魔物の街 61
その日、カウラと交代した要にくっついてぎらぎらした人々の視線に慣れて租界を歩きながら、誠は正直疲れ果てていた。彼女が知っている人身売買の嫌疑がかかっているシンジケートの事務所をもう五つ訪問していたがその様子は誠から見ればそれは訪問ではなく襲撃だった。
今も要は彼女に手を上げようとしたチンピラの右腕の関節をへし折ったところだった。表情一つ変えることなく荒事をこなす彼女の姿は、乱暴なのはいつもと一緒と言ってもその淡々としたところが誠にはまったく受け入れられなかった。
「痛え!」
涙ににじむ瞳で無表情な要のタレ目を見つめるチンピラ。誠はとりあえず法術の発動準備をしながら要の隣に立つ。要はチンピラを掴んだままそのままドアを蹴破った。室内の構成員達が銃を構えてにらみつけてくるが、逆にいつもの残酷そうな笑みを浮かべながら要は悠々と室内に入り込む。
「なんだ!貴様は!」
「今更って言うか……馬鹿しかいないんだなここは」
そのまま人質代わりに片腕を折られたチンピラを抱えたまま応接セットに腰掛ける要。誠はいづらい雰囲気に耐えながら彼女の隣に座る。
「こいつは例の化け物じゃないか?」
一人の角刈りの構成員が誠を見てつぶやいた。一瞬動揺が広がる。今年の夏の初めに保安隊に配属になった直後、誠は法術師の素体として誘拐されかけたことがあったが、たぶんその時にもこの組にも誠の誘拐を持ちかけた組織があったのだろう。少しのきっかけで動揺が広がり始めた時、事務所の顔役らしい男が現れた。
「銃を仕舞え!お前等じゃこの人には勝てないぞ」
そう言うと構成員達はしぶしぶ銃を仕舞う。明石を思わせる悪趣味な赤と黄色の柄のネクタイが紺色のどぎついワイシャツの上にゆれている恰幅の良すぎる幹部構成員の一睨みに誠も少しばかり怯んでいた。
「おう、久しぶりだな」
要は人質代わりのチンピラを突き飛ばすと、そう言って銃ではなくタバコを懐から取り出した。気を利かせるように貫禄のあるその男はライターを取り出してなれた調子で要のくわえたタバコに火をつけた。
「姐さんも元気そうじゃないですか。あれですか?今は志村の商品の流通ルートの調査ですか?」
男の話に要は笑みを浮かべながらタバコの煙を吐いた。どこに行っても状況は同じ。要は見張りのつもりで事務所の前でうろうろしている三下を張り倒して引きずってそこの顔役に話をつけると言うことばかり続けている。さすがにここにも要の所業についての話が聞こえてきていたのだろう。
「なんだ、知っているのか……ってそれが飯の種ってわけだからな。テメエの」
要の不敵な笑いに男も笑い返す。誠はチンピラの飼い主の妙に下手に出る態度が理解できずに呆然と二人を見つめていた。そして要はぐるりと事務所の中を見回した。
「なあに、志村三郎の扱っている商品を保管している連中がいるってことだ。ほとぼりが冷めるまで預かって、またアタシ等が調査を中止したら出荷する。商いは信用第一、危険は避けるのが当然の工夫だろ?」
その言葉でようやく誠はこの暴力的なシンジケート事務所めぐりの目的を理解した。志村三郎が要の姿を見てからあの父親の経営するうどん屋にも寄り付かなくなったのは誠も知っていた。おそらく彼をいぶりだすのに組織を一つ一つ実力行使で脅しをかけながら追い詰めていくつもりなんだろう。
「残念ですがうちではその手のものは扱っていませんね。ただでさえ人間の売買はリスクが大きいのに法術適正がある連中が混じっているとなると手に負えませんや。それに法術関係の話になれば制服を着た連中とのやり取りも出てくるわけで……俺等の情報網でもそう言うところまでは……君子危うきに近づかずと言う奴でして」
「まあな、アタシの顔でも志村から先が追えないからな」
そう言うと要はディスクをポケットから取り出す。それには吉田の字で『秘』と書かれているのが見えた。
「これにはちょっとした情報が入っている。遼南クーデターの首謀者として有名な吉田俊平少佐お勧めの秘密情報だ。ちょっとした財産が築ける保障つき。今なら格安でお譲りするが……どうする?」
悪事を働くときのいたずらっ娘のような顔で男を見つめる要の姿がそこにあった。




