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二頁目 勇者の顔見せ


 豪奢な扉を開けた先。謁見の間では、六人の男女が直立して待っていた。

 奥の玉座の側から、片眼鏡(モノクル)をかけた三十代半ばほどの男性、頭髪の薄い五十代そこそこの男性、左頬に疵のある厳つい顔の四十代くらいの男性、長く綺麗な白色の髪の二十代後半くらいの女性、長い白髭をたくわえた八十代くらいのお爺さん、肩までの黒髪をボブカットにした三十代前半の女性の順で並んでいる。

 その視線は一様にこちらを、特にオレに向けられているように思う。大方、今代の勇者はどんな奴なんだ、といったところだろう。


「待たせてしまって済まない。早速始めよう」


 そう言ってアルグスタ王はスタスタと歩いていき、玉座に腰掛けた。その姿は、一国の王らしい、いかにもな衣服とマッチして、彼が王であるということをより強く印象付けた。

 ……それはそうと、何が始まるんだ?


「……今から始まるのは会合の名を借りた、ただの顔合わせよ。さっき言った通り、緊張しないでいいわ……」


 ぼそぼそとした囁き声で傍らの魔導師グロリアがそう教えてくれた。

 そういえば、扉を開ける前に言っていた頭の固い人や顔の厳つい人というのは、あの髪の薄い人と顔に疵のある人の事を言っていたんだろうか。

 顔に疵のある人はともかく、髪の薄い人はいかにも思考が凝り固まってますという顔をしている、ように見える。勝手なイメージだが。

 日本の政治家に似た人がいたかも知れない。わからないけど。


「それでは会合を始めます」


 玉座のそば、片眼鏡(モノクル)の男性が口を開いた。彼の司会進行で会合を行うらしい。


「先ずは、今代の勇者様に我々の事を知っていただきたく思います。簡単なご紹介だけになってしまいますが、何卒ご了承ください」

「よろしくお願いします」

「はい。では玉座に近い(かた)からご紹介していきます。まずは、スロス帝国皇帝補佐のラング・カストーラ様」


 紹介を受けて、あの髪の薄い人が軽く会釈をした。こちらも会釈を返して返事としておく。


「続いて、ベルンヴェイグ軍司国国王補佐、レイグナー・ゴルダート様」

「応! よろしくな、坊主」

「こちらこそ」


 顔に疵のあるレイグナー氏は、その厳つい顔とは裏腹にかなり豪快な人みたいだ。


「続いて、シルバリア皇国天皇補佐、シルヴェール・カルトーシャ様」

「……どうぞ、見知りおきください」

「どうも」


 シルヴェールさんは、なんというか冷たい雰囲気を持っている人だな。決して近寄りがたいとかいう意味ではなく、感情が乏しいとでも言えばいいだろうか。

 ともあれ、美しい人には間違いない。


「続いて、グランデザル公国から大公補佐の方をご紹介したかったのですが、生憎と予定が合わなかったようで、代わりの書状をお預かりしております。読み上げますので、紹介の代わりとさせていただきたい」

「ええ、構いません」

「では、読み上げます。『拝啓、今代の勇者殿。この度は貴方の顔合わせに同席出来ない事、真に残念で、真に申し訳なく思う。野暮故に理由は伏せさせていただくが、現在グランデザルは大変に忙しく、一日たりとも席を空けていられない状態にある。今代の勇者殿のご尊顔を拝見出来ないのは残念ではあるが、隣国の者にでも容姿を聞かせてもらう事としたい。それでは、短くはあるが、これを以てグランデザルの挨拶とさせていただきたい。グランデザル公国大公、アルジャーナ・カルターナ』。……以上になります」

「……確かに」

「続いて、二人同時にご紹介いたします。冒険者ギルドのギルドマスターをしておりますウォルダーと、商人ギルドのギルドマスターをしておりますシャルナです」

「ほっほっほ、よろしくなあ、若いの」

「よろしくお願いします。何か入り用の際は是非商人ギルドを」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 鷹揚な立ち居振舞いのウォルダー氏と、キャリアウーマン然としたシャルナさん。対極的な二人だが、険悪な空気を感じないという事は、両ギルドは仲が良いという事だろう。


