12話 救急ローテの始まり
<登場人物>
*浄南病院研修医1年目*
・纐纈桜:主人公.A大学出身.北山田高校出身.
・箕浦健史:A大学出身,桜と一瞬恋愛関係になりかけたが桜に振られた.北山田高校出身,桜と同じ塾出身.
・秋間拓弥:A大学出身,高校時代桜と塾も一緒だった.西又高校出身.
・藤原琴海:B大学出身,北山田高校出身.言い方がキツくて桜は苦手.
・大輪田祐之:C大学出身,西又高校出身.第一印象よりは気さくだけど内弁慶.
*浄南病院研修医2年目*
・長瀬菜子:やる気なし系で病院で韓国ドラマ見るくらいの人.
・角田遊星:髪を脱色しているほどチャラい.人情厚い面もあるが桜はCPA事件をきっかけに余計に嫌いになった.
・安曇眞彦:資格大好き人間.司法試験合格している.
*浄南病院上級医*
・加藤先生:外科の先生.初めの準夜勤で一緒になり,陰で桜の行いに激怒していたため,桜のトラウマ.角田先生と仲がいい.
・芝浦先生:呼吸器内科の先生.丁寧に教えてくれる.
*その他* 省略
あの手術地獄からは解放されたけど,今度私の前に立ちはだかってきたのは…
____そう,救急だ.
救急ローテって,何をやるかっていうと,当直と同じように上級医1人と研修医1人.ただし,日勤帯になると,上級医は全員専攻医(3〜5年目)で,曜日,午前午後でも代わるシステム.
このローテは1回につき4週間.
…それがなんと,3回もあるの!!全部で12週間!?イカれてるわ.
そして今日の上級医はゴールデンウィークの時に一緒になった先生…!
「纐纈さん,久しぶりだね.よろしくね」
「はい!頑張ります!」
そんな挨拶もそこそこに,当直からの引き継ぎがあった.
「纐纈さん,引き継ぎが2人で,一人がうちでケモしてる人の発熱,もう一人は黒色便.ケモの人はコロナの抗原検査陰性で採血結果待ちでCTは異常なし.黒色便の人はバイタルは悪くないから一旦検査優先にしてる」
「OK,じゃあカルテで確認するね」
秋間からのわかりやすい引き継ぎから,私は患者さんに頭を集中させた.
________私の救急のデビュー戦みたいな,とんでもない症例はあれ以来見ていない.
未だに思い出すと,理不尽さとか『本当にこれでいいのか?』が消えない.
ただ,心肺停止(CPA)で運ばれてくる人の対応は,あの後に何度も運ばれてきて,日勤帯は研修医が全員参加して心臓マッサージとか挿管とか心肺蘇生することで,経験回数を積んだ.あの時よりは成長したはずだけど,自信の方は全く出てこない.むしろ想像するだけで怖いよな…
___そんなことを思ってたら,救急隊から新しい搬送依頼がきた.
『44歳男性,1年間でかなり太って体動困難,別居の母が気付き救急要請』
…すっごく香ばしい感じの人がくるわね.
________
その患者さんの第一印象"とんでもないデブ"だった.
ただのデブって感じでもなくて,なんとも言い難い違和感があった.
全体的に太くて,肌の色もかなり黒めで、足にある傷からは水が出ていた.
「4月くらいから動けなくなって,仕事も行けてません.ご飯はなんとかデリバリーでなんとかしてました.呼吸は少し苦しいかな.」
話を聞きつつ,身体診察を進める.
下腿をギュッと押さえると,さっき私が触った部分の跡が,低反発枕かのように沈んだ.
…これ,は
圧痕性浮腫だ…!
ここまで身体中が風船みたいに膨らんでるのは初めて見た.
「心電図,ルート絞り気味,採血は基本3本とBNPを!レントゲンのポータブルと胸腹部CTもお願いします!」
救急の看護師さんに指示しつつ,カルテとオーダーを進めた.
__結局,結果は壮絶な物だった.
人間の浮腫 (むくみのこと)には,2種類あって,それを確認するのに下腿(脛の部分)をギュッと押して,跡が残るかどうかで分類分けをする.
今回は病歴からだと腎臓が悪いか,心臓が悪い時あたりがあるかな
どちらにしても,ここまで悪化してる人は初めて見たけど…
「ひえっ,BNPが9000…?」
BNPという値があるけど,これは心臓に負荷が増えると上昇する値で,今まで1000でも仰天する程度だったのに…
「これは早めに循環器内科にコールが必要だね.連絡しておくね」
上級医の言葉に,とりあえずカルテにもアセスメント(どう考えたかなど)も書いておく.
