魔物の街 86
久間のうどん屋を出た誠達が基地に帰ると吉田がニヤニヤして待ち構えていた。茜の顔を見て即座に使用許可を出した彼を置き去りにして『冷蔵庫』と呼ばれる保安隊のコンピュータルームに篭ってから6時間が経過していた。
「とりあえずラーメンを取ったんですけど……いかが?」
席を外していた茜が岡持を抱えて中央のテーブルに置いた。ラーナの手には盆と湯のみ。サラはポットを二つテーブルの上の雑誌の山をどけて置いた。
「アイシャ。いい加減この部屋の私物を持ち帰れよな」
カウラがそう言いながら端末から離れて箸などの準備にかかる。島田が難しい表情で画面を覗き込んでいる。誠もそれを見ながら再び自分の端末の画面を覗きこんでいた。
「DNAは遼南系の人類と一致。まあ予想通りの結果だよなー」
昼間の怪物から採取された細胞のデータを見つめていた首をねじったりした後、椅子から飛び降りるラン。篭ってからは昼間の化け物のかけらを回収、分析した鑑識の資料を整理する作業を始めたが、その途方も無い作業に誰もが疲れを感じていた。
「コイツを倒した正体不明の『正義の味方』がやった干渉空間内の時間軸をずらすって……簡単に出来ること……なのか?」
「要さん!食べ始めるのが早すぎましてよ!」
どんぶりをを取ろうとする要の手を叩く茜。要は舌を出してそのままテーブルの隣のパイプ椅子に腰掛けた。
「干渉空間の維持にものすごい法力を取られますから……僕も何度か連続干渉の実験はやってみましたけど五回目で精神の負荷が大きすぎると言われてヨハンさんに止められてからはやってませんよ」
「でも不可能じゃないんでしょ?」
ラーナから湯飲みを受け取ったアイシャはそう言いながらすでに箸を手に自分の前に置かれたパーコー麺を眺めている。
「五回でアウトなのか?お前の鍛え方がなってないからだな。実を言うとこいつはお袋の得意技でさあ。『官派の乱』で屋敷が官派軍に包囲されたときに暴れまわったからな」
さすがに我慢が出来なくなった要が岡持から自分の坦々麺を取り出してスープを飲み始める。要の母の西園寺康子は保安隊隊長嵯峨惟基の剣の師匠であり、『胡州の鬼姫』の異名で知られる剣豪と呼ばれていた。彼女が法術師であることが分かった今、それまでは何度と無く西園寺家を襲ったテロリストの数が急に激減したという話は誠も耳にしていた。
「しかし、こんなに時間軸のずれた空間を制御し続けて無事で済むわけもねーだろ?」
餃子の皿を並べるラン。誠も部屋に漂うラーメンのスープの香りに作業を中断してテーブルの席に着いた。
「神前。とりあえずこれ」
ランはテーブルの横に積まれて倒れそうになっている雑誌を指差す。しかたなくそれを抱えて部屋の隅においてみたが、そこで一人島田が端末の前を動こうとしないことに気づいた。
「正人。そんなに根をつめても……」
一通り配膳が終わったサラが島田の肩に手をかける。それまで激しくキーボードを叩いていた島田の手が止まった。
「そうだぜ、これからが正念場だ。とりあえず力をつけろよ!」
そう言って要が再び麺を勢い良く啜りこんでいる。
「別に焦っているわけじゃあ無いんですけどね」
「焦っていない奴はそんな言葉は吐かないな」
シュウマイにしょうゆをかけるカウラの声。ようやく島田は心配そうに見つめるサラに目をやるとそのまま立ち上がって誠達が囲んでいる休憩用のテーブルに常備されている安物のパイプ椅子に腰掛けた。