「最後は私になります。私はこのロガ王国で国王の補佐を務めております、エドガー・マルテスと申します。よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしくお願いします」

「はい。では、勇者様の方からも何か一言二言、お願い出来ますか」


 これは、要は自己紹介だな。

 正直、自己紹介ってやつはかなり苦手なんだが、お願いされたからには仕方ない。無難な事を言って終わりにしよう。


「今代の勇者として召喚されたホオズキだ。元の世界では、やれ勇者だの魔王だのは全く馴染みのない存在だったから、勇者勇者と持ち上げられても困るが、出来る範囲の事からしていこうと思う。その際、ここに集まった面々には迷惑もかける事と思うが、どうか力を貸していただきたい。よろしくお願いします」


 言い終えてから一礼をする。と、場の雰囲気が変わったような、そんな気がした。


「勇者ホオズキ様のご挨拶も終わりましたので、この度の会合はこれにて終了と致します。お集まりの皆様には、もし都合が良ければ、心許りのもてなしをさせていただきたく――」

「悪ぃ、気持ちは有り難ぇが仕事があるんでな。これでお暇させてもらうぜ」


 エドガー氏の言葉を遮るように口を開いたのはレイグナー氏だ。口調は多少乱暴だが、申し訳ない気持ちが声に現れている。


「私も失礼させていただきたい。皇帝がお待ちなのでね」

「……私も、失礼します」

「ワシもギルドの仕事があるからのお」

「同じく」


 レイグナー氏を皮切りにラング氏、シルヴェールさん、ウォルダー氏、シャルナさんもこれを辞退。

 まあ、仕事があると言うなら仕方ないだろう。国や組織の運営に携わる人間ってのは、こういうものだからな。


「……それでは、今回はこれにてお開きといたしましょう。ホオズキ様は、グロリアに城内を案内させますので、是非色々と見て回ってください」

「是非そうさせてもらおう」


 エドガー氏の言葉に日本人特有の曖昧な苦笑いを添えて返答しておく。

 仕方ないだろう。隣の魔導師グロリアが親の仇でも見るような目でエドガー氏を睨み付けているんだから。


「グロリア。他に予定があるなら、それを優先させてくれて構わないぞ。この城がどれだけの規模なのかは知らないが、さすがに迷子にはならないだろうし」

「……別に予定があるとかではないわよ。でもね、普通なら騎士団の奴らを一人二人呼びつけて案内させて終わりなの」

「……あー、つまり、専属魔導師であるのに小間使いのような扱いが気に入らない、と」

「当然。そもそも召喚魔法って結構魔力使うのよ。ま、あの口煩いエドガーは魔法使えないから、わかんないかも知れないけど」


 グロリアには魔法が使えて、エドガー氏には魔法が使えない。という事は、魔法には適性か何かが存在して、それをパスしないと扱えるようにはならないって事か。

 いや、それでいい。それでこそ魔法だ。簡単に誰も彼も使えたんじゃ面白くない。


「ま、いいわ。予定がないのは事実だし、案内してあげる」

「助かる。道中、色々質問してもいいか?」

「答えられる事なら答えてあげるわ」

「ああ、それで構わない。答えられない事を無理に答えろとは言わない」

「そ。じゃ、早速行きましょうか。この城、無駄に広いから時間かかるのよ」


 ひらひらと手を振って言いながら謁見の間を出ていくグロリアに続いて、オレも謁見の間を後にする。



  ◆



「大体わかったかしら?」

「ああ、問題ない」


 謁見の間を出てからしばらく、城内を案内されながら、オレは気になった事を全部グロリアに質問してみた。


 まず、この世界は大雑把に言って五つの大国が主導で回っているという事。大陸があって、大陸の中央にスロス帝国、北側にシルバリア皇国があり、そこから時計回りにロガ王国、グランデザル公国、ベルンヴェイグ軍司国がスロス帝国を取り囲むように存在しているとの事。