『研修医は主訴,現病歴,既往歴,内服,バイタルだけ書けばとりあえずいいから!』って,前に言われてたけど,今後はそれだけじゃダメだと思うんだ.
私も,今後は上級医になるんだから.
おそらく心不全が酷くてなってるんだと思う.採血見ても腎臓も悪くないし.
その考えをそれっぽく書いておいたら,救急に降りてきてくれた循環器の先生に呼び出された.
「心エコーは?それも見てないのに循環器コンサルト?」
「…すいません」
「アセスメントもなってない,やり直し」
「…書き直します」
「勉強が足らない.エコーなんて当てないと上手くなるはずないでしょ.」
「…おっしゃる通りでございます」
心エコーは当てたことなんて,模型人形に当てたっきりで,できる訳ないけど,当てる気もなかったのは本当に反省…
勉強不足の露呈は,このプライドが富士山級の私には相当のダメージだった.
わ,私なりにアセスメント書いたはずなのに…!認められないのも相当悔しい!!!
このままでは悔しいから,先生の心エコーの様子を覗き込む.
当ててる場所は流石に国試で勉強するからある程度はわかるけど,エコーの向きとか全然わかんない.
この全身がむくみまくってるおじさんの身体は,エコーが当てられた部分だけ凹んでいた.
「うわ,EF10%程度か…よくこの状態で数ヶ月生きてたな…」
心エコーを当ててる循環器の先生の顔が渋くなっていき,諦めの境地になっていた.
エコーの画像見ても,確かに動きは悪そうだけど,EF(左室駆出率,簡単にいうと心臓の動きの指標で60%以上が普通のことが多い)の概算,自信なんてない.
とんでもなく心臓の動きが悪かったのね…
「今からバルーン入れてフロセミド入れるから,準備して」
循環器の先生,勉強不足でごめんなさい…
その患者さんは,準備が出来次第そのままICUに連れられて行った.
その後,その患者さんは1日で利尿薬を使ってたこともあってか,入院した日だけで11 Lも尿が出ていた.それでもピンピンしてたみたい.
入れた1 Lの補液との差は10 L.
たった1日で,10 kgも体重が落ちた計算だった.
それ,本当に人間の身体的に大丈夫なのか…?と正直なところ思うところではあったけど,上級医の判断なんだし正しいに決まってる,としか思えなかった.
____この時は疑う知識も考えも,全くなかった.
________そんな,そのままICUに送られる人もいれば,そのまま帰宅でも問題ない人もいる.
「__あの,先生,この人,当直の時に同じ症状で救急車で来た人だと思うんですが…」
「ああ,力島さんね.いつもあんな感じだから,そんなにしっかり調べなくていいよ」
頻回受診の生活保護者というのを,私は力島さんで知った.
毎回「呼吸が苦しい」と救急車を呼ぶ.この人は不整脈の心房細動が元々あって,うちで心不全で入院歴もあって,薬も結構盛られているタイプの人間.
でも,毎回来る時の検査では特に悪化もしてなくて,「入院させてくれ」が決まり文句.今年だけでもすでに6回は来てるけど,ここ最近は2週間に1回来なければ気が済まないのか?ってくらいには来てる.
生活保護で住んでる場所がよくないからなのか,入院をすっごくしたがるんだよね.
ヤニ,酒,ホコリの匂いが混ざったような,独特の匂いを発しているし,衛生環境は悪いことは想像がつくけど,流石にこれは医療に甘えすぎてると思う.
「問題なければ入院はさせませんからね,レントゲンと心電図が良ければ帰ってもらいますよ」
冷たいと言われるかもしれないけど,病人でもない人に住みつかれても困る.
何だかんだ力島さんは帰ってくれるけど,いつになったら来なくなるのやら.
___ここまで当直とかもやって,勿論仕事量も半端ないし,自分の仕事の責任も重くのしかかる.
重症と,軽症.かなりの落差.
勿論,軽症の方が仕事としてはラクだけど,力島さんみたいに変に入院希望がある人とかの対応も,かなーり体力が削られる.
「…まだ,今日始まったばかりなんだよな…」
あと11週間と4日.
もうすでに心は折れかけてる!!!




