50話 お前が言うな
ナナシとシャデアは門を潜り抜けてすぐに、目の前に広がっていた大勢の人で賑わっている街道に紛れ込んだ。
ナナシは大勢の人にも同じ様に認識を変え、姿が見えていない状態で紛れ込んでいたため門を潜り抜けたところを誰にも見られていない。
ナナシは人混みに紛れ込んだ後すぐに脇道に出ると、その場で能力を切った。
「何とかなったな」
「何かなりましたけど、私としてはあまりこういうのは嫌なのですが…」
「最初に言ったが、仕方がないだろ」
「ですけど、なんか納得が出来ません…」
「納得出来ないよりも先に目的地に行くぞ」
シャデアの不満を他所に、ナナシはコローネから前以て貰っていた父親がいるという場所へ向かう地図を広げる。
大体の目処を付けるとササっと歩き出した。
まだ不満そうなシャデアは口を膨らませる。
「むー、何ですかこの扱いは。テラスがいたらナナシさんに文句の一つを言っていただろうにー!」
不満に顔をしかめるが、そんなことをしていてはしょうがないので彼女は仕方なくナナシの後について行く。
オータニア国の作りはデザールハザール王国とは違っていた。
国の中央に王城があるのがデザールハザール王国であったのに対し、オータニア国は国の真ん中に国の象徴であるシンジュアと呼ばれる大木が聳え立っている。
シンジュアの根元を中心に多くの居住区や商業区が広がっているが、そのシンジュアの上にはエルフの王と側近やその他の上流階級の者が住んでいる。
支配者が見下ろす様な形ではあるがそんなことは特に無く、聞くと一般の人もシンジュアの木の上に登れるそうで、立ち入り禁止区域以外は観光が大丈夫だということだ。天候にもよるが、風が穏やかで晴れていればてっぺんまで行ける。
ナナシは様々な商店で常連客として認識を変え、和気藹々の会話から淡々とこの辺りの事について情報を得ていく。
ちなみに、穴だらけになったシャデアの服も認識を変えて正常に見える様にするのも疲れたから、商店で一番手頃な女性服を買って渡し、着替えさせた。
「ナナシさんは服選びが普通ですね」
服を渡した際にシャデアが言ったその一言にだけはナナシは心の中で「お前が言うな」と全力でツッコミを入れる。
身支度も終え、彼らはようやく商店街を抜けて簡素で静かな居住区内に入る。
デザールハザール王国もそうだが、やはり居住区は静かでさっきまでの賑わいが嘘の様に感じてしまうナナシ。
しかし、やはりエルフの国なのだろう。
商店のあった通りは舗装されていたのに、ここいらの地面は舗装されることなく土のままのところが多いく、家の作りも煉瓦といった素材を使っているところが少ない。
当たり前なのだろうが、ここではエルフ以外の種族はあまり見かけない。
デザールハザール王国では人間以外も居住区で多く見かけていただけに、何ともいえない違和感を感じるナナシ。
辺りをキョロキョロと見ながら、何十ヶ国も回ってきた殺人鬼としては珍しくあまり体験したことのない新しい国というものに内心小躍りしていた。
と、いつの間にかナナシの地図を借りて広げながら先を歩いていたシャデアがナナシの方を振り向く。
「ナナシさん!あの家がコローネさんの家ですよ!」
「あれか……」
シャデアが指差す先に、通りに並んでいるのと同じ造りの家があった。
ログハウス。
「……?」
ナナシはコローネの父が住んでいる家を見てから隣やその隣の家に目を向ける。
「……なんか、一回り大きい家だな」
違和感…と言うのよりも一目瞭然。
コローネの父が住んでいる家は、なぜか他の家より少し大きく見えた。
それは殺人鬼であり経験が豊富なナナシだからこそ気付けたのか。
「ほら、行きますよナナシさん!早く正々堂々と結婚を断って王国に戻る為にも!」
「あ、おい待て」
シャデアが勇ましく先に歩き出すので、ナナシは急いで特殊マスクと認識の能力を発動させた。
オータニア国に来た目的である、少女コローネとの結婚を無しにする為に。