験をしている連中に飼われている司法官がいるかも知れねーって話だろ?安心しろ。東和の警察官達は世界でも希な賄賂を取らない清廉潔白が売りなんだ。胡州の貴族の飼い犬や遼南の賄賂官吏とは違うからな。それにそいつ等と共同捜査ってことになれば同盟軍も袖の下なんぞに目を向けている余裕もねーだろうしな」
そう言ってそのまま要の脇を抜けるラン。
「んなこと……」
「分かってるなら何も言うな。と言うかオメーはしばらく頭を冷やせ」
幼く見えるランだが言葉の棘は要の心に深く突き刺さった。カウラ、そして誠は黙って立っている要に目を向ける。自分が十分うろたえていることを自覚したのか、要はそのまま黙ってランの後に続いた。
租界には珍しく東都警察の車両がひしめいていた。白い塗装の同盟機構の装甲車両を見慣れている租界の住人が遠巻きに黄色と黒の立ち入り禁止のテープの周りに群がっている。
「ライラか?東都警察が動けるようにしたのは」
忙しそうに走り回る捜査官達を遠めに見ながらカウラはそう言うと目の前の自分のスポーツカーの鍵を開けて見せる。
「だろうな。さっき通達が来たんだけど東都租界の治安責任者が更迭されるそうだ。まー遅すぎたというところなんだろうけどな」
ランはそう言って誠達の車の後ろに停められた銀色の要の新車のスポーツカーの助手席に乗り込んだ。
「ここもかなり変わることになりそうですね」
それを見て誠も腑に落ちないながらも仕方なくカウラの車の助手席に乗り込んだ。隣のカウラは静かにシートベルトをしてエンジンをかける。ガソリンエンジンの始動音に包まれる。
「端末の記録か……」
そう言ってカウラは車を中心街への道へと進めた。