 貨幣は銅貨、銀貨、金貨とあり、そこからさらに小銅貨、銅貨、大銅貨という風に分かれるらしい。銀貨、金貨も同様に種別があるのだそう。

 その下に賤貨というのもあるとか。


 価値としては、小銅貨十枚あれば銅貨一枚になり、銅貨が十枚あれば大銅貨に、そして大銅貨が百枚で小銀貨一枚の計算になるらしい。


 もっと言えば、貨幣は、やはり国ごとに種類が違うらしい。ロガ王国ならロガ小銅貨やロガ銅貨となり、スロス帝国ならスロス小銅貨やスロス銅貨となる。ただ、基本的な貨幣価値はどの国に行っても同じなようで、スロス帝国やシルバリア皇国でロガの銅貨や銀貨を使っても問題ないそうだ。


 ただし、ベルンヴェイグ軍司国だけは別で、ベルンヴェイグでは『クオル』という単位を用いて取引をするらしい。

 しかし難しい事はなく、『一クオル=銀貨一枚』という計算になるらしい。ベルンヴェイグで銀貨がお釣りに出る買い物をすると、クオル硬貨を出されるので、覚えておくと良いらしい。


 それから、五大国それぞれについても訊いてみた。

 まず、今いるロガ王国は国王こそ四十五代と比較的若い数字だが、かなり歴史のある国らしい。

 爵位制度と奴隷制度があるが、これはどの大国も変わらないとの事。


 治安は、どちらかと言えば良い方ではあるが、亜人種や獣人種を嫌う傾向にあり、奴隷は普通のヒト族もいないわけではないが(もっぱ)ら亜人種らしい。

 獣人種は大抵気性が荒いらしく、好んで手を出す奴はいないとか。


 スロス帝国は以前、壊滅状態にあった国が復興に成功して興った国で、大陸の中では最も年若い国ではないかという話だ。それ故に他国から侮られたりといった事が多く苦労しているらしい。


 しかし、壊滅状態から復興したにしては治安が良く、国の賑わいで言えば大陸トップクラスらしい。

 奴隷に関しては、亜人種の奴隷もいないではないが、大体は壊滅状態の時に悪事を働いていたヒト族だそうだ。


 ベルンヴェイグ軍司国は軍事と司法に重きを置いたかなり厳格な国で、首都に(そび)え立つ白亜の城が特徴の国らしい。

 軍事を重視しているだけあって騎士団や自警団、警備隊などの練度は高く、司法も重視している事から軽犯罪でも見逃す事はないとか。


 とはいえ、軽犯罪初犯なら厳重注意に留めたりなど、個人の事情にも配慮した体制をとっているらしい。

 奴隷は大抵が重犯罪者のヒト族で獣人種や亜人種は数えるほどだとか。


 シルバリア皇国は大陸北部の国で、白銀の平原と絶えず降り積もる雪が美しい国とか。

 そんな土地ではあるが、他の国のように四季が存在するそうで、春には雪が止むし、夏になれば積もった雪は溶けるのだそう。


 シルバリア皇国の特徴といえば、土地の他にはその貨幣価値が挙げられるらしい。

 他の国では大銅貨百枚で小銀貨一枚だが、シルバリア皇国では銅貨にして二千五百枚、大銅貨にして二百五十枚で小銀貨一枚の計算をし、金貨一枚なら大銀貨千枚で、小銅貨一枚は賤貨五千枚での計算をする、貨幣価値が少し変わった国だとか。


 奴隷制度はあるが、犯罪を犯すくらいなら真面目に働いた方が実入りが良いからと、奴隷はせいぜい通り掛かった奴隷商人から買い付けるくらいらしい。


 グランデザル公国は特殊な気候で生まれた広大な砂漠が特徴で、しかしそれにしては良質な水が大量にある国らしい。

 その水質の良さから貿易の一角を担い、グランデザル公国に大きな恩恵をもたらしているという。


 貨幣の価値は他国と同様だが、貨幣を用いずに物々交換での取引も多いらしく、あまり貨幣が意味を成さないらしい。

 奴隷は大体がヒト族だが、気候にやられた獣人種や亜人種がヒト族を襲う事もあり、近年では亜人種獣人種の奴隷がヒト族の奴隷の数に追い付きつつあるのだとか。


 うん、どの国も興味深いな。


2019/1/21 読みやすくなるよう改行修正

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