母さん…戦争だよ。戦場に行くんだよ?
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季節は12月
国民投票で「四季」を導入した、地球軌道に点在する日本国のコロニー。
その一つ、コロニー3【中京】もやはり、日々の最高気温の設定を18度以下に抑え、
公共機関等の壁面モニターや、天井のスカイモニターでは、晩秋から初冬の景色を投影し始めている。
12月1日に施行された戦時統制法は、全ての国に適用され、人類の経済生活は緊縮モードに突入している。
寒い時期、そこへのしかかる経済不安。
ここ、コロニー3【中京】の商業エリアでも、行き交う人々の背中は、
寒々と…すすけている様に見えた。
商業エリアの一角にあるファストフード店、【キングダム・バーガー】の2階に、
四日市東高校の国連軌道宇宙軍奨学生が、集っている。
生徒会長の伊達庸子、そして副会長のエリック・氷室、三年生の二人、そして二年生の赤磐雷太。
一年生のショーン、ミカ、エレノア、美田園恭香、レイモンド姉弟の6名。
この場にカオルはいない。事情があって、カオルは遅れて来る事になっている。
席を囲む奨学生達。目の前には各々が頼んだ合成ハンバーガーやドリンクが。
伊達「まさか…我々に階級が交付されるとはな(笑)」
苦笑いする伊達、赤磐は上機嫌だ。
赤磐「戦時任官最高っすよ!まさかこんなに早く貰えるとは」
氷室「私の記憶が正しければ、士官コースを併用している伊達会長が準尉。
私とエレノアが1等軍曹」
ショーン「そして後のメンバーが3等軍曹」
ミカ「いきなりの2等士1等士飛び越えは♪」
ヒロノブ「それだけ…、責任が重いって事ですよね」
エレノア「でも、何か引っかかる」
恭香「何が…引っかかるの?」
伊達「やはり、エリーも気付いてたか」
エレノア「うん」
赤磐「何が引っかかるんだ?」
何やら…
嬉しいのか不審なのか、ちぐはぐな会話を続ける奨学生達。
そう、彼らは選ばれたのだ。
【全天候揚空護衛艦リスキー・ビスキー】の搭乗員として。
場所は変わり、同じコロニー3【中京】の、リニアトレインの中継駅。
三階層をぶち抜いて、東西南北上下、右周り左周り…様々な方向へと、レールが伸びている。
各フロアから駅へと繋がる陸橋。
カオルはその陸橋の上、柵の上に両手をつきながら、景色を眺めていた。
壁面モニターには紅葉が終わりかけ、うっすらと雪化粧を始めた山々の景色が。
カオルの背後では、行き交う人々が。
「弱ったわねえ、光熱費切り詰めなきゃ」
「私の旦那、宇宙軍の臨時工員に採用されたよ」
「今月から小遣い減らされちまったよ」
「おちおち晩酌も出来なくなったよなあ」
カオルの背中越しに聞こえて来るのは、人々の混乱の声。
喜び、悲しみ…様々な人の本音が、カオルの耳に届く。
カオル (…なんか、いろいろ変わったんだな…)
カオルの表情は、笑顔ではなく、だからと言って憂いてもおらず。
自然体そのままで、何かしら、全てを受け入れてそれでも尚、
釈然としていない様な、透き通りながらも透明感の無い、
まるで、分厚い天然の氷の様な、空気を放っていた。
今よりさかのぼる事2時間前、国連軌道宇宙軍、日本国中京支部の事務所で、カオルや奨学生は任命式を受けた。
出席した生徒達全てが、護衛艦リスキー・ビスキーの乗組員として、
12月の終わりに予定されている【地球奪還作戦】に出撃する。
しかし、あくまでもカオル達は未成年。
階級は付いたものの、【幼年兵】としての地位が基本で、要は使いっぱしりだった。
ただ、そんな事はどうでも良い。どうでも良かった。
カオルの胸の内に今、魚の小骨の様に、引っかかって取れない気持ちの原因は、
任命式にカオルだけ呼ばれた医療検査。その病室での出来事であった。
母が、レイコ・F・ムナカタが、検査室でカオルを待っていたのだ。
それも、保護者としての立場ではなく、国連軌道宇宙軍、全天候揚空護衛艦リスキー・ビスキーに乗船する予定の、
情報保全部のメリル特務少佐の助手、レイコ・F・ムナカタ特務大尉としてだ。
カオル「か、母さん…?」
検査室の扉を開き、腰を抜かした様な、ひょろひょろの声を上げるカオル。
メリル少佐「良く来てくれたね、カオル君。はじめまして、私はレイコの友人のメリル・ウィルドットだ」
カオルに向かい、右手を差し出すメリル少佐。
カオルはぎこちなく右手を差し出し握手するも、メリルの背後で、バツの悪そうな顔で立っている母、
…レイコが気になってしょうがない。
メリル少佐「おや、どうやらおどかしてしまった様だね(笑)
カオル君、すまない」
と、屈託の無い笑い声を室内に響かせ、メリル少佐はカオルに「いきさつ」を説明する。
本来、メリルとレイコは中京大学情報学部の準教授と講師であるのだが、
情報戦略の観点から、国連軌道宇宙軍に協力を求められ、
このたび、メリルは特務少佐、母レイコには特務大尉の肩書きが与えられた事。
そして、今後の人類社会に対しての情報戦略構築を目的として、護衛艦リスキー・ビスキーに搭乗する様に命じられた事。
半分以上はウソなのだが、真剣な表情で、それはカオルに告げられた。
カオル「母さんが…戦場に?」
レイコ「いきなり決まったんだ、ごめんな。カオル」
カオル「いや、だって…」
メリル少佐「すまないカオル君。私もまだ未熟で、どうしてもレイコが必要なんだ」
カオル「母さん…戦争だよ。戦場に行くんだよ?」
レイコ「わかってるよ、でももう…決まった事なんだ」
メリル少佐「戦時統制法でね、民間人の軍属化・徴用。拒否する事は出来ないんだ」
カオル「そんな…」
検査が終わった後の診断室。
医師の結果報告もそのままに、喧々囂々と大騒ぎのカオル達。
結局はカオルが「飲み込む」しか、この場を収める方法は無かったのだが…、
カオル「母さんを早く楽させたいから、国連軌道宇宙軍に入ったのに!
母さんが幸せになって、彼氏の一人でも作って欲しいと思ったから頑張ってたのに!
それが…それが!母さんが戦場に行くなら、意味が無いじゃないか!」
まるで、漫画の様に「うわあああん!」と、足をバタバタと、手をバタバタと振り、
走りながらカオルは部屋を飛び出して行った。
医師「あ、あの…」
メリル少佐「ふむ、カオル君は異常無しだ。良かったな、レイコ♪」
カルテを見ながらレイコを見やるメリル少佐。
しかし、レイコは両手で顔を覆い、号泣していた。




